54 さくら劇場と女子会
お待たせしました、前回に続いてとってもユル~い内容です。そのつもりでお読みください。
「そういえば私たちがいなかった間に大妖怪を討伐したんでしょう。どんな感じだったの?」
宴もたけなわになっている頃合に美鈴がアイシャの隣に座り直して声を掛ける。アイシャが怪我をするとは一体どのような相手だったのか興味を感じているみたいだな。
「あら、そのお話しは私も聞きたいわね。疲れて眠っていたから全然知らなかったの」
ちょうどそこにフィオもやって来て3人であの一件を振り返っている。直接戦ったアイシャから大嶽丸の恐ろしさなどが語られた。
「そうだったの、大変だったわね。でも聡史君の咄嗟の判断があって救援が間に合ってよかったわ」
「そんな大事件があったとは全然知らなかった。翌日戻ってきた聡史から『アイシャが怪我をした』と聞いてビックリしたのよ。現場に駆け付けられなくて本当にごめんなさいね」
「フィオさん、そんなに気にしないでください。美鈴が言うとおり聡史が駆け付けて結構簡単に討伐してしまったみたいですから。私は魔力切れ寸前でフラフラだったからよく覚えていないんですけど」
アイシャの状況説明を聞きながら美鈴とフィオは『一歩間違うと全滅も有り得た大事件だった』という認識を感じているようだな。2人掛りで『良く頑張りました』という気持ちを込めて無事に帰ってきたアイシャの頭を撫で回している。
その頃大嶽丸討伐のもう一方の当事者の俺はカレンに捕まって身動きが取れない状態に陥っていた。
「聡史さん、何かお好きな料理はありますか? 私が取ってきます」
「そうか、なんだか悪いな。好き嫌いは特にないから適当に頼む」
「はい、わかりました」
カレンが席を立ってテーブルの上に並んでいる料理を2人分皿に載せていく。栄養の偏りがないように色とりどりのサラダが多目の皿を両手に持って歩き出す。2,3歩歩いた所で俺の顔を見てニッコリと微笑んで足を早めようとするカレン、だがその左足が脇に置いてあった予備の椅子に引っ掛った。
「キャーー!」
「カレン、危ない!」
俺の声も虚しくカレンは顔から床に向かってダイブして、両手に載せていた皿は宙を舞って飛び出す。
「ふん!」
だがカレンの体は床に衝突しなかった。ちょうど近くで夢中になって料理を食べていた妹が瞬時に動いて右足でカレンの胸の辺りを支えながら、両手で器用に飛び出した2枚の皿をパシッとキャッチしているよ。後ろ向きに座っていたはずなのに一体どんな反射神経をしているのだろう? たぶん野生の勘が働いたんだろうな。
「カレンちゃん、危ないよ! せっかくのご馳走が台無しになるところだったよ! ちょうどいいからこのお皿はもらっておくね!」
どうやら妹にとっては料理を救出するのが優先で、カレンを支えたのはついでだったらしい。どうせそんなことだろうと思っていたよ。カレンの体を支えていた足をゆっくりと下に降ろして、キャッチした皿を持ったままさっさと自分の席に戻る。カレンは斜め35度に傾いたままで静止した体を一旦床に降ろされてから起き上がる。
「す、すみませんでした。さくらちゃんのおかげで助かりました。そのお料理はどうぞ召し上がってください。私は新しい物を取ってきますから」
妹のおかげで転んで料理が載った皿を引っくり返す窮地救われたカレンは恐縮しながら頭を下げているが、あやつはそんな彼女に一向に構うことなく食事を再開している。料理を取りに行く手間が省けたとホクホク顔で再び皿の料理を食べ始めているのだった。カレン、そんなに気を使う必要はないぞ! 妹はカレンよりも料理の方が大切だったんだからな。
『それはそうとして、もしやカレンはドジっ子天使では・・・・・・?』
その光景の一部始終を目撃していた俺の脳裏にとある疑惑が浮かび上がる。『ドジっ子天使』とは何という心をくすぐるフレーズだろうか。これでメガネを掛けていたら完璧なのだが、さすがにカレンはそこまでの属性持ちではないようだ。
少し離れた場所ではいつの間にか美鈴たちの話題は済州島攻略の話題に移っている。パーティーが開始された時は遠慮がちだった勇者やタンク、それに東中尉も加わって美鈴が語る3人の活躍ぶりをに耳を傾けている。
「さくらちゃんと司令官が追い立てて正門に向かって逃げ出してきた敵兵は、この私が一人残らず灰にしてやったわ。人が燃え盛る炎は本当にきれいよ」
美鈴さん、何を言っているのかな? ほら見ろ! フィオ以外の全員がドン引きしているじゃないか! こんな場で大魔王の本性を垣間見せるんじゃないよ。健全な青少年の皆さん、絶対に美鈴の真似はしないでくださいね!
