58 ロビーに現れた者
お待たせしました、58話の投稿です。このお話に続いてクリスマス特別編を直後に投稿します。
御殿場のホテルのロビーでは・・・・・・
「私とお母さんとお姉ちゃんの3人で小さな家に住んでいたんだけど、悪い人たちが襲って来てお母さんが私たちを庇って死んじゃったの」
サンドイッチを食べ終わって一息付いたナディアは自分の身の上をポツリポツリと俺たちに語りだした。何者かに狙われていたということは、たぶん彼女が所持している魔力と何らかの関係があるのかもしれないな。それにしてもこんな小さな女の子を争いに巻き込むとは一体どんな事情があるんだろうか? ナディアの瞳は母親を失った悲しみから暗く曇っている。体が僅かに震えているのはその時の恐怖が蘇っているのかな。
「そうなの、とっても気の毒なお話ね。ナディア、この美鈴お姉ちゃんが付いているからあなたは私が守ってあげるわよ。だから安心しなさい」
「怖いお姉ちゃんが私を守ってくれるの?」
「グッ! 怖いお姉ちゃん・・・・・・」
相変わらずナディアの美鈴に対する評価は彼女が無意識に周囲に発散する恐怖を引き摺ったままのようだ。再び美鈴は思いっきりボディーブローを食らったような大きなショックを受けて目の焦点が虚空を彷徨っている。元来とっても子供好きで面倒見がいいのだが、逆に子供からこんな反応をされて呆然としているのだ。美鈴さん、ドンマイ! 本性が大魔王である限り仕方がないと諦めるんだ。
「それでナディアのお姉ちゃんは誰を探しているんだ?」
「神様を殺した人を探しているの」
うん? ちょっと待てよ! 俺の身近に確か『神殺し』っていう人が居るよな。とってもよーく知っている人のような気がするぞ。美鈴が立ち直るまでの時間稼ぎに何気なく聞いたみたんだけど、思わぬ所から身近な人に話が繋がったな。
「もしかしたら俺たちが知っている人かもしれない。ちょっと連絡を取ってみようか」
「本当なの?」
ナディアは少しだけ表情を明るくする。そんな彼女の頭をポンポンしながら、俺はスマホを取り出して司令官さんの番号をプッシュする。
「楢崎訓練生、この忙しい時に何の用件だ」
「司令、すみません。その、つかぬ事を伺いますが指令はナディアという10歳くらいの女の子をご存知ですか?」
「ナディア? 確かアンナの下の子供がそんな名前だったな。何か特徴はないか?」
「カレンさんとよく似たプラチナ色の髪です。あとは熊のぬいぐるみを抱えています」
「ああ、そのぬいぐるみはたぶん私がプレゼントした物だな。間違いない、古い友人のアンナの娘だろう」
「その子が御殿場のホテルのロビーに居るんです。お姉さんがどうやら司令を探しに出掛けているそうです」
「そうか、今から車を出すから姉妹とも私の所に連れてくるんだ。休暇中ですまないが頼んだぞ」
通話を切ると俺はナディアに向かい合う。良かったな、探している人は簡単に見つかったぞ。
「ナディアが探している人が見つかったぞ。ナディアのお母さんのお友達だそうだ。そのぬいぐるみをプレゼントしたのもしっかり覚えていたぞ」
「お母さんのお友達? その人が神様を殺した人?」
「ああ、ちょっとおっかない人だけど必ずナディアたちを守ってくれるぞ」
「私たちを守ってくれるの? もう怖い目に遭わないの?」
「大丈夫だから安心しろ。それにこう見えても俺たちも結構強いんだ。ナディアたちくらいならちゃんと守ってやるぞ」
「聡史と美鈴は強いの?」
「そ、そうよ。その辺の連中が束になっても敵わないくらい強いのよ」
おっと、視線が宙を彷徨っていた美鈴がようやく再起動したようだ。本来持ち合わせている保護欲がなせる業なのか『ナディアの敵は全員地獄に落としてやる』という物騒な意思をその瞳が宿している。それを敏感に感じ取ったナディアが美鈴からさっと視線を外しているじゃないか。これ以上子供を怖がらせるんじゃありません!
