71 魔法アカデミー 4
まだまだ魔法アカデミーのお話が続きます。
「ふー、ごちそうさまでした! 起き抜けのカツカレーは一撃で目を覚ます抜群の破壊力があるよ!」
「さくらちゃん、もうすっかり目は覚めたかしら?」
「おや、誰かと思ったらフィオちゃんだね。なんだか退屈で昼寝をしていただけだから、美味しい物さえあればいつでも目を覚ますよ!」
さくらちゃんは何処に居ても一歩もブレないわね。近くで魔力を得るために真剣な表情で訓練をしている子達が10人近く居るというのに『退屈した』と言い放つんだから。ほら見なさい、周囲のさくらちゃんを見る温度が一直線に下降しているじゃないの。
「その様子だとさくらちゃんは訓練には参加しないでグッスリと寝ていたようね」
「私に魔法は向いていないからね。練習してもどうせ覚えられないし」
すっかり開き直っているわね。まあさくらちゃんには確かに魔法なんて今更必要がないのは事実なんですけど。それにせっかく覚えても2時間後には完全に忘れているだろうし・・・・・・
「さくらちゃん、なんだか無理やり私に付き合わせちゃったみたいでごめんなさい」
「んん? 明日香ちゃん、いいんだよ! 私は魔法にはあんまり縁がないみたいだから練習はしないけど、ここに居るのはそれなりに意味があるからね」
ついに『練習はしない』って言い切っちゃったわ! さくらちゃんの態度は魔法アカデミーというこの施設の看板を全身全霊で否定しているわね。ここまで開き直れる神経の図太さはは最早見事と言うしかないわ。ほら、周囲の人たちは『この人は何でここに居るんだろう?』と頭の上に大量の???を浮かべているじゃないの。仕方がないわね、そんなさくらちゃんに朗報を伝えてあげようかしら。
「私はつい今までもう少し上のクラスの人たちと一緒にいたんだけど、彼女たちの話だと今夜妖魔を討伐しに出掛けるらしいのよ。私たちも付いていって見学してみない?」
「妖魔の討伐? そんなことをしているんだ! これは面白くなってきたよ、張り切っちゃうからね!」
ほら、水を得た魚のように急に元気になって腕捲りをし始めているわ。妖怪だの魔物の討伐はさくらちゃんの生き甲斐のような物だから、こうなったら誰が止めようと無駄よ! 目的に向かって一直線に突っ走っていくわね。その横では明日香ちゃんが不安そうな目を向けているわ。
「さくらちゃん、妖魔の討伐はこのアカデミーで魔法を覚えた限られた人たちにしか許可されないとっても危険なことなんですよ! 本当に大丈夫なんですか?」
「このさくらちゃんに任せなさい! どんな相手でも確実にぶっ飛ばすよ! 相手が大妖怪だろうが吸血鬼だろうが、このさくらちゃんに倒せない存在はないからね!」
「フィオさん、さくらちゃんはこんなことを言っていますけど、本当に大丈夫なんでしょうか? 学校に居た当時のさくらちゃんの言動からいって不安が尽きませんが・・・・・・」
「明日香ちゃん、心配しなくてもいいわ。それに私たちは安全な場所から見学するだけだしね」
ご機嫌な様子で毛布とか食べ終わった食器類をアイテムボックスに仕舞い込んでいるさくらちゃんを横目にしながら、明日香ちゃんは私に不安を訴えかけてくるわね。でも心配しないでね、さくらちゃんに敵う存在なんてきっとこの地球上には右手で数える程しか居ないはずよ。
それにしてもこの明日香ちゃんという子もさすがはさくらちゃんのお友達ね。毛布や食器がアイテムボックスに仕舞われて目の前から消えていく様子を完全にスルーしているわ。他の子達は『消えちゃった・・・・・・』と呟きながら目を丸くしているのにね。相当に不思議な子と考えておいて間違いないようね。
「それじゃあそろそろ時間だから行きましょうか。さくらちゃん、私についてきてね」
「うほほー! なんだか楽しみになってきたよ!」
こうして私たちは真美さんたちが待っている部屋に向かったんだけど、廊下を歩きながらとある事実に気が付いたのよね。
「何で明日香ちゃんまで付いてくるのかな?」
