50 待ち人 後編
先ほど投稿した49話の後半部分です。カレンの正体が明らかに・・・・・・
それから今日はこの50話の前に49話を投稿しています。まだご覧になっていない方はぜひそちらを先にお読みください。
「私にあなたの魔力を分けてください!」
「魔、魔力を分けるだって?」
「お願いします、もうあなたしか頼るアテがないんです! これ以上家族の負担になりたくないんです! それに・・・・・・」
最後の言葉を言い澱んでいるのは相当に切羽詰った事情があるんだろうな。必死な表情で俺に頼み込んでいるぞ。それにしても魔力を分けろっていうのはどういう目的だ? 何がなんだか全く以って理解不能だ。
「私の力が発動しないのは魔力が不足していることが原因なんです。だからあなたに魔力を分けてもらったらたぶん上手くいくと思います!」
「それはそうなのかもしれないけど、俺は細かい魔力の調整ができないから一気に大量の魔力が流れ込んで危険だぞ。それに『たぶん』じゃ確実という訳ではないよな」
「はいその通りです」
塩を打たれた青菜のようにカレンは急にシュンとした表情になる。俺の魔力に相当期待していたんだろうな。期待が大きかった分だけ落胆しているな。俺の話が下手でちゃんと伝わらなかった意図をもうちょっとわかり易く説明しよう。
「カレンの申し出を断ろうという訳じゃないからそんなにシュンとするな。俺の魔力制御が未熟なせいであまりにも危険すぎると言っているんだからな」
「そうなんですか!」
俺の話を理解したカレンの顔がだいぶ上を向いているな。魔力を分けるのは別にいいんだけど、方法が問題になるな。それ以上に彼女が何者で俺が魔力を与えた結果どうなるのかもわからないし。ここはもう少し詳しい話を聞き出さないと色々と不味いだろう。ことがことだけに慎重にならないとな。
「カレンは自分の能力を知っているのか?」
「はい、わかっています。大きな魔力があれば私の体の中で眠っている者がきっと目を覚まします」
体の中に眠っている者だって・・・・・・? なんだかずいぶん込み入った話になってきたな。果たしてそれが目を覚ましても大丈夫なんだろうか? もしや大嶽丸のような妖怪とか・・・・・・ いかんいかん、何しろ昨夜の話だからついつい神経質になってしまうな。
「眠っているのを起こしても安全なのか?」
「たぶん大魔王よりも安全なはずですよ」
カレンはどうやら美鈴のことも知っているようだな。やっぱりその辺の情報って部隊の内部に知らされているのかな? それにしても美鈴を比較の対象にするなんて何が眠っているんだろう? ちょっと興味が湧いてきたな。
「その眠っている者の正体はわかっているのか?」
「はい、時々話し掛けてきますからわかります。私の体に眠っているのは・・・・・・ 天使です」
「ああ、天使なんだ・・・・・・ って、天使だとーー!!」
飛び出したフレーズが想像の範疇を超えていたせいでうっかりスルーしそうになったよ。それにしても体の中に天使がいるなんていくら異世界からの帰還者でも初耳だぞ。
天使か・・・・・・ 確かに大魔王の美鈴が比較の対象でちょうど釣り合いが取れるな。魔王だの邪神だのには出会ったけど、天使には初対面だな。どうもはじめまして・・・・・・ って、挨拶をしている場合じゃないだろうが! そのうち『私はワルキューレです』とか『私は古き神々です』なんて人たちが続々登場してこないよな。
「細かい話は物心ついてから聞いた伝聞ですが、私がまだ受精卵の段階の時にとある力のある魔女が天界から天使の魂を降臨する儀式を行ったそうです。その結果生まれてきたのが私です。でも実際に私の中にいる天使が目覚めるには神にも等しい膨大な魔力が必要なんです。だからこそあなただけが頼りなんです!」
カレンは瞳に涙を浮かべて俺に懇願している。やっと全部打ち明けてくれたようだな。異世界の魔法はある程度わかるにしても、地球の魔術の話はさっぱりわからないぞ。でも悪魔召喚の儀式があるんだったら、天使召喚の儀式もきっとあるんだろうな。その力がある魔女というのももしかしたら帰還者かもしれない。その可能性は十分あるだろう。
