5 お出掛けの行く先
前回特殊能力者の施設を見学して家に戻ってきた3人は、その足でどこかに出掛けるようです。その向かう先には……
翌日の昼前に、富士駐屯地から俺たち三人は帰宅した。
専業主婦でずっと家にいる母親の話では、俺たちが居ない間特に変わったことはなかったそうだ。国防軍の人たちがこっそりと見えない所から護衛してくれているらしいし、スマホのGPSで父親と母親の位置情報や通話記録が丸わかりになっているそうだ。特殊能力者部隊のエンジニアが携帯会社のサーバーに忍び込んで、2人のスマホにバックドアを作ったらしい。こんなザルのようなセキュリティーで電話会社って大丈夫なんだろうか?
特にお父上、もう絶対飲んだくれた挙句に怪しげな店に足を踏み入れられませんぞ! 本人は『仕事の付き合いだ!』と主張しているが、オカマバーの名刺を所持しているのは、俺と父親だけの男の秘密だ。口止め料は諭吉さん2枚で手を打っている!
美鈴に聞いたところ、彼女の家でも特に異常は感じなかったらしい。よかった、よかった! 何しろ両親たちとご近所の平和を考えて俺たちは国防軍に入隊するのだから、いきなり何かあったのでは困る。
ただし妹だけは、家族の平和とか、ご近所の平穏などといった理由など最初から考えてはいないはずだ。これは長年一緒に育ってきた兄として断言できる。妹には生命を維持する燃料として、大量の食料と暴れる場所が不可欠なのだ。あの暴走しがちな性格は異世界召喚などという非常事態には大変心強いが、平和な社会が表面上は維持されている日本では少々厄介だ。いや、災厄にも等しいかもしれない。妹の監督責任まで司令官さんに押し付けられているから、俺としては非常に気が重たい。
その上油断すると大魔王の性格が表面に顔を出す美鈴まで居るから、火薬庫を抱えて歩いているような気分だ。お二人さん、どうか日本に居るのをくれぐれも忘れないでおくれ!!
ピンポーン!
玄関のチャイムが鳴って我が家に来客を告げる。インターホンに出ると、そこには美鈴の姿が映っている。ちなみに今日も学校には休みの連絡をしてあるので、家に戻ってきて特にすることはなかった。
「あら、美鈴ちゃん! いらっしゃい! 今お昼の支度をしているから一緒に食べてね!」
俺が美鈴を連れてリビングに戻ると、キッチンで昼食の用意をしていた母親が顔を覗かせる。妹が居るから大量の食材を飲食店の仕込みレベルで準備している最中だ。
「せっかくだからご一緒します。さくらちゃんはどうしたんですか?」
家に居る時はリビングのソファーで常にスナック菓子を食べている妹の姿が見当たらなくて、美鈴が首を捻っている。普通の高校生なら試験が近いので部屋で勉強しているという推測が成り立つが、あの妹に限っては絶対にそれは無い! と美鈴もわかっている。
「ああ、さくらは退屈したから河川敷に行っているわ。お昼になったら戻ってくるでしょう」
近所を流れている川の河川敷は広々としているので、妹の絶好の訓練場所になっている。家に戻ってくるなり『体を鍛えてくる!』と言い残して、出ていってしまったキリだ。どこの鉄砲玉だと自分の妹ながら呆れるが、食事の時間になるとまるで伝書鳩のようにきっちりと戻ってくる。逆に戻ってこない場合は、何かしらの事件を引き起こしていると考えた方が正解だ。
しばらくすると、新幹線が走っているような風を切るキーンという音が遠くから響いてくる。どこの〔アラ○ちゃん〕だ!
そしてその音は我が家の前で寸分違わずにピタリと停止する。
「ただいまー! お腹が減ったよー!」
日常で妹が一番頻繁に口にする言葉、それは『お腹が減った』だ。そのセリフと共にズカズカという足音がリビングに聞こえてくる。こいつが1人居るだけで人口密度が5倍になったくらいに騒がしい。
「ただいまー! あれ、美鈴ちゃんが来ているよ! 久しぶりだね!」
「今朝まで一緒に居たわよ!」
相変わらず頭のネジが吹っ飛んだ挨拶のストレートパンチを妹が繰り出している。兄として情けなくて涙が滲むぞ!
