40 復帰と新たな動き
体内で魔力を暴走させるという無茶な方法でミサイルを迎撃した主人公は医療施設に運び込まれて、そこから今回のお話がスタートします。
「・・・・・・ちゃん、兄ちゃん!」
遠くから俺を呼ぶ声が聞こえてくる。とても耳慣れた声が真っ暗な世界を彷徨っていた俺をどこかに引き戻してくれるような感覚が伝わる。
「兄ちゃん、早く目を覚ましてよ!」
今度はさっきよりもハッキリとした声が聞こえてくる。深い眠りから次第に覚めるような感覚で意識が少しずつ覚醒を始める。一体自分がどうなっているのかはわからないが、どうやら目を覚まさないといけないみたいだな。
体を動かしてみようとするが全然動かせないな。でも微かに指の先だけがピクリと動く。僅かに動く指先の感覚につられるようにして俺の意識は急速に現実の世界に戻ってくる。
「兄ちゃん! 良かったよ! 目を覚ましてくれたんだね!」
ゆっくりと目を開くとそこには妹の顔がある。何で俺が妹からこうして見下ろされているのか全く心当たりがないぞ? ひとまずは状況がどうなっているのか聞いてみようか。
「さくら、俺は何でここにいるんだ?」
「兄ちゃん!」
俺の問い掛けと同時に妹の体が宙に浮いた。そして刻一刻と俺の体に向かって接近してくる。『こいつは何をはしゃいでいるんだ?』という疑問が浮かんだ次の瞬間、俺の体に強烈な衝撃が圧し掛かってくる。待て待て! これはヤバいぞ! 今の俺は完全に無防備な状態だからな。
「うわーーー! グエッ! し、死んでしまうーー!」
「兄ちゃん心配したんだよーー!」
妹はベッドに横たわる俺に向かって『ルパ○ダイブ』を敢行してくれた。小柄な妹だが、全然体に力が入らない俺にとっては相当の衝撃だぞ。俺はいつかこやつの手に掛かって死ぬのかもしれないな。それにしても妹は俺にしがみ付いて泣きじゃくっている。一体何がどうなっているんだ?
「聡史君、やっと気がついたのね」
「その声は美鈴か? 何がどうなっているんだ?」
俺は妹に首をガッチリ固められて横を見ることもできずに必死で指先を動かしてタップを続けながら、辛うじて美鈴の声を認識している。これ妹よ、首に入っている左手をだんだん深く差し込むんじゃない! ようやく戻ったばかりの意識が遠退いてきたぞ。
「さくらちゃん、嬉しいのはわかるけどその辺にしておいてあげるのよ。せっかく目覚めた聡史君がまた泡を吹いて失神しかけているわ」
「あっ! ついつい癖で絞め技に入っちゃったよ! 兄ちゃん、ごめんなさい」
ようやく俺の首に回した両腕を解いて妹はベッドから降りていく。目が覚めたばかりの兄をまた絞め落とそうなんて、こやつは着々と超一流の殺し屋への道を歩んでいるな。泣きじゃくりながら無抵抗な俺に首固めを放ってくるなんて、容赦がなさ過ぎるだろう!
何とか妹によるカオスが落着したので俺はこの状況の説明を求める。何しろ記憶が飛んでいて何にも思い出せないのだ。確か東京に向かって飛来してくるミサイルを対空魔力砲で迎撃していたんだよな。そこから先の記憶が全くないぞ。いつどうして俺はここに運び込まれたんだろう?
「ミサイル迎撃のために聡史君が魔力の暴走を引き起こしたのは覚えている?」
「いや、全然覚えていないな」
「体内で引き起こした魔力の暴走によって、聡史君は意識を失って倒れたのよ。私もまさかここまで深刻な事態を引き起こすとは思っていなかったわ。本当にごめんなさい」
美鈴が謝っているけど、俺には全く心当たりがないぞ。魔力の暴走? そんなことを本当にしたって言うのか? それならまだ体が満足に動かせない程のダメージが残っているのは納得できるな。というよりもこうして生きているのが不思議なくらいだ。
「聡史君は丸1日意識を失っていたのよ。その間本当に危険な状態が続いていたの。1回心臓が停止してあの時は危なかったわ」
「そうそう、本当にビックリしたんだよ! 慌てて私が兄ちゃんの鳩尾に拳を入れたら呼吸まで止まっちゃったからね!」
「当たり前だーーー!! 死に掛けている人間に止めを刺そうとするんじゃない!」
危なかった! 本当に危なかったぞ! 絶対に妹は俺を殺しに掛かっているに違いないな。身近な場所に最大の敵がいるのか。これは気をつけなければならないぞ!