「もうすぐ迎えの車が来るからナディアのお姉ちゃんが戻ってきたら一緒に行こうか」
「うん、お姉ちゃん早く帰ってこないかな」
俺がフォローするとナディアはようやくちょっとだけ表情を緩めて姉が戻ってくるのを心待ちにしている。どれ、ちょっとスキルを利用して周辺を探してみようかな。たぶんナディアの姉も魔力を持っているはずだ。だったら簡単に探せるだろう。
俺は探知スキルを周辺に広げていく。限度いっぱいの半径200メートル内に魔力を持った存在が居るかどうか探査を開始する。おや、どうやら結構強い魔力を持った人間が駅前を歩いているぞ。これがナディアの姉かな? ゆっくりと何かを探しながらこちらの方に向かってくるようだな。距離は約150メートルくらいか、駅の方向からホテルに向かって通りを進んでくるようだ。
「ナディア、どうやらお姉ちゃんがこっちに向かっているみたいだ。もうすぐ姿を見せるぞ」
「本当? 聡史は何でそんなことがわかるの?」
「ナディアは魔力って知っているか?」
「うん、私にも少しだけあるの」
「強い魔力がこちらに向かっているのを感じているんだ。俺も魔力を持っているからわかるんだよ」
「聡史も魔力を持っているの? 私たちの仲間なの?」
「そのお話は今ここではできないな。ナディアのお姉ちゃんから色々とお話を聞いてからちゃんと話すよ」
「うん」
俺が探査スキルでマークしている人物はあと1分もすればこのホテルの玄関に到着する距離まで近づいている。だが接近してはっきりとわかったことがある。俺が感じているその魔力はナディアの物とは波長が違いすぎているのだった。どうやらこれは大ハズレの可能性が高いぞ。となるとやって来るのはナディアたちを付け狙っている連中の可能性が高いな。
「美鈴、どうやら歓迎できない相手が来るらしい。対応を任せていいか」
「ナディアのお姉ちゃんじゃなかったのね。聡史君がこんな所で暴れたら大惨事を引き起こすから私が相手をするわ」
「お姉ちゃんじゃないの?」
「ああ、どうやらナディアたちを狙っている連中みたいだな。心配するな、美鈴が片付けてくれるさ。ナディアはこっちにおいで」
俺と美鈴はナディアとは向かい合わせのソファーに座っていた。ナディアは美鈴が立ち上がって空いた席にさっと移動して俺の隣に身を寄せる。今まで彼女の身に起こった不幸な経験が呼び起こされているのか、ガタガタと体を震わせて俺の体にしがみ付いているのだった。
そして入り口の自動ドアが開くと中世の鎧に身を包んだ男がロビーに一歩一歩近づいてくる。金属の鎧は男が歩くたびにガシャガシャと音を立ているが、ホテル内の一般客はまるで違和感を感じていないようだ。たぶん認識阻害の術式で人々の目を誤魔化しているのだろう。
「聡史、怖い」
「大丈夫だ、美鈴に任せておけ」
ナディアは恐怖のあまりに俺の体に顔を埋めて鎧の騎士を見ないようにしている。こいつらがナディアたちを追い詰めていたのはもう明白だな。その様子を見た美鈴の表情が完全に大魔王様に変化している。おっかないを通り越して虚無な瞳でその男を見ているよ。
「お前たちは何者だ? 私はバチカンの殲滅騎士団に所属する者だ。偶然発見した神に背く闇から生まれた存在を滅するのが我が務め。無駄な抵抗をせずにその怪物を引き渡せ!」
「そなた、神とはずいぶん我を笑わせてくれるものよ。軽々しく我の前でその名を口にするな。その口を引き裂いてくれるぞ」
美鈴から思わぬ口撃を食らってバチカンの騎士が『この不敬な態度を取るのは一体何者?」という表情になっている。今にもその腰の剣を引き抜きそうな形相で美鈴を睨み付けているよ。
「貴様は何者だ?! 私は殲滅騎士団所属の守護聖人・聖ウルスラだ」
「我を前にするには守護聖人如きでは役者が足りないも甚だしい。ひれ伏して聞くがよいぞ、我が名は大魔王ルシファーである」
