45 百鬼夜行
お待たせしました、45話の投稿です。奈良の山間に赴いたアイシャたち、その一行の前には・・・・・・
私はアイシャ、日本に亡命してこうして国防軍に入隊して一月半が経っています。初めのうちは慣れない環境で戸惑いの連続だったけど、色々と教えてくれる美鈴や聡史のおかげで何とか頑張っています。
でも日本に来て一番驚いたのはやっぱりさくらちゃんです。あの表現のしようがない破天荒な性格は今でも時々ついていけなくなります。さくらちゃんを前にしてまともに相手ができる聡史と美鈴はそれだけでも凄いと思います。
それでもこうして日本の生活にも段々慣れて、特殊能力者部隊の一員として毎日レベルアップも図っているんですよ。特に部隊から支給された魔法銃のおかげでなんだか自分の戦闘力がワンランクアップしたような気がします。今まで傷ひとつ付けられなかった土蜘蛛をこの前初めて討伐しました。1発では倒せないけど同じ箇所に連続して魔法弾が当たると、丈夫な土蜘蛛の硬い甲殻にもヒビが入るんです。さらに攻撃を加えると大きな穴が開いて殆ど一方的に倒せるんですよ。凄い威力ですよね、この魔法銃は!
でも魔法銃にばっかり頼っていては私自身が強くはなれません。毎日さくらちゃんに体術の指導をしてもらっているんです。でもこれがとんでもなく大変なんです。どんなに私が攻撃を仕掛けてもさくらちゃんは笑いながら避けてしまうんですよ! おまけに強烈なカウンターを浴びせてくるから、訓練中に何度も死を覚悟しました。だって体が簡単に10メートルくらい吹き飛ばされるんですよ! 身体強化を掛けていなければたったの一撃で即死しますよ、あんな攻撃は!
ええ、そうです! ずいぶん打たれ強くなりましたよ。毎日あれだけボコボコにされていたら誰でもわかってきますよ! 目では全く捉えられないパンチが飛んでくる瞬間の気配みたいなのが感じられるようになってきて、ほんの少し体の角度をズラしたり自分から後ろに飛んだりすると衝撃を逃がせるんですよ。おかげで打撲でできる痣がここ最近目に見えて減ってきたんです。
でもその話をしたらさくらちゃんは私にこう言いました。
「うんうん、中々良いね! それじゃあもう少し攻撃のレベルを引き上げようか!」
こうして訓練という名の無間地獄が延々と繰り返されるんです。私の受け方がちょっとでも上達すると、それに応じてさくらちゃんのパンチの速度が上がるんですよ! ここ最近は訓練中はもう何も考えられません。ただ生き残るためにひたすら気配に集中するだけの自分がいます。実戦で死なないために毎日訓練で死にそうになっているって、なんだかおかしくないですか?
すいません、色々と溜まっていてつい愚痴みたいになりました。それはそうとして今私は奈良県の山間にある小さな集落に来ています。それにしても日本にもこんなに長閑な場所があるんですね、ちょっとびっくりしました。でもこの辺りは私の故郷と比べてとっても豊かな場所です。山には青々とした木々が生い茂って、川にはきれいな水が豊富に流れています。
私の故郷は乾燥地帯にあるので水はとっても貴重なんですよ。それにこんなにきれいではありませんし。井戸から汲んだ濁った水を沸騰させて飲んでいるんですよ。こんなにたくさんの水に囲まれている日本がとっても羨ましいです。
今は集落の外れの空き地にテントを張ってこれから調査をする地区に関する打ち合わせをしている最中です。今回の調査に加わっているのは私の他に勇者さん、タンクさん、それから真壁少尉が率いる陰陽師の部隊が合計5人と本部に待機して指示や通信に当たる人員が5人です。そこに数日前からこの一帯を調査している安部家から派遣された陰陽師の人たちが3人加わっています。
夏真っ盛りの日差しが降り注ぐテントの下で簡易式のテーブルに地図を広げて、これまで鬼火が目撃された地点に印を付けながら調査の範囲の絞込みをしています。何でもこの十津川村は日本で一番面積が広い村だそうで、山間部に広大な面積が広がっています。
その中で鬼火が目撃された事例が集中しているのは玉置山山頂近くにある玉置神社の付近らしいです。この神社は熊野山系にある有名なパワースポットで登山客や信仰で詣でる人が結構居るらしいのですが、その人たちがどうやら今回鬼火の目撃者という説明を聞きました。
