63 事情聴取
出来上がりが遅れていつもよりも遅い時間の投稿になります。
俺はバンパイアの脅威の可能性を伝えに司令官の執務室を訪れている。
それにしても報告を終えて最初に飛び出した言葉が『血の狂宴』って、この司令官は一体何を考えているんだろうか? と、俺は呆れている。俺だけではなくてその場に居合わせる面々ももちろん同様だ。
うん? 1人だけ見慣れない人物が要るけどこの人は誰だ? ヨーロッパ系の風貌をしているけど・・・・・・
「楢崎訓練生、ちょうどいいからお前も話を聞いておけ。只今絶賛バチカンの殲滅騎士団から事情聴取中だ」
そうだったんだ、こいつが駐車場に倒れていた連中なのか。それにしても司令官さんが直々に事情聴取を行っているんだな。相手が異世界からの帰還者だったら一般の隊員では手に負えないから仕方がないのかな? 鎧を脱いでいたから誰だかわからなかったんだけどこいつは妹に放り投げられて駐車場の入り口に近い所で気を失っていた男だ。簡単に状況を聞きだした時に『最初に向かってきたやつは小手捻りで頭からアスファルトに突き落としてやった』と妹が言っていた。良かったな、アスファルトが相手で! 頑丈な鎧のおかげで脳震盪くらいで済んだんだろう。パンチを食らった連中はいまだに生死の境を彷徨っているし、もう1人は膝を蹴り砕かれていたからな。基本的に手加減をしない妹にしてはずいぶん穏便な処置で済ませたものだ。あやつも少しは人間的に成長したのかな?
「さて、殲滅騎士団所属の守護聖人、アンブロシウスだな。改めて紹介しようか。今部屋に入ってきたのはお前を投げ飛ばしたこの部隊の鉄砲玉の兄だ。妹同様に強いから下手な抵抗は寿命を縮めるぞ。おそらくお前たちの諜報網なら顔くらいは知っているんじゃないか?」
そのように問い掛けている司令官さん、ところでこれは事情聴取ですよね! 何で右手に魔法弾を発射するピストルを握って、カチカチと安全装置を掛けたり外したりしているんでしょうか? 上着の不自然な膨らみは絶対に大型のナイフを忍ばせていますよね。小銃も手を伸ばせばすぐに届く脇に置いてあるし、もしかして殺す気満々ですか? しかも威圧感全開にして部屋の中の空気が時折ピシッという音を立てているし・・・・・・
「一切答えない。早く我々を解放しろ」
対するアンブロシウスは武器と防具は取っ払われて丸腰の姿だ。でもリディアの話だとこいつは魔法使いらしいからいきなり魔法が飛んでくるようなことを司令官さんは警戒しているのかもな。司令官さんが魔法ごときにビビるとは思っていないけど、副官さんや記録担当の隊員に被害が出ないとも限らないしな。
「いいだろう。お前の身柄は明日にでも大使館に引き渡してやるさ。でも瀕死の2人はすぐにとは行かないだろうな。お前が何もしゃべってくれない場合、なぜだか人工呼吸器装置のコンセントが抜けたり、点滴に筋弛緩剤が混入するなんて痛ましい事故が起こらないといいな」
「貴様、私を脅迫するつもりか! 私はバチカンの守護聖人だぞ! そんな汚い脅迫には屈しない!」
アンブロシウスは目を剥き出して司令官さんに食って掛かっているよ。それにしてもこの司令官さんは手段を選ばないな。脅しの手口がヤ○ザ業界の方々も裸足で逃げ出しそうなあくどさだ。対してアンブロシウスも頑なに証言を拒んでいる。守護聖人としてのプライドやら色々とあるんだろうな。その結果なにやら不穏な空気が司令官室に漂っているよ。
「アンブロシウス、ずいぶん粋がっているようだが勘違いするなよ。日本国内で魔法を使用したテロリストとしてこの場で処分しても一向に構わないんだぞ。好意で見逃してやると言っているのだからその見返りは支払うべきだろう。楢崎訓練生、お前はどう思う?」
急に俺に振ってきたよ! この司令官は何を考えているんだ? えーと、この場合は慎重に言葉を選ぶ必要があるよな。険悪になっているこの場の雰囲気はどうにも居心地が悪い。でも俺も国防軍の端くれだしここはビシッと決める場面じゃないだろうか。こうして色々と考えた挙句に俺はとある出来事を思い出した。
「先日渋谷で魔法を使用した中華大陸連合のテロリストが居ましたが、その場で俺がこの手に掛けて殺しました。テロリストには人権はありませんよね」
「ほう、甘っちょろいところがあると思っていたが、楢崎訓練生も中々言うようになったな。よく聞けよアンブロシウス、これがテロリストに対する我が部隊共通の認識だ。お前は日本の法律を犯しているという自覚を持ってしかるべきだな」
「私の後ろには10億を超えるカトリック信徒が付いている。神の名に懸けてバチカンの情報を漏らすのは拒否する。それは神と信徒に対する重大な裏切り行為だ!」
事情聴取を頑なに拒み全く応じる気配を見せないアンブロシウス、その態度に気が短い司令官さんのこめかみの辺りがピクピクしている。これは相当な危険信号が出ているぞ。この状態は強硬手段に訴えるのも時間の問題だろうな。手にするピストルがいつアンブロシウスの手足を撃ち抜くかわかったもんじゃないぞ! 普通の弾丸じゃなくて飛び出すのは魔力弾だから、帰還者でも無傷では済まないだろうし。もし俺だったらとっくに洗いざらいしゃべっているな。さて、この守護聖人とやらはどこまでやせ我慢できるんだろう?
