32 ドイツの失墜と新兵器
日本に派遣した帰還者が返り討ちにあってドイツは苦境に立たされるようです。それから新兵器とは・・・・・・
聡史たちがミハイルを撃破してから3時間後のベルリン、ドイツ首相官邸・・・・・・
「首相、日本の総理官邸からの国際通信を繋ぎます」
「うむ、急に我々に連絡してくるとは、我が国の帰還者に手を焼いて助けを求めて来たのか? ギブアップするのがずいぶん早いな。どれ、中華大陸連合と日本の仲介役を務めてやろうか」
この段階で日本の某ショッピングセンターで起きた帰還者同士の戦闘は公表されていない。ドイツの諜報機関でさえもまだ送り込んだ帰還者が敢え無く返り討ちにあった事実を掴んではいなかった。余裕の表情でシュローダー首相はデスクにあるパソコンの画面を開く。そこには日本の総理大臣・山本宗一郎の笑顔が映し出される。
「シュローダー首相、G7会議以来お久しぶりですな。お元気そうで何よりです」
「山本総理も色々ご活躍と話を伺っております。急な連絡はどのようなご用件ですか? この後会議の予定が詰まっていますので手短にお願いします」
魔法科学で先を行っているという確信を持っているシュローダーはあからさまに上から目線で山本に返答をしている。彼は自国の優位を全く疑っていなかった。
「そうですか、それではわかりやすくお話いたしましょうか。本日我が日本の国内で不届きな帰還者がテロ行為を働きました。殆ど被害はゼロで鎮圧されましたが、その帰還者が面白い武器を持っていました。その武器の画像を今から送りますから自らその目で確認してください」
画面で山本がマウスをクリックするとシュローダーのパソコンにデータが送信される。嫌な予感を感じながら彼がそのデータを開くと、そこにはHK416アサルトの画像が映し出される。今まで余裕の表情だったシュローダーの額に一筋の冷や汗が流れる。
「これは普通の兵士が使用するライフルではありませんな。専門家の話によると内部は魔力を弾丸として発射できる構造になっているようです。そしてこのライフルを持っていたのはドイツ人の帰還者と判明しました。この事実をドイツ政府としてはどのように釈明するのか聞きたいですな」
「な、何かの間違いだ! 我が国の政府はこの件には全く関与していない」
「ほう、念のためにアメリカ政府のデータベースでも確認しましたが、テロリストは『ドイツ国防軍所属ミハイル=ハンス=シュテイヒャー』という人物だと一致しましたよ。あちらの大統領は『ドイツは再び第2次世界大戦の間違いを繰り返すつもりか!』と激怒していました」
「おそらくはその男の独断で日本に入国した。政府は関与していない」
「そうですか、そのような態度が国際政治の場で通用するか試してみましょう。我々はこの事実を日本時間で午後8時に公表します。それまでにドイツ政府がどのような見解を示すのか決定しておいてください。たぶん2度とあなたと話をする機会はないでしょうが、どうかご健勝で。ああそれからこの武器のデータをアメリカ政府が欲しがっていましたよ」
痛烈な皮肉を込めた山本の言葉に、画面を震える手で閉じたシュローダーは頭を抱えてデスクにしばらく突っ伏している。この情報が公表されればヨーロッパ各国から猛烈な糾弾を受けるのは目に見えている。その上すでにアメリカの耳に入っているというのは状況としては詰みだった。あの熱血漢のマクニール大統領の逆鱗に触れているだろう。
そしてこの問題が公になれば首相としての立場云々の騒ぎどころではではなかった。シュローダーは過去の政治家としての自分を振り返る。それはヨーロッパ各国で繰り返されるテロ行為に対して最も強い口調で非難していた姿だ。それが今度はテロ行為を首謀した立場として罪を問われかねない。政治生命どころか重大な犯罪者として司法の場に立たされる可能性すら考えられるのだった。
更に不味いのは自国の魔法科学が日本やアメリカの手に渡るという点にある。これではせっかくの技術的な優位が崩れ去ってしまう。第2次世界大戦では優秀な武器で戦いの序盤は優位に戦線を進めていたが、結局はアメリカの生産力に屈してしまった。シュローダーの脳裏にはその苦い教訓がよぎる。
「全てがお仕舞いだな」
そう呟いたシュローダーは目を閉じてしばらく考えてデスクの引き出しから一枚の書類を取り出す。連邦大統領宛に辞職を申し出る書類だった。
自らの安易な考えが招いたこの結果は2重にも3重にもドイツという国家そのものを苦境に立たせる結果となった。こうしてヨーロッパの覇者を目指していたドイツは世界の動きからしばらくの間大きく取り残されることとなる。
聡史たちの休暇から2週間後の富士駐屯地・・・・・・
