43 大魔王の片鱗
お待たせしました、43話の投稿です。敵地に乗り込んだ3人の活躍が続きます。
済州島の面積は大阪府よりも少し狭い程度で、面積は約1850平方キロメートル程となっているらしいわね。それなりに広さがあるので、延陽ミサイル基地を攻略した私たちは軍用車を拝借して次の攻略地点に向かっているわ。
「朝のいい運動ができたね! 2千人ちょっとしか居なかったからまだ物足りないけど」
「さくらちゃん、本当に相変わらずね」
基地を守備していた兵士が全滅したにも拘らず、さくらちゃんににとっては軽い運動扱いなのよね。異世界でも人の命を奪っても一切良心の呵責なんか感じていなかったし、これがさくらちゃんの生き方だからしょううがないわね。難しいことは何も考えていないんだから。
私が人を殺す時に何か感じるかって? 大魔王に対してそんなバカな質問をするんじゃないわよ。まあそうね、強いて言えば『スッキリする』という感覚かしらね。部屋の掃除が終わったような感じと言えばもっとわかりやすいかしら?
でもこれはもちろん相手が明確な敵の場合だけよ。無差別に人の命を奪って回るような真似は決してしていませんから、そこのところは間違えないようにしてね。大魔王とはいっても私は本当に慈悲深いんだから。
「そろそろ何らかの出迎えがあるはずだから注意をしておくんだぞ」
幌付のジープ型の車両に乗って20分くらい走っているかしら、運転をしている司令官から注意を促す声が飛ぶわ。今は幹線道路を北西に向かっているようね。ミサイル基地は島の一番日本に近い東側の沿岸にあったんだけど、今向かっている宗山陸軍基地は北部にあるそうよ。司令官が地理を頭に叩き込んでいるから全部お任せでいいわよね。
「むむ、ヘリコプターの音が聞こえてくるね。どうやらいっぱいこっちに向かってきているみたいだよ!」
さくらちゃんの耳が飛来するヘリのローター音を捉えたみたいね。私には何にも聞こえていないけど、さくらちゃんの耳だけはアテにしていいのよ。あとは目も良いわね。でもそれ以外は一切アテにしてはいけないのよ。これは人類不変の真理ですからね!
「車から降りて迎撃するぞ。運転しながらだと私が何もできないからな」
司令官はジープを道の真ん中に停める。どうせ他の車なんか1台も走っていないんだからどこに停めても一緒よね。3人が車から降りるとさくらちゃんは西の方向を指差しているわ。司令官はアイテムボックスから双眼鏡を取り出してそちらの方向を監視しているわね。私は特にすることがないからシールドでも展開しましょう。
「どうやら陸軍の攻撃ヘリのようだな。武直-9汎用ヘリが5機、武直-10攻撃ヘリが4機、C-700-2汎用ヘリが3機か。大型のヘリがいるから降下部隊を乗せているかもしれないな。どうやら真っ直ぐこちらに向かってくるぞ」
「うほほー! ゲームみたいに撃ち落しちゃうよー!」
「司令官、周囲はシールドで覆っていますから安心してください」
「ほう、ずいぶん気が利いているな。それならば遠慮なく迎撃に専念しようか。さくら訓練生、自分のタイミングで発砲しろ」
司令官はそう命じると自分でもバズーカ砲を構える。さくらちゃんもスタンバイ完了ね。私の目にはまだ米粒のように空の向こうにヘリが居る程度にしかわからないけど、2人はもう照準を合わせているわね。
バシッ! バシッ!
ズーン! ズーン!
2人がほぼ同時に魔力擲弾筒とバズーカ砲を放っているわね。魔力弾は真っ直ぐにヘリに向かって飛び出して行くわ。音速の2倍近い速度で白い尾を引いた4つの死を呼ぶ凶弾が虚空を飛んで・・・・・・ あっ、空の彼方に花が咲いたように炎と煙が上がっているわね。遅れて爆発音も聞こえてきたわ。
「よしよし、1機撃墜だよー!」
「クソー! ど真ん中に当ててやろうと思ったのにローターに当たったか。まあ撃墜には変わりないが負けた気がするぞ!」
この2人は一体何と戦っているんだろう? ゲームの点数を競っているんじゃないですからね! ジープに搭載してある無線からはヘリ部隊の慌てた様子が聞こえてくるわ。
「隊長機! 3番機と7番機が撃墜されました! 敵の砲弾若しくはミサイルは視認が困難、回避できません!」
「ミサイルで殲滅しろ! 各機攻撃開始せよ!」
「ミサイル発射!」
「2番機発射します!」
「6番機発射!」
あっ、ヘリから何かが飛んでくるわ!
