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34 初の遠征 前編

タイトルには『遠征』とありますが、果たして何処に出掛けるのでしょうか・・・・・・

 午前8時の丸の内、通勤で多くの人が行き交う通りでパーキングエリアに駐車してあった車が大音響とともに火を噴いた。



 ドーーン!


 車内に仕掛けてある爆発物が付近を歩く通行人を大勢巻き込んで爆発したのだった。



「キャー!」


「助けてくれー!」


「誰か救急車を!」


 阿鼻叫喚が広がる通りにサイレンの音が鳴り響く。原形を留めていない車の周囲には動かなくなっている人が倒れている姿がある。逃げ惑う通行人で付近は大混乱の様相を呈するのだった。



 同じ時刻に新宿駅のコインロッカーと市ヶ谷の防衛省付近のコンビニでも同様の爆発事件が発生して、多数の死傷者を出す惨事となった。





 富士駐屯地、特殊能力者部隊の昼礼の時間・・・・・・



「今朝発生した同時多発爆弾テロの犠牲者に哀悼の意を表して黙祷」


 副官さんの声に合わせて食堂に集まる全員が頭を垂れている。ニュースでもしきりに報じられていたが、3箇所合計で50人近い犠牲者が発生したらしい。俺もこの事件に不幸にも巻き込まれて亡くなった人たちの冥福を心の中で祈っている。



「黙祷やめ。この件に関して連絡事項がある。帰還者は全員図面演習室に集合せよ」


 やはり招集が掛かったな。犯人の捜索か再発防止に関する指示が出るのかもしれないな。といっても俺たちは捜査に関しては全くの素人だ。その辺は警察の管轄になるんだろう。ひとまずは指示を聞いてからどうするかを考えよう。





「全員集まったようだな」


 遅れて部屋に入ってきた司令官さんの声が響く。最近ちょっと慣れたとは言ってもやっぱりオッカナイよ! 特にあんな事件の直後だけに普段よりも眉間のシワが1本多いのは絶対に気のせいじゃないぞ。



「本日発生したテロ事件に中華大陸連合が絡んでいるのは誰の目にも明らかだろう。だが今回の事件に関して不可解な点がある。まず警視庁が容疑者として割り出した3人だが、国籍がカンボジア人、ラオス人、韓国人の疑いが濃厚だ。この点に関してアイシャ訓練生、お前の感想を聞かせてくれ」


「おそらくは故郷にいる家族を人質にされて中華大陸連合政府から脅迫を受けていると考えられます」


 なるほど、その3カ国はどこも現在中華大陸連合が占領している国ばかりだな。何らかの手段で脅迫して爆弾テロの犯人に仕立て上げたのか。反吐が出てくるような卑怯なやり方だ。アイシャがかの国の手口に詳しいのは、人権を無視した残虐な支配を自分の目で見てきたからに他ならない。



「おそらくはそんな所だろうと私も考えていた。ところで現在日本国内にある中華大陸連合の拠点はほぼ完全に国防軍や公安の監視下にあって外出禁止の措置が取られている。工作員の疑いがある人物に関しても全員マークしていて通信も常に傍受している。このような監視の網を潜り抜けてどのような方法でやつらが実行犯に接触をしたかが問題になってくる」


 そうか、ふむふむ・・・・・・ 行動を見張られて通話も傍受されているとなるとおいそれとは実行犯と接触なんてできないよな。マークし切れていない工作員がまだいるとかかな? こういう時は美鈴が頼みの綱だ。



「いまだに当局が把握していない工作員が居るのか、それとも監視網に引っ掛からずに出入りできる存在が居るかのどちらかだと考えられます」


「西川訓練生、その通りだと私も考えている」


 さすがは美鈴だな、司令官さんの考えを見抜いているよ。それにしてもそんな簡単に厳重な監視網を抜けられる人間がいるのか? うん? これ、妹よ! 寝るんじゃない! もう目がくっつきそうになっているじゃないか! よし、こうなったら奥の手を使おう。


 俺はポケットから強力ミントキャンディーを取り出すと妹の開きかけている口に放り込んでやる。味覚がお子様だからこういう刺激が強い物が苦手なんだ。



「うん? 何かな? この味は・・・・・・ ひぎゃぁぁぁぁぁぁ!」


 半分閉じかけていた目を『くゎっ!』と見開いて悲鳴を上げて席から立ち上がっているよ。ここまで効果があるとは思わなかったな。そのまま部屋を飛び出るとどこかに姿を消してしまった。ちょっと薬が効きすぎたかな?



