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28 出掛ける前のあれこれ

さて、今回の話はショッピングセンターに出掛ける前のお話になりました。『いい加減帰還者同士の対決を開始しろ」』という読者の皆様の声が聞こえてくるような気がしますが、別の小説で2泊3日の海水浴を描くのに5万字以上掛けたこの作者の場合そう簡単にはいきません! 断言します、『中々始まらないけどいつかは開始されるんじゃないのかなぁ』・・・・・・ 全然断言になっていないというツッコミは無用ですのであしからず。


たくさんの評価とブックマークをいただいて本当にありがとうございました。引き続きこの小説を応援いただくようにどうぞよろしくお願いします。

「兄ちゃんたち、おはよう! 朝ごはんはまだなのかな?」


 昼寝から目覚めて自分の部屋から起きてきた妹の脳内は完全にリセットされているようだ。さっき昼ご飯を食べたばかりだというのに、どこの痴呆老人だ。そのうちに食べ物を求めて街中を徘徊するのではないかと心配になってくる。



「さくら、忘れているようだから一応説明しておくと、もう昼過ぎだぞ。お前は昼寝から起きてきたんだからな」


「なんだ、そうなのか! どうりであんまりお腹が空いていないと思ったよ!」


 まだ半分しか開いていない目を擦りながら妹が答える。それよりも腹が減っていないのなら食事の要求をするんじゃないよ! 



「それよりも今からショッピングセンターに出掛けるから準備をしろよ」


「なんですとー!」


 つい今まで眠そうだった目を『くゎっ』と見開いて、ゴゴゴゴゴゴ! という音を立てるようにして背後からスタ○ドを浮かび上がらせているよ。その表情はまるで劇画の登場人物に見えてくる勢いだ。



「みんな、何を呑気に座っているの! 食のユートピアに向けてすぐに出掛けるよ! 外で待っているから早く来てよ!」


 そう言い残して妹は全員を置き去りにして玄関を飛び出していく・・・・・・ だが乱暴にドアを開く音がして、ヤツはすぐにリビングに戻ってくる。



「慌て過ぎてお財布を忘れたよ!」


 頭を掻きながら自分の部屋にドタバタと駆け上がって、ネコのキャラクターの財布を首からぶら下げて降りてくる。本当に一々騒がしいヤツだ。出掛ける前からこの調子ではショッピングセンターに到着してどんなテンションになるか不安しか感じないぞ。



「ほらほら、みんなも早く準備をして出掛けるよ!」


 そう言い残してドアをバタンと閉めて玄関の外に飛び出していく。そしてまたバタンという大きな音を立ててドアが開くと妹がリビングに姿を現す。



「お財布の中を見たら30円しか入っていなかったよ! お母さん、お小遣いの前借りをお願いしまーす!」


「騒がしいから一度に済ませろ! 本当にお前というヤツは・・・・・・」


 国防軍に入隊した妹には来月の給料日には訓練手当が支払われる。高卒の初任給程度の金額だがそれなりにまとまったお金だ。手元にお金があると先々を考えずに全て食べ物に使ってしまう妹の場合は、手当ては母親が管理してそこから小遣いをもらうルールを強制されている。ほら見ろ、母親が渋い顔をして財布を開いているよ。



「うほほー! 樋口さんをゲットしたよ! でも樋口さんを買い物に使うと野口君を2,3枚召喚して手の届かない世界に旅立ってしまうんだよね」


 母親から受け取った5千円札を見つめながら寂しそうな表情を浮かべる妹の姿がある。妹よ、しっかり考えよう! それはお前のお金の使い方に問題があるんだからな。それからお店の人からお釣りを受け取る行為を『召喚』と呼ぶんじゃない! 