さて、どうしようか・・・・・・ ひとまずはこの件を保留にして司令官さんと相談した方が良さそうだよな。勝手なことをして『天使が現れました』では始末書どころじゃ済まなくなりそうだ。俺が責任を取れる範囲を天元突破しているだろう。
「司令官の指示が必要じゃないのか?」
「どうかお願いします! もう時間がないんです!」
「時間がない?」
「はい、私の18歳の誕生日までに目覚めないと天使は天界に戻ってしまいます。たぶん私の魂と一緒に・・・・・・」
「誕生日はいつなんだ?」
「明日です」
「ということは今日の深夜12時がタイムリミットなのか」
「そうです」
これは不味いぞ! このままではカレンの魂も天界に持ち去られてしまうのか。そうなると当然カレンは死んでしまうんだよな。時間がない以上この場で俺が決断するしかないのか。どうする? 人間1人の命が懸っているんだぞ。こんなに重たい決断は異世界でもそうそう何度も経験していない。でも助けられる命なら俺がこの手で救ってやる! もう目の前の命を見殺しにはしたくないからな。
「わかった、俺の手を握ってくれ」
「はい、わかりました」
カレンはそっと俺の右手を握る。柔らかな手触りが俺の右手を包み込んでいく。ほっそりとした華奢な手だ。
「俺の魔力を感じるか?」
「はい、魔力の流れを感じますが、たぶんこれでは全然足りません」
驚いたな、もうすでに帰還者や大嶽丸を滅したレベルの魔力がカレンに流れ込んでいるぞ。というよりもカレンの手がドンドン俺の魔力を吸い取っていく。それは砂漠に水を撒いたように、注いでも注いでもまだまだ足りないくらいに。
「どんな感じだ?」
「水道の蛇口から水がポタポタと垂れて来る感じです。たぶんドーム球場が満タンになるくらい必要なので、このままでは全然間に合いません」
困ったぞ、もう100万くらいの魔力を注ぎ込んでいるのに全然足りないとは・・・・・・ 何か別の方法はないだろうか? ピコーン! 1つ思い付きましたよ! でも果たしてこの方法をカレンが受け入れるかどうか、それが大きな問題だな。
「カレン、どうやらこの方法では間に合わないようだ。もっと手っ取り早い方法があるけど試してみるか?」
「はい、どんな方法でも構いませんから教えてください!」
どうしようか、でも思い切って試すしかないよな。
「その方法は・・・・・・ 移し」
「はい? よく聞こえませんでした。もう一度お願いします!」
「いいか、よく聞いてくれ。その方法は口移しだ」
「ええーーー!」
カレンは真っ赤になっている。そりゃあそうだろうって! いきなり出会ったばっかりで口移しなんてやる方が絶対に間違っている。逆の立場だったら俺も相当迷うだろうな。でも命が懸っている以上は受け入れるしかないだろう。
「わかりました、お願いします」
それでも彼女もこの方法しかなさそうだと納得したのか、体の向きを変えて俺の正面を向く。少しだけ体が震えているよ。たぶんこんな経験は初めてなんだろうな。もちろん俺も初めてだ、うん、違ったかな? 確か美鈴と小学校の3年生の時にキスをしたような気がするぞ。ま、まああれは子供のじゃれ合いの一環だよな。そうしておこう。
「キ、キスじゃないからな。魔力を移すだけだからそのつもりでいてくれ。それじゃあ軽く口を開いてくれないか」
「は、はい! こんな感じで大丈夫ですか?」
俺の声が引っくり返っているのを気にした様子もなく、カレンは目を閉じてピンク色の可愛い唇をそっと開く。自分の命が懸っているんだから必死になるのも無理はないよな。覚悟を決めたカレンに対して、今度は俺が覚悟を決める番だぞ。いいか、これは人助けなんだからな! 紳士的にしっかりとやらないとあとから問題になるぞ。駐屯地内で事案発生なんて目も当てられないからな。行為自体はセクハラと訴えられても言い逃れできないし。
