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62 襲撃の予感

新年第1弾の投稿です。今年もどうぞよろしくお願いします!

 駐屯地に戻った俺たちはそのまま司令官の執務室に直行した。東中尉が入り口で待ち構えて、リディア姉妹と俺たち3人をなるべく人目に触れないように案内してくれたおかげだ。



「失礼します。当事者を連れてまいりました」


「ああ、ご苦労だったな。中尉も話を聞いておいてくれ」


「了解しました」


 司令官室に入った俺たちはソファーに腰を下ろす。リディアとナディアの2人はこれから何が起こるのかよく飲み込めていないせいで不安そうな表情をしている。



「楢崎訓練生、西川訓練生、さくら訓練生、このたびは無事に私の友人の子を保護してくれて感謝する。さて、2人はアンナの子供に間違いはないか?」


「はい、私たちの母親は間違いなくアンナです」


 司令官さんはできるだけ優しい声を出しているつもりだろうけど、その努力の甲斐もなく返事をするリディアの声は僅かに震えているよ。ナディアに至っては姉の右腕にしがみ付いて生まれたての小鹿のようにプルプル震えている。俺でさえも迫力に圧倒されるんだから、この姉妹にとって初めて会う司令官はさぞかしおっかない人に映っているんだろうな。



「そうか、アンナがお前たち2人だけを放って置くはずはない。何かあったんだな」


「母は私たちを庇って亡くなりました」


 悲しそうに俯くリディア、ナディアはその姉の手をギューっと握っている。2人とも母親を失ったショックが癒えていない様子がありありと見て取れる。



「そうだったか。力になれなくてすまなかった。アンナは私の古い友人であり、ヨーロッパで仕事をする時のパートナーだった。2人とも若かった頃の話だが、彼女が後方で色々と手配してくれたおかげで私は心置きなく暴れ回った。大切な友人を亡くしたのは私にとっても悲しい出来事だ」


「ありがとうございます。空の上で母もきっと喜んでいるでしょう」


 あの司令官さんが珍しいくらいにへこんでいる。相当なショックを受けているみたいだな。やっぱり冷徹な殺戮マシーンではなくて、当たり前の感情を持った人間だったんだな。それにしても司令官が心置きなく暴れ回るなんて、どんな惨劇が引き起こされたのか想像が付かないぞ。 



「さて、どうやらお前たち2人も狙われているようだな。どこの組織に属するやつらが狙っているのか教えてくれるか? これから2人を守るためにもアンナの仇を討つためにも是非とも必要だ」


 司令官の質問にリディアは思い詰めた表情で考え込んでいる。どうやら相当言い難い秘密が隠されているようだな。だが今は保護を求めるためには迷っている場合ではないと決心した様子で顔を上げる。


「私たち姉妹にはバンパイアの血が流れています。母はハーフバンパイアでした」


 おいおい! ついこの間天使が登場したと思ったら今度はバンパイアの血を引く姉妹か! 色々と登場しすぎて訳がわからなくなってきたぞ。



「アンナがハーフバンパイアだったのは知っていた。ということはお前たちはその血脈が原因で追われていたのか?」


「はい、教会からは『神の敵』として、純血のバンパイアたちからは『血を汚す裏切り者』として追われていました」


「なるほどな・・・・・・ おい、あのバチカンの連中はまだここに居るのか? 後腐れなくこの場でシメておこうか!」


「司令、バチカンとは事を構えないのが政府の方針です」


 キラリと目を光らせた司令官さんに東中尉がストップをかけている。本当に危ない人だな、せっかく手当てを受けているバチカンの殲滅騎士団をシメちゃうって・・・・・・ あっ、そうだった! ホテルのロビーに現れた『聖ウルスラ』と名乗った帰還者はすでに美鈴によって塵のように体を分解されているんだった。まああの事件は美鈴が創り出した別の次元で起きていたから真相は闇から闇に葬られるんだけど。



「ちっ、今回は大目に見てやるか。次はないがな」


 本当に残念そうに『ちっ』って舌打ちしているよ。この駐屯地で一番危険なのは俺の妹だと思っていたけど、どうやらその上に司令官という途方もなく高い峰が聳え立っているらしい。俺の心の中で序列を変更しておこう。



「司令、私からもリディアに質問してよろしいでしょうか?」


「ああ構わないぞ」


 美鈴が聞きたいことがあるらしい。何を聞こうとしているんだろうな? 美鈴の考えることは俺のレベルをはるかに超えているからな。



「バンパイアの血を引いているということは人間の血への渇望はあるのかしら?」


 ふむふむ、確かにこれは大事な点だな。バンパイアというのは人の血を吸って生きる糧を得たり、仲間を増やしたりしていると聞いているぞ。その点をはっきりとさせておかないと相当危険だよな。



