49 待ち人 前編
お待たせしました、49話の投稿です。長くなったので前後編に分割して投稿します。後編は今日の5時過ぎに投稿予定ですので、そちらも合わせてご覧ください。
それから47話を大幅に加筆修正しました。大筋は変わっていませんが細かい部分の整合性が49話と少しズレています。アイシャの怪我の具合等が若干変わっていますので良かったら読み直してください。
富士駐屯地では・・・・・・
大嶽丸の討伐が終わって俺はヘリでとんぼ返りで明け方に駐屯地に帰ってきた。何しろミサイル迎撃の件があるので『早く戻って来い!』という副官さんの命令に従わざるを得なかった次第だ。
自分の部屋に入って短い睡眠をとってから起き出し、朝食を食べてから魔力砲の実験場に向かういつもの日課が始まる。
アイシャの容態が心配だったので食堂で顔を合わせた東中尉に聞いてみたところ傷自体は浅くて心配はないそうだ。意識を失い掛けていたのはどうやら限界まで魔力を消費した影響だったらしい。ついさっきはっきりと意識が戻って順調な回復振りを見せているとのことだった。本当は病床に付いていてやりたかったが、国防軍の一員としては命令には逆らえなかったのが心から悔やまれる。
そういえば俺もあの魔力暴走の件で死の淵を彷徨ったが、そこからの回復は軍医さんが目を見張る程驚異的だった。アイシャも一般の人間には考えられないスピードで傷が治っているそうだ。たぶん帰還者は傷や骨折の回復が何らかの理由で早いんだろうな。やっぱり魔力が関係しているのかな?
でも容態を聞いて一安心だな。俺の救援がギリギリ間に合って良かったよ。アイシャは俺たちと一緒に戦ってくれる大切な仲間だ。元気な笑顔で居てほしい。
昨夜は奈良の病院に緊急搬送されたんだけど、歩けるようになったら富士に戻ってくるそうだ。一般の病院に帰還者の色々な秘密が漏れないようにリハビリ等は全て駐屯地内で行うとの話だった。早くこっちに戻ってこられるといいな。
妹と美鈴はまだ出撃してから何の連絡もない。むしろ妹の過去の行いから言えば何か連絡があった時の方が却って心配だ。異世界に召喚される前は妹が不在で何らかの連絡がある時は大抵あやつが問題を起こした件だったからな。『殴り込み上等! 喧嘩はおやつ代わり!』という性格だから電話が鳴るたびに母親がビクビクしていたっけ。この前実家に電話したら両親とも妹が原因の心労から解放されて10歳くらい若返った声をしていたぞ。どれだけあやつは2人に迷惑を掛けていたんだ?
フィオは本日非番だ。なんでも日本人だった頃の性格が結構引き篭もり体質だったらしくて、本当に疲れた時は誰とも会いたくないそうだ。朝食には顔を出したが食事を終えて自分の部屋に引っ込んでしまった。あれだけの膨大な術式の解析を終えて精根尽きたんだろうな。たぶんまたベッドでぐっすりと寝ているんだろう。
本当は俺も出動の翌日なので非番になってもいいはずなんだが、副官さん曰く。
「ああ、楢崎訓練生は日本全体の弾道ミサイル迎撃体制が完璧になるまで休みはないから」
とまあこのように軽い調子の一言で一蹴されてしまった。
『本当に想像を絶するとんでもないブラック企業ですよ! 企業じゃないけど! それにしてもこの部隊はヤバいですからね! 何らかの能力を身に着けた皆さん、絶対に国防軍特殊能力者部隊に身を投じたらダメですよ! 一時の気の迷いであとから一生後悔しますからね!』
とまあ、こんな愚痴を心の中で呟きながら眠い目を擦って試験場に向かう。魔力砲の試験場は駐屯地の一番奥にあるんだ。機密の塊だからなるべく人の目に触れないようにしてある。いくつかの建物のある区画を抜けると屋外訓練場があって、その先に実験場が設置されている。
毎日ほぼ変わらない風景を見ながら歩いて行くと、訓練場の外に設けられているベンチに今日だけは見慣れない人影がある。ここは普段帰還者しか足を向けない場所なのに珍しいなと思いつつ俺は足を進める。
緩やかな風に靡くプラチナ色の髪を見てフィオかなと思ったんだが、その人は事務官の装いをしている。黒いタイトスカートに白いブラウスという夏服でベンチに腰掛けているのだった。
誰だろうなと思いながらその横を通り掛ろうとしたその時、その女性から急に声を掛けられる。
「おはようございます」
「ああどうも、おはようございます」
俺は当たり障りない挨拶を返して実験場に行こうとするが、なおもその女性は俺の顔をじっと見ているようだ。知り合いだったかな? いやいや、こんな外人さんのような風貌の知人はフィオとアイシャだけだぞ。
そしてその女性は躊躇いがちに俺に向かって言葉を続けた。
「あなたが楢崎訓練生ですか?」
「はい、そうですが」
「突然声を掛けて申し訳ありません。私はカレン、この部隊の後方事務をしています」
「そうですか、楢崎聡史です」
「もし良かったらゆっくりとお話したいのですが、本日中にどこかでお時間をいただけませんでしょうか?」
「えーと、仕事が夕暮れには終わりますから、そのあとだったら構いませんよ」
「それでは日暮れの頃にここで待っています。私は今日非番なんですよ」
にっこりとした表情でカレンと名乗った女性からお願いされている俺、こんなシチュエーションには全然免疫がないぞ。なんだか心臓がドキドキしてくるな。美鈴やフィオとは別の人からこんな顔をされるのはたぶん初めてだろうな。妹のお願い顔なんかもう見飽きているけど。あやつは小遣いを使い果たすと必ず俺にお願い顔で食べたい物をねだるのだ。
それにしてもカレンさんは本日非番なのか、いつになったら休みがもらえるのかわからない俺からすると羨ましいぞ。
「わかりました、作業が終わる時刻がハッキリとはわからないんですがここで待っていてもらえますか?」
「いいんですか! 本当にありがとうございます。ここで待っています」
パッと明るくなった表情を俺に投げ掛けてから丁寧に頭を下げて彼女は去っていく。妹よ、これがお願いを聞いてもらった時に人として取るべき態度だぞ。買ってもらったお菓子を口にしながら『兄ちゃん、サンキュー!』の一言で終わらすんじゃない!