「それよりもさくらちゃん、お昼を食べたら3人で一緒に出掛けたいんだけど、予定は空いているかしら?」
「うん、夕ご飯までは大丈夫だよ!」
「試験勉強はどうするんだ?」
「兄ちゃんはバカだなぁ! 1週間後に辞めちゃう学校の勉強を何でわざわざしないといけないのか、その理由が私には理解できないよ! ねえ、美鈴ちゃん!」
「……」
天晴れだ! 我が妹ながら、ここまで開き直って生きていられるのは正に天晴れだ! あの大魔王様に言葉を失わせるなんていう芸当は俺には不可能だ!
「そ、そうなのね。それもひとつの生き方だから私は否定しないわ。それじゃあ、晩ご飯までには全部片付くようにしないとね」
「片付くように?」
「ええ、心置きなく家を出られるようにしておきたいじゃない。だから、一民間人でいる今のうちに済ませておきたいのよ」
「なんだか嫌な予感しかしないぞ」
「まあ、私に任せておきなさい」
ちょうどその時、母親が昼食が乗った皿を持ってキッチンから顔を出す。今日はミートソースのパスタのようだ。
「待ってました!」
妹はダッシュでテーブルに着いている。俺の視野から一瞬姿が消えたぞ! まるで瞬間移動だ! たぶん今なら、弾丸さえ軌道がはっきり見える俺の動体視力を上回るとは、妹よ、恐ろしすぎるだろう!
「はー、やっとお腹がいっぱいになったよ! さて、デザートは何がいいかな?」
「お腹がいっぱいじゃないのか?」
「兄ちゃん、デザートは別腹なんだよ! うほほー! ロールケーキ発見! お母さん食べていいの?」
「半分残しておいてね」
冷蔵庫からロールケーキを取り出して妹は皿に載せている。自分の皿には3切れ、他の皿には一切れずつ載せてテーブルに持ってくる。
「あら、さくらちゃんは盛り付けができるようになったの?」
「美鈴ちゃん、これは最初から切れているケーキだから簡単だよ!」
妹は食べる専門で、料理はおろか家事一切壊滅という残念ぶりだった。それがデザートを皿に載せて運ぶという行為を身に着けただけでも、とんでもない進歩に美鈴の目には映っているらしい。
「美鈴、オヤツほしさにイヌでもお手を覚えるだろう。さくらだって、そのくらいはできるようになってもらわないと、色々と生きていく上で不都合だからな」
「兄ちゃんは失礼だよ! 私は日々進化しているんだから、このくらいは当たり前なんだよ!」
「そうね、お皿を落とさなかっただけでも褒めておかないといけないわね」
「美鈴、スタート地点が低過ぎないか?」
妹はすでにケーキに口をつけて話を全く聞いていない。母親は俺たちのやり取りをニコニコして聞いているだけで、何もリアクションをとらなかった。ある意味、妹に関して一番諦めているのは、この母親なのかもしれない。
昼食後、出掛ける用意を整えて3人で家を出る。歩いて最寄の駅に向かって、そこで美鈴の指示に従って都内に向かう電車に乗り込む。
「美鈴ちゃん、どこに出掛けるの?」
「さくらちゃん、それは着いてからのお楽しみよ」
美鈴が明確に答えないまま、電車は都内に向かう。途中で地下鉄に乗り換えて、降りた駅は六本木だった。
平日の午後だというのに、人通りで賑わう通りをスマホのナビに従って歩いていく。俺は都心の繁華街は殆ど歩いた経験が無い。もっぱら地元から出ないで過ごしていたので、ビルに囲まれたこんな華やかな場所にはどうも馴染めない感覚を抱く。妹は物珍しさ全開で周囲をキョロキョロしている。
「さくら、田舎者丸出しだぞ! あんまりチョロチョロ動き回るなよ! はぐれるぞ!」
「兄ちゃん、お店に美味しそうな物がいっぱい売っているんだよ!」
相変わらず興味関心が、食べ物の方向にしか発揮できない残念なヤツだ。それにしても、先頭を歩く美鈴はこれだけの人並みにも拘らず、さっきから歩道を真っ直ぐ歩いている。普通なら、ちょっと前から来る人を避けたり、道を譲ったりするものなのに、誰にもぶつからずにひたすら目的地を目指して真っ直ぐに歩いていく。
これはたぶんあれだな! ほんの少しだけ大魔王の威厳を体から放っているんだろうな。周囲を歩く人々の無意識に干渉するくらいのレベルで放たれた威厳が、美鈴が通る道を作り出しているのだろう。さすが大魔王様でございますね。
「着いたわ、ここが目的地よ」
そこは敷地の周囲を全て頑丈な塀に囲われて、その壁はちょっとした展示物のようになっている。漢字の歴史だの国の歴史だのニュースだのを紹介する写真などが飾られている。当然その写真には目にした記憶がある赤い国旗が描かれている。
そう、美鈴が目的地だと言って俺たちを連れてきたのは〔中華大陸連合在日本大使館〕だった。
ドヘーー! いきなり俺たちを狙って家に侵入してきた連中の本丸の前に来ちゃったよ。嫌な予感の正体はこれだったんだな。むしろさっきよりも嫌な予感が強まっているのは気のせいだろうか?
