67 バンパイアの襲撃 ~天狐編
お待たせしました、67話です。後半かなり残虐な表現がありますので、苦手な方はご注意ください。
「さくらちゃん、あっちには行かないんですか?」
「もう満足するまで体を動かしたからね。それに普段ならすっかり寝ている時間だから、残ったやつはポチに任せるよ」
「本当にどこまでもマイペースなんですね。天狐が強いのはわかっていますが、果たしてバンパイアに通用するんでしょうか?」
「そんなのはどうだか知らないけど、ポチにやらせると決めたからいいんだよ! 私のペットに相応しい戦いをしなかったらしばらくキツネうどんは無しにしようかな」
「そんなにハードルを上げる必要があるんでしょうか? なんだか心配になってきます」
「大丈夫だよ! ここからポチの戦いぶりをゆっくりと見ていればいいんだよ!」
「はあ、私は何かあった場合に備えて駆けつける準備をしておいた方がいいでしょうか?」
「そんな必要はないと思うけど、まあ良いんじゃないの」
さくらちゃんは全く気のない意見を口にしていますが、私は万一に備えて美鈴と連絡を取っておきましょう。
「美鈴、さくらちゃんが無事にバンパイアを仕留めました。陰陽師部隊の所には天狐が向かっていますが私も向かった方が良いですか?」
「アイシャ、お疲れ様でした。さくらちゃんは無事に周囲に被害を出さずに戦闘を終えたのね。アイシャはその場に待機していればいいわ。私がそちらに向かうからちょっと待っていて」
「はい、けっして被害が出なかった訳ではないけど・・・・・・ それはいいとして、待っているので早く来てください」
「了解、それじゃあ少しだけ待っていてね。通信終了」
通信を切ってからしばらくすると美鈴がやって来ます。フィオさんは建物の入り口で引き続き警戒に当たるそうです。大賢者が守っていれば建物内には誰も入れないですね。
「アイシャ、さくらちゃん、お疲れ様でした。それにしても何で勇者が気絶しているの?」
「ああ、私が挨拶代わりに衝撃波をぶっ放したら巻き添えを食らっちゃったんだよ! 軽く吹っ飛ばされただけだから気にしなくていいよ」
さくらちゃん、そこはやっぱり気にしましょうよ! 敵だけじゃなくて味方も吹き飛ばすなんて、こっちからしたら怖くて仕方がないです。あの時咄嗟の判断でタンクさんの盾に隠れて難を逃れましたが、もしほんのちょっとでも判断が遅れていたら絶対私も気絶していましたからね。
「それで結界入り口の箇所にはどうして天狐が向かっているのかしら?」
「ポチは自分の縄張りを荒らされて怒っていたからね。妖怪としてのプライドがあるんだよ」
「美鈴、大丈夫でしょうか?」
「まあこのまま様子を見ましょうか。さくらちゃんが動かないということはそれなりに自信があるんでしょう」
「まあね、ポチは私のペットになってからずいぶん強くなったんだよ! 毎日私と組み手をしている成果だね。アイシャちゃんくらいじゃぜんぜん敵わないよ!」
「元々敵いませんからどうでもいいです」
時々天狐がボロボロになって戻ってくる光景を目にしますが、あれはさくらちゃんと組み手をしていたからなんですね。ただでさえ強い大妖怪をますます強くして、さくらちゃんは何をしたいんでしょうか? こうして私たちは天狐が向かった結界の入り口付近に目を向けるのでした。
そのちょっと前、陰陽師小隊が奮戦する結界の入り口付近では・・・・・・
「撃ち捲くれ! こうなったら残弾を気にしないで撃ち捲くるんだ! バンパイアを絶対に近づけるな!」