「酷いよ兄ちゃん! まだ口の中がヒリヒリしているよ!」


「大事な話を聞いている時に寝ようとするさくらが悪いんだぞ!」


 どうやらミントキャンディーを吐き出してうがいをして戻ってきたようだ。見ろ、閉じかかっていた目がパッチリと開いているじゃないか。多少涙目になっているな。



「本当にビックリしたよ! これが本当の『鳩にでん六豆』だね!」


「そうそう、公園で一人暮らしのお爺ちゃんが寂しさを紛らわせようと集まってきた鳩に袋を開けて・・・・・・・ って、コラッ! それを言うなら『鳩に豆鉄砲』だからな!」


 妹よ、それでは鳩がビックリどころか大喜びで集まってくるだけだぞ。一体どんな覚え方をしているんだよ!



「おい、そこのバカ兄妹! そろそろ話を再開して構わないか? 急を要する事態だと肝に銘じろよ。それからさくら訓練生は寝ているくらいで丁度良いから、敢えて起こす必要はない」


「うほほー! さすが司令官ちゃんは良くわかっているね! それじゃあ遠慮なく寝ちゃうよ!」


 まったく、お前のせいで俺までひと括りにアホ扱いされたじゃないか。とんだとばっちりだよ! うっ、なんだか美鈴の視線が痛いぞ。それにしても我が妹はあの司令官さえも諦めの境地に追い遣ったか。大したもんだな。



「さて、西川訓練生の発言が事実と仮定すると、どのような事態が可能性として考えられか、誰か意見がないか?」


 ようやく話が元の軌道に戻って俺は真剣に頭を働かせる。隣では妹がもう口を空けて寝ているよ。こんな緊急事態を目の当たりにして本当に呑気なもんだな。ああ、そういえばこやつならばどんなに警戒厳重な施設でも誰にも気づかれずに出入りが可能だろうな。待てよ・・・・・・



「もしかして帰還者が絡んでいたら監視の目を潜り抜けるのも可能なんじゃないでしょうか。爆発物はアイテムボックスに仕舞っておけば誰の目にも付かないはずだし」


「その線が濃厚だろう。そしてまだ我々がガサ入れを行っていない中華大陸連合の最後の拠点が新潟領事館だ。そこを根城にして帰還者が活動している可能性が高い」


 どうやら正解だったようだな。さっきアホ扱いされた汚名を返上できただろう。アホの子は妹だけでいい。



「というわけで新潟に向かうぞ。私は支援部隊を率いていくから出発までに少々時間を要す。アホ兄妹、西川訓練生、アイシャ訓練生、フィオ特士の5人は先行して新潟に向かってくれ。勇者とタンクは私と一緒にあとから向かってくれ」


「「「「「了解しました」」」」」


 こうして俺たちは新潟に向かう運びとなった。今回は急ぎなのでヘリで市ヶ谷まで送ってもらって、東京駅から上越新幹線に乗り込んでいく。俺たちのお目付け役として東中尉も同行している。






「これが新幹線ですか。それにしても人が大勢居ますね。駅もすごく大きいです!」


「アイシャちゃん、この程度で驚いていたらまだまだ旅の素人だね! 今から私が旅に欠かせない物を買ってくるから待っていてよ!」


 そういい残して妹はプラットホームにある売店に向かって行く。おいおい、出発の時刻が迫っているぞ! 出発を告げるチャイムが鳴る前に俺たちは自分の席に向かい妹が乗り込んでくるのを待っている。おかしいな、あと2分で出発するのにまだ姿を現さないぞ。一体何を買い込んでいるんだ?



 そして出発を告げるチャイムが鳴り出してドアが閉まって新幹線がゆっくりと動き出す。動き出した車窓からホームを見ていると、そこには見慣れた姿が両手にビニール袋を抱えて焦った表情で立っているぞ! 俺たちの姿を目にしてホームを走り出している。人が大勢居るから危ないぞ!



「さくら、お前というやつは・・・・・・」


「買い物に夢中でどうやら乗り遅れたみたいね。こうなったら自力で何とかしてもらうしかないわね」


 修学旅行のバスが出発して取り残された生徒かよ! 仕方がない、こちらから連絡を入れよう。



「もしもし、さくらか! お前は何をやっているんだよ!」


「兄ちゃん! 何をやってるって、今線路を走っているよ! 先回りをして上野駅から乗るからね!」


 お前ってやつは・・・・・・ まあ本気を出せば新幹線よりも早いから追い付けるだろうけど、下手をするとニュースのネタになるぞ。東中尉、揉み消しをお願いできますか? 俺が事情を説明すると中尉は冷や汗を流しながらあちこちに電話を掛け捲っている。本当にお手数を掛けます。



 上野駅で停車した車両にケロッとした表情で妹が乗り込んでくる。両手には大きめのビニール袋を下げてドヤ顔でこちらに向かってくるよ。けっして自慢できるような話じゃないぞ。むしろ盛大なやらかしの部類だからな。



「ふふふ、新幹線など恐れるに足りないね! 私のスピードに圧倒されていたよ! あと30年くらい修行してから出直してほしいね!」


「リニアか! 次はリニアと追いかけっこをするつもりなのか! それにしても線路で新幹線と追いかけっこをするなんで前代未聞だぞ! 運転手さんと車掌さんに謝れ! 絶対に肝を冷やしたはずだからな。それからJRとマスコミは手を打ったけど誰かが動画にアップするかもしれないぞ」


「大丈夫だよ! ちゃんと気配を消していたからね。ホームの人たちも誰も気が付いていなかったよ!」


 妹よ、そんな所に気を遣う暇があったらまずは乗り遅れないようにしろよ! 本当に頭が痛くなってくる。誰か頭痛薬を持っていませんか?!