その場にはフワッと広がった彼女の髪のいい香りだけが残された。それにしてもカレンさんは一体何者なんだろうな? 後方事務をやっていると言っていたけどその風貌はどう見てもヨーロッパ系の人種だぞ。
フィオはうちの母親に言わせれば『フランス人形みたい』との言葉通りに西欧系の外見をしている。髪は見事なブロンドで瞳の色はコバルトブルーだ。それに対してカレンさんはプラチナ色の髪に薄いグリーンの瞳をしている。どちらかというと東欧系の顔立ちだよな。朝からすごくきれいな人に声を掛けられて嬉しい半面で、どうもキツネに摘まれたような気分がしている。
あっ! そうだった! キツネで思い出したよ! 今夜中に天狐に約束通り稲荷ずし100個を届けてやらないとな。きっと楽しみにして待っているはずだ。遅くなると拗ねるし、大妖怪の癖に難しい年頃なんだよな。忘れずに昼の休憩時間に売店に注文しておこう。多めに仕入れてもらわないと数が足りないからな。
その日の夕暮れ・・・・・・
何とか技術屋さんたちが組み上げた新バージョンの照準プログラムのテストを終えて、今日の魔力砲の実験が終了したよ。俺は魔力を注入して発射ボタンを押すだけなんだけど、立場上ここにずっと居なくてはいけなかった。待っているだけというのは中々辛かったね。おまけに昨夜は睡眠不足でついウトウトしちゃうしさ。座学の時の妹の気持ちがちょっとだけわかる気がしたぞ。
実験場から戻る途中のベンチにはカレンさんが腰掛けている。俺の姿を見ると立ち上がって手を振っているよ。朝ちょっと話をしただけでそんなに親しい関係でもないのになんか変だな。俺にどんな用件があるのか全くの謎だ。そもそもカレンさん自体が初対面で謎だらけの人だしな。
「お待ちしていました」
「すいません、色々と長引いてお待たせました」
うん、きっと俺はモテないな。せっかく待っていてくれたこんな美人に向かって気の利いたセリフを何も思いつかないぞ。顔だって平凡だしたぶんそういう星の下に生まれているんだろうと思って諦めるしかないな。
それにしてもカレンさんの表情はちょっと思い詰めた感じがするのは気のせいだろうか? 女の人の深刻な相談とか俺にとっては一番苦手な分野だぞ。俺の周囲に居る美鈴を筆頭にフィオ、アイシャたちと比べるとカレンさんが身に纏っている雰囲気が同じ女子でもちょっと違うんだよな。ああ、妹は論外だから比較の対象にはしないぞ。それはあまりにもカレンさんに失礼すぎるだろう。
「お会いして間もないんですが、私の話を聞いていただけますか」
「はい、全然構いませんよ」
カレンさんの話? 一体どうなっているんだろうな? ひとまずはどんな話か聞いてみようか。恋愛相談とかだったらその場でお断りしよう。そんな話を俺にされても答えようがないからな。
「私は後方事務の仕事に就いていますが、本当は能力者として期待されてこの部隊に入隊したんです」
「ええー! そうなんですか!」
これはビックリだな。カレンさんも何らかの能力者だったんだ。あんまり驚いたせいでついつい大きな声が出てしまったよ。この部隊には俺たち帰還者と陰陽師の人たちが居るのはもちろん知っているけど、他にも能力者が居たんだ。シラナカッタヨ!
「でも中々その能力が発動しないで、こうして今は事務仕事をしています。少しでも皆さんと私の大切な家族の役に立ちたくって」
「ご家族も期待していたんですか?」
「いいえ、何も言いません。でも私は自分の意思で役に立ちたいんです。返し切れない大きな恩がありますから」
そうだな、俺も両親には大きな恩を感じているぞ。だが妹に対しては一切恩義はないはずだ。あやつこそ俺にもっと感謝してしかるべきだろう。まあそれでもデキの悪い妹ほど可愛いと言うしな、本当は時々心の中で感謝しているんだぞ。二人っきりの兄妹だからな。
「聡史さんのご活躍はいまや部隊中で知らない人が居ないです。それと途方もない魔力の持ち主だという話を聞いています」
「いやいや、そんなに大したことはしていませんよ。魔力もあるにはありますけど、あまり使い道がなくって持て余しているんです」
「そ、その・・・・・・ あなたのその使い道のない魔力を私にいただけないでしょうか?」
「へっ?」
あまりに突然のその申し出に、俺は一瞬言葉を失うのだった。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。主人公を待っていたカレン、果たして彼女の正体とは・・・・・・ 後編に続きます。今日の5時ごろに投稿します。
それから話の舞台が主人公が居る富士と妹たちが出撃している済州島を行ったり来たりしてわかりにくいと感じる読者の方がいらっしゃるかもしれませんが、出来事がほぼ同時に進行しているためにこのような展開になっています。その点をどうぞご承知おきください。




