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31 ドイツの帰還者 後編

 ショッピングセンターから5キロ離れた路上・・・・・・



「兄ちゃん、もうちょっと早く走ろうよ!」


「さくら、これでも普通の人が全力ダッシュするよりも速く走っているんだぞ! ここは歩道だから歩く人たちのことも考えろ!」


「しょうがないなぁ、この時間ならまだ試食品はいっぱい残っているからまあいいか」


 コラッ! 妹よ! お前は試食品の心配をしていたのか! 今頃美鈴たちが帰還者を相手にして戦っているかもしれないんだぞ!



「さくらよ、少しは美鈴たちの心配をだな・・・・・・・」


「うーん、心配って言うよりも、もしかしたら敵がまだ生き残っているかが気になるよ! その時はこのさくらちゃんが印籠を渡してやるんだ!」


「そうそう、8時45分くらいに御老公が懐から取り出して助さんが『控え、控えー! この紋所が』って、違ーう! それを言うなら印籠じゃなくって引導だろうが!」


 妹の勘違いのレベルがあまりにアレなせいで俺もついノッてしまったよ。この程度の間違いは日常的に起こるので、今更気にしたら負けだ。



「ええっ! 印籠じゃなかったの?! あれでお話が一気に解決してみんなが土下座するから決着がつくでしょう!」


「言葉の意味を中途半端に理解はしていたんだな。だが時代劇がことわざだの慣用句に引用される例はないぞ。ドラマの世界だからな」


「まったく日本語はややこしいよ!」


「日本語は、って・・・・・・ 英語の成績はもっとダメだっただろうが!」


 なんだか頭が痛くなってくるな。毎度この調子なので俺も気が休まる暇がない。このツッコミ所満載の妹と一緒にショッピングセンターに向かって走っていく。もうそろそろ建物の姿が視界に入ってくるんじゃないかな。あと7,8分で到着できそうだ。







 一方ショッピングセンターの屋上では・・・・・・


 

「スターエクスプロージョン!」


 さあ、大サービスの広域殲滅魔法よ。この大賢者が放つ魔法をとくと味わいなさい。とはいっても威力はグッと抑えてあるの。でないとこのショッピングセンターが崩壊するから。しかも10発中9発まではダミーのただの光にしてあるわ。私個人としてはこの帰還者を殺すつもりはないし。


 フィオことフィオレーヌ=ド=ルードラインはかつて日本に生きていた山室園香の記憶を宿しているの。一度死んだ経験を持つ身としてはあまり他人の命を奪うのは気が進まないという事情があるのよ。もちろん必要とあれば躊躇いはしないけど。


 私のこの場での役割は時間稼ぎ、もうちょっとしたら対人戦のスペシャリストがやって来るんだからムリする必要はないの。それに場所も人が多く集まる所だし、余計にムリはできないわ。帰還者を仕留めるにはそれ相応の大きな魔法を使わざるを得ない。そのためには周辺に被害が出る可能性も考慮しないとならないし。



 ヒュ-ン、ヒューン、ヒューン!


 ドドーン! ドドーン!


 こんな話をしていたら敵の帰還者に魔法が着弾しだしたわね。いい感じに爆音が鳴り響いているのよ。500発以上の魔法弾に囲まれて相手はかわすのを諦めたみたい。アイテムボックスから大型の盾を取り出してカメのように縮こまって身を守っている。


 それにしてもさすがは帰還者ね。普通の人間なら1発で盾ごと吹き飛ばされるのに、しっかりと踏ん張っているじゃないの。両手で必死に盾を押さえて低い姿勢で耐えているわね。どこまで我慢できるかこのまま様子を見守ってあげましょうか。



 ヒュ-ン、ヒューン、ヒューン! ヒューン!


 ドドーン! ドドーン! ドドドーーン!


 爆音と衝撃が絶え間なく続く中で、俺(ミハイル)は取り出した盾を殺到する魔法弾にかざして必死で耐えている。だが不味いぞ! これではジリ貧だ! 俺の攻撃は全く効果がないし、このままでは身動きすらできないうちにあの化け物帰還者がこの場に舞い戻ってくる。せめてもの救いは威力の高い一撃の使用をあの魔法使いが躊躇っている点だ。おそらくはショッピングセンターに被害が出るのを危惧しているんだろう。


 それにしてもどうするかだな・・・・・・ この場から逃げ出すとして問題は方法だ。周囲はどうやら結界に包まれているし、エレベーターホールまで強行突破するには距離があり過ぎる。おそらく相当数の被弾を覚悟しないとならないな。仕方がない、一か八かだ!



 俺は盾を片手持ちにして空いた左手で銃を構える。右手には立て続けに物凄い衝撃が伝わるが、絶対に手放してなるものか! この盾が俺の唯一の命綱だからな。



 ボシュッ、ボシュッ、ボシュッ!


 アサルトから魔力弾が発射されて結界にぶつかる。



 ドーン、ドーン、ドーン!


