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23 封印されし者

お待たせしました、23話の投稿です。結界を破ったその先に待ち構えていた妖怪の正体とは・・・・・・ 



 俺が通路の行き止まりまで進むと、そこでは妹と総髪白袴の男が向かい合っている場面に出くわした。



「ほう、うっとおしい陰陽師のやつらではなくてただの人間がここまでやって来るとは珍しい。久しぶりに人間の血肉を味わうとするか」


 姿は人の形を取っているが明らかに妖怪だよな。だって瞳が赤いんだぜ。カラーコンタクトをした厨2病患者でもあるまいし、目が真っ赤な血の色をしているんだ。この場所は教室くらいの広さが会って一番奥に祠が設けられている。たぶんその祠の主が目の前に立っている男なんだろうな。



「兄ちゃん、こいつも生意気な口を叩いているよ。どうせ私にブッ飛ばされて涙目になるのにバカだよね!」


「貴様、千年を生きる天狐てんこたる我にずいぶんな口の聞きようをするものだな。神に等しき妖術を操る我に人間風情が敵う訳なかろうに。まことに哀れなものだ」


 天狐は俯き加減で左右に首を振りながら俺たちに同情の目を向けているよ。要するにキツネが長年生きて妖術を使えるようになった妖怪だな。日本には数多くのキツネの妖怪の話があるから、こいつもそのうちの1匹なんだろう。



「さくら、こいつは人の姿をしているがどうやらキツネの妖怪だな」


「ほほう、それじゃあ私も立場上引けないから任せてもらえるかな」


 妹は異世界の獣神だ。全ての獣を統べる立場からすると天狐の生意気な態度が気に入らないのはわかる。



「わかった、お前に任せるぞ。手に負えなかったらいつでも交代するからな」


「安心していいよ! 私が負けるわけないからね!」


 そう言うと妹は体内の気を高めていく。どうやら獣神の本領を発揮するつもりのようだ。徐々に高まる気が体から溢れ出しているよ。これは相当本気になっているみたいだな。


 あまりに凄まじい妹の気に天狐は相当戸惑った表情をしている。そりゃーそうだろうな、普通の人間が触れただけで命を落としそうな気がこのエリアに充満しているのだから。


 体内の気を練って強力な攻撃を切り出すつもりなのだろう。妹が精神を集中している。そしてその右手がゆっくりと体の前方に差し出される。



「お手!」


「コン!」


「イヌの躾じゃないか!」


 してやったりという表情の妹の行動についツッコンでしまったよ! 妹の手の平に思わず片手を乗せてしまった天狐は、その声に我に返って手を引き戻しながら屈辱に身を震わせている。 



「おのれ! 我に恥をかかせおったな! もう許さぬぞ、貴様の体を一寸刻みにして血を一滴残らず絞り出してくれる!」


「自分から手を載せておいて何を言っているんだか! 獣の本能がある限り私には逆らえないんだよ!」


 たしかに妹の主張には一理ある。道を歩いている時に近くに寄ってくるスズメやネコと何か話をしているのを俺は何度も見掛けていたのだ。あとから聞くとスズメからは街の噂話を聞きだしたり、ネコからはゴミ捨て場に金目の物が落ちていないかという情報を集めているらしい。目的がなんともセコいが、動物たちは妹に嬉々として話し掛けてくる。このような背景から妖怪といえども動物の本能には逆らえないらしいくて、妹に『お手』をする間抜けな姿を晒してしまったらしい。



 だが天狐は妖怪としてのプライドで歯を剥き出しにしながら妹に襲い掛かってくる。右手の手刀が恐ろしい速さで妹の体に迫る。



 ピシッ!


 左手でガードした上から当たった天狐の手刀は妹を1メートル跳ね飛ばしている。中々威力もありそうだな。妹は異世界ではドラゴンの攻撃すら笑いながら受け止めていたからな。


 天狐は追撃の手を緩めずに左右から手刀や突きを繰り出す。妹は防戦一方でガードしながら手を出さないようだ。これはそろそろ俺が間に入ろうかと考え始めた時に、ようやく妹の手が動いた。



 正面から迫ってくる鋭い突きを手首のスナップだけで軽く跳ね飛ばすと、天狐の長い髪の毛を鷲掴みにする。



「お座りーー!」


 グシャッ!


 そのまま髪の毛を掴んだ手を思いっきり床に叩き付けたよ。天狐は顔面から床に突っ込んで行く。妹よ、それは顔面クラッシャーだ、決してお座りじゃないぞ。普通のイヌにやったら動物虐待で訴えられるからな。



「まったく躾がなっていないキツネだね! 誰が主人なのかはっきりとわからせてあげるよ! そのままお座り!」


 あっ、もう1回床に叩きつけている。天狐の額からはダラダラと血が流れているよ。剥き出しにしていた歯も何本か折れて無残な姿だ。それでも天狐は抵抗しようと妹に右手を伸ばそうとする。



 ボキッ!