「でもさくらちゃんのおかげでどういう訳だか聡史君の心臓がまた動き出したのよね。呼吸は止まったままだったけど」
「兄ちゃん、あれこそが妹としての最大の愛を籠めたショック療法だよ!」
「ただの偶然に決まっているだろうが! 絶対次はは心臓マッサージか人工呼吸で対処してくれ!」
「まあそれでも結果オーライだから良いんじゃないの。それにしてもあの時のさくらちゃんは見事なくらいに取り乱していたわね」
「うんうん、あの時はさすがの私も気がバク転していたからね!」
「そうそう、後方伸身2回宙返り、D難度の技で着地がピタリと・・・・・・ って、違うからな。正解は『動転』だぞ」
「兄ちゃん、具合が悪い時にわざわざツッコまなくって良いよ! 私も薄々は『違うんじゃないか』って気がついていたからね!」
「わかっていたんだったら無理して難しい言い回しをするんじゃない! ゴホゴホッ、無理にツッコんだせいでなんだかまた具合が悪くなってきたぞ!」
「それじゃあもう少し聡史君をゆっくり休ませてあげましょう」
「そうだね、兄ちゃん! 早く良くなってよ!」
こうして妹と美鈴は部屋を出て行く。1人残された俺は両腕に取り付けられている点滴のチューブを見て、結構危険な状態だったんだと再認識してからゆっくりと目を閉じるのだった。
うん? なんだかまた目の前が明るくなってきたな。オレンジ色の光が眩しいぞ。俺はゆっくりと目蓋を開いていくと、衛生兵の女性が窓のカーテンを閉めているところだった。眩しかったのは西日が差し込んでいたせいだな。
「あら、気がつきましたか? 起こしてしまってすみません。具合はいかがですか?」
「さっき目を覚ました時よりもずいぶん良くなっています」
「それは良かったです。全ての内臓から出血して全身の筋肉はズタズタで、生きているのが不思議なくらいの状態だったんですよ。でもさっき検査したら出血は治まって、筋肉の断裂も半分くらい元に戻っていました。軍医の先生が『驚異的な回復力だ!』ってビックリしていたんですよ」
「そうだったんですか。俺の体ってどうなっているのかな?」
「本当に帰還者っていうのは不思議の塊のような存在ですね」
「そうなんですかね?」
衛生兵さんのお言葉じゃないけど、俺自身が不思議だよ! 異世界に行く前は転んだら怪我をする普通の体だったからな。ステータス値がカンストしている膨大な魔力を体内に保持しているんだから、体の作りも普通の人間とはどこかしら違っているのかもしれないな。何しろこの魔力に関しては俺自身が把握し切れない点が多過ぎるんだ。
「それでは起き上がれるようになるまでもう少し休んでください」
「はい、ありがとうございます」
こうして俺はまた目を閉じるのだった。
結局俺は駐屯地の医療施設で3日間過ごした。意識を取り戻した翌朝には起き上がれる状態まで回復して、色々な検査の結果『健康体』と判断されて次の朝に晴れて娑婆に放免となった。軍医さんは医学的な興味からもっと俺の体を調べたがっていたけど、モルモットになるのは御免なのでさっさと退院して通常の生活に戻ったよ。
「兄ちゃん、お帰り!」
「聡史君、回復が早くて良かったわね」
退院した俺を妹と美鈴が出迎えてくれる。一緒に居るフィオとアイシャも一安心という表情をしている。
「聡史はまだ無理をしないで体を休めてください」
「兄ちゃん! アイシャちゃんが言うとおりだよ! 何しろ兄ちゃんは九州に一生を得たばっかりだからね!」
「そうそう、就職したら熊本支店に配属されてそこで定年まで社畜生活・・・・・・ って、違うから! それを言うなら『九死に一生』だからな!