 爆裂音と衝撃波が俺にも伝わってくるが、結界自体には全く変化がない。こうなったら全魔力を使い切ってでもあの結界を破るしかない。盾を持つ右手に更に力をこめてアサルトを発砲する。



 ボシュッ、ボシュッ、ボシュッ!


 ドーン、ドーン、ドーン!


 シメた、結界が揺らぎだしたぞ! あと一息だ!



 ボシュッ、ボシュッ、ボシュッ!


 ドーン、ドーン、ドーン!


 この場には魔法使いタイプしかいないのは助かるな。もし近接戦闘タイプの帰還者がいたら完全に詰んでいた。敵に背を向けて必死に結界を破ろうとしている俺なんか絶好のカモだろう。あと一息だ、結界を破れるぞ!



 ボシュッ、ボシュッ、ボシュッ!


 ドーン、ドーン、ドーン!


 パリーーン!


  やった! 結界が割れた! 俺は盾を背負って大急ぎで破れた穴に向かう。塞がれてしまってはそれまでだからだ。駆け寄った勢いのままで一気にフェンスを飛び越えるとそのまま地面に向けてダイブする。何だこれは? 垂れ幕か? せっかくだから使わせてもらおう。


 屋上から垂れ下がっている宣伝用の垂れ幕に両手を伸ばして握ると、自由落下していた体にブレーキが掛かる。そのまま垂れ幕をビリビリと引き裂きながら安全に地面に降りるのに成功した。さて、どちらの方向に逃げようか・・・・・・ もうこんな国はコリゴリだ。





 どうやらこちらの予定通りに男は逃げ出したようね。まだ残っている魔法を全部キャンセルしてフェンスに近付いて下を覗くと、こちらに向かっている聡史君とさくらちゃんの姿が視界に映るわ。私の役目はこれでおしまいね、あとは任せたから。








 ショッピングセンターの駐車場付近・・・・・・



 俺と妹はショッピングセンターの駐車場の側から走って向かっている。目的地はもう目と鼻の先だ。



「兄ちゃん、屋上を見てよ! なんだか結界が張ってあるよ!」


「本当だな、ということはまだ美鈴たちが戦闘中なのか?」


「うほほー! まだ印籠チャンスが残っていたみたいだね! 景気よくぶっ飛ばしちゃうよ!」


「引導だぞ! しっかり覚えて置けよ! よし、屋上に急ごう!」


 俺と妹は屋上に上っていこうと建物の中に急ごうとする。するとその時・・・・・・



 パリーン!


 ガラスが割れるような音が響き渡り、それに続いて屋上から男が飛び降りてくる。いや、違うな。目の前にあった垂れ幕に掴まって香港映画のような派手なアクションで降りてくる。



「兄ちゃん、この程度の高さから飛び降りられないなんて根性がないね。たったの8階建てだよ!」


「まあそう言うなって。それよりもさくらよ、どうやらあいつが俺たちを狙った帰還者みたいだ。ここは人が多いから戦闘には向いていない。裏手を500メートルくらい進んだ場所に廃工場があるのを知っているか?」


「ああ、あそこなら良く知っているよ! しょっちゅう不良を呼び出してボコボコにしていたからね!」


 妹よ、お前がそんな真似をしているから両親の白髪がドンドン増えていくんだぞ! 国防軍に入隊したからには自重しなさいね!



「ま、まあいい。俺がそこにあいつを連れて行くから、あとは好きにしろ」


「うほほー! 兄ちゃん、今日は気前がいいね! それじゃあ先に行って待っているよ!」


 そのまま妹は廃工場を目指して姿を消していく。さて、どうやってあいつを連れ込むかだな。取り敢えずはまだこちらに気がついていないから、ちょっと脅かしてやるか。


 俺は気配を消して地面に降り立った男に接近していく。どうやらどちらの方向に行こうかと考えているみたいだ。そのまま忍び寄って真後ろから声を掛ける。



「行き先にお悩みの方、俺が地獄の入り口まで案内しますよ」


「お、お、お前は・・・・・・」


 背後から声をかけると振り向いた男が声を震わせて固まっているよ。どうやら最初の狙撃の時に魔力を握り潰した演技が効果を発揮しているようだな。



「逃げてもいいけど後ろから必ず追いついて殺す。諦めて素直に俺について来い。命が助かるチャンスを与えてやる」


「わ、わかった、従おう」


 青い顔をして頷いているよ。ご愁傷様です。命が助かる確率は本当はゼロなんだけどな。それでもこいつが自棄になって銃をぶっ放したりしないように、廃工場に連れて行くまでは多少の希望を持たせてやろう。