隊員たちに檄を飛ばしながら私も手にする魔法銃を撃ち捲くる。魔力弾をかれこれ何百発も食らっているバンパイアだが、受けたダメージからすぐに復活して隙あらば飛び掛ろうと煌々と光る目を向けてくる。こうして敵をこの場に釘付けにしておけば、討伐を済ませた西川訓練生かフィオ特士が駆け付けてくれるはずだ。それまでここを持ち堪えるのが我々の役割、それにしてもバンパイアの生命力とは実際に目にすると恐ろしいものだな。
しばらく膠着状態が続いて双方ともに睨み合う態勢になったその時、私の背筋がゾクリとするような強烈な妖気を感じる。結界の内部へと進んでいったバンパイアが再び戻ってきたのかとそちらの方向を振り向くと、そこには一重に白袴を纏って髪を総髪にまとめた1人の男が立っていた。いや、もちろんそれは人間ではない。真っ赤に輝くその瞳は妖にしか持ち得ない妖気を漂わせている。
「鬱陶しい陰陽師どもに加勢するのは気が進まぬが、我が主殿の御言い付けとあらばそこなる妖魔をこの手で仕留めようぞ。邪魔なる陰陽師どもは下がっておれ!」
振り撒く妖気に載せて周囲に響く声の主こそ間違いなく天狐だ。だがその姿はさくら訓練生と一緒に駐屯地内を歩く普段の様子とは大きく掛け離れている。おそらくは普段は体から発する妖気を抑えているのだろうが、今はその戒めを取り払って大妖怪の本性を露にしている。この場に立つ天狐は紛う事無き大妖怪なのだ。
「急に現れたかと思えばどうやら日本の妖魔のようだな。貴様如きが誇り高きバンパイアに挑もうというのか! これは飛んだお笑い草だ」
バンパイアは突如現れた天狐に対して目を光らせながら見下したようなセリフを吐いている。さすがに私にとっても西洋の代表的な妖魔のバンパイアと、日本の大妖怪の天狐が戦う光景など予想外すぎてどちらに軍配が上がるかなど理解の範疇の外だ。今までは人間対バンパイアという戦いの構図だったのが、妖怪同士の戦いに様相が一変している。
「我に対してずいぶんな口の聞き方をする者であるな。そなたは唐国の者であるか? はたまた天竺なる国の者であるか? 我にとってはどちらでも構わぬことなるが、この場で滅ぶ哀れな者の名くらいは聞いてやってもよいぞ」
対する天狐も負けてはいないようだ。一重の袖に両手を隠したままの姿でバンパイアを見下すような口をきいている。その目は相手を見据えて妖しいまでに真っ赤に光っている。
「日本の妖魔というのは世間知らずもいいところだな。我ら闇に生きる誇り高き種族を知らぬ者がいるとは信じられぬ話だ。田舎者に敢えて名乗ってやるから良く聞くがいい。私はヨーロッパの闇を中世から長く支配してきたバンパイアの一族、名をイシスという。死への餞に覚えておくがよい」
「ヨーロッパ? 知らぬな。それは一体どこの辺鄙な地にあるのだ? この日の本こそが世の中心なり! 我は千年に渡りこの地で数多の妖怪たちを支配してまいった七尾の天狐なり。いざ、掛かってまいれ!」
天狐は堂々と名乗りを上げると両袖から手を出して自然体で身構える。対してバンパイアは鋼よりも鋭い爪を煌かせて襲い掛かるタイミングを計っている。一瞬の空白の時間の後に先に動き出したのはイシスの方だ。右手の爪を構えて一気に天狐に襲い掛かる。
「温い! 主殿の拳に比ぶれば真に温い! このような女々しき技で我を仕留めようとは真を以って笑止なり! 味わってみるがよいぞ、これが日の本に冠たる我の力なり!」
天狐は笑いながらバンパイアの爪を避けて左手で手刀を放つ。たったそれだけで天狐に向かって突き出していたイシスの右腕が肘の部分でスッパリと切り落とされていた。
「馬鹿な! 田舎者の妖魔如きに私の腕が断ち切られるとは・・・・・・」