「そうか、どうしても話す気にならないか。楢崎訓練生、まだ夏の名残で今夜は暑いな。どうだ、お前の魔力の一端をちょっと見せてやれ。心身ともに冷え冷えするくらいにな」
「えっ、俺がやるんですか? いいですけど俺は魔力の調節が苦手ですよ」
「構うものか、精々脅かしてやれ!」
「わかりました」
と、承知したもののどうしようかと俺は悩む。脅し程度の魔力ってどのくらいか見当が付かないからだ。どうしようかな? そうだ! 俺の力を信じなかった天狐を脅かした時くらいでいいだろう。あの時はアイシャたちに襲い掛かっている土蜘蛛を分解したんだよな。
よし、それじゃあやってみるか。俺は右手に魔力を集め始める。別に攻撃をする訳ではないからただ単に集めるだけだ。確かあの時は3百万くらいだったような気がするから、感覚的にスプーン3杯くらいの魔力を手の平に乗せるような感じでと・・・・・・ こんな具合でいいかな?
「なんだと! 有り得ない魔力だぞ! 何が起こっているんだ?!」
どうやら大成功だったようで、アンブロシウスが両手で頭を抱えるようにして思いっきり動揺している。俺の手の平に集めた魔力が物理的な圧迫感を加えているようだな。特に魔力に敏感な帰還者は魔力の嵐が吹き荒れているように感じるそうだ。ちょっと前にアイシャがそう言っていた。魔力を持たない人にとってはちょっとした違和感程度しか感じないのだが、魔力に対してレーダーのような感覚を持っている帰還者には大量の魔力というのは中々効果的だ。磁気嵐で飛行機のレーダーが真っ白になるような現象として感じるのかもしれない。俺は自分の魔力だから一向に何にも感じないけど。
「楢崎訓練生、お前にしては上出来だ。どれ、その魔力をちょっと貸してみろ」
そう言って司令官さんは俺の手の平にあった魔力をヒョイと掴み上げるとそれを手の平でコロコロと転がしている。さすがにこんな真似は美鈴にも不可能だな。この人の底の知れなさが十分に俺に伝わってくるよ。
それにしてもさすがは司令官さん、相手を追い詰めるテクニックは超一流だ。自分の保有する何十倍もの大量の魔力を他人が手の平で転がしている光景なんて、魔力を持っている者からしたら悪夢そのものだろうな。アリが空を見上げたら、人の足がちょうど自分に向かって下りて来るところだった・・・・・・ というくらいに絶望的な気持ち追い込まれるはずだ。あまり使いようのない俺の魔力だけど、こういうハッタリにはどうやら有効なんだな。良いことを知ったよ!
