26 帰宅
中ロの激戦が終了して、お話の中身は若干スローダウンします。久しぶりに国防軍から休暇をもらった主人公たちが自宅に戻りますが、そこには・・・・・・
「我々合衆国国民と政府は中華大陸連合の国際ルールに反するやり方と民主主義に対する敵意に断固として戦う。ロサンジェルスとサンフランシスコで起こった暴動を首謀したは行為は明確な合衆国に対するテロであり戦争の引き金として十分な理由になる。国内に滞在する中華系の出身者にはあらかじめ警告しておく。君たちの市民権と滞在資格は取り消された。自主的に速やかに国外に退去せよ。もし来月まで合衆国内に残っていたらコンテナ船に詰め込んで太平洋の反対側に送りつけてやる」
日本海海戦が終わって2日後にアメリカ大統領の国民に向けた演説が行われて、その過激な内容に全米に散らばる華僑社会に激震が走った。暴動の影響が何らかの形で自分たちに及ぶのではないかと恐れていたところに急遽政府から国外退去命令が出されるとはと、誰もが言葉を失って呆然としている。
まさかの出来事に華僑社会や留学生の団体は『人種差別だ!』と声を上げたが、逆にアメリカの一般市民は彼らの声には同調せずに『テロリストはアメリカから出て行け!』という中華民族排斥運動が燎原の火の如くに広がっていく結果となった。
日本国総理官邸・・・・・・
「アメリカも本腰を入れ始めましたな」
「元々貿易で中国を締め付けていたのはアメリカだからね。彼らの思惑通りに共産党政権は倒れたが、今度は独裁者・劉建耀という怪物を生み出してしまった。自国に火種が飛び火すれば簡単に武力に訴える国がアメリカだよ」
日本海海戦の結果報告に来た防衛大臣と山本総理がソファーで話をしている。
「総理、アメリカからはまだ具体的な戦略の刷り合わせに関する話は来ておりませんな」
「あちらがどう動こうと日本はかねてから用意してきた戦略を進めていくよ」
「初手の空母艦隊はほぼ壊滅に追い込みました」
「うん、あの結果には満足している。これで中華大陸連合は樺太攻略に南海艦隊を動員しなければならなくなったな。こちらが南シナ海に出て行くよりも自分の庭で迎え撃った方が話は簡単だよ。いずれにしてもかの国が海軍力を失うのは時間の問題だな」
「ご慧眼恐れ入ります。それからミサイル防衛の件で臨時に予算が必要になりましたがいかがでしょうか」
「帰還者に関する予算は私が確保するから遠慮なく進めてくれ。あれが完成したら大きな脅威がなくなる。アメリカ製の迎撃システムに比べたらコストはタダみたいな物だよ」
「ありがとうございます。おかげで私も心配事が減ります」
こうして防衛大臣は総理執務室を去っていく。日米ともに政治家たちも忙しいのだった。
同じ日の富士駐屯地・・・・・・
「やっと休みがもらえたな。それじゃあ2週間ぶりに家に帰るか」
「兄ちゃん、久しぶりのお母さんのご飯が楽しみだよ!」
「さくらちゃん、ご飯じゃなくてご両親に無事な顔を見せてあげるのよ」
「美鈴ちゃんは何を言っているのかな? 私はこの通りピンピンしているよ! 軍に入ってちょっと戦ったくらいで私がヘバる訳ないでしょう!」
「そうだったわね、さくらちゃんは元気だけが取り柄よね」
「そうそう、いつでも元気なさくらちゃんだよ!」
ダメだ、妹には美鈴が言おうとしているニュアンスが全く伝わっていない。そもそもこのアホの子にとって元気がない状態というのは腹ペコな時だけだった。
「さくらちゃんはいつでも面白いです」
「アイシャちゃん、いつでもチャーミングって言ってほしいな!」
「誰がチャーミングだ!」
いかんいかん、つい声を張り上げてツッコンでしまった。鋼鉄ワイヤー並みのぶっとい神経が妹にこんな発言をさせるのだろう。ただの暴力少女だろうが!