「えっ! 九州に島流しにされて大変な目に遭うんじゃないの?」
「謝りなさい! 九州の人たちに土下座して謝りなさい! 修学旅行で一度だけ行ったけど良い所だったぞ! ごく一部の『修羅の国』ではちょっと酷い目に遭ったけどな」
「兄ちゃん! 『修羅の国』なんて凄く魅力を感じる響きだよ! やっぱりそういう所なんだね!」
「だからごく一部だって言っているだろう! のんびりして良い所ばっかりだからな!」
声を大にして言っておくぞ。本当に良い所だからな。ただし到着した初日にガラの悪い連中に絡まれたけど。まあそれは今となっては楽しい思い出だな。美鈴が俺と腕を組んで歩いていたのが絡まれた理由だ。当時はまだ異世界に行く前の俺たちだったから、あの時は結構怖い思いをしたんだよな。速攻で警察に110番したけど。今だったらきっと笑いながらあの連中にはデコピンをくれてやるぞ。美鈴に任せると骨まで灰に燃やしてしまうからな
それにしても妹よ、その頭の中身は何とかならないものか・・・・・・
その翌朝・・・・・・
駐屯地内の空気は夏の盛りではあっても早朝は清々しく澄み渡っている。広大な富士山の裾野にあるので、まるで高原の朝のような爽やかさが漂う。
この爽やかな空気に反して、隊員たちの間には『中華大陸連合に好き勝手に攻められっ放しでいいのか?』という意見が次第に高まってきている。その中でも殊更大きな不満を抱えている人物が駐屯地には2人程居る。そのうちの1人が俺の目の前でしゃべっている。
「兄ちゃん、そもそも殴られたら殴り返さないとダメだよ!」
朝食が終わったテーブルでは妹が憤懣やる方ないという表情で自らの主張を力説している。この前のミサイル攻撃のお返しをするべきだという主張らしい。
「さくららしい意見だな」
「兄ちゃんは何もわかってないよ! 私なら殴られる前に相手を10倍の勢いで殴っているからね!」
そうでした。こやつがむざむざと殴られるのを待っている訳がなかったな。本来ならば先制攻撃で敵の戦意を削ぐのが妹のやり方だ。というよりも妹に先制された敵はその時点で大概命を落としている。
このようなポリシーの持ち主である妹の眼から見ると、日本政府の動きがどうにも遅いように感じるのだろう。確かにミサイルは迎撃したけど、これといって攻撃を加える姿勢は全く打ち出していないからな。
「さくら、本格的に攻撃するとなると色々と準備が必要になってくるんだぞ。もう少し時間が掛かるだろう」
「兄ちゃん、それがなっていないんだよ! 異世界だったら王様の私が一声掛ければ全軍がすぐに出陣できる体制ができていたからね」
「それは異世界の話だろうが。動員する人や物資の規模が比較にならないぞ」
妹はあっちの世界では獣人たちの王様を務めていた。血の気の多い獣人たちを従える一番戦いに飢えている王様だった。その王国ではひとたび何かあると、たちどころに1万を越える獣人たちが強力な武装に身を包んで王様の前に勢揃いするのだ。もちろん軍勢だけでなく補給部隊まで完璧に作り上げていた妹の手腕は、こと軍事に関しては天才的だった。それ以外の内政などに関してはミジンコ程度の役にしか立っていないが・・・・・・
獣人たちは少数の例外を除くと魔法が使えない。その不利があっても妹は異世界最強の戦闘集団を作り上げていた。
戦乱の元凶だったとある国を本格的に叩く先鋒を務めたのが妹に率いられた獣人たちの部隊だった。僅か1万の兵力で3万の守備隊が待ち受ける街を陥落させて、取り戻そうと押し寄せてきた6万の大軍を簡単に蹴散らした。その上で後から到着した俺と美鈴が率いる軍勢を堂々と迎え入れたのだ。
思えばあの街の攻防が異世界での戦いの大きな分岐点だったな。妹の手によって壊滅を喫した敵軍はそれ以降まとまって反撃する勢力を失って瓦解への道を突き進んでいった。街の守備を後から来た俺たちに任せて、任務を終えて自分たちの森に帰って行く獣人たちの誇らしい表情の行進は中々の見物だったぞ。
さて、そんな経験を持っている妹からすれば『日本政府の動きが遅い!』と感じるのは無理もないかもしれないな。兵は迅速に動かせ! これは戦術の鉄則だからな。
「いっそのこと私が1人で敵地に乗り込んでやろうかな!」
「さくらよ、ここは日本だからな。いずれ何らかの形で出撃命令があるから、それまではここで待っているんだぞ」
「しょうがないな! 兄ちゃんの顔を立ててあとちょっとだけ待ってあげるよ!」
ずいぶん上から目線の返事だな! ともあれ俺はそんな妹を宥めながら再びあるかもしれない中華大陸連合の攻撃に備えるのだった。
そして、駐屯地とは別の場所にもう1人腹の虫が治まらない人物が居る。
市ヶ谷にある防衛省の統合幕僚本部・・・・・・
「統合幕僚長、忙しいところに時間を取ってもらって感謝する」
「神埼大佐、急にどうしたんだね?」
私は市ヶ谷の戦略本部に幕僚長を訪ねている。ある作戦案を胸に秘めて。
「前置きなしで話をする。これが私が考えた作戦書だ。目を通して実現可能かどうか検討してほしい」
「ずいぶん性急だな。君が立案したということは帰還者が絡んでいるんだな。いいだろう、目を通すよ」
幕僚長は書類に目を通していく。内容を読み進めるにしたがってその表情が信じられないという様子に変化していくな。まあそれも当たり前だろう。
「この作戦が本当に可能なのかね?」
「活きの良い帰還者が居るからな。誰か1人でも送り込めば一息に敵の基地を壊滅させるだろうな」
「もっと詳しい話を聞かせてくれ」
幕僚長が身を乗り出してくる。シメシメ、どうやらこちらの思惑に乗ってきたようだ。私は書面では伝えきれない話を切り出すのだった。
司令官が何か作戦を考えているようですが、果たしてどこを攻略するのか、そして実現する可能性はあるのかが次回明らかになる予定です。