なるほど、パワースポットですか。富士駐屯地もそうですけど山全体から魔力が湧き上がってくるような感覚を覚えます。魔力が集まる場所には妖怪が姿を現し易いんでしたよね。事前教養で説明がありましたから覚えていますよ。今回の調査が終わるまでは一般客の登山は禁止になって神社の人たちも一時退去の措置が取られているそうです。崖崩れだとか何とか理由をつけてあるらしいけど、細かい話はよくわかりませんでした。
この日は到着が昼過ぎだったので、今から山頂近くにある神社付近まで行くには時間が足りません。なので翌日に山頂まで行って様子を調査しようという話がまとまり、今日はこの場で野営となりました。異世界では野営なんて普通に行っていましたから慣れたものです。こう見えてもAランクの冒険者だったんですよ。あっちの世界で知り合った女の子3人とパーティーを組んで各地を回って依頼をこなしていましたからね。
夕食を終えると装備を一通り点検してテントの中で横になります。私は女の子ですから1人でテントを使っています。他の皆さんは2,3人で1つのテントを使用しているようですね。それではちょっと早いけど、おやすみなさい・・・・・・
その夜、真夜中ごろ・・・・・・
何か背筋にゾクッと伝わる嫌な気配で私は目を覚ましました。装備を身につけて懐中電灯を手にして外に出ると、勇者さんとタンクさんが揃って外に立って周囲を見回しています。真壁少尉も異変を感じたのか、テントの中に居る他の隊員を起こして回っています。
「勇者さん、なんだか胸騒ぎがするんですが」
「そうだね、僕とタンクも同じような気配を感じて飛び起きたんだ。まるで異世界で魔物に取り囲まれたような感覚だよ」
「こいつが言うとおりだ。俺の頭の中で警戒警報が鳴り響いている」
そうなんですか、2人とも私と同じような感じで目が覚めたんですね。それにしても変な感じはしても、周囲は真っ暗で何も見えないです。さくらちゃんが居ればもっと正確な情報がわかるのかも知れないですけど、残念ながら出撃中ですし・・・・・・
全員がテントから出ると誰かが指示した訳でもないのに山の頂上の方向を見上げます。そして耳には微かな鈴の音が・・・・・・
「チリン」
聞こえるか聞こえないくらいの小さな鈴の音が聞こえると、その場に居る全員がはっとした表情になります。
「聞こえたよな」
「ああ、聞こえた。間違いなく鈴の音だった」
「これは不味いぞ。もしや伝説にあるアレが始まるのか」
安部家から派遣された陰陽師の3人が不安げな表情で声を顰めています。この3人は私の目から見ると部隊の陰陽師の隊員よりも小さな魔力しか持っていないようです。それにしても『アレ』って何でしょうか?
「全員戦闘体勢に移行しろ! 間違いなく百鬼夜行が始まる! 山から妖怪が溢れてくるぞ!」
真壁少尉が指示を飛ばします。暗い場所での戦いは不利なので大型の投光機で周辺を照らして明るくなった場所で私たちは魔法銃を手にして待ち構えます。
「ここを破られると集落が全滅するぞ! いいか、絶対に妖怪を外に漏らすな!」
「「「「「了解しました」」」」」
声が響いて全員が魔力銃を構えます。何とか量産が間に合って特殊能力者部隊に支給が開始されていました。私たち帰還者は自分の魔力を撃ち出しますが、陰陽師の皆さんが手にする銃は魔石を利用した魔力カートリッジを装着して、そこから銃に魔力を供給する仕組みです。地下通路の妖怪には大きな効果があったので、ここでも十分役に立ってくれると思います。
「チリン」
先ほどよりもはっきりと鈴の音が耳に届きました。やはり山の上から聞こえてくるようです。上からこちらに向かって降りてくるようなざわざわとした気配も伝わってきました。これはどうやら本格的な妖怪の発生みたいですね。気を引き締めないと不味いです。さくらちゃんが居れば大喜びで突進していくんでしょうね。それから10分ぐらいすると『全部倒してきたよ』なんて言いながらケロッとした顔で戻ってくるはずです。いや、あの規格外の人のことを考えるのはやめておきましょう。
「弾数が限られている。節約して効率よく倒せよ。陰陽師は帰還者の左右に展開して両翼を狙うんだ。帰還者3人は真ん中を狙ってくれ」
「「「「「了解」」」」」
勇者を中心にして左にタンク、右に私の隊形で並んで陰陽師たちはその左右に散らばります。魔法銃を持っていない安部家の陰陽師と通信要員は後方で援護をする形で陣形が整いました。
「チリン」
3度目の鈴の音が響くと山の中腹の辺りに多数の鬼火がこちらに向かって来る様子が目に飛び込んできます。百鬼夜行と聞きましたがその数はとても百ではききそうにありません。
