3 施設見学
異世界からの帰還者だと母親に打ち明けた主人公たちは、見学可能という誘いに軽い気持ちで特殊能力者の部隊を見学に出かけます。そう、ほんの軽い気持ちで……
結局この日の夜、会社を定時で帰ってきた父親も交えての第百何十回家族会議が開かれる。アホな性格の妹のおかげでこの手の会議は我が家では頻繁に実施されていた。
「実は俺たち……」
「ブフォーー! お、お前たちが異世界に召喚されただと?!」
俺たちが行方不明になっていた件を切り出した時の父親のリアクションだ。飲み掛けのお茶を吹き出しながら大声を上げている。なんだか俺との血の繋がりを強く感じるのは気のせいだろうか?
出版社に勤めているだけあって話の通りが早いのは助かるな。ファンタジー小説を何冊も出版している会社だから、その辺の予備知識は多少はあるのだろう。
そこから主に俺たちがあっちの世界でどのような出来事を経験してきたかを説明する。時々妹も口を出すが、その内容は『ドカーンとぶちのめしてやったよ!』とか『ガツーンとかましたよ!』という擬音塗れの極めて具体性に乏しい話ばかりだ。もうちょっと他人に理解可能なレベルで話ができないものだろうか?
その上で両親が出した結論は……
「国防軍なんて危険な場所に子供たちを預けるのは反対だ。それにまだ未成年で、高校も卒業していないだろう!」
というご意見だった。本当はあっちの世界で3年間過ごしてきたから、俺の実年齢はちょうど20歳なんだけどね。それはそうとして、両親に対して俺の意見を口にしてみようか。
「実は危険なのは父さんと母さんの方なんだよ。俺たちを利用したい外国の組織がこの家を狙っているんだ。だから俺としては父さんと母さんを国防軍の手で護衛してもらう必要性を感じている」
「私たちの事はどうでもいいの! それよりもあなたたちの安全が第一でしょう!」
自分たちに危険が及ぶと聞いても、なお子供たちの安全を優先しようという見上げた両親だ。この二人に俺は一生頭が上がらないかもしれない。
結局俺と両親の意見は平行線のままだ。だがそこでずっとスナック菓子を口にしていた妹が口を開く。
「ねえねえ、お父さんとお母さん! ここに戻って来てしばらく大人しくしていたけど、私はそろそろ暴れたい気分なんだよ! 国防軍なら思いっ切り暴れても怒られないだろうし、今すぐにでも行きたいんだよ!」
両親と俺の顔色が妹の主張を聞いて真っ青になっている。こいつは異世界で『獣神』という称号を得ているが、召喚される前から性格が飢えた野獣のようだった。何に飢えているかって…… そりゃー〔血〕に決まっているだろう。ケンカ上等! 相手が不良だろうと暴力団だろうと、気に入らなければ一人で殴りこみを敢行する、超が付くほどの危険な性格の持ち主だ。
異世界では毎日のように魔物に出会って、体に疼く闘争本能がほど良く満たされていた。1人で魔物を50体くらい倒しておいて『いい運動ができたよ!』と平然とした表情で言い放っていたからな。時にはダンジョンに一人で突撃するというとんでもない暴挙を平気でやらかしている。
「さくら、よく聞くんだ! ひとまずは落ち着け、ここは日本だからな」
「兄ちゃん、これでも私は前よりは我慢が効くようになったんだよ! でもあんまり平和過ぎるとちょっと退屈なんだよ!」
両親は頭を抱えている。この問題児がいる限り、何があろうと我が家に平穏はやって来ない!