「まあ良いじゃないの。こうして無事に合流できたんだから。さくらちゃんと一緒に居ればこの程度のアクシデントは想定内よ」


「そうそう、あっちの世界でも船に乗り遅れてドラゴンの背中に乗って追いかけてきたもの」


「フィオさん、それはずいぶんダイナミックなお話ですね」


「まあさくらちゃんが仕出かしたことですからね。たまたまその船は乗り合いだったから、事情を知らない他の乗客の皆さんはこの世の終わりのような顔でパニックになっていたわ」 


「そんなのただの他愛もない茶飲み話だよ! それよりもアイシャちゃんにいい物を買ってきたからね! ジャーン! これが日本伝統の旅のお供の冷凍ミカンだよ! それから駅弁もあるからね!」


 そんなものを買い込んでいるから乗り遅れるんだろうが! 座席のシートを向かい合わせにして6人掛けで座っている所に買い物の戦利品を並べ始めているよ。魔石を売り払った代金が支払われて、今の妹は非常に気前が良い状態になっている。持たせておくと全部使ってしまうから、俺が預かって毎日お小遣いを渡しているんだ。今日は遠出するから多めに渡したのが良くなかったのかもしれないな。


 任務で新潟に向かっているにも拘らず、旅行を楽しむような雰囲気で妹の気分は盛り上がっているようだ。つい今朝方大勢の死傷者を出したテロ事件が発生したばかりで不謹慎のように聞こえるかもしれない。これは妹がアホの子のせいもあるが、俺たち帰還者のメンタリティーにも大きく関わっている。


 俺たちは異世界で戦いを繰り返し、その結果多くの人々の命を救った。だが、離れた場所に居た人々を見殺しにしなければならなかった場合もあったし、救えなかった命も多数ある。そしてそれ以上に多くの敵の命を奪ってきた。そうしなければ自分たちが滅ぼされる側に回るので、生き残るためには必要な行為だったと今でも確信している。


 だからこそ失われた命に祈りを捧げて冥福を祈っても、命が失われた事件そのものをいつまでも悔やまないのだ。故人を振り返ることはあっても感傷に浸っている暇があったら戦え! それが異世界を生き残る鉄則だった。


 だから日本に戻ってもこの考え方をいまだに貫いている。というよりも3年間で体に染み付きすぎて抜け出せないんだ。命に対して本当にシビアな見方しかできなくなっている自分を自覚しているよ。それは妹や美鈴たちも全く同じだ。たぶん帰還者全体がそうなんだろうな。せめてその分周囲の人間だけは大切にしようと考えているけどね。







 乗車してから1時間が過ぎると北関東に差し掛かる。車内販売のお姉さんが俺たちの座席の付近にやって来るな。



「横川名物の釜飯はいかがですかー?」


「お姉さん、釜飯を20個くだ・・・・・・ ムグググーー!」


 妹よ、お前は今釜飯を20個買おうとしたよな! 慌てて俺が口を塞いだから車内販売のお姉さんは変な顔をしているじゃないか。放っておいたら財布の中から諭吉さんが2人消えてしまうぞ! まったく危ない所だったよ。



「釜飯を2つください」


 必死で指を2本出してアピールする妹を押さえ込みながら注文を伝えると、営業スマイルに戻ったお姉さんはニッコリして商品を手渡してくれる。うん、この営業スマイルは異世界の冒険者ギルドの受付嬢と一緒だな。どうりで何処かで見覚えがあると思ったよ。ニッコリして無茶な依頼をお勧めしてくる手口に何度も引っ掛かったっけ。 



「兄ちゃん、ひどいよ! たったの2個になっちゃったよ! いっぱい食べようと思って楽しみにしていたのに! これが本当の『トラとタヌキはカバさんだよ』だね!」


「そうそう、みんな仲良し動物園の仲間で今日もお手々繋いで・・・・・・ って、違ーーーう! それを言うなら『取らぬ狸の皮算用』だろうが! どうしてトラとタヌキがカバの仲間入りをするんだ!」


「兄ちゃん、そうだったんだ! よく知っているね!」


「いや、この程度でお前から褒められると美鈴の失笑を買いそうだから止めてくれ。それにすぐに到着するんだから2個で我慢していろ」


 こうして大魔王と大賢者の冷たい眼差しを感じながら、俺たちは間もなく新潟に到着するのだった。




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