ちなみにアイシャも俺たち同様に2日間の休暇を与えられているが、どこにも行くアテがなかったので家に招待することになった。国防軍に入隊して約2週間ぶりの休みだ。この短期間に訓練だけじゃなくって実戦もあったし、中々濃い内容だったな。休みがここまでずれ込んだのは美鈴の例の術式解析が難航したおかげだ。ようやく満足行く形で解析を終えて、晴れて俺たちは久しぶりに家に帰ることができる。
そういえば研究課の人たちは美鈴の解析結果に色めき立っていたそうだ。すぐに用意していた試作の銃に術式を移植して性能試験を開始するそうだ。この試験に関しては司令官さんと勇者が担当するらしい。
黒塗りのワゴン車で御殿場駅まで送ってもらって、そこから俺たちは電車に乗り込む。新松田で私鉄に乗り換えれば、あっという間に我が家がある駅に到着する。
「聡史たちの家に行くのが楽しみです。それにしても日本はどこに行くのにも電車があってとっても便利ですね」
「アイシャの故郷だって鉄道くらいはあるんだろう」
「まだまだ遅れていますよ。鉄道も1日に3本しかありません」
「そうなんだ。でも日本ももっと田舎に行けば結構似たようなもんだよ」
アイシャたちが住んでいたのは相当内陸部だから、開発の手が中々届かないんだろうな。それにあの国は広い上に現在は経済的に苦境に立たされている。開発の計画だけあって予算の目途が立たなくて中止になったプロジェクトがたくさんあるそうだ。
駅前のちょっと賑やかな場所を抜けると住宅街が広がっている。その一角に俺たちの家と美鈴の家が隣り合わせに並んでいる。おや、妹よ! お前はいつの間に買い食いをしていたんだ? ハンバーガのセットが入った袋を持っていやがるよ。家に着くまでのちょっとの間なぜ我慢ができないのだろう?
「私はお母さんに顔を見せてから聡史の家に行くわ」
「ああ、後でな」
美鈴は手を振って自分の家の門に入っていく。俺たちはアイシャを伴って久しぶりの我が家に入っていく。
「大した家じゃないから遠慮しないでくれ」
「そうだよ! ぜんぜん普通の家だからね。お母さんは料理が上手だから美味しいご飯を用意してくれるよ!」
「お邪魔します」
3人で玄関を入っていくと鍵を開く音を聞きつけて母親が出てくる。
「あら、聡史とさくら、お帰りなさい。2人とも元気そうね。美鈴ちゃんはイメージチェンジしたの?」
「母さん、この子は美鈴じゃないよ。軍で一緒に活動しているアイシャだ。日本に来たばっかりで休暇なのにどこにも行く所がないから連れてきたんだよ」
「アイシャです、はじめまして」
「まあまあ、どうりで見掛けない人だと思ったわ。どうぞ中に入ってね」
母親の脳内では俺とさくらの兄妹に美鈴が一緒になってワンセットという固定観念があるらしい。だからアイシャを見て美鈴のイメージチェンジバージョンだと勘違いしたようだ。ただいくらなんでも勘違いの規模が大き過ぎるだろう。人種からして違うぞ。元々ウッカリしている性格の母親だからこの程度の勘違いでは今更驚かないけど。俺がウッカリ攻撃の威力を間違うのもきっとこの母親からの遺伝に違いない。
出迎え早々に母親のボケを食らってなんだか本当に家に帰って来たという実感が湧いてくるな。この家にいると多少のことでは動じない免疫ができるのかもしれない。そしてリビングに繋がるドアを開くと・・・・・・
そこには金髪の俺たちと同じくらいの年頃の女性が背を向けて座っている。そして彼女は俺たちに向かってゆっくり振り向く。
「ブフォー! フィ、フィオが何で俺の家に居るんだ!」
「おや、フィオちゃん、久しぶりだね!」
「やっと会えたわ。ずいぶん待たせてもらったのよ」
おかしいぞ! 多少の出来事には動じない免疫があるはずなのに、あまりの衝撃につい『ブフォー』と吹き出してしまったよ。飲み物を口にしてないでよかった。アイシャはこの件に全く付いていけずに目をパチクリしている。
「ああ、そうだった! ウッカリしていたわ。フィオちゃんは国防軍から派遣されて住み込みで我が家とお隣の西川さんのお家を警護してくれていたのよ」
「ウッカリし過ぎだろう! 何回か電話した時に何も言っていなかったじゃないか」
我が家にこともあろうにフィオが居たなんていう重要案件を伝え忘れていた母親に俺は盛大にツッコンでいる。そうか! 国防軍の帰還者がもう1人居ると聞いていたけど、どうやらそれがフィオだったんだな。長期任務とは我が家に住み込みで警護することだったのか・・・・・・ って、それどころじゃないから!