最終的に両親は楢崎家とご近所の平和を守るために折れる形になった。妹が暴発する前に国防軍に預けるのが一番良いだろうという結論を下す。もちろん妹1人を行かせるのはあまりに危険なので、俺は彼女の監督役で同行が認められる。妹は両親にとって目に入れても痛くない可愛い我が子なのだが、パトカー何台かと、機動隊の装甲車が出動するような大騒ぎはさすがにもうご免だった。
翌日、俺と妹、それに美鈴の3人は黒塗りのワゴン車で中央高速を西に向かって走っている。昨日の夜に『見学したい』と司令官さんに連絡したら、手回し良く朝の一番でお迎えがやって来たのだ。
期末試験前だというのに学校は休んでいる。優等生の美鈴は一日くらい休んでも問題ないし、俺はすでに試験対策が終わっている。アホの子こと妹は今更一日登校したところで試験の結果は変わらないだろう。うん、3人とも全く問題ないな。
「美鈴は両親をどうやって説得したんだ?」
「そんなに大した手間は掛からなかったわ。『もしこの家に私や家族を狙う暴漢が訪れたら、魔法でご近所が焼け野原になる』って言っただけ」
うん、さすがは大魔王様だな! 日本に帰ってきてから大人しくしていたと思っていたが、その本性は1ミリもブレていない。むしろ清々しいまでの大魔王様ぶりだ。もちろんピンポイントに暴漢だけを片付けるのも可能だが、魔法が強力過ぎて周囲に火の粉が飛び散るとも限らない。何しろ一番ご近所は俺の家だから、安全第一で国防軍に隔離した方が良い。
「兄ちゃん、富士山が見えてきたよ! まだ頂上にちょっと雪が残っているね!」
「そうだな、確かついこの間山開きになって、登山客が頂上を目指している頃だろうな」
「それじゃあ、私もひとっ走り登ってきていいかな? 1時間くらいで帰ってくるよ!」
「絶対止めるんだ! お前が調子に乗って山を駆け上がると、必ず落石や崖崩れを引き起こす。善良な登山客の安全のためにも、絶対に止めるんだ!」
「なんだ、つまんないな」
日本が誇る世界遺産を妹によって崩壊させる訳にはいかない。それに一般の登山客に甚大な被害が出る可能性が高い。人口が町に集中してその周辺には森や草原が広がっている異世界ならともかく、日本では妹の有り余る体力を全開で発揮させるのは危険が大き過ぎる。
ワゴン車は御殿場方面に向かっている。どうやら富士駐屯地か東富士演習場を目指しているんだろう。軍オタの俺は入手が難しい総合火力演習の観戦チケットを何とか手に入れて、2回ほどここに来たので若干の土地勘がある。ここだけじゃなくて、空自(組織改変以前で当時はまだ自衛隊だった)の百里基地や、海自の横須賀基地も開放のたびに通っていた。海軍カレーもしっかり味わってきたぞ!
俺の予想通りにワゴン車は富士駐屯地のゲートを潜り抜けて内部に向かって走っていく。ここは国防陸軍の富士学校も併設されていて、レンジャー隊員の養成も行われる、軍オタから見ればまさに聖地だ。サバゲーに熱中していた頃は本当に憧れの場所だったな。そこにこうして自分が国防軍の一員になろうとしてやってきているのは、ちょっと感慨深いものがある。なぜか目頭が熱くなるのは気のせいだろうか?
駐屯地の中をかなりの距離を走って、ワゴン車はポツンと立っている建物の前に停車する。手前でもう一度厳重警戒なゲートを潜った点を考えると、軍の中でも最高機密に属する場所なのだろうと俺の勘が告げている。
「こちらで降りてください。内部を案内します」
助手席の少尉の階級章を付けた人物が指示を出す。俺たちはまだ見学者なので大人しく指示に従わなければ……
「うほほー! やっと着いたね! なんだかお腹が減ってきたよ! お昼ご飯はまだかな?」
ダメだ! こいつが大人しくしている役わけがない! 妹が早速ご飯のおねだりだ。朝食を取ってからもう4時間以上経っているので、腹の虫がグーグー鳴っている。
「そうですか、それではまずは食堂を見てもらいましょうか。もちろん好きなだけ食べていただいて結構ですよ」
笑顔でその少尉さんが答えているが、妹の目が光っているのを俺は見逃さなかった。美鈴は隣で頭を抱えている。少尉さん、それは前フリですか? きっとそうなんですね! 果たしていつまでその笑顔が続くのかな?
「ふー! やっとお腹いっぱいになったよ! ここのご飯は美味しいねー!」
鳥のから揚げと煮物とバナナと味噌汁にドンブリご飯、漬物、デザートのヨーグルトが載っていたトレーが合計7段妹の前に積み重なっている。
体が資本の国防軍の昼食はかなりのボリュームなのだが、そんなものは妹にとっては誤差の範疇だった。7人前の食事を平らげる姿を見て『妹さんは食欲がありますね』と最初のうちは笑っていた少尉さんの顔が盛大に引き攣っている。見てはいけない物を目撃すると、大概の人はこんな反応を見せるのは俺は異世界で何度も経験済みだ。
ようやく食事を終えて俺たちは、引き攣ったままの表情の少尉さんの案内で施設見学を開始する。宿舎の部屋や訓練場、司令部などを一通り案内されて、応接室で出されたお茶を飲みながらちょっと休憩中だ。
「ここまで案内した箇所はいかがでしたか?」
「ごく普通の施設ですよね。特殊能力者の部隊と聞いていましたから、何かもっと特別な物があるのかと思っていました」
「ご飯は美味しかったよ!」
妹の返事を聞いた少尉さんの顔が再び引き攣っている。これ妹や! 話を混ぜっ返すんじゃないぞ! それでも少尉さんは何とか精神を立て直して、真剣な表情で俺たちに向き直る。
「その通りですよ。今まで案内したのは表向きの施設です。本当の訓練施設をご案内しましょうか? もちろん実戦付きです」
「実戦?」
「はい、好きなだけ相手を倒せる特殊能力者向きの実戦施設があるんですよ。もちろん命懸けですが」
「はいはーい! やりまーす!」
これだよ…… 異世界から戻って、暴れる機会がなかった妹が諸手を挙げている。どんな相手が出てくるとも聞かないうちから、そうやって軽はずみに手を上げるんじゃありません!