「何だと! 貴様は正気か? 神に背いた地獄の悪魔の王を名乗るとはどういう神経をしているのだ?」
「我の正気を疑う前に己の信仰が真に正しきものかどうかを考えるがよいぞ。そなたらは信仰の名を借りて一体どれだけの人間を虐殺してきたと思うておるのだ? 十字軍然り、魔女裁判然り、大航海時代の新大陸の住民然り、すべては神の名を語るカトリックの名の元に行われた野蛮な虐殺。現世に地獄を作り出したのはそなたらだ」
「何を言っているのだ! 神の名の下に我らは正義を執行したに過ぎぬ。そして正義の名の下に闇から生まれた穢れた存在を抹殺することこそ神の御意思なのだ」
「ならば闇を体現するもの、いや、闇そのものである我が闇の子を保護するのは必然。この場で引き下がれば命までは取らぬぞ。どうしてもその子供を浚おうとするならば、そなたには已むを得ぬ処置を取るしかあるまい」
「どうやら貴様も神の敵であるのに間違いはなさそうだな。貴様もろとも滅ぼしてやるぞ」
聖ウルスラと名乗った男は腰の剣を引き抜いて正眼に構える。なるほど、こいつもどうやら帰還者みたいだな。特殊能力者部隊に入った直後の座学でバチカンに10人くらい帰還者が居るという話を聞いたっけ。
対する美鈴は全く動こう気配を見せないな。どうするつもりだろう?
「ふん、この場は我が力を振るうには狭すぎるな。ひとまずは場を移すとするか。空間転移!」
美鈴の一言で周囲が光に包まれたかと思ったら、なんだか別の場所に俺たちは転移しているぞ。一緒に移動したのは美鈴と騎士、それにソファーに座ったままの俺とナディアの4人だ。それにしてもここはどこだろうな。なんだか景色に見覚えがあるんだけど・・・・・・ って、ここはマルーン平原じゃないのか! 異世界で俺たちがかつて3万の軍勢相手に戦った場所だぞ。もちろん1時間保たずに敵は全滅したけど。それにしても一瞬の転移でこんな場所まで人間4人を運んでくるとは、美鈴の魔法は恐ろしすぎないか。
「なんだここは! どうなっているんだ?!」
「そなたも過去に転移を経験したのならわかるであろう。ここは地球とは別の世界、我が遠慮なく力を振るうてもさしたる影響はない」
いやいや美鈴さん、こんなに簡単に異世界転移をしちゃうなんて困るでしょうが! 相手の騎士もさすがにビックリしているよ。それも戦場に使用したいだけっていう理由だなんて・・・・・・ 色々と次元の壁的な問題とか大丈夫なのかな? あんまりやっちゃいけないんでしょう。たぶん美鈴自身相当頭にきているんだろうな。それじゃないと転移術式なんて使用しないだろう。
「さあ、思う存分掛かってくるがよいぞ! 大魔王の恐怖をその魂に焼き付けながら死して行くがよいぞ!」
「よもや異国で真の悪魔に出会うとは思わなかった!、この剣でその邪悪な魂諸共滅ぼしてくれる!」
大魔王様を相手にして気圧されていないだけでもこの騎士は立派だよな。うん、ガンバレよ。それとは別にしてナディアは俺の脇腹に顔を埋めたままで異世界に転移した事実に全く気が付いていない。そのまま気が付かないうちに地球に帰ろうな。きっとそれが彼女にとっては一番平和なはずだよ。
「その血を異世界の大地に撒き散らしながら私の剣によって滅べ!」
「笑止」
聖・ウルスラが大上段から振り下ろした剣が美鈴に襲い掛かる。だがその切っ先が美鈴に触れる前にカキンという音を立てて見えない壁に阻まれるようにして剣は止まった。驚いた表情のウルスラに対して美鈴の表情は全く変化がない。
「クソっ! 防護結界か。こんな物は力尽くで破壊してやる」
ウルスラが何度も剣を叩き付けるとパリンという音を立てて美鈴のシールドが破れる。だが割れたのは表面の1枚だけ、美鈴のシールドは何層にもわたって展開されているから全部打ち破るのは大変だぞ。精々ガンバッてね!
