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30 ドイツの帰還者 中編

 狙撃地点のマンション屋上・・・・・・


 俺(ミハイル)は情報部のエージェントとは駐車場で別れて現在マンションの屋上に上がっている。あの男と一緒にここから逃げ出そうかとも考えたが、迷った挙句にこの場に残る決断をした。なぜなら人を殺せるチャンスという魅力的な誘惑に逆らえなかったからだ。


 俺の魔力弾を握り潰した化け物のような帰還者に対しては分が悪いが、他の連中ならまだチャンスは残っているだろう。何とかあの怪物を他のやつらから引き離せば俺が人殺しを楽しめるのはまだ可能なはずだ。


 屋上の縁に身を隠して路上の様子を伺っていると、エージェントが運転する車がホイールスピンさせながら通りを走り去る。『日本の帰還者が追いかけるかもしれない』と教えてやったから、大慌てで逃げようとしているんだろう。


 おや、もうお出ましになったか。あの怪物が一番最初に家から出てきた少女を連れてマンションの前にやって来る。俺が気配を隠蔽して2人の動きを観察していると、やつらは走り去る車を追いかけ出す。しめしめ、作戦通りだな。精々遠くまで引き連れて行って時間を稼いでくれ。


 俺がエージェントに手渡した紙袋には異世界で手に入れた魔石が入っている。帰還者は魔力の流れに敏感だから、魔石が発する魔力を俺だと勘違いして追いかけていった。何かの時に囮役を演じてもらうようにとあらかじめ渡しておいた物だが、ここまで役に立つとは思ってもみなかったぜ。


 さて、邪魔者は排除したから中断したハンティングの続きを開始しようか。俺はマンションを出て帰還者の気配を辿りながら行方を捜すのだった。








 一方ショッピングセンターでは・・・・・・


 私はアイシャ、日本に亡命したウイグル人の帰還者です。美鈴たちに連れられてショッピングセンターにやって来ています。ここに来る途中で魔力による襲撃を受けたけど、のんびり買い物なんかしていて大丈夫なのかな? 聡史も美鈴さんも『買い物の方が大切!』って言ってくれたんだけど、どう考えても一緒にはならない気がしている。



「アイシャ、服は3階の売り場よ」


 私の手を引いてエスカレーターに乗っていく美鈴の表情は全く何も心配した様子がない。それよりもさっきから盛んに私の服の好みを聞き出そうとしている。敵を追いかけていった聡史とさくらちゃんよりも私の服選びの方が今の美鈴の頭の中の大半を占めている。なんか色々な意味で基準がおかしいと感じるのは私だけなのかな?


 それにしても日本のショッピングセンターは明るくてきれい。もちろん私たちが住んでいた地域にも中心都市に行けば同じような施設はあるけど、抑圧されて貧しい生活を送って言いるウイグル人には全然無関係の場所。故郷の人たちもこうしてみんなが気軽に買い物ができるようになるといいんだけど・・・・・・



「アイシャ、自分で気に入った服がないか見て回ってね! 私もアイシャに似合いそうな感じの服を探して回るから」


 美鈴はそう言うとたくさんの服が飾ってある売り場の奥に姿を消していく。そんなことを言われても私にはムリです! こんなにたくさんある中から服を探すなんて本当にムリだから。どこに何があるのか全然わからないし、なんだかたくさんあり過ぎる服に圧倒されていますから!



「せっかくだから私も自分の服を見て回ろうかしら」


 そう言ってフィオさんも私の隣から姿を消す。お願いですから1人にしないで! 



 しばらく呆然と立ち尽くしていた私、でもなんとなく目が慣れてきたのか売り場を見渡す余裕が出てくる。視線でどんなものがあるのかとぐるりと探してみると壁際の一角が目に留まる。そこはどうやら靴下を置いているコーナーみたい。うん、靴下くらいなら自分でも何とか選べそうね・・・・・・



 ナメていました! たかが靴下と思って行ってみるとそこには壁際一面に100種類を超える靴下が並んでいる。シンプルなデザインからカラフルな物まで、あまりに多過ぎる種類になんだか目眩がしてくる。ダメだ、こうなったら全部美鈴に任せよう。私がそのような決断をしたちょうどその時、美鈴とフィオさんが2人揃って私の所にやって来る。



「アイシャ、買い物は一旦中断して屋上に行くわよ」


 急にどうしたのだろうと訳がわからない私の腕を取って、美鈴とフィオさんはエレベーターに乗って屋上に向かう。一体何事なの?