しばらく時間が経過して・・・・・・
「そろそろお料理も終わったようだし、デザートの時間にしましょうか?」
「うほほー! 美鈴ちゃん、その一言を待っていたよ!」
「もうお腹がいっぱいですけど、せっかくだからいただきます」
「アイシャはしばらくは散歩くらいしかできないから、程々にしておかないと太るわよ」
フィオが指摘するとおりアイシャは腕の傷が治るまでは訓練が禁止されている。悩ましげな表情で考え込むアイシャは『一口だけ食べる』という妥協案を導き出したようだ。やはり甘い物の誘惑には勝てないらしい。
「さくらちゃんはズルいです! あんなにたくさん食べておきながらなんで太らないんですか?! 何か痩せる秘訣でもあるんですか?」
「アイシャちゃん、痩せる秘訣は太らないことだよ!」
「禅問答かよ!」
妹のあまりにあまりな回答に俺は横から思いっきりツッコミを入れてしまったよ。ツッコミの神様が俺にそうしろと囁いたのかもしれない。
「バカなさくらちゃんに聞いたのが間違いでした。自分が悪かったんだと反省します」
「むむ、アイシャちゃん! なんだか聞き捨てならないフレーズが耳に入ってきたよ! こんなに賢い私に対して失礼だよ!」
「さくらちゃんがいつから賢くなったんですか? 本当にビックリです!」
「どうもアイシャちゃんに疑われている気がするよ! それじゃあ私が賢いと証明してあげよう! 美鈴ちゃん、何か問題を出してよ。私が何でも答えるからね!」
おいおい妹よ、売り言葉に買い言葉とはいえ無茶をするなお前は! 見ろよ、問題を出す側の美鈴が苦悩の表情を浮かべているじゃないか。
「さくらちゃんが答えられる問題を出す自信が全くないわ! と、とりあえず分野はどうしようかしら? 数学とか?」
「ああ、数学はもう本日は閉店したから他のがいいな!」
「それじゃあ英語はどうかしら?」
「美鈴ちゃん、残念ながら英語は当分輸入禁止になっているからダメだね! 他のにしてよ!」
何が輸入禁止だ! 全然答える自信がないからだろうが! もうこの時点で全員の目がお前の頭を疑っているぞ。
「それじゃあ歴史の問題にしましょうか。年号を暗記する語呂合わせからね」
「うーん、歴史か・・・・・・ まあいいからやってみよう!」
妹よ、さっきから表情が段々自信なさげに変わってきているぞ。本当に大丈夫か?
「第一問、納豆食べたい○○○」
「朝ごはん!」
うん、そこは『710年平城京遷都』と答えような。試験問題の基本だぞ!
「第2問、鳴くよウグイス○○○」
「コケコッコー!」
「せめてホーホケキョにしてくれ! 二重の意味で間違っているだろうが! 正解は『794年平安京遷都』だ!」
兄として穴に入りたいくらいに恥ずかしいぞ! いくらなんでも『コケコッコー』はないだろう・・・・・・ 無知の万国博覧会状態じゃないか!
「それじゃあ出題の仕方を変えましょうね。これならだぶん大丈夫だと思うから」
「そうだよ美鈴ちゃん! 問題の出し方が悪いよ!」
2,3歳の幼児をあやす保育園の保母さんのような顔付きになっている美鈴に妹はダメ出しをしているよ。この罰当たりが! 一度美鈴の雷に当たって生まれ変われ!
「それじゃあ徳川幕府の8代将軍は誰でしょう?」
「徳田新之助!」
「そうそう、旗本の3男坊で火消し『め組』の居候の・・・・・・ それは暴れん坊将軍だろうが! 新さんの本名を答えるんだ!」
「松平 健!」
「それは役者さんの芸名だろうが!」
妹はマツケンさんのファンで、母親と2人でコンサートに出掛けてマツケンサンバの振り付けも完璧だ。だがここは一旦暴れん坊将軍から離れてほしい。
「兄ちゃんはいつの私の常識を頭ごなしに否定するよ! 本当に頑固なんだから! もう歴史はいいから美鈴ちゃん、他の問題にしてよ!」
妹よ、決して俺が頑固とかそういう問題じゃないとどうか理解してくれ。それにしても諦めるのが早過ぎるぞ。もう歴史に見切りをつけたのか!