「なんだか面白そうね。ちょっと見てみようかしら」
美鈴も賛成に回っているよ! なんだかんだ言っても大魔王様の本性は隠せないんだろうな。この二人だけ行かせると、過去の経験からいって碌な結果を生み出さない。仕方なく俺も同行を申し出る。
「本当に危険な場所ですよ。何か武装が必要ならば我々が提供しても構いませんが、どうしますか?」
「特に必要ないです。武器なら山ほどアイテムボックスにしまってありますから」
「なるほど、さすがは帰還者ですね。それでは私についてきてください」
少尉さんにくっ付いて通路を進んでいく。建物の行き止まりの箇所に金属製の厳重にロックされた扉が設置されている。そこに少尉さんがカードを差し込むと、厚さ30センチくらいある金属扉が左右に開く。そんな箇所を3回通り抜けてから、4つ目の金属扉の前で少尉さんが立ち止まって、俺たちに振り返る。
「富士山がなぜ〔霊峰〕と呼ばれているか知っていますか?」
俺たちは特に心当たりがないので3人揃って首を振る。ことに妹は霊峰の意味すら知らないに違いない。これは血が繋がった兄として断言しておくぞ! たぶんこやつの脳内では、ブドウの品種くらいにしか考えていないだろうな。
「それは山自体に霊力が宿っているからです。霊力とは帰還者が持っている魔力と同じものですよ。そして魔力が宿る場所には必ず魔を宿す存在が発生する。この先はそんな場所です」
「魔を宿すもの? あっちの世界では魔物と呼んでいましたが、それと同じですか?」
「そうですね、日本的に言い換えるならば〔妖怪〕〔物の怪〕〔妖魔〕と言い替えればいいでしょう。そんな怪異が人間の肉体と魂を狙って襲い掛かってくる場所です」
なるほど、妖怪の話っていうのはてっきり昔の作り話だと思っていたけど、現実にある話だったんだな。以前だったら絶対に信じないけど、異世界を見てきた俺はこんな不思議な話を何だって信じるようになっている。妹や美鈴も同様だ。
「兄ちゃん! これは面白くなってきたよ! 日本にもこんな楽しい場所があったんだね!」
「さくらちゃん、あんまりはしゃぎ過ぎて建物に被害を出さないでね。程々の力で仕留めるのよ」
妹はアイテムボックスから異世界で大暴れした時の武装〔オリハルコンの篭手〕を両手に嵌めて臨戦態勢はバッチリだ。この篭手だけでSランクの魔物を簡単に倒してきた。美鈴は杖を手にしてマントを羽織る大魔王スタイルでビシッと決めている。
そして俺はというと、剣だの槍だのを取り出すと被害が大きくなりそうだと考え直して、少尉さんから借りた行軍用のスコップを手にしている。たかがスコップだと侮るなかれ! 金属製のスコップは立派な鈍器であり、剣先を研磨すると鋭利な刃物に早代わりするのだ。これは軍オタ的には一般常識の初歩中の初歩だ。
「もう一度聞きますが、本当にその装備で大丈夫ですか?」
少尉さんの心配はごもっともですよ。篭手と杖とスコップで危険な場所に乗り込もうとしている俺たちが、不安に映るのも無理はないだろう。
「何とかなりますよ! 心配しないでください。もし必要だったら自前のちゃんとした武器を出しますから」
まだ少尉さんの不安は拭い切れないようだ。俺が手にするスコップをチラチラ見ているから、よほど頼りなく見えるんだろうな。自分の隊の支給品をもっと信じてください!
こうして見学の名目で、俺たちは厳重に封印された霊力が湧き出す場所に足を踏み込んでいくのだった。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。次回の投稿は明日を予定しています。霊力に満ちた封印された場所に足を踏み込んだ3人は一体どうなるのでしょうか? 続きをお楽しみに!