「母も私たちもバンパイアの能力を限定的に引き継いでいますが、それ以外は普通の人間と大きな変化はありません。あとは体内に魔力を所持している点が普通の人たちとは違うでしょうか」


「そうなのね、それを聞いて安心したわ。司令、この2人は私に預けてもらえませんか? バンパイアの闇の力は私にとっても望む所です」


「ほう、西川訓練生が2人の面倒を見てくれるのか。大魔王に任せておけば私も安心できるな」


 美鈴の力を済州島で実際に目にしているだけあって、司令官の彼女に対する信頼は格別の物がある。大魔王が2人を保護しながら鍛えていけばそのうち身を守る術ぐらいは身に付きそうだな。ただ頭越しに色々と決まっていく状況に、リディアは話が見えずにキョトンとした表情をしている。ナディアは不安でいっぱいの涙目で姉を見ているだけだ。



「リディア、ナディア、2人ともこれからこの大魔王が守ってあげるわ。それから2人とも魔力があるようだし身を守る魔法の練習もしていきましょう! 私は闇魔法が一番得意だから、あなたたちの魔力の波長と相性がいいわ。大魔王直々に手解きしてあげるから楽しみにしていて!」


「あのー・・・・・・ 大魔王というのは一体何のことでしょうか?」


 おずおずとした態度でリディアは美鈴に聞いている。彼女もどうやら美鈴から滲み出てくる物騒なオーラを感じ取っているようだな。まさかここに本物の大魔王が居るなんて想像のはるか彼方の話だろう。



「よく聞いてくれました。私は魔法に関しては並び立つ者が居ない異世界の大魔王、その気になれば街の1つや2つは指先だけで消し飛ばすわよ!」


 これこれ美鈴さん! そんなドヤ顔でポーズを決めているんじゃありませんって! 本人は親しみ易い大魔王様をイメージしての振る舞いかもしれないけど、リディアはドン引きしてナディアは益々頑なに姉にしがみ付いているじゃないか。しょうがないからここは秘密兵器のアメちゃんをアイテムボックスから取り出そう。


 俺はポカンと口を開いているリディアの口にアメちゃんを放り込んでやる。ちょうどナディアの顔もこちらを向いているから同じように押し込む。2人ともビックリした顔をしていたけどアメちゃんだとわかったら安心した表情に戻っている。これっ、妹よ! 何でお前まで口を開いて待っているんだ! お前は昼間焼きそばを腹一杯食っていたんだろうが!



「よし、ひとまずは2人を特殊能力者部隊に入隊させようか。東中尉、手続きを頼んだぞ」


「司令、本当にいいのですか?」


「妖怪をペットにしているやつが居るんだから、今更バンパイアが増えたところで問題はないはずだ」


「確かにその通りでした。それでは今日中に手続きを終えます」


 うん、これで2人は無事にこの部隊に保護される体裁が整うな。部外者を宿舎に泊めるのは問題があるけど、入隊していれば誰からも文句が出ないはずだ。いや、そうでもないか。ナディアはどう見ても10歳前後だから、年齢的にちょっと問題かもしれないな。まあそこは俺たちと同様に訓練生扱いにしておけばギリギリセーフだろう。



 こうして俺たちは姉妹を連れて宿舎に向かう。まだ部屋数に余裕はあるが、ナディアの希望で彼女たちは2人部屋で姉妹一緒に過ごせるように配慮された。ようやく落ち着いて生活できる環境を得られた姉妹は安心した表情で自分の部屋に入っていく。



「兄ちゃん、すっかり忘れていたよ! ポチを連れて来ないと! 今日は私が昼間出掛けていてずっと放置していたからね!」


 再び外に出て行く妹を見送りながら、俺も一旦自分の部屋に向かうのだった。






 地下通路の最奥、天狐の祠の前では・・・・・・



「おーい、ポチは居るかな?」


「これはこれは主殿! 首を長くしてお待ち申し上げていましたぞ」


「今日は昼間出掛けていたから迎えに来れなくて悪かったね。その分晩ご飯は好きな物を食べていいよ!」


「これはかたじけないお言葉。我はキツネうどんと稲荷ずしがあれば満足ですぞ」


「それじゃあ早速食堂に行こうか!」


「お供いたします」


 まったくポチは単純だね。コロッと食べ物に騙されているよ。むむ、なんだか『お前の方が単純だろう!』という声が聞こえてくるような気がするけど、そんなことはどうでもいいか! これから楽しい晩ご飯のひと時が待っているからね。昼間の焼きそばはすっかり消化されてどこかに消えちゃっているよ。きっとあの鎧の連中をぶっ飛ばしてエネルギーを消費したんだね。さあ、今夜もいっぱい食べちゃうよー!



