表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/229

35 初の遠征 中篇

さて、今回はお兄ちゃん回です。今まで大使館を壊した以外はツッコミ役に徹していた名ばかり主人公のあの兄がどうやら本気を出すようです。

「うほほー! 新潟に着いたよ! さあ美味しい物を食べまくるよー!」


「さくら、ちょっとは落ち着くんだ!」


 ダメだ、食べ物で頭がいっぱいになっているこやつは完全にやって来た目的を見失っている。自分のスマホでグルメナビを開いて何処に行こうかとしきりに算段している。


 異世界に居た頃も新しい町に到着するなり、1人で勝手に食べ歩きを開始していたからなぁ。一通り味わい尽くすまではしばらく使い物にならないようだ。



「高田駐屯地から車を寄越す手筈になっていますから、しばらくここで待っていてください」


 東中尉がどこかと連絡を取ると、程なくして黒塗りのワゴン車が俺たちの前に停車する。運転手役の人が降りてきて俺たちに挨拶してくれているよ。



「皆さん、わざわざお越しくださってありがとうございます。こちらに滞在される間皆さんをご案内いたします松本と浜田です」


 2人とも目立たないように私服のズボンと半そでのポロシャツ姿だ。武器等も全く身に付けてはいない。階級を名乗らないのも今回の任務の秘匿性を考慮してのことだろうな。でもさすがだよな。身にまとう雰囲気だけは一般人ではないとはっきりとわかるよ。隠し切れない危険な香りが漂っているからな。



「お手数をお掛けします。しばらくの間よろしくお願いします」


 中尉さんも軍人らしくない様子で挨拶を交わしているよ。東中尉は元々の人柄が穏やかな学校の先生のような雰囲気だから、俺たちは周囲には引率されている生徒のように映っているかもしれないな。





「それではまずは例の領事館の前をゆっくりと流しますので、建物の外観を見ておいてください」


 駅のロータリーを出発したワゴン車は川に架かる橋を渡って海の方向に進んで行く。なるほど、日本で一番長い信濃川の河口にある町だから至る所に橋があるんだな。


 車は橋を渡った先で左に曲がって学校が多い地区を進んで行く。



「この先左手にある4階建ての建物です」


 案内にしたがって外観を確認すると周囲を低いビルに囲まれた一角が中華大陸連合の領事館だった。正面には国防陸軍の兵士が小銃を肩に掛けて周囲を監視している。もちろん裏手にもそれなりの人数が配備されているんだろうな。車で通った感じでは魔力の気配は何も感じないな。


 俺たちがあまり周囲をウロつくと逆に向こうに察知される恐れがあるので、すぐにその場は通り過ぎて海岸方向に向かって行く。そのまま通りを進んでもう1つ橋を渡ると長い海岸線が見えてくる。海水浴場などもあって、これから本格的な夏を迎えると多くの人で賑わうらしい。


 だが軍と海上保安庁が警戒しているのは夜の闇に紛れて長い海岸線から侵入してこようとする工作員だったり、危険な物資を運び込もうとする国内の協力者だそうだ。全て水際で防ぎたいところだが、限られた人手では監視網が万全とはいかないらしい。



「あとは新潟港でも見てもらいましょうか。今は中華大陸連合が関係する船の姿が消えたので、一時よりも警戒が緩んでいますけど」


 車は海岸沿いの駐車場でUターンして逆方向に走り出す。新潟港は信濃川の河口に造られているそうだ。一通り車で案内されて見て回っているけど、まだ地理が殆ど頭に入ってこないな。何しろ川がいっぱいあって橋が多いので、今どの橋を渡っているのかわからなくなってくる。




 新潟港は日本海側では有数の貨物の取扱高を誇る港だそうだ。時には各地をクルーズする豪華客船も寄港するらしい。10年位前は中国、韓国、ロシアの船が順番待ちをする勢いで積荷を降ろしていたのだが、現在韓国は中華大陸連合に併合されて、その中華大陸連合もロシアとの間で紛争を始めているので、のんきに貿易など行っている場合じゃない状況だ。


 したがって現在この港に停泊している船舶は3隻に留まっている。一隻はパナマ船籍の貨物船でシンガポールの海運会社が運行しているらしい。残る2隻は国内の海運会社の持ち船だ。