「たぶん手の平とは比較にならないくらいに大量の魔力が流れ込むから、これ以上は無理だと思ったらすぐに体を離してくれ」
「わかりました」
カレンは目を閉じたままで答える。俺は努めて紳士的に彼女の唇に自分の唇を重ね合わせる。なんだこの感覚は・・・・・・ 俺の魔力が強引に飲み込まれていくぞ。それは気圧の高い場所から低い場所に風が流れ込むように、極めて自然ではあるが意志を持った奔流のような強い流れだ。求めて止まなかった物がようやく手に入る喜びに導かれるようにして俺の魔力がカレンに流れていく。
一体どれだけの量がカレンの体に流れていくんだろうか? 時間の感覚すら忘れて俺の口からカレンに魔力が流れていく。1億、2億・・・・・・ 8億、9億、そして10億。
その瞬間俺の脳内に明確な映像が流れ込んでくる。
そこはどう見ても宇宙空間、俺の体は光になって遠い彼方にあるはずの約束された場所に向かって暗黒を切り裂いていく。星々の間を導かれるようにして一直線に飛んでいく。巨大な恒星やガスが光を遮っている暗黒星雲を横目に見ながら彼方を目指す。
どれだけ長い距離を飛んだかもわからない程いくつもの銀河を越えて星雲を渡ってようやく辿り着いたその先には・・・・・・
白い翼を大きく広げた天使が待っていた。
真っ白なドレス姿で跪いて祈りを捧げるような姿で俺を待っていた。
「ようやく祈りが届きました! 我が神よ、深い感謝を捧げます。こうして星々の間に取り残されて魂が滅びてしまう寸前の私に救いの手を差し伸べてくださったあなた様こそが新たな私の神でございます。このミカエルは古き主を捨てて新たな神の僕として御仕えいたします」
「神は神でも俺は破壊神だぞ」
「新たな神の思し召しのままに」
「わかった、それでは一緒に戻るぞ」
俺は人の姿に戻って天使に手を差し伸べる。ミカエルと名乗った天使がその手を取ると俺たちは2つの光になって多くの星々を越えて飛び始める。長い旅路の果てに良く見知った地球の姿が見えてきた。そこで俺は急に現実に戻っていく。
いつの間にか俺はベンチに横になっていた。なんだか柔らかい物が俺の頭を支えているな。ゆっくりと目を開くと俺の顔の上にはカレンの顔がある。少し頭を動かして状況を把握すると、どうやら俺はカレンの膝を枕の代わりにして眠っていたようだ。
「我が神よ、本当にありがとうございました。ようやく私の中に眠っていた天使が目を覚ましました。これから私はあなただけを新たな神として御仕えいたします」
何か様子が違うと思ったら、カレンはゆったりとした純白のドレスを身にまとい、背中には真っ白な翼を広げている。どうやら俺が宇宙空間を旅したのは夢ではなさそうだな。長い間宇宙の果てに取り残されて独りぼっちだった天使を地上に連れ帰るのに成功したらしい。
「少々疲れたから今はゆっくりとさせてくれ。それからカレンはカレンらしく生きるんだぞ」
「あなた様の思し召しのままに」
「ところで今何時だ?」
「深夜の12時を回ったばかりです」
「そうだったのか。カレン、18歳の誕生日おめでとう」
「ありがとうございます。無事にこの日を迎えたのは全部あなた様のおかげです」
カレンの瞳から大粒の涙が俺の顔に零れ落ちる。それは新たな生を授かった喜びの涙だろうか。
天使の涙が俺の体に落ちると次々に大粒のダイヤモンドに変わっていく。伝説は本当だったんだな。天使の涙は夜空に浮かぶ星の光を反射して淡い煌きを放っている。全てはカレンが無事に18歳の誕生日を迎えた記念にしてほしいな。
カレン、俺に縛られないで自由に生きるんだぞ。自分の意思でしっかり歩け! これが今日この日に俺から贈る言葉だ。
それにしても疲れたな。天狐よ、すまん。明日の朝には約束の品を届けるから勘弁してくれ。俺はそのまま再び目を閉じて眠りの世界に旅立つのだった。
最後までお付き合いただいてありがとうございました。次回の投稿は週の中頃を予定しています。たぶん出撃している妹たちが帰ってくる話になるような気がしています。どうぞお楽しみに!