「さくらちゃん、私は友達としてさくらちゃんが心配なんです!」
「うーん、明日香ちゃんに心配される程私の腕はまだ衰えていないと思うんだけど。フィオちゃん、どうしようか?」
「いいんじゃないのかしら。どうせ私たちは見学者だし、いざとなったら明日香ちゃんに守ってもらうわ」
「私、頑張ります!」
明日香ちゃん、そんなに肩に力を入れなくていいのよ。本当に明日香ちゃんを頼ろうなんて思っていませんからね。この子1人くらい居ても私とさくらちゃんのコンビならば特に問題ないでしょうし、何か非常事態が起こったらさくらちゃんにひと暴れしてもらうだけよ。潜入調査をしている立場からしたら自分たちの力をアカデミーの関係者に見せるようなリスクを犯したくはないけど、聞いた限りではそこまでの危険は無いようだしね。こうして私たちは真美さんたちが待っている部屋に入っていくわ。
「フィオさん、お待ちしていました。今から出掛けます・・・・・・ あなたは確か明日香さんよね? なぜ初心者課程に居るあなたまで一緒に居るのかしら」
「そ、その・・・・・・ 後学のために見学をしたいと思いまして」
「困ったわね、危険が伴うからあなたのような人は連れて行けないのよ」
「真美さん、やっぱりそうなんですか・・・・・・」
明日香ちゃんが落ち込みかけたその時、横から口を挟むのは当然この人よね。
「細かいことはどうでもいいんだよ! 明日香ちゃんは私と一緒に帰るんだからちょっと帰りに寄り道をするだけだよ! このさくらちゃんが居る限り危険はないからね」
自信満々のさくらちゃんの態度が妖魔討伐の危険性を説く真美さんを完全に押し切ろうとしているわね。まあさくらちゃんの主張どおり、危険な場面なんてそれ程考えられないんだけど・・・・・・ どうやらさくらちゃんの主張に真美さんが全面的に折れる形になったようね。さくらちゃんには当たり前の理論とか理屈は通用しないわ。理屈を丸ごと覆す存在がさくらちゃんですからね。
「わかりました、明日香さんも同行してください。でもどんな危険があろうとも全ては自己責任ですからね。そのことを肝に銘じて慎重に行動してください」
「真美さん、わかりました! ありがとうございます」
こうして私たちは合計8人で妖魔討伐に向かうために魔法アカデミーを出発するのでした。
夏が終わりを告げて秋風が心地よく感じるこの季節、夕方の6時を過ぎると真っ赤な太陽が地平線に沈んで周辺の住宅街を夜の闇が包み始める。この時間、いわゆる『逢う魔が時』は怪しい闇の存在の活動が活発になる時間帯の1つね。
ちょうどそんな時間に私たちは目的の場所に到着したわ。そこはずいぶん前に廃院となったかなりの規模を誇る病院の跡地。真夏だったら肝試しでスリルを求める若者が好奇心に駆られて足を踏み入れそうな場所よ。
敷地の裏手にある通用門をこっそりと開いて内部に入り込んでいくわ。真美さんたちは何度も来ているからこの辺りは手馴れた物ね。私たちもその後に続いて敷地に足を踏み入れていく。
(おかしいわね・・・・・・ 周辺には一切魔力を感じないのにこの敷地の中にだけ魔力が集中している)
日本では魔力が存在する場所は非常に限られているのよ。私たちの駐屯地がある富士山周辺はその代表的な場所だけど、いわゆるパワースポットと呼ばれる場所にしか自然に湧き出る魔力は観測されないのが当たり前なの。それなのにこの廃病院には不自然に魔力が存在している。それはまるでこの場所があらかじめ用意されていたかの如くに感じるわね。
「さくらちゃん、様子がおかしいから一応注意はしておいてね」
「フィオちゃんも感じていたんだね。大丈夫だよ、とっくに気が付いているからね!」
さすがはさくらちゃんね、私が指摘するよりも先に魔力の気配を感じ取っていたのね。異世界で魔物を討伐する時はいつもさくらちゃんが先頭を歩いて気配を察知していたから、今更私が指摘する必要もなかったわね。さくらちゃんが凄いのは戦闘力だけではなくて誰よりも早く気配を察知する能力に長けているからよ。破壊神の聡史でも舌を巻く程にね。