「なんだと! まだ防護結界が残っているのか!」
ウルスラは必死の形相で剣を叩き付ける。5枚破ったところですでに肩で息をしているよ。全力で50回くらい剣を叩き付けたからな。ほら見ろ言わんこっちゃない! 最初に比べて明らかに剣を高く掲げられなくなっているぞ。
「どうした、もうそこまでか? 守護聖人というのは思いの外大した者ではないな」
「舐めるなーー!」
美鈴の挑発に乗ったウルスラは尚も必死の形相で剣を振るうがそれは全て虚しい努力に終わる。いくらシールドを破ったところで、次から次に新たなシールドが追加されるのだから、全く美鈴の本体には剣が届かないのだった。
「彼我の力の差を悟るがよいぞ。弱き者はこの大魔王の前に立つべきではないと知れ」
あまりの美鈴の強固な防御にウルスラの顔には絶望の表情が宿り始めている。100回以上剣を振るっても美鈴自体に全く影響がないとわかったようだ。ようやく大魔王の恐ろしさに気が付いたらしいな。でも真の恐怖はここから始まるんだぞ。
「ずいぶん消耗したようだがもうおしまいか? 我はまだ何もしていないが、そろそろ攻撃に移ってよいのか?」
「守護聖人たる私を甘く見るな! この命を懸けた究極奥儀を受けてみろ!」
「ほほう、それは是非とも見てみたい気がするな。遠慮なく放ってみるがよいぞ!」
「神よ、私の最後の願いを聞き届け給え! 私に力を貸し給え! 悪しき魂をその御手で滅ぼし給え! 見よ! 聖・ウルスラが神の名を借りてこの命を燃やし切る究極奥儀『天界の息吹』を食らえ!」
ウルスラの体が発光して魔力が吹き上がる。って、ただ魔力を暴走させて叩き付けようとしているだけじゃん。何が神の力を借りるだよ。期待して損した気分だな。まあ命を懸けた特攻術式である点は認めるぞ。何しろ俺は魔力暴走の怖さを身をもって知っているからな。
「そなたの小さな命ごと吹き飛ぶがよい! 究極破壊術式『深淵暴蝕葬』!」
ウルスラが魔力を暴走させて突っ込んでくるのに対して、美鈴はかつて1つの街をまるっと粒子単位に分解した暗黒の波動を放つ。物質だけではなくて魔力すら蝕んで分解していく大魔王の究極魔法だ。
ぶつかり合うウルスラの暴走魔力と美鈴の分解魔法。両者の魔力と術式がせめぎ合う。互いの魔力が相手の魔力を分解しようとして一瞬の均衡を見せる。
どこかで見た光景だと思ったら俺が新潟で対峙した中華大陸連合の帰還者・ファーストの魔力と俺の魔力が中和し合った場面とよく似ているな。原理自体は全く違うんだろうけど。
「ほほう、我の魔力に抗うとは中々のものだ。褒めて遣わすぞ。とはいってもこのままでは悪戯にそなたの苦しみが長引くだけ。我の慈悲だ、受け取るがよい!」
美鈴は第2波の『深淵暴蝕葬』を放ったよ! 数は暴力だな。必死に美鈴に抗していたウルスラの暴走した魔力だったが、美鈴の物量に圧倒されてしだいにその体ごと分解されていく。そして一旦均衡が破れるとあっという間に魔力のぶつかり合いは終焉を迎えるのだった。ウルスラの体と魔力は塵のように分解されて風に飛ばされて消え去っていく。
「終わったわね。バチカンの帰還者はどうやら今まで倒してきた他国の連中よりも多少は骨があるみたいよ」
「そうだな、魔力暴走の地獄の苦しみに耐えながらも最後まで美鈴に向かっていく闘志を失っていなかったからな」
「もしかしたらそれこそが信仰の力なのかもしれないわね。彼らにとって殉教は名誉なのかもね」
「そうだな、ところでここはどこなんだ? まさか本当にあの世界に飛んだのか?」
「違うわよ、ここは異世界をイメージして私が創り出した別の次元よ。あんな遠くまで転移したら戦うための魔力がなくなるでしょう」
「次元を創り出すという行為がどんな物なのか想像がつかないな。それよりも早く戻ろうぜ」
「そうね、ナディアが怖がるといけないしね」
こうして俺たちはナディアには全く気づかれないままに元のホテルのロビーに戻っていくのだった。
クリスマス特別編もどうぞ読んでみてください。