「兄ちゃん、覚悟! 三途の川が見えちゃうパーンチ!」
「まだまだ、この程度じゃ俺の魔力の壁を超えられないぞ」
「本当にしぶといね! 攻撃を全部跳ね返されちゃうよ!」
「ほらほら、油断しているとやられるぞ!」
俺は妹のパンチを受け切ってから軽く1発お返しをする。だがこの程度はとうに読んでいる妹はバックステップをして距離をとっている。
「それでは改めて、閻魔さんに会えちゃうトルネード!」
「うぐっ! これはさすがに効くぞ!」
俺の魔力の壁が揺らいでいる。鉄パイプを思いっきり振り下ろしたような衝撃が壁を揺るがしているんだ。さすがは我が妹、その攻撃力は伊達ではない。まあ俺自身には全くダメージは伝わってこないんだけどね。それにしても妹よ、必殺技のネーミングが物騒すぎないか? あんなパンチがまともに当たったら本当に戦車も吹き飛ばしそうだぞ。
「フィオさん、さっきから結界の中で眼に見えない危険な物が飛び交っているんですけど、本当にこの結界は大丈夫なんですか?」
「ああ、それは拳が生み出す衝撃波とか千切れ飛んだ魔力の残滓ね。でも安心していいわ、2人の訓練用に特別に編み出した弾性結界よ。ほら、衝撃を受けた箇所がへこんで力を周囲に分散していくの。2人が組み手をするにはこの程度の大掛かりな結界の中じゃないと危険ですからね」
「凄いですね! 結界にこんな展開の仕方があるとは思っていますんでした。とっても勉強になります。ところでショッピングセンターの屋上に張った結界は何であんなに簡単に壊れたんですか?」
「ああ、あの時は相手を外に逃がすために結界そのものをわざと弱くしておいたの。それこそ卵の殻くらいのレベルの脆さでね」
「それにしてはあのドイツの帰還者は破るのに苦労していましたね」
「あんまり簡単に破られるとかえって怪しいでしょう。魔力弾の威力を考えて調整したのよ。本当はもう少し早く脱出させるつもりだったんだけど、意外と相手の武器の性能が大したことなかったわね」
結界の外にあるベンチでのんびりとした表情で俺たちの組み手を見学しているフィオとアイシャの声が聞こえてくるぞ。アイシャに結界の張り方を色々とレクチャーしているようだ。アイシャは生真面目な性格だからまるで生徒のような態度で聞いている。
「兄ちゃん、私との組み手でよそ見は現金だよ!」
「そうそう、横を見ると100円玉が落ちていて・・・・・・ って、それを言うなら『厳禁』だからな!」
妹の勘違いを訂正しながら俺はこいつの怒涛のラッシュを受けている。百裂拳ばりに左右の連打が止まらない勢いだ。うん、3発に1発は受け切れなくって俺の体に当たっているな。技のキレや動きのスピードでは妹が完全に勝っている。兄としては正々堂々と全ての拳を受け切ってやろうじゃないか! でもこれって外野から見ると俺がフルボッコにされているように見えるんだよな。
「よし、今日はこのくらいにしておいてやろう」
「兄ちゃんもまあまあの動きだったよ!」
ラッシュが一段落して俺が声を掛けると妹も満足した表情で構えを解く。これ、妹よ! その言い方だと俺が負け惜しみを言っているように聞こえるだろう。まあ確かに競技だったら妹の一方的な判定勝ちだろうけど・・・・・・
「2人ともお疲れ様でした! それにしても相変わらずさくらちゃんは目では追えない動きですね」
「はい、お疲れ様ね! このタオルを使って」
2人でベンチに戻ると見学していたアイシャとフィオが出迎えてくれる。フィオから手渡されたタオルで額の汗を軽く拭う。温かい心遣いに感謝しなければ。
ああ、そうだ! ドイツの帰還者を葬ったり中華大陸連合の関係者が続々と国外退去になっている現状を考慮して、我が家の警戒態勢が1ランクダウンして通常部隊の管轄に移ったんだ。そのためフィオはここ富士駐屯地に戻っている。両親に関しては一抹の不安を拭えないけど、何かあったら俺たちがいつでも飛んでいく覚悟だ。
美鈴は休暇から戻っても相変わらず研究課に缶詰で、解析した術式を銃に組み込む作業をしている。夜になって部屋に戻ってくるけど、技術的な話は緘口令が敷かれていて俺たちにも教えてくれない。果たしてどんな武器が出来上がるのかちょっと楽しみだな。
「そろそろお昼の時間だよ! ポチを連れて来るからみんなは先に食堂に行ってていいよ!」
妹はいそいそと例の地下通路に向かう。いつもは朝食の前に天狐を外に連れ出すのだが、今日は朝方バタバタとしていてすっかり忘れていたようだ。何しろ天狐は今やすっかり妹に飼い馴らされて、昼食のキツネうどんを生き甲斐にしている。キツネうどんに尻尾を振り捲くっているなんて、ヤツは本当に封印されていた大妖怪なんだろうか?