「何でフィオがここに居るんだ?!」
「大魔王が時間軸と次元を操って日本に戻れたんだから、大賢者の私にも可能でしょう」
「うん、そりゃあそうだな。じゃなくって! なんで日本に来ているんだっていうの?!」
「私は元々日本の出身だし、久しぶりに故郷がどうなっているのか見に来たっていいじゃないの。ちょっと時間軸の微調整を間違えてあなたたちよりも3ヶ月前に到着したのよ」
びっくりしたよ。まさか彼女は俺たちよりも先に日本に到着していたなんて。さて、この謎の人物について紹介しておこう。彼女は俺たちが異世界に渡って初めて訪れた国の大臣の孫娘で正確には〔フィオレーヌ=ド=ルードライン〕という貴族のお嬢様だ。
だが彼女は〔山室 園香〕というもう1つの名前を持っている。相当レアなケースの話になるが、実は彼女は一度日本で死んで記憶を保ったまま異世界に転移した存在だった。俺たちのように召喚された転移者が帰還したのではなくて、向こうの世界で新たな生を受けた転生者が再び日本に戻ってきたのだった。
俺たちが日本に帰る時にフィオは笑って手を振りながら見送ってくれた。サプライズ好きな彼女だからこのようなドッキリを用意していたんだな。たぶん日本に戻る術式をあの時に美鈴から盗み取っていたんだろう。それにしてもここしばらく経験した記憶がないレベルのドッキリだよ。フィオは俺の顔を見ながら『してやったり』という顔をしている。
「ところでこちらのきれいな方を紹介してくれるかしら」
「ああ、びっくりしていてすっかり忘れるところだった。この子はアイシャだよ。俺たちとは違う世界からの帰還者だ。細かい事情はここでは話せないから基地に戻ってから確認してくれ」
「はじめまして、アイシャです」
「よろしくね、私はフィオレーヌ、フィオと呼んでね。国防軍所属でコードネームは〔賢者〕よ」
「フィオちゃんの魔法は美鈴ちゃんと互角なんだよ! 私には全然効かないけどね!」
「そうなんですか、とっても頼もしい限りです。まだ私は聡史やさくらちゃんと比べると力不足なので色々と教えてください」
「アイシャさん、比較にする対象が間違っているわよ。ここに居る兄妹は私から見てもちょっと桁違いなのよ。あなたはあなたに相応しいやり方で能力を磨くといいわ」
「そうします」
さて、こうして2人の自己紹介が無事に終わったところで・・・・・・ なんか忘れているぞ?
「聡史、美鈴ちゃんはどうしたの?」
「兄ちゃん、フィオちゃんが来ているのを早く知らせないとダメだよ!」
「そうだった! 美鈴は自分の家に居るんだった!」
アホの子の妹にまでダメ出しを食らって少々ヘコミ気味になった俺はスマホを手に取る。美鈴の番号は彼女の手によって強制的にメモリーの一番目に登録されている。
「ああ、もしもし美鈴か。大事な件があるからできるだけ早くこっちに来てくれ」
「わかったわ、今着替え終わってすぐに行くから待っていて」
こうして通話をキャンセルすると1分後に玄関のチャイムが鳴る。俺が玄関に迎えに出ると当然美鈴が待っている。初夏らしい白いワンピースに着替えているよ。うん、ワンピースは可愛らしさが5割り増しになるな。これは俺の持論だから反論は一切認めない。そのまま彼女をリビングに案内すると・・・・・・
「フィオ? なんであなたが・・・・・・」
「やったわ! あの大魔王が驚きで声を失っているなんて作戦大成功ね!」
あの冷静な美鈴さえも言葉を失うなんて本当に珍しいな。だがフィオよ、まだ甘いぞ! 妹はお前の顔を見ても全く動じなかったからな。あやつを驚かせてこそ真の大成功と呼べるのだ。鋼のワイヤーのような神経と言ったが、どうやらオリハルコンでできているみたいだ。
「さあさあ、今お昼ご飯を用意しますからね、冷たいものでも飲んで待っていてね」
「うほほー! お母さんのご飯が楽しみだよ!」
そういえば妹もさることながらこの母親も大して動じていないな。きっと妹の神経の図太さは母親譲りなのかもしれないな。俺はそう考えながらソファーで麦茶を口にするのだった。
新たに登場したフィオを交えて、またまた何かのトラブルに見舞われる展開が・・・・・・