 

「準備は万端だから、それじゃあ行くよー! 外で待っているからね!」


 みたび妹はバタンと玄関のドアを閉じて外に出て行く。そしてまたもやバタバタと音を立てて戻ってくる。



「兄ちゃん、大変なんだよ!」


「どうしたんだ? 今度は何を忘れたんだ?」


「そうそう、今度は靴を履き忘れて! って、違うんだよ! そうじゃなくってなんだか近くに魔力の気配を感じるんだよ!」


「靴を履き忘れただと!」


「「「魔力の気配ですって?!」」」


 あまりに意外な妹の話にその場に居る俺以外の帰還者3人の声が揃う。俺は妹の話の前半部分に対するツッコミに忙しくて、肝心の後半を聞き逃していた。



「そ、そうだな・・・・・・ 魔力の気配か、それはちょっと問題があるぞ」


 周囲からジトーっとした視線を感じつつ念のため俺は探知スキルを発動して妹が主張する魔力の気配を探ってみるが、半径200メートルの範囲内にはそれらしき気配はなかった。



「俺の探知スキルには引っかからないな」


 自分の家のご近所に魔力を持っている存在など今まで全く感じなかった。そもそも普通に地球上に生活している人間は体内に魔力を保持できない。基地に居る陰陽師の少尉さんのように厳しい修行で身に着けない限りは、体の中に魔力を取り込めない仕組みになっている。俺たちがこうして魔力を体内に保持しているのは異世界転移の時に何らかの体質の変化があったものと考えられる。



「でもさくらちゃんの勘はよく当たるのよね。その魔力の持ち主が私たちを狙う敵だったらどうするかを考えておいた方が賢明ね」


「そりゃー、ぶっ飛ばすに決まっているでしょう!」


 妹よ、なぜそうやってなんでも暴力で解決しようとするんだ? 一旦深呼吸をして落ち着きなさい! それにしても美鈴の意見は一考の価値があるな。何も対処法を考えていないと初動が遅れるかもしれないし。



「ひとまずは司令官に報告して指示を仰ぐのが良いんじゃないの」


「それだ! さすがは3ヶ月前から国防軍に所属しているだけのことはあるぞ! フィオの意見を採用しよう!」


「それじゃあ聡史君が連絡を取ってね」


「えっ!」


 やられた! フィオが俺を指名してくれたよ! 全員が『早くしろ!』という目で俺を見ている。あのおっかない司令官さんに連絡するのか・・・・・・ はー、気が重いよ。仕方なしにスマホを取り出して知らされている番号を選択して通話ボタンを押す。



「楢崎訓練生、一体何の用件だ! 私は忙しいんだぞ!」


 ほら、いきなり怒られたよ。まるで学校で一番オッカナイ生活指導の先生と話しているみたいだ。司令官さんはあの強大な力だけでなくて、人間としての根本的な何かが人の上に立つために生まれてきたような気がするんだよな。本当に逆らえませんって!



「司令、すいません。休暇中で家に居るんですが、妹が魔力の気配を感じ取りました。もし敵だった場合はどう対処すれば良いかと・・・・・・」


「そんなものは決まっているだろうが! 必ずぶっ飛ばすんだぞ! 生かしておく必要はないからな。それから市民への被害は出さないようにしろ! 以上だ」


「了解しました」


 通話を終えた率直な俺の感想は『絶対にあの司令官は妹と同類だ!』という一言に尽きる。その他にどう表現していいのか全く思いつかないぞ。仕方がないので俺は司令官さんのお言葉をそのまま全員に伝える。



「敵だった場合はぶっ飛ばして良いそうだ。俺としては大変遺憾ではあるが、生かしておく必要はないらしい」


「うほほー! さすがあの司令官ちゃんは話がわかっているよ! だから私が最初から言っているようにすれば正解なのだ!」


 妹よ、そこまで胸を張ってドヤ顔をする必要もないだろう。それから『司令官ちゃん』という呼び方はいい加減に改めてほしい。それ見たことか、その他の全員は明らかにリアクションに困っているじゃないか。