猛スピードで迫ってくるのはどうやらミサイルみたいね。相手も遣られっ放しという訳にはいかないでしょうから、私たちを目掛けてミサイルを放ったのね。
ヒューーー、ヒューーー、ヒューーー、ヒューーー!
ドカーン、ドカーン、ドドドカーン!
シールドにぶつかったミサイルは爆炎と轟音を引き起こして一瞬私たちの視界を奪う。でも衝撃はシールドの内部には一切伝わってこないわね。3枚割れちゃったから、もう少し強度を上げたシールドを10枚追加しておきましょうか。
「それ、お返しだよー!」
「ミンチになってもらうぞ!」
司令官、ミ、ミンチって・・・・・・ まあ確かに魔力弾の爆発に人が巻き込まれたら結果的にそうなるんですけど、そこはもう少しオブラートに包んだ表現が望ましいのでは・・・・・・
立て続けに2人が発砲を繰り返すとこちらに向かってくるヘリは見る見る数を減らして行く。編隊で飛行していたんだけど、狙い撃ちを避けるように今は散開して5機が3方向からこちらに向かってくるわね。それとともにシールドに着弾するミサイルが増えてくる。ミサイルに混ざって機銃の弾丸も派手にバラ撒かれているみたいね。
「視界が悪くて狙いが付けられないよ!」
「これでは埒が明かないな。外に飛び出して迎え撃つか」
「司令官、そんな必要はありません。ヘリがさっきよりもだいぶ近付いて来ましたから、もう私の魔法が届く範囲です」
「そうか、ではこの場は西川訓練生に任せるとしようか」
さて、空を飛んでいるんだから叩き落すのは簡単よ。それじゃあ始めようかしら、大魔王の魔法に恐れ戦きなさい。
「テンペスト!」
ミサイル基地で発動した魔法をより大規模に発動してみたわ。私たちを中心にして半径3キロの範囲にある空気がゆっくりと回り出していく。そしてその回転速度が徐々に上がると唸りを上げる暴風に発達するの。ウインドカッターの上位版『エアーブレード』を大量に投入しておけば万全ね。そろそろ雷も始まる頃よ。無線の様子にちょっと耳を傾けてみようかしら。
「急に天候が悪化したぞ! どうなっているんだ?!」
「不味い! 風に煽られて操縦桿を持っていかれる!」
「うわーー! 横風がーー!」
「操縦不能! 助けてくれー!」
まあまあ、風だけでもうパニック状態じゃないの。でも本当の恐怖はここからよ。ヘリの機体と人間の精神が最後まで耐え切れるかしら?
「機体破損! 右側の安定翼が切断されました。もうバランスが保てない!」
「後部ローター破損! 機体の回転が止まらない! 助けてくれー!」
「落雷多数発生! この風の渦を抜けないと危険です!」
プツンという音を立ててヘリからの通信が途絶するわね。大魔王の魔法から逃れられるなんて考えない方がいいわ。
「9番機応答なし! 落雷が直撃した模様です!」
「全機脱出しろ! ここは本物の地獄だ!」
「隊長機、風が強すぎて操縦不能です! うわーーー!」
「こちら延陽陸軍基地、ヘリ部隊、何が起こっているんだ?」
「原因不明の強風と雷に遭って操縦不能です。もうダメだーー!」
「ヘリ部隊、応答せよ。繰り返す、ヘリ部隊応答せよ!」
どうやらヘリは全滅したようね。それでは魔法はここまでにしておきましょうか。大魔王の真の恐ろしさを理解してくれたかしら?
