61 姉妹の再会
予定よりも1日遅れの今年最後の投稿になります。
私が見つめる目の前でさくらちゃんと殲滅騎士団の戦いが始まったわ。先に動いたのはマルスに目配せで合図を受けたヤコブとフランチェスコの2人、どうやら魔法で先手を奪うつもりのようね。さくらちゃんは魔法に対して何か対抗する手立てがあるのかしら? 彼ら2人の魔法は私から見れば相当な威力がある上に数をまとめて放ってくるから回避が難しいわ。
「んん? 私に魔法で挑んでくるつもりなのかな? 忠告しておくけどチャンスは最初の1発だけだよ! 一番威力の高い魔法を撃たないとこのさくらちゃんの壁は越えられないからね」
なんと言う自信家なんでしょうか! このさくらちゃんと名乗る少女の頭の中は一般的な戦いの常識を超越しているわ。普通魔法使いを相手にする時には如何に魔法を撃たせないようにするかが肝心なはずなのに、それをわざわざと撃たせてやろうというんだから、見ている私も呆れて物が言えないわ。
「そのセリフを後悔するなよ! 我が神よ、その御力を貸し給え。慈悲深き思し召しにより裁きの炎を召喚し給え。焼く尽くせ! ウリエルの業火!」
巨大な火柱が上がって、その炎はさくらちゃんに向かって襲い掛かる。炎属性を操るのが得意なヤコブは大天使ウリエルの力を借りて神を冒涜する者を永劫の業火で焼き尽くす炎を召喚した。そしてその炎はあまりの高温のせいで大気をイオンに変えながらさくらちゃんに向かって突き進む。その恐ろしさに私は身が竦む思いだ。でもさくらちゃんは動く様子もなく自分に迫ってくる炎を見ているだけ。ダメよ! あんな物凄い炎を浴びたら灰も残らずに燃やし尽くされてしまうわ! お願い、さくらちゃん! 何とか逃げて!
「ふん!」
「えっ!」
私の口から思わず声が漏れてしまった。それ程信じられないような光景が僅かな一瞬に起こったの。さくらちゃんの拳が軽く動いたかと思ったら、そこから引き起こされた魔法の威力をはるかに上回る衝撃が跡形もなくウリエルの業火を吹き飛ばしていたの。あまりに一瞬の出来事過ぎて何が起きたのか全くわからないのよ。私だけではなくて殲滅騎士団の3人も同様に唖然とした表情をしているわね。
「それほど大した魔法じゃないね。美鈴ちゃんのヘルファイアーの方がよっぽど強力だよ! この程度の魔法だったらわざわざコアを破壊しなくても、拳の衝撃波だけで吹き飛ばせるからね」
さくらちゃんが何を言っているのか全然理解できないわ。あんな恐ろしい魔法を拳で消し飛ばしたというの? でも現実に炎は跡形もなく消えて、燃え残っていた魔力が大気中に拡散している。よくわからない出来事が目の前で起こりすぎて自分の目が信じられなくなってきたわ。それにしてもさくらちゃんは一体何者なのかしら? 確実に言えるのはなんだか見掛けによらずに信じられない力を秘めているということだけよ。
「何かの間違いに決まっている! フランチェスコ、今度は一緒に魔法を放つぞ!」
「おう!」
「バカだね! チャンスは一度だけだって言ったでしょう!」
何とか気を取り直した魔法使いが今度は2人掛りで魔法を放とうとしている目の前に突然さくらちゃんが現れたわ。たった今まで30メートルくらい離れた場所に居たはずなのにどうなっているのよ? 瞬間移動なんて本当にできるのかしら?