「わかった! 何でも話すからその馬鹿げた魔力をどうか引っ込めてくれ!」
悲鳴のようなアンブロシウスの声が司令官室に響く。どうやらこの勝負は司令官さんに軍配が上がったようだ。俺がやらなくっても結果的に追い込まれて、キッチリと型に嵌められるのは最初からわかっていたけど。
「そうか、私が聞きたいのはわざわざお前たちが日本にやって来た目的だ。あの姉妹を捕まえるにしてはこの人数は大掛かり過ぎる。この駐屯地近辺で何をしていた?」
「調査だ。この富士周辺の教会で天使に関する異変が相次いだ。当然バチカンでも異変は確認されている。我々はその原因を突き止めるためにここにやって来た」
なるほど、天使に関する調査ね。うん、心当たりがありすぎるぞ! 何しろカレンの体内に眠っていた天使を目覚めさせた張本人が俺だし。でもこんな話は軽々しくは出来ないぞ。カレンが狙われるだろうし。
「天使だと! これはずいぶん芳しいフレーズが飛び出てきたな。もっと詳しく話してみろ」
司令官さんはカレンのことなど噯にも出さずに問い詰めているよ。きっと頭の中で色々と対応策を練っているんだろうな。自分の娘が係わっているから真剣に聞き出そうとしているんだけど、表情は興味なさげを装っている。
「膨大な量の魔力の観測と、天使の肖像画が黒焦げになったり、彫像にヒビが入ったりした異変が相次いでいる。我らの神のご意思を届ける天使の身に何か生じている可能性を危惧して調査をしていた」
「それだけか?」
「ああ、それだけだ」
「くだらない話だな。聞いて損した気分だ。いいか、この日本にはキリスト教徒は精々人口の1パーセントしか居ない。そんな国の瑣末な出来事で一々守護聖人が動いたという訳か。話を聞いてガックリしたぞ」
きっと司令官さんはバチカンがカレンの情報をどこまで知っているのか探っていたんだろうな。まだ具体的なカレンの身に関する話は全く掴んでいないとわかって一安心している様子だ。
「それからその膨大な魔力の保有者なら心当たりがある。それ、お前の目の前に居るだろう」
「そ、そうなのか・・・・・・ やはりこの者が発した魔力だというのか」
「楢崎訓練生、お前の魔力はさっき見せたので全てか?」
「ごく一部ですね。良かったら100倍くらいにしてみましょうか?」
「本人はこう言っている。納得したか?」
「これ以上は止めてくれ! あれだけの魔力を軽く扱う様子を見せ付けられては納得するしかない」
「一応説明しておくと、お前たちが観測したのは魔力を弾道ミサイル迎撃に応用する実験の一環だ。この楢崎訓練生が魔力の量をウッカリ2桁ほど間違えた単なる事故だ。楢崎訓練生、そうだよな」
「はい、その通りです」
いつの間にか司令官さんは天使の話を俺の魔力にすり替えているよ。この辺の相手の思考を誘導するテクニックは見習うべき点があるな。ひとまずはこれでカレンはバチカンから隠し通せるだろう。その分俺の情報が公開されたけど、俺の魔力は一種の抑止力としてある程度公開する方針だから特に問題はない。
「もういい、お前は明日大使館に引き渡す。それから一応注意をしておくぞ。バチカンの帰還者が日本で活動する場合は公式な政府の許可を取れ。許可なしで活動した場合は容赦なく鎮圧する。この内容は私からのメッセージとしてマルスにはすでに伝えてある。やつも了承済みだ」
「わかった、魔力の情報も含めて上層部に伝える」
ちょっと待ちましょうか、司令官さん! 確か駐車場で美鈴を通して伝えられた話では『今度同じような真似をしたらローマ法王の首が物理的にナンチャラ』という内容だった気がするぞ! この場は副官さんや他の隊員の目があるから若干トーンダウンしているのか?