「我の両手には風の刃が宿りたる。八百万の悉くを切り捨てるものなり!」
最初の攻防は天狐に軍配が上がったようだ。日本の妖怪をナメて掛かったイシスが自らの油断を突かれた形だ。だがイシスはすぐに失った右腕を再生して一旦距離を取って油断ない目で天狐を見ている。
「なんとも怪しき者なり! 切り落とした腕が再び生ずるとは! ならば次はその首を切り落としてくれようか!」
「どこを切り落としても無駄だ! バンパイアの無限の再生力を侮るなよ!」
さすがの天狐もバンパイアの再生力に驚いているような表情をしている。こんな力を持っている妖怪は日本にはいないからこれは当たり前かもしれない。対するイシスはニヤリとした表情を浮かべて再び踏み込んでいく。
「この程度の動きは我の目には止まって見えるなり! いかように振るうにしても全ては無に帰すると知るべし!」
「いくら切り落とされてもダメージは無いからな! ほんの僅かな隙を見せたら貴様は負けるのだ!」
体術では天狐が圧倒して次々に繰り出されるイシスの爪による攻撃を巧みに捌いている。だがいくら切り落としても次々に再生してくるイシスの能力に天狐も決め手となるような攻撃はできないままで、爪と手刀の風を切る応酬が繰り返される。それはさくら訓練生には及ばないまでも、人間の限界をはるかに超えた次元で繰り返される妖魔同士の戦いだ。
爪による攻撃を繰り出してそのたびに天狐の手刀で切り落とされていくイシスの両腕、すぐに再生してまた新たな腕で攻撃を加えていく。そのたびにイシスの腕から派手に鮮血が飛び散って、返り血を浴びた天狐の一重が真っ赤に染まっている。
「ははは、私の血をずいぶん浴びたようだな。食らってみろ! 血の呪縛!」
「そなたは何を仕掛けようとしているものか? 人ならばかような戒めに絡め取られようが、七尾の天狐にかくなる児戯は益なし! まこと愚かな者なり! ふむ、待つがよいぞ・・・・・・ そなたの血から強き妖力を感ずるなり。なるほど、そなたは血の妖力によってその身を形になすものなり。ならばこうしてくれようぞ!」
イシスが仕掛けた血の呪縛とやらは天狐には全く効果が無かったらしい。そしてこの戦いが始まって初めて天狐から踏み込んでいく。イシスの爪を掻い潜って一直線にその懐に飛び込むと、短い距離から貫手を放つ。そして天狐の右手はイシスの胸を貫いて背中に突き抜けている。貫手を引き抜きながら天狐は大きく後方に下がると、その手には血に塗れた何かを握っている。
「そなたの血の源を奪いたり。心の臓を抜き取られたる心持ちは如何ばかりなるや?」
「な、なんだと!」
ニヤニヤしながら抜き取った心臓をイシスに見せ付けている天狐、対してイシスは天狐の予想外の行動に目を見開いて絶句している。ほんの僅かな一瞬で心臓を抜き取られてはバンパイアとしたら堪ったものではないだろうな。
「驚くのはまだ早きものなり。さて、せっかくこうして手に入れたそなたの心の臓、どうしたものか・・・・・・ うむ、やはり手の届かぬ場所に収めるこそ良きかな」
天狐の顔貌が変わっていく。人を装っていた姿形をかなぐり捨てたようにして口が左右に大きく裂けて獰猛な牙が現れる。鼻は大きく前に突き出して頭の上には耳がニョッキリと出現した。
「少尉、あれが天狐の本来の姿ですか?」
「立石、そうかもしれないな。天狐の本来の姿が拝めるとはよい機会だ。陰陽師としてはこんな機会は逃せないぞ!」
私と立石が話をしている目の前で天狐は大きく口を開く。そして右手に持っている心臓をその口の中に放り込んだ!