 ポチを連れて一旦建物の外に出て行く。ポチの家がある地下通路と食堂は別の建物になっているんだよ。おや? 空から何かこっちに近づいてくるね。


 ”バサバサバサ”


 私の前に降りてきたのはどうやら昼間のカラスみたいだね。ほら、足が3本ある珍しいやつだよ。



「ラーメン食ベタイ! 面白イ話アル!」


「むむ、昼間の焼きそばだけじゃ足りなかったのかな? それにしても今度はラーメンとは、このカラスはやはり只者ではないね!」


「主殿はさすがでございますな。こやつは八咫烏ヤタガラスでございます。このような神の遣いを手懐けているとは御見それいたしましたぞ」


「そうなんだ! 面白いカラスだと思っていたけど神様の遣いなんだ。それにしては欲しがる物が庶民的な気がするけど、まあいいか」


「ラーメン食ベタイ! 話キク!」


「それじゃあ食堂のラーメンを食べさせてあげるから付いておいで!」


「コウモリイッパイ集マル! アヤカシノ気配アル!」


「主殿、我も外に出て気になりましたぞ。どうも我が見知らぬ妖気を遠くに感じまする」


「ふむふむ、ポチまで何か感じているんだね。どうやら駐車場で誰かに見られているように感じたのは気のせいじゃなかったということだね」


 歩きながらちょっと考えを巡らす。コウモリが集まっているということはコウモリを操る妖怪が居るって考えていいかもしれないね。そしてリディアちゃんの話によると2人は吸血鬼たちからも狙われていたらしい。となるとすでにこの場所を嗅ぎ付けている可能性があるよね。うほほー! これはなんだか面白い話になってきたよ!



「ご飯が終わったら私はすぐに寝るよ。ポチは気配を探って何か感じたら私を起こすんだよ」


「主殿、無理に起こそうとして我は何度も壁に叩き付けられておりまする。今宵は何事もなく目を覚ましていただけますでしょうか?」


「もちろんだよ! 何しろ楽しそうな戦闘が待っているかもしれないからね。吸血鬼との戦いなんて中々味わえないよ!」


「すでにあやかしの正体をご存知とは、さすがは我が主殿でありまする」


「このさくらちゃんには不可能はないんだよ! そうだ、カラスも空から見張って何かあったら私に知らせるんだよ!」


「チャーシュー追加スル!」


 贅沢なカラスだと思いながらも、こうして方針が決まった私は天狐とカラスを引き連れて食堂に向かうのでした。







 食堂では・・・・・・



「兄ちゃん、お待たせ! 面白い話があるよ!」


「さくら、その前に天狐の肩に乗っているカラスは何者だ?」


「ああ、このカラスは板ガラスだよ!」


「主殿、お言葉ですがこの者は八咫烏ヤタガラスでありますぞ」


 天狐、俺に代わってツッコミご苦労だ! でもそんな遠慮がちに言っても妹には効かないぞ。もっとビシッと言ってやれ! それにしても八咫烏とは何者だ? 俺は隣の席の美鈴に視線を向ける。



「古事記に出てくる神の遣いのカラスね。神武東征の時に熊野から大和まで道案内をしたと伝えられているわ。それにしてもさくらちゃんはいつの間にそんな神話に出てくる存在と仲良くなったの?」


「ふふふ、全て私の人徳のなせる業と言ってほしいな。焼きそばを食べている時に私の前に降りてきたんだよ。今度はラーメンが食べたいんだって。ポチは先にカウンターに行ってキツネうどんとラーメンをもらってきていいよ!」


「それでは行ってまいります」


 八咫烏を肩に乗せた天狐はカウンターに向かっていくよ。それにしても神話に出てくるようなカラスとは・・・・・・ 妹よ、お前は段々人間から遠ざかっていくな。



「それよりも兄ちゃん、面白い話があるんだよ! カラスとポチが遠くに妖気を感じているらしいよ。どうも話からすると吸血鬼が集まっているみたいなんだよ!」


「なんだと! それは大事じゃないか! 大急ぎで司令官に報告するぞ!」


「それが良いわね。駐屯地全体で暖かく出迎えてあげましょう」


「私も早く寝て歓迎の準備を整えるよー!」


 時刻は7時前、俺は手を付けていた夕食を大急ぎで食べ終えてその足で司令官の部屋に向かう。



「ほう、国防軍の最強戦力が待ち構えているこの駐屯地を襲撃をしようという命知らずが居るのか。面白い、血の狂宴を以って歓迎してやろうじゃないか」


 どんな判断が下されるかと思っていたら『血の狂宴』ときたもんだから呆れて物が言えないよ! 物騒に輝く司令官さんの目を俺は直視できなかったのは言うまでもなかった。


  


最後までお付き合いいただいてありがとうございました。次回の投稿は日曜日を予定しています。


今年も皆様からの応援の感想、評価、ブックマークをどしどしお寄せいただけるように頑張っています!

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