「さくらちゃん、何に気が付いているんですか?」
「明日香ちゃん、この雰囲気だけでわかるでしょう! いかにも幽霊が出そうだよね」
「も、もしかしてさくらちゃんは霊感があるんですか?」
「ちょっと違うけど、何かが出そうな気配は感じるよ」
「私は幽霊だけは苦手なんです! 今から引き返せるでしょうか?」
「もう敷地に入っちゃったからね。引き返すなら1人で戻るんだよ」
「それは絶対に無理です! まだ周りに大勢居た方がいいです!」
明日香ちゃんは幽霊が苦手なのね。私は一度死んで転生した身だから僅かな時間だけど幽霊になっているのよね。そんなに怖がられるとちょっと複雑な気分がしてくるわ。幽霊になるのもそんなに悪いことではないのよ。
それはいいとして、明日香ちゃんはすっかり腰が引けてさくらちゃんの背中にしがみつくようにして歩いているわ。でも気を付けてね! あなたがしがみついているさくらちゃんこそ地球上で最も危険な存在なんですからね。明日香ちゃんもいずれはわかるかもしれないわね。本気を出したさくらちゃんに比べれば、幽霊なんて恐れるに足りない存在だと。
「ここから建物の内部に入ります。くれぐれも行動は慎重にしてください」
どうやら5人の中では真美さんがリーダーで渚ちゃんが斥候役のようね。2人は全員に気を引き締めるように呼び掛けてから、鍵が壊れた鉄製のドアを開いて真っ暗な内部に入っていくわ。2人がリュックから取り出した懐中電灯で照らされたこの場所はどうやら元々は事務室のようね。カルテや様々な書類が床に散乱しているわね。その部屋を抜けると広い空間に出たわ。きっとここが待合室でしょうね。打ち捨てられたソファーなどがそこら辺に無秩序に置かれているわね。
さくらちゃんが無言で左の方向を指差しているわね。何か気配を捉えているようね。それから少し遅れたタイミングで懐中電灯の明かりがその辺りを照らすと、そこには得体の知れない存在が蠢いているのが目に入ってくる。
「ヒッ!」
「明日香ちゃん、静かにするんだよ!」
その物体を見た明日香ちゃんの口から引き攣ったような悲鳴が漏れているわね。さくらちゃんが声を顰めて注意したけど、その時にはその物体も私たちに気が付いて体中にまとわり付いている触手を伸ばしてくるわ。どうやらその長い触手で侵入者を捕らえるようね。姿形は大型のスライムのように映るわね。もっとも異世界にはあんな1メートルもあるようなスライムは居ないけど。
「ほのか、お願い!」
「魔力よ! 我の願いに応えて飛翔する炎を生み出せ! ファイアーボール!」
ほのかさんの右手からバレーボールくらいの火球が飛び出して大型スライムに着弾するわ。さっき本人から聞いたとおりちゃんと撃ち出せるようね。意外と狙いも正確でちょっと感心したわね。でも問題点もあるようね。それはたった1発のファイアーボールでほのかさんの魔力の5分の1を消費している点よ。つまりあと4発しか残弾がないのよね。
「ほのか、ナイス!」
「いい攻撃だったわ!」
美晴さんや真美さんから歓声が上がっているけど本当にこんな物でいいのかしら? この大賢者の目から見ると色々と問題がありすぎよね。さくらちゃんも首を捻っているからたぶん私と同じ感想を抱いているんでしょうね。日常は全く役に立たないポンコツ頭なんだけど、戦闘に関しては戦術の組み立てから結果の分析までしっかりとこなすのよね。その何分の1でもいいから普段から頭を使ってほしいんだけど。
「さくらちゃん、ほのかさんの魔法は凄いですね! 一撃であの気持ち悪い妖魔を炎に包んじゃいましたよ!」
「そうだね、中々やるね」
さくらちゃんの発言には『駆け出しにしては』というフレーズが省略されているわね。きっと色々と注意したいことがあるんでしょうけど、この場は討伐が上手くいったから敢えて口を出さないようにしているわね。もちろん私も同様に敢えて何も言わないわ。何しろこの場はただの見学者ですからね。
「もう少し奥に進みましょうか」