「ま、まあ今回はさくらちゃんの意見がたまたま正解だったとして、一応外に出る時は用心しておいた方が良いんじゃないの?」


「そうだな、誰かが全員を守って居れば安心だな」


 美鈴が話を元の軌道に戻してくれたよ。問題はその方法だな。




「そうね、私が複合シールドを展開するわ。言いだしっぺだし、それに大魔王のシールドは誰にも破れないわよ」


「美鈴ちゃん、この結界の第一人者の私に任せてよ。大賢者の結界は突破不可能なのよ」


「フィオちゃん、どんな攻撃でも私がこの拳で叩き壊すから大丈夫だよ! このさくらちゃんに任せなさいって!」


「そ、そうなのか。みんな中々頼もしいな。でも俺がやってもいいぞ」


「「「どうぞ、どうぞ、どうぞ」」」


「なんで急にダチョウ倶楽部が始まるんだよ! 打ち合わせもしていないのにキッチリ声が揃っているじゃないか!」


 ウッカリしていた。異世界で4人でパーティーを組んでいた頃はこうして誰かに仕事を押し付けるのが一時流行っていたんだ。フィオ的にはかなりツボらしくて腹を抱えてゲラゲラ笑っている。アイシャだけは日本の古典芸能とも言うべき『ダチョウ倶楽部』を知らないので、このやり取りをポカンとして眺めている。


 妹はともかくとして、美鈴とフィオが遠慮したのには実はれっきとした理由がある。彼女たちは魔法障壁や物理障壁、もしくは結界を展開できる。これさえあれば防御は完璧なのだが、実はこの方法は万能ではない。立っている自分を中心にして障壁や結界を築くのは簡単なのだが、歩いて移動している時にこの方法で身を守るのは少々面倒になってくる。それは移動する箇所の座標を中心にして次々に新たな障壁を築き続けなければならないのだ。つまり一歩ごとに新たな障壁を張り続ける作業をしなければならないので、非常に面倒で手間が掛かる防御法になってしまうのだった。


 その点では俺の体の表面を取り巻く魔力は美鈴の障壁やフィオの結界と同じ効果を持っている上に、その範囲をちょっと広げれば全員を包み込める。歩いていても俺の体の周囲から離れないから、一々新たな術式を構築する必要もない。問題があるとすれば俺は魔力の調整がヘタクソという点だけだ。



 さて、どうやらすぐに危険はなさそうなのでひとまずは全員が外に出る。俺も探知スキルで周辺を探ってみるが、まだ対象は探知圏外にいるらしい。当然だが俺たちには相手の目的が何なのか全く心当たりはないぞ。



「それじゃあできるだけ固まってくれ。俺の魔力で全員を覆うぞ」


 美鈴はさっと俺の右腕を取って自分の左腕を絡ませてくる。それを見たフィオは負けじと俺の左腕に絡み付いている。両手の二の腕になんだか柔らかな感触が伝わっているが、ここは表情に出さずに知らん振りをしておこう。なんだか得した気分だぞ。いかん、鼻血が出そうになるが根性で堪えなければ。


 妹はアイシャと手を繋いで俺たちの前を歩いてしっかりと全員が密集した隊形が出来上がったので、俺は体の表面を覆っている魔力の範囲を少し広げていく。



 バサバサバサ!


 空を飛んでいたカラスが力なく地面に舞い降りてくる。



「ニャー」


 道の端を歩いていたネコが腰を抜かして弱々しい泣き声を上げている。



「兄ちゃん、範囲を広げすぎだよ! 動物は魔力に敏感なんだから、こんな大量の魔力を浴びたら弱っちゃうよ!」


 はい、やらかすと思っていました。魔力を広げる範囲設定に失敗して半径50メートルくらいの空間を俺の魔力で覆ってしまったよ。失敗、失敗! でも反省はしていないからな。


 獣神様には動物の悲鳴が聞こえたんだろう。アホの子にダメ出しをされるのは兄としては忸怩たる思いだが、言われたとおりに少し放出する魔力を弱めて範囲も狭くする。



 バタバタバタ!