陸軍基地もあまりに不可解なヘリ部隊の全滅にパニックに陥っているようね。でも安心して、これから大魔王があなた方に破滅を届けに行くから。
魔法を終えて一体に吹き荒れていた風が止むと、周囲は建物の瓦礫と炎を上げて燃えているヘリコプターの残骸が転がっているだけの景色に早替りしているわね。この程度の広範囲殲滅なんて異世界では何度も繰り返してきたわ。でもこうして見渡す破壊の跡って、異世界でも現代でも大差がないのね。
「美鈴ちゃんにオイシイ所を全部持って行かれちゃったよ! やっぱり足を止めるとダメだね! 次はもっと動き回って襲撃するよ!」
「西川訓練生、ご苦労だったな。それにしても大した魔法だ。この先の活躍に大いに期待できるな」
「司令官、この程度はまだ本気ではありませんから褒められても困ります」
「そうか、それではいつかその本気とやらを見せてもらおう。それにしても駐屯地で留守番している楢崎訓練生を含めた貴官たち3人が味方で良かったな。いくら私でも3人まとめて相手にはできそうもないぞ」
司令官、そんな謙遜しなくてもいいです。いくら私やさくらちゃんが大きな力を持っていようと、異世界の神にはさすがに歯が立ちませんでした。唯一聡史君がその全ての力を解放してようやく倒したんですからね。それ程までに『神』というのは人とはポテンシャルが桁違いだってわかっていますから。『神殺し』の二つ名がどんな意味を持っているかくらいは私にも想像がつきますよ。
「司令官ちゃん! 今度富士に帰ったら私と組み手をしようよ! いい訓練ができそうだよ!」
「そうだな、私も実戦の勘を養っておく必要があるからたまには相手をしてやろうか」
「楽しみになってきたよー! こんな任務は早く終わらせて富士に戻るよー!」
はー・・・・・・ 怖いもの知らずにも程があるわ。強い相手には絶対に向かっていくさくらちゃんの性格だから、そのうちこうなるとは予想していたけど。まあいいわ、さくらちゃんにはいい薬になるでしょうし。
「よし、この調子で陸軍基地を目指すぞ。車に乗り込め」
「まだお腹が空いてこないから、もうひと暴れしたいね!」
「さくらちゃん、あなたのお腹のために戦っているんじゃないのよ」
「美鈴ちゃん、気にしなくっていいよ! 今は私にとって『戦う』っていう趣味と『お腹が空く』っていう実益の両方が揃っているからね。こんな楽しいのはあっちの世界に居た頃以来だよ!」
もう何も言うまい。この大魔王を絶句させる唯一の存在こそがさくらちゃん。究極のマイペース人間よね。いいえ、ここまで行くと『唯我独尊』レベルかもしれないわ。比較しようとしたらお釈迦様が真っ青な顔をして裸足で逃げ出すかもしれないわね。
そのまましばらく陸軍基地の方向に向かっていると、またまたさくらちゃんが耳を欹てているわね。こういう仕草がどこから見ても小動物的な雰囲気なのよね。でもその正体は肉食の獰猛な生き物よ。おそらく地球上には1体しか確認されていない『さくら』という名の珍種の奇妙な生物なのよ。
「今度は戦車がいっぱい来るみたいだね! 戦車と戦うのは初めてだから楽しみだよー!」
「そうか、機械化部隊のお出ましのようだな。今度は私とさくら訓練生は散開して迎え撃つぞ。西川訓練生はこの場に留まってくれ。敵の殲滅が終わったら再びこの場に集合だ」
「了解しました」
「イヤッホー! さあ行くよーー!」
さくらちゃんは司令官の指示もそこそこに車を飛び出してダッシュして行っちゃったわ。走り出して2,3秒でもうその姿は見えなくなっている。たぶん建物の陰から襲撃を仕掛けるんでしょうね。
「さて、私も行ってくるぞ。この場はよろしく頼む」
司令官はそう言い残して肩にバズーカ砲を担いで走って行くわ。さて、ここでもう一仕事しましょうか。こうして大魔王が待ち構えているとも知らずに、敵の戦車部隊は刻一刻とこちらに向かってくるのでした。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。次回の投稿は今週末を予定しています。
敵地に乗り込んだ3人とは別に駐屯地に残った主人公たちのお話を差し挟む予定です。どうぞお楽しみに!




