29 ドイツの帰還者 前編
お待たせしました、昨日に続いて29話の投稿です。お話はドイツの帰還者ミハイルの呟きからスタートします。
アイテムボックスからHK416アサルトを取り出した俺はベランダに向かう。こうして武器を手にすると普段の鉄オタの顔が影を潜めて、異世界で俺が得た人格が表面に現れてくるな。
俺ことミハイル=シュテイヒャーが異世界で得た称号は〔弓聖〕(きゅうせい)、つまり弓を手にすればどんな距離でも百発百中のスキル持ちだ。それと俺にはもう1つの称号がある。それは〔殺戮者〕というんだ。
遠くから無抵抗の異世界人を弓で狙撃して殺すのは本当に最高の気分だったな。だって自分が誰の手に掛かってどんな理由で死んだかもわからないうちに倒れていくんだぜ。あの表情が面白くてわざと即死する箇所を避けて弓を放ったこともあるな。
胸や首を矢に貫かれてもがき苦しむ姿が傑作だったよな。老若男女の区別無く手当たり次第に矢で殺していったよ。親子連れなんかも楽しかったな。子供が殺されて半狂乱になる母親の額を打ち抜いてやるのさ。ほらこれでいつまでも親子一緒に過ごせるだろう。俺からのささやかな慈悲だから遠慮なく受け取ってもらうのさ。
何万人殺したかなんて数えてもいないし一々数える気も無かった。ただ気分が赴くままに人を殺して回っただけだ。狩猟が趣味なんだから別に構わないだろう。対象が人だったっていうだけさ。そもそも異世界の野蛮な連中を何人殺したところで俺が捕まる訳も無かったし本当に充実した日々だったな。
それが転移した時と全く同じ状況で光に包まれて再びドイツに戻ったんだ。異世界の神がこれ以上は俺を置いておけないと判断したのかもしれないな。
さすがにこっちの世界ではまだ10回ぐらいしか人殺しはしていないけど、今日は久しぶりに獲物を仕留める機会が巡ってきた。それも公務扱いだからたまらないな。政府から報酬も用意されているし、こっちの世界でも俺に向いた職業があるなんて本当に幸運に恵まれているな。
さあ、いい子であの世に旅立ってくれよ。ベランダからアサルトを構えて遠距離射撃用のスコープを覗く。おや、ドアが開いて少女の人影が姿を現したな。これから死ぬとも知らないで呑気なもんだ。
ドイツの魔法科学のおかげで弓よりも数段威力のあるこのアサルトを手にした俺はもはや無敵だ。何しろ手が届かない遠くの距離から狙撃されるんだから、相手は手も足も出ないだろうな。
狙撃に最も適したポイントはターゲットの家から距離にして200メートル西に進んだ地点だ。地図によると駅に向かう方向に当たるらしい。そちら側に進んでくれよと心の中で願いながらスコープを覗いていると、ドアから姿を現した人影は再び家の内部に消えていく。
早く出てこいとジリジリしながら待っていると、その人影はまた外に出てくる。と思ったらまた家に入って行きやがったぞ! 一体何をしているんだ?!
3度目の正直で人影が姿を現す。今度は大人しく玄関の前で待っているようだな。ということは別の誰かが出てくるんだろう。一まとめにして魔法弾の餌食にしてやるから早く出てこい!
なんだ? 一瞬ターゲットの少女と目が合ったような気がしたぞ。チラリとこちらを見上げた少女は再び家の中に入っていく。俺の存在に気がついたのか? まさかそんなことはあるはずが無い。直線距離にして600メートル以上離れているんだ。たぶん俺の気のせいだろうな。久しぶりの狙撃で少々神経質になっているのかもしれない。
5分くらいしてドアが開くと今度は5人の人間が表に出てくる。こいつらは全部帰還者なのか? 4人は情報部のデータに記載されているが、1人だけ日本の帰還者のリストには載っていないな。まあいいか、どうせ全員魔法弾を浴びて挽き肉に変わるんだからあれこれ詮索しても仕方が無いだろう。
うん、いい具合に5人が固まって狙撃ポイントに向かって歩いているな。特に警戒した様子はないし、この狙撃が成功すると俺は確信している。あと30メートルだな。20,10,9,8,7、6、・・・・・・
俺は躊躇わずに引き金を引く。
ボシュッ!