「ニャー」


 カラスは空に羽ばたいて、ネコは立ち上がって歩き出した。妹の顔を見ながら一声『ニャー』と鳴いたのは助けてもらったお礼かもしれない。



「聡史君にしてはまあまあの出来ね。魔力の濃度が濃すぎてちょっと息苦しいから、もう少し魔力量を抑えてもらえるかしら」


「さいですか、こんな感じで良いか?」


「良いんじゃないかしら」


 魔力の量を半分にしてみたら美鈴からオーケーを出してもらえた。これだけ色々と注文をつけるなら最初から自分でやれば良いのに・・・・・・ 本当に俺はこういう細かい魔力の調整は苦手なんだよ。



「私たちを取り巻いている魔力の量は全部で2000万くらいかしらね」


「ニ、ニセンマン!」


 アイシャの声が驚きのあまりにひっくり返っている。なんでだろうな? この程度の魔力は俺同様に美鈴とフィオもいつでも自由に出し入れできるけど。妹は持っている魔力量は美鈴たちと同じだが、自分の体の外には放出できない。その分体内の魔力も全て攻撃力に変換できるという特性を持っている。



「私の魔力の量は13万ですよ」


「なんだ、アイシャちゃんはずいぶん少ないんだね」


「すいません」


 そうだった! 帰還者は召喚された世界によって持っている能力のレベルがバラバラだったのをすっかり忘れていたよ。妹の言葉にアイシャがへこんでいる。 



「アイシャさん、確かに魔力の量は多いに超したことはないけど、大事なのはどのように使用するかですよ。そこを突き詰めていけば、必ず有効な戦い方ができます」


「フィオさん、ありがとうございます。聡史の魔力のあまりの桁の大きさに、本当に大事な部分を見逃すところでした」


 さすがは大賢者様だな。何も考えていない妹とは違ってアイシャをしっかりと納得させているよ。それに彼女は基地の地下通路で見せたように器用な魔法の使い方ができる。



「だからこれから私たちと一緒に戦い方を研究していきましょう。ここにいる聡史君みたいに膨大な魔力を持っていても有効な使用法がない人もいるんですから」


 そう、フィオの指摘どおりに俺の膨大な魔力は満足な使い道もないままに体内に眠っているだけだ。ひとたびその魔力を振るうと街も山もきれいさっぱりと消え失せてしまう。全てを壊す『破壊神』そのものなのだ。役に立ちそうで余り活用する場がないという、大変微妙な立場が俺なんだ。



「そうだよ! それにアイシャちゃんは魔法を使うよりもどっちかというと近接戦闘タイプだからね。もっと技を磨けばドンドン強くなれるよ!」


「さくらちゃん、ありがとうございます。ちょっと自信になりました」


 妹よ、ちょっと見直したぞ! これから何かやらかすまで『アホの子』と呼ぶのは止めておこう。兄としてはお前がちょっとでも成長してくれるのが一番嬉しいのだ。



「それから強くなるためには私のようにもっといっぱいご飯を食べないとダメだからね!」


「さくらちゃん、前にも言いましたけどそれは遠慮しておきます」


 どこの相撲部屋だ! せっかく良いところを見せたのに台無しだよ! お前みたいな大食いは駐屯地に1人で十分だぞ! 部隊の予算が食費で食いつぶされていくだろうが。



 そして俺たちは固まって住宅街を歩き始める。ショッピングセンターまでは約15分の道のりだ。初夏の結構日差しが強い日なので、こうして密集して歩いているとちょっと汗ばんでくるな。それにしても美鈴とフィオはもしかしたら敵が襲ってくるかもしれないのに、どういう訳だか嬉しそうにして俺にもたれ掛かっている。


 これじゃあいざという時の対処が・・・・・・ 特に必要はないか。大魔王と大賢者が軽く指先を動かせば大抵の問題は解決するからな。それに妹がむざむざと攻撃など許すはずがないし。



 歩き始めて5分位した頃に全員が右斜め上方を見上げる。そこには10階建てくらいの高層マンションが聳えている。



 そしてそこからは・・・・・・ 


 威力がありそうな魔力がこちらに向かって高速で飛翔してくるのだった。 



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― 新着の感想 ―
[一言] 「来月の給料日には訓練手当が支払われる。高卒の初任給程度の金額だがそれなりにまとまったお金だ。」 特殊技能に対する報酬が全く考慮されていないのかな。まあ、能力を生かしてアルバイトが奨励されて…
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