「それじゃあ国語はどうかしら」
「大丈夫だよ! 毎日使っている言葉だからね」
もう美鈴はお前に正解を答えさせる問題を考えるのを諦めた顔になっているぞ。俺も妹の脳みそがここまでふざけた作りになっているとは思っても見なかったからな。
「それじゃあ良く考えてね。『私は東京に住んでいます』を過去形にしてみて」
「なんだ! そんな簡単な問題でいいの! 正解を答えちゃうよー!」
さすがは美鈴だな。ここまで問題を簡単にすれば妹も大丈夫だろう。本人も自信ありげだからようやく正解に辿り着けそうだ。
「答えは・・・・・・! 拙者の住まいは江戸でござる!」
「・・・・・・」
ムリだ! 俺のツッコミスキルの上限をはるかにオーバーしてる。妹よ、ついにこの兄を超える日が来たのか!
「さくらちゃん、もう一度よーーーく考えてね。それじゃあ『私は京都に住んでいます』を過去形にしてみて」
「うほほー! これはきっと引っ掛け問題だね! その手には乗らないよ!」
いやいや、何も引っ掛けていないから! 頼むから早く正解してくれ!
「答えは・・・・・・ 麻呂は都に住んでおじゃる~!」
そうだな、こやつは小さな頃『おじゃる丸』のDVDを良く見ていたな。たぶんその頃に覚えたんだよな。どうでもいいけど・・・・・・
「さすがは我が主殿! 古き大和言葉をご存知とは恐れ入りましたぞ!」
「ふふふ、ポチは私の賢さが理解できたようだね!」
これ、そこのアホ主従! 2人してキメ顔で立ち上がるんじゃないよ! 煌く白い歯が妙に眩しいだろうが!
「さあて、お腹がいっぱいになったしもう寝る時間だね! ポチ、部屋に戻るよ!」
「主殿、我の尻尾をどうか撫で回さないでいただきたい。こそばゆくてしばらく力が入らなくなってしまうので今宵はご容赦願いたい」
「うーん、それじゃあ5分だけにしておこうかな」
モフるつもりだよな。また天狐をぬいぐるみ代わりにモフるんだよな。まあ好きにしてくれ。こうして妹は天狐を連れて自分の部屋に戻っていく。ちょうどいい頃合だと勇者、タンク、東中尉の3人も暇を告げて戻っていく。
うん、なんだ? 俺のスマホが鳴っているぞ。通話に出るとその相手は副官さんだった。
「楢崎訓練生、中華大陸連合の内陸部から飛翔体の打ち上げが確認された。軌道計算上は衛星打ち上げロケットのようだが念のため魔力砲の近くで待機してくれ」
「了解しました」
俺は通話を切ると全員に向き直る。
「悪い、急な呼び出しだ。魔力砲の近くで待機する」
「いってらっしゃい」
「聡史さん、頑張ってください!」
美鈴とカレンの声に送られて俺は部屋を出て行く。フィオとアイシャも手を振ってくれた。さあて、ただのロケットでこちらには向かってこないといいけど。
「お待たせしました! ここからは女子会よ!」
人数が少なくなったパーティー会場にフィオの宣言が響き渡る。私はてっきり今日はお開きだと思っていたから、ちょっとビックリしたわ。それにしても女子会って一体何をするつもりなのかしら?
「さあ、この人数だったらカレンがどうして聡史と知り合ったのか詳しく聞き出せるわ!」
「ええ! 私の話ですか!」
そうだった! パーティーの準備で忙しかったから大事な件をすっかり忘れていたわ。フィオ、グッドジョブよ!
「そういえばカレンさんが急に現れて聡史と仲良くしているのが不思議でした。2人はどんな関係なんですか?」
「えーと、どこから話していいやら・・・・・・」
アイシャの追撃でカレンが色々と話をする気になっているようね。アイシャもいい仕事をしているわ。
「まずは私の正体を皆さんに見てもらった方が早いと思います。ちょっと眩しいかもしれませんが慌てないでください」
そういうとカレンの体から白銀の光が広がっていく。何かしら、このちょっとムカつく雰囲気を湛えた光は?
そしてその光が収まるとそこには・・・・・・
「天使なのかしら?」
「これはどこから見ても天使よね」
「天使なんて初めて会いました」
3人の意見が一致しているということは目の前に佇んでいる白いドレスに白い翼を広げている存在は間違いなく天使よね。一般の人がこんな姿を目撃したら大騒ぎかもしれないけど、私たち帰還者は『これまた珍しい存在が1人増えた』くらいの認識しかしていないわ。
それにしても天使か・・・・・・ どおりであの光に見覚えのある不快感を覚えたのよね。私は大魔王、言ってみれば神の対極にあるような存在だから不快なものは不快なのよ! でもそれは神に対する不快感であって、決してカレンに対して敵対しようという意思はないから安心してね。
「それで、カレンが天使ということと聡史君とどういう関係があるのかしら?」
「実は・・・・・・」
こうしてカレンの口から天使が生み出された経緯についての説明が始まるのでした。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。次回の投稿は週末の予定です。女子会の続きと新たな動きの予定です。