「それー、三途の川が見えちゃうパーンチ×2!」
「ごへぶー!」
「だわもー!」
えーと、さくらちゃんに殴られたヤコブとフランチェスコの2人は仲良く宙に舞い上がって、頭から駐車場のアスファルトに突っ込んでいるわね。ガシャンという派手な音を立てて口から泡を吹いてビクビク痙攣している。頑丈な鎧のおかげでまだ辛うじて息は残っているみたいだけど・・・・・・ ようやく私にもたった1人残ったマルスにもさくらちゃんの恐ろしさが理解できてきたわ。小さな見掛けとは大違いで、この子はドラゴン並みの強さに違いないと。
「よくも私の仲間を! この報いは必ずや受けてもらうぞ!」
「おやおや、これだけの格の違いを見せ付けられてもまだ戦う意思が残っているんだね。感心感心! それじゃあ、軽~く仕留めちゃうよー!」
「この剣で斬り伏せてくれる!」
先に突っ込んで行ったのはさくらちゃん、姿がまた消えたと思ったらマルスの目の前に現れたわ。そのまま魔法使いたちと同じようにパンチ1発で吹き飛ばされるのかと思ったら、マルスはさくらちゃんの動きがわかっていたかのように正確にその頭上に剣を振り下ろしてくる。
「おおっと! 危ない危ない!」
さくらちゃんはスッと体を引いて剣を遣り過ごすとカウンターを狙いにいくわ。でもそこに再びマルスが剣を下から振り上げて接近を許さない。さくらちゃんは仕切り直しで一旦距離を取って両者が睨み合う。
「予想外にいい腕をしているよ! うちの部隊のヘッポコ勇者よりも数段上の力だね」
「お前が如何に素早く動こうが私の目は全てを把握している。私を前にしては勝ち目はないと諦めるんだな!」
「そうかな? まだ始まったばかりだよ!」
さくらちゃんはまた同じように突っ込んで行く。それを見透かしたようにマルスが剣を振り下ろすと、すかさずさくらちゃんが避けていく。そんな攻防が5回程繰り返されてから再び距離を取る両者。
「なんとなくわかったよ! 私の動きにこれだけついてこられるのは目の良さと先読みだね」
「よくわかったな。私には『動体把握』と『先読み』のスキルがある。それにこの聖釘を溶かして鍛造する際に混ぜ込んだ聖剣『ハプテスマの雷』がある限り私は無敵だ!」
「ぷっ! この程度で無敵なんて言わない方がいいよ! 物凄く恥ずかしいからね!」
さくらちゃんはマルスに対して指を突きつけながら大笑いしている。どうやらこの子には戦いの緊張感とかは全く無縁なのだろう。それにしても攻撃を悉くマルスに読まれているにも拘らず、さくらちゃんのこの余裕は一体なんだろうかと疑問が湧いてくるわ。
「それじゃあちょっと本気を出してみようかな」
「かかって来い! この剣で切り刻んでやるぞ!」
さくらちゃんが踏み込んで行く。その動き自体は先程とそんなに大きな変化はないような気がする。マルスは当然さくらちゃんの位置を予想して剣を振りかぶる。そして振り下ろそうとした先にはさくらちゃんの姿はなかった。
「右か!」
剣の軌道を変えて右に振り下ろそうとするマルス、だが彼は予想外の方向から聞こえてきた声に戦慄を覚えた表情に変わっている。
「うほほー! 残念でした! 左側だよ!」
剣を振り下ろしている最中のマルスの目に反対側で拳を握り締めて撃ち出そうとするさくらちゃんの姿が映る。マルスは回避が間に合わないと判断してパンチとは逆方向に飛びながら何とかダメージの軽減を図っている。
「ぐかーー!」
それでも強力なパンチの衝撃を全ては殺し切れずに、脇腹に一撃を食らったマルスはそのままアスファルトの上をゴロゴロと転がって停止する。剣を杖代わりにして何とか立ち上がると、なぜだという表情でさくらちゃんを見ている。
「目がいいやつはフェイントに引っかかりやすいんだよ! 私が動きにちょっと変化をつけたら見事に引っかかったね。それに先読みなんて私からすれば当たり前の技術だし、この程度のレベルじゃ何の自慢にもならないよ!」
「小癪な細工に引っかかったわけか。まだ私が未熟だということだろうな。だがこのまま引く訳にはいかない! 決着をつけるぞ!」
「ここで引いておけば命は助かるのにバカだね! どうしても死にたいんだったらその希望を首狩りウサギが叶えてあげるよ!」
やっぱりさくらちゃんは大言を吐くだけの強さの裏付けがあったのね。それじゃないとあんなに余裕の態度なんか取れないわ。それにしても首狩りウサギって・・・・・・ さくらちゃんにはピッタリすぎるネーミングね。最初は訳がわからない変な子だと思っていたけど、今はその背中がとっても頼もしそうに見える。
「それじゃあ行くよー!」
「この剣に懸けてお前を斬り捨てる!」
2人が再び激突する。目を凝らしてその様子を見ていると、今度は明らかにさくらちゃんが押しているわね。マルスが動きを読んで振り下ろす剣の更に一歩先まで読んでそこからカウンターを狙っているように見えるわ。マルスはスキルによって何とかさくらちゃんの攻撃を凌いでいるけど、次第に不利な体勢に追い込まれていく。そもそもさくらちゃんの動き自体が先程と比べて早くなっているんじゃないの? あの子の限界って一体どこにあるのかしら?