 屋上は服売り場とは違ってガランとした雰囲気、初夏の日差しが照りつけるベンチには誰も座っていない。今日は平日なので人出が少ないのかも。



「どうやら敵が私たちを追ってきたみたいよ。聡史君から連絡があって、2人は小細工に引っかかって車を追ってかなり遠くまで走らされたらしいの」


「聡史とさくらちゃんは大丈夫なんですか?」


「ええ、案内役の情報部員らしい男が乗る車は大破したらしいけど。今は2人ともこっちに向かっているわ」


「そうですか、良かったです」


 2人が無事だと聞いて一安心だけど、今度は私たちが狙われているらしい。これは気を引き締めないといけない。



「アイシャは手を出さなくていいわよ。この大魔王が一撃で・・・・・・」


「美鈴ちゃん、ここはショッピングセンターの屋上だっていうのを忘れないで。あなたがいい気になって魔力を振るうと建物ごと崩壊するわよ。ここは私に任せて、あなたよりも私の方が小細工が上手いんだから」


「うーん、どうやらフィオの言い分が正しいわね。この場は全部任せて私はアイシャと一緒にシールドの中で見ていようかしら」


 結局私は味噌っかす扱いらしい。これでも一応は帰還者なんですけど! でも遠くから魔力で攻撃する相手に対して有効な手段を私があまり持ち合わせていないのも事実だし・・・・・・


 私と美鈴は屋上の一番外れのフェンス沿いまで下がって、中央にフィオさんが立って敵を待ち受ける。フィオさんはわりと飄々とした性格だけど、今もその性格のまま肩の力を抜いて立っている。



「どうやら敵が来たようね。どんな相手なのかちょっと楽しみだわ」


 美鈴の言葉とともにエレベーターホールに繋がる自動ドアが開いて、銃を手にした男が屋上にやって来る。あれが私たちを狙った敵に違いない。待ち受けるフィオさんは相変わらず自然体でその場に立っている。



 男はニヤリとした笑い顔を浮かべるといきなり銃を構えて発砲する。司令官の銃を見ていたから知っていたけど、この男も魔力と現代兵器を融合させた武器を持っているのか。これは中々油断はできない相手。



 ボシュッ!


「位相空間!」


 フィオさんは自分の正面に手をかざすと、そこに私にはわからない何らかの事象が発生している。そして銃が発した魔力弾はその謎の事象に吸い込まれるようにして消え去る。



「驚いたな! さっきは握り潰されて今度は吸い込まれるのか。どんな仕組みのバリアーなんだ?」


「そんなに驚く程の物ではないから気にしないで。自分の前に極薄の別次元を召喚しただけよ。あなたの魔力は次元の彼方に吸い込まれて行ったの」


「ふざけるな、そんな簡単に別の次元を発生できる訳がないだろう! どんな魔法か知らないが俺の魔力弾が砕いてやるぜ!」


 えーと、フィオさんが言っている言葉の意味がわかりません! 頭では理解できるけど、自分の前に別の次元を発生させてそれをバリヤーの代わりに使用するその発想に全くついていけません! 一体どんなレベルの魔法使いなんだろう? ああそうか、大賢者って言っていたような気がする。



「美鈴、別の次元を発生させるなんて可能なんですか?」


「可能よ。私たちとフィオは時空魔法を操って地球に自力で戻って来たんだから、私にできてフィオにできないはずはないでしょう」


 そうですか、美鈴さんにも可能なんだ。時空魔法ってそんなにお手軽に使える魔法なんだ・・・・・・ って、そんな訳ないでしょう! 本当にこの人たちと一緒にいると頭が痛くなってくる。帰還者としての基準が違いすぎる。



「ふん、どんなバリヤーか知らないが魔力には限界があるだろう。どこまで保つか試してみるか」


 男は銃を構えて更に連続で発砲する。どうやらフィオさんの障壁を普通のバリアーだと思い込んでいるよう。



 ボシュッ、ボシュッ、ボシュッ、ボシュッ!