間抜けな音を立ててアサルトの銃口から魔法弾が飛び出していく。俺はスコープで着弾結果がどうなるのか固唾を呑んで見ているのだった。
一方その頃、聡史の実家付近の路上では・・・・・・
「魔力がこっちに飛んでくるねぇ。着弾まで3秒!」
「さくらちゃん、そんなに呑気にしている場合じゃないですよ!」
真っ先に俺たちに向かってくる魔力の存在に気がついた妹が声を上げると、隣を歩いているアイシャが慌てた表情をしている。
「フィオ、ちょっと腕を離してもらえるか」
「不満だけど仕方が無いわね」
俺は魔力が飛んでくる方向に左手を伸ばす。ちょうどその時、俺たちを包む魔力に飛んで来た魔力がぶつかる気配が伝わる。その気配に合わせて俺は左手で魔力を握り潰すポーズをする。これはもうお約束かつ定番の動作だからな。遠くで見ている敵は今頃『魔力を握る潰しただと・・・・・・』とか言っているに違いない。『ねえ、今どんな気持ち?』とスキップしながら聞いてやりたいな。
「あ、あの・・・・・・ 飛んで来た魔力はどうなったんですか?」
「アイシャが疑問に感じるのはもっともね。飛来した魔力は800~1000ぐらいの魔力量だけど、聡史君の魔力に当たって中和されてしまったの。200万の魔力に高々1000程度の魔力が当たったって、吸収されるのがオチよね」
美鈴の解説をアイシャは目を丸くして聞いている。その解説の通りで俺にとってこの程度の魔力は雨の日にトラックが路面から跳ね上げる水しぶき程度にしか感じないな。いや、水しぶきの方が濡れる分ダメージが大きいかな。
「それにしてもお粗末ね。私が解析した術式を幼稚に組み替えたような感じね。魔力の圧縮が不十分だし、飛翔する速度が遅すぎるわね」
「あら、美鈴ちゃん、それはもしかして司令官の銃の話をしているのかしら?」
「ええ、そのとおりよ。フィオが解析してもよかったんじゃないの? 複雑だったから全容を解明するまで1週間も掛かったのよ」
ちょうどそんな会話を交わしている時に今度は連発で魔力が飛来してくる。当然俺は左手で握り潰す演技を繰り返す。『ねえ、今どんな気持ち?』と心の中で繰り返しながら。
「3秒に1発が限界のようね、1分間に20発相当かしら。司令官の銃は毎分180発だから相当な性能差があるわ」
「美鈴ちゃん、そんな話はどうでもいいよ! 兄ちゃん、早く敵をぶっ飛ばしに行こうよ!」
さっきからソワソワしていた妹が口を開く。こいつの目的は暴れることに尽きる。こうして休暇中にその機会が巡ってきたとあっては絶対に見逃せないだろう。狙撃が開始されてからジリジリしながらゴーサインを待っていた。
「そうだな、おそらく狙撃ポイントはあそこにあるマンションだ。次の角を曲がると死角に入るから、そこまで行ったら俺とさくらでお礼をしに行ってくる。3人はそのままショッピングセンターに向かってくれ」
「2人だけでいいの?」
「大丈夫だろう。スナイパーというのは1人で行動するのが鉄則だからな。それにアイシャの買い物も休暇中に済ませないといけない重要事項だろう」
「そんな、私の買い物なんてこの緊急事態に比べればいつでも構いません!」
「アイシャ、この程度は別に緊急事態ではないから安心していいわ。聡史君とさくらちゃんに任せましょう。それにこんな出来事に比べればあなたのお買い物のほうがずっと大事よ」
事態を必要以上に重く見ているアイシャを美鈴が宥めているよ。まあ確かに緊急事態と呼べるものではないな。
「兄ちゃん、もうすぐ角を曲がるよ!」
角を曲がると他の建物の影に入ってマンションの上階から路上が見えなくなる。ターゲットを見失えばスナイパーには打つ手が無い。
「それじゃあ、連絡してね」
美鈴、フィオ、アイシャの3人に見送られて俺と妹はマンションに向かって路上を駆けていく。人や車が通るのでアクセル全開という訳にはいかないから安全速度で走っている。
「こら、さくら! スピードが出すぎだぞ!」
「兄ちゃん、この程度の速度じゃまだスキップもしていないよ! 早く行かないと敵が逃げちゃうよ!」
2人でこんな会話をしながら車と同じくらいの速度で走っていく。もうマンションは目の前だ。すると駐車場から黒塗りのセダンがスピードを上げて出てくる。
「兄ちゃん、あの車から魔力の気配がしてくるよ!」
「よし、追うぞ!」
こうして俺たちは道路を猛スピードで走っていくセダンを追跡するのだった。
一方マンションのベランダでは・・・・・・
「なんだと! 魔法弾を握り潰しただと!」
開いた口が塞がらないとはこういう事例なのだろうと思う。装甲車を一撃で鉄クズに変える魔法弾を受け止めたならまだしも、1000近い魔力を握り潰すとは・・・・・・ これは予想以上の化け物に違いないぞ。どうする?