 だが『シンガポール』という国名が俺の直感に何か触れるものを感じさせている。確かアイシャが入国したときもシンガポール国籍に成り済ましていたと聞いていたからだ。


 車は埠頭の手前の部分で停車する。ここから停泊している船の様子が確認できるのだ。俺は少しだけ窓を開けて外の様子を伺う。



「おい、さくら! 魔力の気配は感じないか?」


「うほほー! この時期はイカとエビが美味しいよ! 何々、漁港直営の海産センターでは買った品をその場でバーベキューにできるだってーー! 焼くよ! 私は焼きまくるよー! ホタテとサザエよ、命乞いしながら待っているがいい!」


 ダメだこりゃ! 美味しい海の幸で頭がいっぱいの妹様にはどうやら俺の声は届いていないらしい。満足するまで色々と腹に詰め込まないと使い物にならないようだ。


 仕方がないので俺は自分の探査スキルを発動して船の様子を探っていく。本当は妹の野生の勘の方が精度が高くていいんだよな。それにスキル発動の時に微量の魔力を使うから相手に感づかれる可能性もあるんだ。


 船を隅々まで探査していくと・・・・・・ あったぞ! 巧妙に隠蔽しているがこれは間違いなく魔力だ。となると当然帰還者がこの船に乗っているということだな。それにしても何だろう? 俺は魔力を感知すると同時にその魔力に対して強烈な違和感を感じている。


 当然だが魔力には個人差がある。妹の魔力とアイシャの魔力は持っている波長が全然違う。でもそれは言葉に例えるとイントネーションの違いといえばいいのかな、違いはあってもちゃんと理解できる。


 だが船から感じる魔力はまったく別の初めて聞いた外国の言語のように感じるんだ。うーん、それも違うな・・・・・・ 磁石のS極とN極とでも表現すればいいのかな、ともかく正反対の性質を持っているように感じるんだ。この大きな違いは一体なんだろう? あとで美鈴とフィオに聞いてみようかな。


 2人とも俺や妹のように遠くの魔力を感じるスキルは持っていない。もっと近くなら何かわかるかもしれないけど、これ以上接近すると相手にも感知される可能性があるから諦めるしかないな。



「すみません、ちょっと気になったことがありますが、この場はもう離れて構いません」


 俺は運転手の松本さんに声を掛ける。魔力や帰還者に関する情報は同じ国防軍でも他の部隊に所属する隊員には可能な限りしゃべらないようにという規定があるのだ。どうやら事情を察してくれた松本さんは無言で頷いて車を発信する。


 俺の一言がもたらした緊張感に車内が包まれている・・・・・・ いや、違った!



「おお! やっと出発したね! 早く海鮮センターに着かないかな! サザエもイクラも念仏を唱えて待っているんだよー!」


 アホの子だけはいつものように平常運転で、頭の中は美味しい食べ物で埋め尽くされているのだった。コラッ! 『サザ○さん』の唄を歌うんじゃありません! 








 その日の深夜・・・・・・



 俺は1人で新潟港を目指して道路を走っている。妹は散々美味い物を食べ尽くして満足してとっくに夢の中に入っている。美鈴たちは無情にもこの件に関して俺に丸投げをしてくれた。すでに仲良く3人で就寝中だ。


 魔力の件をまだ明るいうちに美鈴とフィオに聞いてみたが、『自分で見てみないと何とも言えない』というつれない返事が返ってきた。まあ、その通りだから仕方がないか。



 それからこの件を指令に報告したところ『詳しく調べておけ! 戦闘になったら対応を任せる』というこれまた丸投げの指示をいただいている。指令は装甲車や輸送トラックを連ねて練馬インターを抜けた辺りを走っているそうで、こちらへの到着は早朝の予定だ。はいはい、やればいいんでしょう! 下っ端は命令には逆らえないからね。



 という具合で、各方面から一切合財丸投げを背負い込んだ俺は現在走って港に向かっているわけだ。妹には及ばないけど俺だって本気を出せば時速200キロ近くで走れるんだぞ! でも決して新幹線と追いかけっこはしないからな! あんなマネはアホの子だけに許された専売特許だ。


 

 こうして俺は船が停泊している埠頭にやって来る。ここから先はゆっくりと進んだ方がいいな。気配を消して慎重な足取りで船を目指して進んでいく。『調べておけ』と命令されたけど、実は何もプランを持っていないんだよな。取り敢えずは現場に行ってみて、あとは成り行きで対処しようとしか考えていない。



 船が近付いてくると俺の感覚にはっきりと魔力の存在が感知されてくる。相変わらず違和感もそのままだ。この正体がはっきりしないとちょっと気味が悪いな。



 チューン!