「うほほー! これも避けるなんて面白いね!」
「何のこれしき!」
戦いを楽しんでいるかのような口ぶりのさくらちゃんに対してマルスは相当追い込まれた表情で押し返すのが精一杯のようね。視覚だけでなくて気配察知能力も総動員しながら何とかさくらちゃんを見失わないようにしているみたい。それでも圧倒的にさくらちゃんが優位に立っているのは紛れもない事実ね。
「さて、いい感じに体が暖まってきたからそろそろキメようかな」
「この化け物めが! お前は疲れを全く感じないのか?!」
ケロッとした表情のさくらちゃんに対してマルスはもうだいぶ息が上がっているよう。さくらちゃんの方が圧倒的な速さで何倍も動き回っているのにこの差は何だろう? マルスの言葉通り本物の怪物なのかもしれないわね。
「それじゃあちょっとレベルを引き上げるからね!」
さくらちゃんの体から真っ赤な魔力が吹き上がるわ。やっぱり魔力を持っていたのね・・・・・・ ちょっと待って! ということは今までは全く魔力に頼らずにマルスを相手に互角以上の戦いを繰り広げていたの? たぶんこれって身体強化よね。強化なんかしなくっても十分のような気がするんだけど。
「この状態からあと2回変身の余地が残っているから頑張るんだよ! 第3段階までクリアできれば裏モードのさくらちゃんがスタンバイしているからね!」
裏モード? そんなの本当に必要なのか疑問が残るけど、それはそれでどんなものか見てみたいわね。もしかしたら裏モードは更に10段階用意されていたりして。そんなに裏モードがあったらきっと誰も敵わないでしょうね。ここまで私が自分の目で見ただけでも、さくらちゃんは地上最強といっても差し支えないんだから。
「全く魔力を感じなかったがやはりお前は日本軍の帰還者だな。さしずめ最強の切り札といったところだろう」
「バカじゃないの! 私が国防軍最強だって? せいぜい四天王最弱の存在程度だよ! まだ私の上に兄ちゃんと司令官ちゃんが居るし、他のメンバーだってほぼ互角だからね」
えーと・・・・・・ さくらちゃんが言っている意味が全然わからなくなってきたわ。更に彼女の上に立つ存在なんて想像もつかないし! 日本の国防軍っていうのはどんな化け物集団なのよ! 見なさいよ、マルスがポカンとしているじゃないの!