「えーと、美鈴さん…… これから何をするおつもりか、チョコッとだけ聞かせてもらいたいんだが」
「決まっているでしょう! 一昨日のお礼をするのよ。私たちや家族に手を出したらどうなるのか、キッチリとわからせてあげましょう」
「美鈴ちゃん、お礼ってなに?」
そうだった、妹はグッスリと寝ていて、一昨日の騒動を全く知らなかった。何も知らない特大の地雷を美鈴は敢えてこの場に連れ出していた。ということは、『お礼』が意味するのは……
「さくらちゃんは知らなかったのよね。この中に私たちを狙う悪い連中が隠れているの。だから今からまとめて退治するわ」
「んん? それはもしかして大暴れの予感かな?」
「ええ、好きなだけ暴れて構わないわ。私たちは通りすがりの民間人だし、幸いなことにまだ未成年よ。この特権をフルに生かしましょう!」
「美鈴さん、一応窺っておきますけど、それって特権なんですか?」
「あら、帰還者の特権を生かす方向で考えようかしら?」
「未成年特権だけでいいです! 東京が壊滅しますから!」
「なんでもいいから、中に乗り込むよー!」
こうして美鈴とすっかりヤル気になっている妹に押し切られるようにして、大使館突入が決定する。
俺としては一昨日の事件の対応を国防軍に任せて穏便に済ませようと思っていた。だが美鈴からすると、『その措置は生温い!』と映っているらしい。もちろん彼女の家族の安全も懸かっているのだから、その判断には異を唱えにくい。仮に俺が反対しても、美鈴が1人で…… いや、妹を引き連れて突入するだろう。そうなった時に、どこまで被害が広がるかわかったものではない。これはもう俺が同行するしかないよな。
正面の出入り口には見張りの警官が目を光らせている。路上には警察の大型車両が3台駐車して、相当厳重な警戒振りといって差し支えないだろう。以前ならば、商用ビザを取得したりする一般の人たちの行列があったのだろうが、両国の関係が極度に悪化している今の時期に、入り口に並ぶ人の姿は全くない。
「美鈴、どうやって中に入るんだ?」
「私に任せて! 大魔王の力は伊達じゃないのよ」
「美鈴ちゃん、早く行こうよ!」
逸る気持ちを抑えきれない妹を俺が宥めながら、美鈴に対応を一任する。彼女が任せろと言うからには、何らかの策があるのだろう。
「結界構築!」
美鈴の一言で膨大な魔力が放出されて、大使館の周辺には何者の出入りも阻む強固な結界が、ドーム状に広がる。入り口だけではなくて、高い塀を乗り越えるのも到底不可能だ。それどころか結界の内部で何が行われていても、外からは異常が発見できなくなっている。結界が人の認識自体を阻害しているので、普段通りの大使館の姿しか周囲の目には映らないのだ。
「さあ、準備が終わったから行きましょうか」
こうして正面の入り口に俺たちは堂々と向かっていくのだった。
再び話が物騒な方向に進みつつあります。次回は3人が大使館に侵入して何をやらかすのか……
近いうちに日本を取り巻く国際情勢なども詳しく説明していきたいと思っています。それから、この小説に出てくる人物、団体、国家等は実在するものとは一切関わりはありませんのでご承知おきください。