一瞬の躊躇の後に俺は再び狙撃を敢行する。もしかしたらただのマグレという可能性を否定できなかったためだ。3秒に1発ずつ発射される魔法弾が照準どおりにターゲットに進んでいく。
だが結果は・・・・・・
10発発射した魔法弾が全てあの帰還者によって握り潰された。これは決してマグレなんかではないぞ。こんな形で狙撃を阻まれたのは初めての経験だ。いや、弓も含めて狙撃を失敗したこと自体が初めてだった。
「おい、残念ながら狙撃は失敗だ。撤収するぞ。もし俺が命を落とすことがあったら、これを母親に届けてくれ」
そう言いながら俺は紙袋に包まれた物を情報部のエージェントに手渡す。彼は頷いてその包みを受け取ってから地下の駐車場に向かう。その後について俺もエレベーターで地下に向かう。さて、これからどうしようかとひとしきり考えてから駐車してある車の方向に向かうのだった。
セダンを追跡している路上では・・・・・・
「兄ちゃん、ずいぶん乱暴な運転だね!」
「俺たちが接近している気配を感じて何とか振り切ろうとしているんだろうな」
信号を無視して強引に交差点に突っ込むセダンを追跡しながら俺と妹は横並びになって車が行き交う車線を走っている。2人とも気配を消しているので通行人の目には何かの影が移動したように映っているはずだ。
それにしてもまさかカーチェイスをする羽目になるとは予想外の展開過ぎるな。どこか安全な場所を見つけてとにかくセダンを停めないと打つ手が無いぞ。俺の力でこのまま車を破壊するのは可能だけど、周りに居る人や建物を巻き込んだ大惨事になるから、チャンスが来るまでは自重しないとならない。
やがてセダンは幹線道路に入り込む。片側2車線の通りをジグザグに他の車の間を縫うように進んでいるよ。よく事故を起こさないものだな。運転手のドライビングテクニックにちょっと感心してしまう。
そのまま幹線道路を走っていると大きな川に架かる橋の上に差し掛かる。俺たちはセダンの直後をピッタリとマークしている。かれこれ10キロ以上は走っているだろうけど、2人ともまだまだスタミナには不安が無い。
待てよ・・・・・・ 橋の上ってもしかしてチャンスじゃないか? 周囲に建物はないし歩道に歩行者の姿はない。おまけに走っている車はかなりバラけているぞ!
「さくら、車の右側を蹴飛ばしてくれ!」
「兄ちゃん、任せてよ! ちょっと姿勢を低くして首を屈めてくれる!」
妹はそう言うと走りながら俺の後ろに回りこむ。一体何をするつもりだ? なんだか嫌な予感がするが、この非常事態では我慢するしかない。
「さくら、こんな感じでいいのか?」
「兄ちゃん、オーケーだよ! そのままの姿勢を保ってよ!」
妹が何をする気かわからないが、俺は極端な前傾姿勢になって下を向く。
「兄ちゃん、行くよ! とりゃーー!」
妹はスピードを上げて踏み切ると俺の背中を踏み台にしてセダンに襲い掛かる。その跳び蹴りはトランクの辺りに炸裂して一瞬にしてスピンを始める。車は走っている最中に何かの力が加わると簡単にスピンするんだよな。ましてや妹はトレーラーサイズのベヒモスを吹っ飛ばすパワーを誇っている。それにしても兄を踏み台に使うとは・・・・・・ わが妹はどうやら手段を選ばないらしい。
スタッと路上に着地した妹とは対照的にセダンはコマのように高速回転しながら歩道に乗り上げて橋の欄干に激突してようやく停車する。正面から突っ込んでいったから前部が大破しているよ。運転していた男はフロントガラスに頭を強打して血をダラダラと流して意識を失っている。こいつが魔力を放った帰還者なのか?
ようやく停まった車に近づいてひしゃげたドアを力技で毟り取って外すと、運転をしていた男が1人で乗っているだけだった。こいつからは魔力の気配は伝わってこないぞ。どう見ても外国人のようだけど、どうなっているんだ?
「兄ちゃん、魔力を放っていたのはこれだね!」
妹が助手席の床に転がっている袋を発見する。中身を確認すると異世界でしか手に入らない魔石が転がって出てきた。これが魔力を放っていた原因か・・・・・・ となると帰還者はどこに行ったんだ?
「兄ちゃん、どうやらハズレだったみたいだね! 仕方が無いからショッピングセンターに戻ろうよ! 美鈴ちゃんたちが待っているよ!」
「そうか!」
俺の頭に1つの考えが閃く。魔石が放つ魔力で俺たちを引き付けて分断しておいて、もう一方の美鈴たちに帰還者は向かっている。そう考えると話の辻褄が合うぞ!
「この場の処理は司令官に依頼して、俺たちはショッピングセンターに向かうぞ」
「兄ちゃん、急いで行くよ! フードコートと試食の食べ歩きが待っているんだよ!」
「お願いだから食べ物から離れてくれ! 敵の帰還者が美鈴たちを狙っているんだ」
「ふーん、そうなんだ」
「ずいぶんと反応が薄いぞ」
「だって兄ちゃん、美鈴ちゃんとフィオちゃんが居るんだよ! もう今頃はきっと黒焦げにされているよ。あーあ、せっかく思いっきりぶっ飛ばす機会だったのに残念だよ!」
「た、確かにそれはそうだな。こっちはこのまま放置して安全速度でショッピングセンターに向かうぞ」
「うほほー! 今日の試食に何が並んでいるか楽しみだよ!」
こうして事故現場の位置を司令官に連絡してから、俺と妹は来た道を引き返してショッピングセンターに向かうのだった。
最後までお付き合いいただいたありがとうございました。次回の投稿は水曜日を予定しています。
お話の舞台はたぶんショッピングセンターに移るだろうと予想されます。大魔王と大賢者がタッグを組んでどのように迎え撃つのか・・・・・・
ブックマークと評価をいただきましてありがとうございました。