「さて、おしゃべりはここまでにして決着をつけるよ!」
早い! 魔力に包まれたさくらちゃんが踏み込む速度が更に上がっている! というよりも私の目が全然追いつかなくて姿がどこにあるのかわからない。私だけではなくてさすがのマルスも動体視力で視認できる限界を超えているみたいね。
「それー! 全治3ヶ月と診断されちゃうキーック!」
「うぐわーーー!」
バキッという音を立ててさくらちゃんの左足がマルスの膝を破壊しているようね。金属鎧を着ていてもその威力の前には大して役に立たなかったみたい。それでもマルスは歯を食いしばって剣を杖の代わりにして何とか踏み止まっているけど、どうやらこれで大勢は決したようね。
「降参するなら命は助けてあげるよ!」
「この体ではもはや戦うことは叶わぬな。それよりもなぜ俺を生かすのだ?」
「面白い対戦だったからね! これでお仕舞いじゃなくてまたどこかで遣り合いたいと思っただけだよ!」
「次は負けはせぬ!」
「精々努力をするんだね! まあ私を超えるのは無理だろうけど!」
マルスは悔しそうな表情をしているけど、さくらちゃんによって再び機会を与えられたと割り切っているようね。これだけの力の差を見せ付けられては現時点での負けを認めるしかないでしょうし。
「リディアちゃん! もうちょっと待っていれば迎えの車が来るからね!」
「はい、さくらちゃん! それよりも助けてくれてありがとうございました」
「気にしなくっていいよ! 私もいい感じに楽しく体を動かせたからね!」
「それにしてもさくらちゃんは何でこんなに強いんですか?」
「それはご飯をいっぱい食べて毎日しっかりと鍛錬しているからだよ! 努力は決して裏切らないからね!」
それはそうでしょうけど、私にはさくらちゃんの返事がなんだか違うように聞こえてならない。努力だけでここまでくるのはどう考えても不可能な、そんな次元にさくらちゃんが居るような気がしているから。
と、こんな話をしているうちに駐車場に黒塗りのワゴン車が入ってくる。ドアが開くと若い男の人に手を引かれたナディアが姿を現す。どこに連れて行かれるのか不安そうだった妹の表情は私の顔を見るなりパッと明るくなる。私も妹の無事な様子に思わず涙がこみ上げてくる。
「ナディア!」
「お姉ちゃん!」
ナディアに駆け寄ってその小柄な体を抱き締めると、心の中の大半を占めていた不安が一気に吹き飛んで止め処なく涙が流れてくる。良かった、本当に無事でいてくれて良かった。
「本当にありがとうございました。皆さんのおかげで私たち姉妹がこうして無事に出会うことができました」
「そんなに頭を下げないでください。司令官の知り合いだったら俺たちが保護して当然ですから」
涙を拭ってから妹の手を引いていた男性にお礼を述べると、自分たちは全然大したことはしていないという表情で答えを返してくる。いやいや待ってくださいね! この場で確実に2人死に掛けているし、重傷者も出ていますよ!
その男性の横に立っている女の人が私に声を掛けてくる。なんだろう? この人は体から滲み出る雰囲気が怖すぎるんだけど・・・・・・
「あなたたちを一旦国防軍の富士駐屯地に保護します。そこから先は司令官が判断すると思いますから心配しないでください」
「はい、わかりました」
それから彼女は突っ立っているマルスの所に近づいていく。
「今回は不幸な行き違いから戦闘が発生しましたが、日本国政府の意向はバチカンと表立って争うつもりはありません。あなたたちは怪我の手当ての後バチカン大使館に引き渡します。それから私たちの部隊の司令官からのメッセージがあります。そのまま伝えますから良く聞いてください。『今回は見逃してやるが再びこのような行為を働いたら物理的にローマ法王の首が飛ぶぞ』・・・・・・ 以上です」
「わかった、上層部には確実に伝える」
マルスは使命を果たせなかった無念を押し殺して頷いているわね。今はそうするしかないでしょうし、トップの命を人質に取られたら表立っては何もできなくなるわね。これで私たち姉妹も一安心よ。
こうして私たちはワゴン車に乗り込んでいく。
「兄ちゃん、なんだか誰かに見られているような気がするよ」
「そうか、俺は特に何も感じないけど注意しておくに越したことはないな」
乗車する間際にさくらちゃんが彼女のお兄さんに話していたけど、こんな人気のない場所では誰かが見ているはずもなさそうよね。私たちが乗った黒いワゴン車とマルスたちを収容した別の車両は2台で富士駐屯地に向かって走り出すのでした。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。この小説の投稿を開始してから約半年、読者の皆様には本当にお世話になりました。1年の最後の日に今年の感謝を込めて投稿します。
忙しい年の瀬に実は風邪を引いてしまい2日間寝込みました。なんとも締まらない年末になってしまった作者ですが、皆さんはどうぞ健康に気をつけてください。
新しい年の投稿は3日辺りを目標にしています。新たな年が皆さんにとって良いものであるように、そして引き続きこの小説を可愛がってもらえるように祈念して今年の投稿を終えたいと思います。本当にありがとうございました。また来年もどうぞよろしくお願いします!