「し、少尉! 天狐はバンパイアの心臓を食べてしまいました!」
「立石、落ち着くんだ! 私もあまりに予想外だが、妖怪が他の妖怪を食らうのはよくあるだろう」
私たちの目の前で天狐はイシスの心臓を咀嚼するとついにゴクリと飲み込んでしまった。あまりに想像を絶する光景に私たち同様にイシスも唖然とした表情を浮かべている。そしてようやくその衝撃から立ち直ったイシスが口を開く。
「なんと言う下劣な行為だ! このバンパイアの心臓を食らうだと! これだから田舎者は困るのだ!」
「血生臭いだけで何の味もしない不味きものなり! さて、そなたはどう出るのだ?」
我を取り戻して天狐の行為を罵っているイシスだが、その表情には見るからに余裕が無い。どうやらバンパイアの弱点は心臓だという伝承は正解なのかもしれない。それにしても天狐の方はバンパイアの心臓を食べて全く平気な顔をしている。食あたりとかしないのだろうか? 私の目には毒の塊のようにしか映らないが・・・・・・
「少尉、どうやら天狐の方が力が上のようですね」
「立石、日本の妖怪の中で天狗と並んで特殊な存在がキツネの妖怪なのだよ。彼らは祟り神として全国に奉られて多くの信仰を集めている。稲荷神社がそれに当たるな。日本人の信仰の特殊性というのかもしれないが、妖怪なのに神様扱いされているんだ。つまり天狐は半神半妖の存在という訳だ」
「なるほど、半分は神様ですか・・・・・・ なんだか納得できますね」
「その上今の天狐はさくら訓練生の従魔だ。さくら訓練生はああ見えても獣神だからな。神様に仕えているからには必然的に天狐の神性はより高まっているはずだ」
「だからこうしてバンパイアを圧倒しているんですか。勉強になります!」
立石兵曹は私の説明でなんだか妙に腑に落ちたような表情をしている。陰陽師たる者としてはもっと勉強してほしいと願っているぞ。明日からもっと教養の分野に力を入れるとするか。
さて、天狐に話を戻すとする。
「どうやらそなたの妖力が弱もうておるなり。我に服わぬ者の姿は真に哀れなり」
「時間を掛ければ心臓も再生できる! 勝負は未だついていないぞ!」
「我がそのような暇を与えるなりや? そなたはこれで滅するなり!」
天狐の体が眩い光に包まれる。そしてその光が収まるとそこには体長5メートルを超えるような大ギツネが周囲にキツネ火を漂わせながら姿を現した。先程の言葉通りに7つの尾を持っている。どうやらこれが天狐の本来の姿のようだ。
「哀れなる者には哀れなる最期が似合うておるなり。そなたは我に食われて黄泉に旅立つなり!」
大ギツネの姿になった天狐は立ち竦んでいるイシスに一気に飛び掛ると口を大きく開いてその体の半分を噛み千切った。上半身を飲み込むと残った下半身も平らげて口の周りをペロリと長い舌が血糊を舐め回す。どうやらこれでバンパイアとの戦いが終焉を迎えたようだ。
周囲の隊員たちはそのあまりの凄惨な光景に殆どが座り込んでいる。彼らの気持ちもわからないではないな。これは人智を超えた大妖怪同士の死闘なのだ。その結果として敗れた方が滅びを迎える、ただそれだけの話だ。私は尻餅をついている隊員に渇を入れて部隊は撤収の準備を開始するのだった。
少し離れた場所では・・・・・・
「さくらちゃん、天狐がバンパイアを食べちゃいました・・・・・・」
「アイシャちゃん、そんなに驚く話じゃないでしょう! 異世界だって魔物が魔物を食べる光景なんて当たり前だしね」
「それはそうなんですけど、こうして目の前で外見上は人の形をしている者が食べられるのは、さすがにちょっと引きますよ。それにバンパイアなんて食べて天狐は大丈夫なんですか?」
「ちょっと胸焼けするくらいで大丈夫じゃないの」
「魔力の流れを追っていくとお腹の中でバンパイアの魔力が天狐にどんどん吸収されているようね。たぶんカラになるまで魔力を吸われて、体は消化されておしまいでしょう」
「美鈴が言うんだから間違いないですね。それにしても天狐の本当の姿はあんな大きなキツネだったんですね」
「そうだね、私も初めて見たよ! 異世界ではドラゴンがペットだったけど、日本は狭いからあのくらいの大きさでちょうどいいかな」
さくらちゃんのその動じなさを小指の先でもいいから身に着けたいです。5メートルを超える大ギツネが『ちょうどいい』って言うのは果たしてどうなんでしょうか? さくらちゃん的な基準がどうなっているのか知りたいです。ドラゴンがペットだったって・・・・・・ まあさくらちゃんだから仕方がないですね。
「それじゃあ私たちも撤収しましょうか。さくらちゃんは天狐を元の姿に戻して一緒に連れてきてね」
「わかったよ、直接自分の部屋に連れて行くよ。もう眠いからね」
こうして3体のバンパイアが影も形も無くなって、今夜の襲撃は終わりを告げるのでした。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。次回の投稿は週の中頃の予定です。
ひとまずはバンパイアの襲撃を一蹴した特殊能力者部隊ですが、まだ残っている連中たちが指を銜えて見ているはずもなく・・・・・・ という展開が予想されます。次回の投稿をお楽しみに!
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