そしてダメ押しとばかりに司令官さんは手の平で転がしていた俺の魔力を、手に軽く力を込めて握り潰して見せる。1つの塊を形成していた魔力が室内の空気に霧散して広がっていく。3百万の魔力の塊が消えて無くなる光景を目の当たりにしたアンブロシウスの表情は人間の限界を超えて引き攣っていたのは言うまでもない。俺自身もさすがにビックリしたと同時に司令官さんの恐ろしさを再認識したよ。
散々脅かされたアンブロシウスはしばらくするとようやく落ち着きを取り戻し、彼らが知りたがっていた魔力に関する情報を与えられて納得した表情に変わる。一方的に聞き出すだけではなくて、多少はアメ玉を握らすのも尋問のテクニックなんだろうな。こうして司令官さんが聞きたかったことを白状してアンブロシウスの事情聴取は終了する。美鈴の手に掛かって1人守護聖人が塵に分解されたけど、その真相に関しては国防軍は知らぬ存ぜぬで押し通す方針だ。
それとこの駐屯地で保護されている例の姉妹に関してはバチカンは手出しを控えるという話でまとまった。彼らとてこれ以上司令官の逆鱗に触れたくはないのだろう。
こうして何とかバチカンの問題は解決を見て、あとは負傷者が回復次第大使館に引き渡すという合意が形成されるのだった。
その頃、河口湖の付近のいかにも別荘という造りの建物の内部では・・・・・・
「サン・ジェルマン様、コウモリの姿に化けて偵察をしていた者が戻りました」
「ご苦労だった。何か情報を掴んだか?」
日本にやって来て数日、配下のバンパイアたちを使ってこの国の魔力が集まる場所を探していたが、やはり当初睨んだ通りに『神殺し』が居る基地近辺であった。私が偉大なる魔女様にお仕えしたのは10年前、魔女様からお聞きした話ではその更に10年近く前にあの素晴らしきお力を持つ魔女様すら『神殺し』には屈したらしい。俄かには信じ難き話ではあるが、ただ一度でも魔女様を下したのであれば『神殺し』は容易ならざる敵だと判断してよいだろう。だがそれを放置しておいては魔女様にお仕えする身としては失格である。偉大な魔女様に報いるためには私の最大の力を持って主の汚名を雪ぎたいと考えるのは当然の気持ちである。
「して、何を掴んだというのだ?」
「はは、偶然バチカンの殲滅騎士団が我らの血を汚す半端者を討伐しようとする現場に遭遇しました」
「そうか、バチカンの連中もこの地にやって参ったのだな。あやつらも天使に関する何かを掴んでいる可能性が考えられよう。バチカンの動きも注視せねばなるまいか?」
「サン・ジェルマン様、その必要はございませぬ。バチカンの犬どもは日本の国防軍を名乗る者にあっという間に討ち果たされました」
「なんと! さてはバチカンは事を甘く見て序列下位の者を遣わしたのか?」
「違います。あの場には確かに守護聖人が4人居りました。その4人が1人の少女にあっという間に倒されたに相違ございませぬ」
「守護聖人が4人掛りでたった1人に討ち果たされたと申すか?」
「その通りでございます。魔法も剣もまるで歯が立ちませぬ。我らが恐れる守護聖人が操る天の術式すらも軽々と打ち破りました」
これは誤算であるな。守護聖人とはバチカンの実行部隊の中でも最上位の存在。現在は殆どの人員が帰還者で構成されていると聞き及ぶ。バチカンのうるさい連中が消えたのは幸いではあるが、たった1人であの守護聖人を討ち果たすとは一体何者であるか? 興味は尽きないが『神殺し』の対応だけで手が一杯の所に新たな要素が加わったとなると、今一度作戦を練り直す必要があるやも知れぬ。
「その他には何かあるや?」
「守護聖人を倒した少女の元に後からやって来た者が居ります。1人は強大な魔力の持ち主で、その魔力が一体如何ほどあるのか想像がつきませぬ。更にもう1人は・・・・・・ 口にするも憚られる程の深淵を宿す者でございました」
「深淵を宿す者? それはどのような意味であるか?」
「我ら闇から生まれた一族にあっても、更に見通せぬ深淵とでも申せばよろしいでしょうか」
ふむ、只ならぬ魔力を持った者とバンパイアにも理解できぬ深淵とは如何なる者か、これは自らの目で見ぬことにはこの場で判断を下せぬな。となるとやはり直接乗り込んで対峙するよりなかろうが、まずは偵察の者を送り込むのが良かろう。
「良き働きであった。今宵3人程偵察の者を送ってみるとする。それとは別に監視をする者を2名準備せよ」
「承知いたしました。それから我らの血を汚す半端者がかの基地に居りますれば、その穢れた命を血で贖うご許可を得られれば幸いでございます」
「良かろう、そなたらの問題はそなたらが解決するが良い」
「感謝いたしまする」
監視役に魔力のパスを繋げばそこで起きた出来事が私の手に取るようにわかる。例え今回の偵察の者たちが犠牲になろうとも得られる物は大きいはずである。偉大なる魔女様に良きご報告が出来るよう、私は最善の手筈を整えて今宵を楽しみにするのであった。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。次回の投稿は水曜日を予定しています。
バチカンの守護聖人たちとの話は一段落して、次回はバンパイアたちが登場します。どうぞお楽しみに!