「相当数が多いな。いいか、小物の後ろには百鬼夜行を率いる大物が控えているはずだ。全員用心しろ!」
大物というからにはあの天狐のようなレベルの妖怪が出てくるんでしょうか? さくらちゃんに飼い犬扱いされているけど、傍に居るとはっきりわかるくらいに天狐は大きな力を持っていると感じます。たぶん今の私では一捻りされる程の力の違いがあるんじゃないでしょうか。勇者とタンクの力を合わせてもギリギリで対抗できるかどうかですよね。ちょっと不安になってくるけど、戦う前から臆病風に吹かれるのは禁物です! さくらちゃんが聞いたらそれだけでぶっ飛ばされますよね。
「チリン」
鈴の音がどんどん近づいてきて鬼火に浮かぶ百鬼夜行の姿がおぼろげながらに目に入ってきます。竹に吊るした雪洞を持った2体の稚児姿の狐が先導しているようです。その後ろには様々な種類の妖怪たちが続いていますね。さっきから聞こえている鈴の音はどうやら吊るした雪洞に付けられているようです。
「まもなく射程距離に入るぞ。射撃用意! 目標百鬼夜行!」
真壁少尉の声が響くと全員が銃を肩の高さに構えます。さあ妖怪たち、私の魔力を食らいなさい! 普段の訓練どおりに全く気負いなく無心で銃を構える私がここには居ます。光量を調整したスコープには先頭を進む稚児姿の狐の頭部が捉えられていますからね。
「発砲開始!」
その声に合わせて引き金を引くと銃身から魔力弾が飛んでいきますね。夜空に白い尾を引いて飛んでいく魔力弾は確実に妖怪の頭部に着弾します。
「ドーン!」「ドーン!」「ドーン!」
魔力弾は着弾すると爆発するので、妖怪たちの体は粉々に吹き飛んでいます。その威力に安部家から派遣された陰陽師の3人は引き攣った表情をしていますね。
「たった1発で妖怪が粉々になるだと!」
「なんという威力だ!」
私たち帰還者だけではなくって同じ陰陽師の隊員も魔法銃で妖怪を倒しているのが信じられないようですね。確かにあまり陰陽師らしくないので当たり前かもしれませんが、時代は刻々と変化するものですよ。
さて、先頭を進む妖怪の一団が吹き飛ばされた百鬼夜行の列は、それまでのせせらぎのような静かな行進から激流のような突進に一瞬で変貌を遂げました。あらゆる種類の妖怪たちが山の斜面を駆け下って私たちに襲い掛かろうと向かってきます。
「弾幕を厚くするんだ!」
少尉の指示で連射に切り替えて私たち帰還者は魔法銃を派手に放っていきます。1発で魔力を70くらい消費するから千発は余裕ですね。予備のカートリッジもありますし、この方法で妖怪たちは倒せそうです。
と思っていた私はどうやら甘かったみたいです。百鬼夜行の前の方に居るのはどうやら力のない妖怪たちで、後ろの方になると1発では倒せない強敵が現れてきます。
「鬼族が来たぞ! 帰還者はやつらに攻撃を集中するんだ!」
スコープの先には真っ赤に燃えた目を爛々と光らせた大鬼が立ちはだかっています。駐屯地の地下通路で何度も戦いましたけど、大鬼は5発ぐらい魔法弾を当てないと倒せません。それがゾロゾロと湧き出るようにやって来ます。
「タンク、白兵戦の準備もしておけよ」
「数に押されているからな。その時はその時だが準備はしておこう」
「私も大丈夫です」
さくらちゃんの訓練に比べたら大鬼との白兵戦なんて優雅なダンスです。それに私の剣は美鈴さんが硬化魔法を掛けて丈夫にしてくれたんですよ。切れ味も鋭くなっているし、きっと大丈夫です。
「妖怪に包囲されつつある! 陰陽師は射撃の手を休めるな! 帰還者は誰か退路を確保してくれ!」
「俺が行く」
勇者さんがエクスカリバーをスラリと引き抜いて後方に回り込もうとする大鬼目掛けて駆け出して行きます。
「ホーリーレイン!」
あれが勇者さんの魔法なんですね。確か神聖魔法とか言いましたね。剣から横薙ぎに放たれた白銀の光の束が大鬼たちに次々に穴を開けています。これは相当な威力を持った魔法ですね。その様子を見ながら私は相変わらず魔法銃を手にして銃弾をばら撒き続けています。
そしてその時・・・・・・
「ドカーン、バリバリバリ!」
真っ暗な夜空から大きな雷鳴が轟いて近くの大木を一撃で黒焦げに変えていくのでした。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。次回の投稿は今週末を予定しています。たぶん日曜日になりそうです。