食堂に天狐を連れた妹が姿を現して怒涛の昼食が開始される。天狐はキツネうどんに目が釘付けの様子だ。どれだけ油揚げが好きなんだよ!
食事が終わった昼礼の時・・・・・・
「帰還者は図面演習室に集合せよ」
副官さんの命令が伝達される。
「なんだ、午後はポチと遊ぼうと思っていたのに仕方がないね。ポチは大人しく自分の住処に戻っていてよ」
「主殿、我はいなり寿司を所望いたしますぞ。あの至高の味わいがあれば主殿がいない寂しさも紛らわせるというもの」
「うーん、朝も迎えにいけなかったから今日は特別に売店で買ってあげるよ。それじゃあ行こうか」
天狐はホクホクした表情で妹の後に続いていく。どうやら飼い主同様に好物に釣られるタイプのようだ。尻尾を振っている天狐の姿を見送りながら俺たちは図面演習室に向かう。
「失礼します」
「待っていたぞ、早く席に着け!」
先頭でドアを開いた俺は思わずドアを閉じ掛けてしまったよ! だって正面に司令官さんが鋭い眼光を漲らせて座っているんだ。これが当然の人間の反応だろう。あれ? でもその隣には美鈴も座っているぞ。
遅れてやって来た妹が席に着いて全員が揃うと司令官さんが口を開く。
「かねてから開発を進めていた帰還者用の新兵器が一応の形になった。まだ試用段階だがこれから実際に演習しながら改良を進めていく。まずは実際にその目で確認してくれ」
司令官さんが合図を送ると部屋の横の方に固まって待機していた研究課の人たちがハードケースを何個か机の上に置いて慎重な手付きで開いていく。そしてその中から現れたのは・・・・・・
長めのハードケースからは小銃が3丁、小さなケースからは拳銃が3丁と筒のような物体が姿を現す。小銃は指令官さんの武器やドイツの帰還者が持っていたので見慣れているが、拳銃タイプは初お目見えだな。どんな性能か気になるぞ。あとは見慣れないこの筒みたいな物は一体なんだろう?
「簡単に説明すると小銃は私の持っている物とほぼ同性能だ。拳銃はそれよりも射程が短くて連射が効かないと考えてもらって構わない。それからこの小さな筒のような形をした物はグレネードランチャーだ。研究課では魔力擲弾筒と呼んでいる。見かけは小さいが銃弾と砲弾を使い分けられる高機能銃だ」
なるほど、見掛けは小さいけど高性能か・・・・・・ まるで俺の妹みたいだな。
「小銃と拳銃は勇者とタンク、それにアイシャ訓練生に1丁ずつ支給する。それから魔力擲弾筒はさくら訓練生が使用しろ」
「「「了解しました!」」」
「うほほー! なんだか面白そうだね! こんな武器があったら鬼にカナブンだよ!」
「そうそう、カブトムシやクワガタに比べてなんだか立場が微妙な・・・・・・ って、カナブンじゃないだろうが! 金棒だ、金棒!」
「えっ! カナブンじゃないの?! 鬼にカナブンが止まってくすぐったがっている隙にやっつけるんじゃないの?」
「何で鬼にカナブンが止まるレアな瞬間を待つんだ! 樹液か! 樹液が出ているのか! それに鬼がやられてどうするんだ!」
あまりに大勢の前でアホを曝した妹に心の限りツッコンでしまった。なんだか指令官さんの痛い物を見る視線が突き刺さってくるな。待てよ、妹の勘違いに気を取られていたけど、俺の分の銃は何も用意されていないぞ? フィオは魔法使いタイプだから美鈴同様に必要ないとして、一体どうなっているんだ?
「あ、あのー・・・・・・ 司令、俺のは何もなしですか?」
「必要か?」
「せっかくだからあっても良いんじゃないかと」
「お前のはここにはないから、現地で見てもらう」
ほっ、良かったよ。どうやら俺が使用する武器もあるみたいだな。それにしても現地ってどこなんだ?
「それでは今から東富士演習場に向かうぞ。好きなだけぶっ放してみろ!」
こうして俺たちは装甲車に乗り込んで演習場に向かうのだった。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。次回の投稿は明日を予定しています。兄と妹のオトボケ合戦が気に入った方はどしどし感想、評価、ブックマークをお寄せください。たくさん集まるほど2人はこれからもボケ捲くります。もちろんシリアスな場面はキッチリと決めてくれると思います。(たぶん)