 男に前を歩かせて俺は廃工場の入り口にやって来る。中では首狩りウサギが・・・・・・ いや違うな。リアル死神が待っているぞ。



「さくら、待たせたな」


「さすがは兄ちゃんだね! ちゃんと連れて来てくれたよ! こいつをぶっ飛ばせばいいんだよね!」


 物陰から妹が姿を現す。すでに両手にはオリハルコンの篭手を嵌めて準備万端だ。話が全くわかっていない男に俺は説明を加えてやる。



「俺の妹と戦って勝ったらお前の国の大使館に引き渡してやる。武器は好きな物を使って構わないぞ。決着はどちらかが死ぬまで、時間無制限の戦いだ」


「こいつとヤレばいいのか?」


 男の表情に期待感が宿っている。そりゃあ大概そうなるよな。妹は小学生並みの体格なんだから。見た目でナメて掛かるのは当然だろうな。その上で全員が返り討ちに遭うんだ。遣られる方はショックが2倍になるよな。でも殆どの敵はショックなど感じないうちに即死しているか。



「そうだ、俺はただの見届け役、一切手を出さないから安心しろ」


「わかった受けよう」


 男の表情が残忍そうに歪んでいるよ。こいつはひょっとして異世界で相当な悪さをしていたんじゃないのか? どうやらここで消しておくのが正解の模様だな。



「さくら、お前はどこからスタートするんだ?」


「兄ちゃん、ここでいいよ!」


「お前は好きな場所に陣取れ。この工場の敷地から出なければ自由にしていいが、一歩でも外に出たらその場で殺す」


「わかった」


 ちょっと俺が殺気を込めて言ったらまた青い顔をしているよ。おかしいな、美鈴に比べたら優しい表情だろうに。解せぬぞ!


 男は妹から200メートル離れたな所を選んで銃を構える。常識から言ったら圧倒的に有利な離れた場所から狙い撃ちだろう。そう、常識が通じればね。



「準備はいいか?」


 両者が頷く様子を見て俺は上げた右手を振り下ろす。



「開始!」


 途端に銃を構えた男が発砲する。もしかしてこれで勝利を確信しているのかな? でも俺の妹はそんなに甘くはないぞ。



 ボシュッ、ボシュッ、ボシュッ!


 3連射で放たれた魔力弾が時速300キロ以上で迫ってくるが、妹は一向に動く気配を見せない。やがて魔力弾が目の前に迫ったその一瞬、妹の右手が残像を残して動く。それはほんの瞬きする間もない刹那の間に振るわれた右の拳だ。



 キーーン!


 音速をはるかに超えた拳が切り裂く圧力で衝撃波を生み出した空気が突き進んで、3発の魔力弾を飲み込んでいく。強烈な拳圧に曝された結果、魔力弾は形を失ってただの魔力に戻っていく。



「そんな、、バ、バカな・・・・・・」


 男は勝ったつもりでいたのが、とんでもない迎撃方法を目にして言葉を失っているよ。そりゃあそうだろうな。最初から勝ち目のないただの死刑執行なんだから。



「残念だったね! 私に魔法とか銃は効果がないんだよ。この前は飛んでいるピストルの弾も手でキャッチしちゃったからね! さあ、天狗の納め時だよ!」


「さくらよ、天狗じゃないからな」


「えっ?! 違うの? うーん、天狗じゃなければテンガ?」


「そうそう、男の子がこっそりと自分のお部屋で・・・・・・ って、違うから! 念のため言っておくと、それは年頃の女の子が口にしちゃいけないワードのワーストファイブに入っているぞ!」


 シリアスな戦闘シーンが一気にギャグパートに落ちぶれてしまったじゃないか! 『テンガの納め時』なんて色んな意味で規制に引っかかって使えないだろうが! 妹よ、どうかもう一言もしゃべらないでこの戦闘を終わらせてくれ!



「まあ何でもいいか! それじゃあこっちから行くよ!」


 走る時の最高時速300キロオーバーの妹にとっては200メートルの距離など無きに等しい。動き出したと思ったら2,3秒後には男を射程圏に捉えている。嵐のような風を切る音が近付いて来る感覚が男に伝わるだけで、こうなったらもう何の反応もできない。



「はい残念でした! 毎度お馴染みのご臨終パーンチ!」


 妹の拳が無情に男の顔面を捉える。高速で走ってきた勢いまで乗せた妹のパンチを受けた男はダンプにぶつかった時よりももっと凄い勢いで飛んでいって、工場のコンクリートの壁をぶち抜いて、建物の内部に消えていった。たぶんあまり見たくない姿になって死んでいるだろう。



「終わったな」


「兄ちゃん、急いでショッピングセンターに行くよ! だいぶ時間を食ったからいい感じにお腹が減ってきたんだよ!」


「先に行っていいぞ。俺は指令に連絡してこの場の処置を任せてから合流するよ」


「それじゃあ兄ちゃん、待っているからね! 早く来てよ!」


 手を振って廃工場から出て行く妹を見送って、休暇の初日の事件がようやく解決するのだった。





ドイツの帰還者との戦いはこれで一区切りで、別の話題になる予定です。



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