 だがフィオさんは涼しい顔で連続で襲い掛かる魔力弾を受けている。当然全弾異次元の彼方に吸い込まれていく。



「往生際の悪い人ね。いくら撃っても無駄だって早く見切りをつけた方がいいのに。さて、一方的に攻撃を受けるのは好きじゃないから、私も攻撃魔法をお見せしようかしら。まずは軽いところから行くわね。シャイニングエクスプロージョン!」


 フィオさんが上向きに広げた手の平から光の玉が合計10発打ち上げられる。光球は男の頭上に留まってフワフワと漂っている。



「なんだ、こんな光が何の攻撃になるんだ? 俺を馬鹿にしているのか」


 男は銃を光球に向けて発砲する。魔力弾が当たったフィオさんの光球は弾けるようにして割れると、光のシャワーが男に向かって降り注ぐ。そして男の体やコンクリートの地面に着弾すると小さな爆発をしていく。なんて嫌らしい手口なんでしょうか! 弾けた瞬間に自分に向かって飛んでくるなんて! あの魔法は絶対に受けたくない。



 パンパンパンパパパパパパパパパパパパパンパン!



「うぎゃーー!」


 1発の爆発の規模は極めて小さいみたい。精々春節の時の爆竹程度の威力しか出ないようにフィオさんが上手に加減している。さもないとショッピングセンターの屋上に穴が空いてしまうからかな? 以前私の隣にいる大魔王が渋谷のスクランブル交差点を穴だらけにしたのと違って、その辺の計算もフィオさんには抜かりがないみたい。


 フィオさんの魔法を受けている男は肉体的なダメージはそれ程ではないものの、精神的には相当参っている様子。何とか光のシャワーが集中する場所から逃れてフィオさんを睨み付けている。



「チクショウ、味なマネをしてくれるじゃないか! でもこの程度の攻撃では俺を倒すのには不十分だ。こうしてやるぜ!」


 男は銃を私と美鈴さんに向けると連続で発砲する。



 ボシュッ、ボシュッ、ボシュッ!


 咄嗟に避けようとすると美鈴さんは私の腕を掴む。このままじゃ2人ともやられ・・・・・・ ませんでしたね。美鈴さんが展開するシールドが魔力弾を阻んでいます。目の前で大きな爆発音がするけど、衝撃は一切私たちに伝わってこない。



「全く、そろいも揃ってとんだ化け物たちばかりだな」


「あらあら、ずいぶん酷い口の利きようね。ひとまずは口も利けなくなる程度に踊ってもらうとしましょうか」


 そう言うとフィオさんは手をひとつ叩く。その合図に従って光球は今度は自ら弾けて男の頭上から大量の光の雨を降り注ぐ。しかも今度は明らかに男を狙い撃ちをしている。



「不味いぞ!」


 咄嗟に男はその場からバックステップで逃れようとするが、そのたびに光のシャワーは軌道を変えて追いかけていく。それでも何とかその追撃を振り切って男はさっきと比べるとだいぶ後方に下がっている。肩で息をしている所を見ると、必死の待避行動でかなり体力を消耗しているみたい。



「まあ、とっても上手に踊ってくれたわね。これなら合格よ! さて、体も温まった頃だろうし本番を開始しましょうか」


 フィオさんが指をパチリと鳴らすと、ショッピングセンターの屋上をドーム型の結界が包んでいく。本番って言っていたけど何を始めるつもりだろう?



「スターエクスプロ-ジョン!」


 今度はフィオさんの手から煌く星のように無数の光が空に舞い上がる。1つ1つはさっきの光球よりも小さいけれど、魔力をぐっと圧縮しているのでこめられた魔力はたぶん多いんじゃないかな。



「アイシャ、フィオはさっきの光に100くらいの魔力を込めていたけど、今度はあの小さな星の1つ1つに3倍くらいの魔力を込めているわね。果たしてこの飽和攻撃からあの男が逃げ切れるかどうか、ちょっと楽しみになってきたわ」


 えーとですね、美鈴さんの解説によると星1つにつき300くらいの魔力が込められているらしいです。それが空に500以上浮かんでいるって・・・・・・ ざっと15万の魔力を投入ですか、もう今更あんまり驚く気もなくなってきたけど。



「それでは始まり始まり!」


 何かのショーが始まるんですか?! そんな愉快そうなフィオさんの掛け声に合わせて、星が一斉に男が立っている方向に向かっていく。もちろん標的にされている男の表情は盛大に引き攣っているし、果たしてこの後はどうなるのかな?

 



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