「真美さん、今日は調子がいいからいつもよりももう少し先まで行けるんじゃないかな?」
美晴さんが積極的な意見を口にしているわね。ピンチを招くフラグにならないといいんだけど。無事に火が消えたのを確認してから私たちは建物の奥を目指して歩き出していくわ。5人の後を付いて懐中電灯の頼りない明かりの中を歩いているけど光球でも出してあげようかしら。フロアー全体を照らすだけでも索敵が凄く楽になるはずなんだけど。でも今はまだ力を隠しておいた方が良さそうね。
そのまま奥に向かって歩いていくと、またしてもさくらちゃんが無言で右奥を指差しているわ。どうやら何か気配があるようね。ハンドサインで『5』と示しているから50メートル先に何かが居るんでしょうね。
「足音がする。たぶんレッサーデーモン!」
さくらちゃんから10秒以上遅れて先頭を進む渚ちゃんが気配を察知したようね。この10秒というのは戦闘において準備を開始するために本当に大事な時間なのよ。十分な準備を敷いて待ち構えているのとそうじゃないのとでは結果に大きな差が出るわ。5人は魔法を放つ準備のために体内に魔力を巡らせるのに7,8秒は掛かるから、この差は相当大きいわね。大賢者レベルになるといちいち魔力なんか巡らせる必要はなくて、思い通りのタイミングでいつでも魔法を放てるんだけど、それはこの場ではまだ秘密よ。
そして遠目を照らした懐中電灯の光の中には4つ足のゴブリンのような妖魔が現れたわ。異世界のゴブリンとの違いは背中から1対の翼が生えている点ね。確かに見ようによっては小型の悪魔のような感じがしてくるわね。
「絵美、いけるかしら?」
「大丈夫です! 私の魔力よ! 呼び掛けに応えて風の刃を生み出せ! ウインドカッター!」
風が生み出した真空の刃がレッサーデーモンに向かって飛んでいい感じに首を刎ね飛ばし、首を失った妖魔は煙のように空気に溶けて消えていったわ。その光景を見て私とさくらちゃんは『何かおかしい』という視線を合わせる。何がおかしいかというと、実体のある物は決してあのような消え方をしないものなのよ。例外は異世界にあるダンジョンだけね。ダンジョン内では魔物も冒険者も生命を失ったらその瞬間ダンジョンに吸収されていく。いわばダンジョン自体が生命を吸収する巨大な生物の消化器官のようなものなのよ。でも地球上にはダンジョンを発生させるような大掛かりな魔力は存在しないわ。
ということは、この建物の内部に現れる妖魔は実体を持たない物ということになるわね。渋谷に現れた中華大陸連合の帰還者が魔法陣から仮初めの姿形を持つ魔物を召喚したのとよく似ているわね。つまりこの廃病院の内部は力を持った術者によって創られた人工的な空間という訳ね。そしてその術者というのは魔法アカデミーの裏にいる魔女と繋がる教団の関係者でしょうね。目的を明かさずに少女たちにここに現れる妖魔の討伐をさせることで、強力な力を持つ魔法少女を生み出そうとでもしているのかしら?
ただしそれでは時間が掛かりすぎるわよね。この場で毎日妖魔との戦いを繰り返したとしても、あの5人が私に追いつこうとしたら何百年ではきかない気の遠くなるような時間が掛かるはずよ。それ程地球で生み出された魔法使いと異世界の大賢者とは魔法に関して隔絶した実力差があるのは紛れもない事実。おそらくこの事実は魔法アカデミーを裏から操っている人間にはわかっているはず。それでもこんな手間を掛けて少女たちを術者として鍛えようとしている目的がこの大賢者を以ってしても全然見えてこないわね。どうやら魔法アカデミーに関してはもう少し様子を見ないとならないようね。
こうして心の中に疑問を残しつつも、私たちは更に建物の内部に踏み込んでいくのでした。
得体の知れない魔法アカデミーの実態解明までもう少し時間が掛かるようですね。次回はたぶん本当の目的が明らかになってくると思います。投稿はたぶん明日できるはず・・・・・・ そう思いたいです!
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