 船から何か撃ちだされてきた。発熱して赤い尾を引く銃弾のようだ。軌道からすると俺の右耳の横を抜けていく感じかな。まあ、その前に魔力の壁に阻まれて・・・・・・ って、なんだって! 


 銃弾は魔力の壁を貫いて俺の後ろの地面に着弾しているぞ。駐屯地で試した時には小銃だろうがマシンガンだろうが全ての銃弾とロケット砲を撥ね返した俺の魔力の壁を容易く貫いてきたぞ。これはかなりシャレにならない事態が発生したな。


 効果があるかはわからないが、俺は魔力の壁を10倍に引き上げる。普段は500万くらいの魔力で作られている防護壁が一気に5千万の魔力に包まれている。



 ゴォーーー!


 体を取り巻く魔力が渦を巻いて唸るような音を響かせているな。まだここからあと3回は変身できるぞ!



 チューン、チューン、チューン!


 銃弾は魔力の渦を諸ともしないで貫いてくるな。とはいってもここまで大量の魔力が集中すると物理的な密度を生じてくるから、俺の体に届く頃にはその速度はガックリと落ちている。BB弾が当たるよりも痛みは感じないな。


 俺は体に銃弾を受けながら平気な顔で貨物船に近付いていく。



 タタタタッタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ!


 今度は頭上の甲板の各方向からマシンガンの乱れ撃ちだよ。これは普通の弾丸なので魔力の渦に巻き込まれて分子単位に分解されていく。ただし厄介なのは通常の弾丸に紛れて貫通してくる弾が混ざっている点だな。当たるとそれなりに痛いし、目にでも直撃したら大怪我をしそうだ。


 俺はマシンガンは無視をして貫通してくる銃弾に神経を集中する。



「来たっ!」


 魔力の渦を貫いて姿を現した銃弾に拳を振るう。妹は拳銃の弾をキャッチして投げ返していたが、俺にはそこまで器用な真似はできない。だから拳で銃弾を撃ち返してやったんだ。ついでにオマケも付けてやったよ。魔力の渦の一部を拳に乗せてお届けしてやったんだ。さて、一撃で大使館を崩壊させた俺の魔力砲にどう対応するかな?


 甲板を見上げると白い光を発して飛んでいった俺の魔力に甲板から放たれた黒い魔力が襲い掛かって光を塗り潰していっているな。というよりもこれは中和だ。俺の陽の魔力と相手の陰の魔力がぶつかり合ってゼロになっている。なるほどな、そういう仕組みだったのか。原理がわかれば対応策もそのうち見つかるだろう。さて、どうするかな・・・・・・ うん、まずは邪魔な連中を先に片付けようかな。



 帰還者はまだ俺の魔力砲弾を完全には消し去ってはいないな。相当手古摺っているようだ。300万くらいの魔力が飛び出て行ったはずだから、全部消し去るまでしっかりと時間と魔力を使ってくれよ。


 俺はその間に素早く桟橋に停泊している船の横腹に取り付く。ここは甲板から死角になる場所だから、連中のマシンガンも標的を見失って射撃を止めているな。それじゃあ楽しいアトラクションの開始ですよ!


 おれは船の横腹にひと蹴り食らわす。



 ガーン!


 金属をぶっ叩く音とともに4000トンくらいはありそうな船体が大きく揺れる。でも、この程度の揺れじゃまだまだだな。向こう側に傾いた反動でこちら側に揺り返してきた船体を再び蹴り付ける。



 ガーン!


 ほら、さっきよりも大きく向こう側に傾いていますよ! 乗組員の皆さんは今頃必死に手摺に掴まっているのでしょうかね? それでも容赦なくもうひと蹴り!



 ガーン!


 うん、45度以上あっち側に傾いているな。回復限界を完全に超えてこのまま貨物船は転覆一直線だ。さあさあ皆さん、避難するなら今のうちですよ! 救命胴衣の着用をお忘れなく!



 俺はゆっくりと傾いていく船体から離れて桟橋の端から様子を見ていると、次第に遠ざかっていく甲板から人影がこちら側に飛び出してくる。20メートル以上の距離を跳んでスタッと着地した点からすると、どうやらこいつがこの船に隠れていた帰還者なのだろう。



 真っ暗な埠頭の桟橋で俺と謎の魔力を持った帰還者は20メートルの距離を置いて対峙するのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