「ギャーー!」


 あーあ、手首を反対に捻って折っちゃったよ。容赦ないなぁ、本当に。それでも命まで奪わないからまだ情けをかけているのかもしれない。



「負けだ、我の負けだ。もう許してくれ」


「ほほう、ずいぶん素直になったね! 私を主人だと認めるのかな?」


「認める、これだけの力の差を見せ付けられてはもはや抗う気すら起こらぬ」


 妹は掴んでいた髪の毛から手を離して天狐を自由に身にする。血塗れの哀れな姿で天狐はその場に胡坐をかいている。



「むむ、ご主人様の前では正座が基本でしょう! どうやらまだ躾が足りないようだね」


「申し訳ありませんでした!」


 天狐はマッハの速さで正座しているよ。よっぽど妹の恐ろしさが身に染みたらしいな。お手とお座りだけで天狐を敗北に追い込んだ俺の妹の戦闘力はやはり別格だな。



「それじゃあ一緒に外に出るよ。外で人間を襲ったりしたらお仕置きが待っているからね! その代わりご飯は3食食べ放題だよ」


「絶対に襲いません。命を懸けて誓います」


 今まで誰にも倒せずに通路の奥で封印されていた天狐が妹の手で従順な飼い犬にされちゃったよ。お仕置きがよっぽど怖いんだろうな。髪の毛を掴んで押さえ込んでいる間妹の体からは獣神の威圧が容赦なく天弧に襲い掛かっていたから、抵抗しようという心までポッキリと折られている。まあ人を襲わないんだったら外に出してもいいか。外見は人間とそれほど変わらない姿をしてるし。



あるじ殿、その壁際に立っている男は何者ですか?」


「ああ、私の兄ちゃんだよ! 私よりも強いから怒らせない方がいいよ!」


「俄かには信じられませんぞ! 主殿よりも強いお方などこの世に存在するのでしょうか?」


 妖怪というのはどうやら純粋な力関係だけが主従を決定する世界に生きているものらしい。俺は殆ど気配を伏せていたから、天狐の目にはごく普通の人間に映っているんだろうな。



「逆らったら体ごと消されちゃうよ! 兄ちゃんは容赦ないからね!」


「さくら、1人称と2人称を取り違えるなよ」


「えっ、それってなに?」


 ダメだ、授業中ずっと寝ている妹には理解できない高度な例えだった。こいつには幼稚園児にでもわかる比喩表現を使わないと話が通じないのをうっかり忘れていた。



「いいからここを出よう」


「わかったよ、外に向かうよ!」


 結局話しは有耶無耶になって俺たちは天狐を引き連れて通路を戻っていく。妹がぶち破った結界の痕跡が残る場所を抜けると、そこでは1体の土蜘蛛を相手にしてアイシャ、タンク、少尉さんの3人が懸命に戦っている場面に出くわした。いかんいかん、天弧に気を取られて3人のことをすっかり忘れていたよ。



 タンクが盾で土蜘蛛の前足を防ぎ止めてアイシャが剣を振るうが、硬い甲殻によって傷を付ける程度で殆どダメージを与えていない。少尉さんも火炎の呪符を投げているけど全然効果はないようだ。



「兄ちゃん、せっかくだからちょっとだけ本気であれを倒してみてよ! 天狐も兄ちゃんの力がわかるからね」


「仕方がないなぁ、ちょっと3人を助けてくるか」


 俺は土蜘蛛の後ろから近付きながら体に眠っている魔力の一部を呼び覚ます。魔力が体内を巡る感覚を感じながら土蜘蛛の背中に手を当てる。そしてそこから体内の魔力を一気に流し込む。



「キシャーー!」


 土蜘蛛は一声叫んだと思ったら体が硬直を起こす。動きが止まったその体は大幅に限界を超えて流し込まれた魔力の暴走に耐え切れずに、あちこちからボロボロと崩れていく。1分もしないうちに5メートル近いその体が消えてなくなっていった。



「あれが兄ちゃんの力のほんの一旦だよ! 流した魔力は指の先くらいだからね。本気になれば富士山だって簡単に消しちゃうんだよ!」


 妹の解説を聞く前から天狐は涙目になってガクブルしている。千年を生きる大妖怪の目にも土蜘蛛を簡単に消し去った膨大な魔力は信じがたいものだった。『ひとたびあの恐ろしい力が自分に向かってきたら』と考えると体の震えが止まらない。



「あ、兄上殿にも絶対に逆らいませぬ!」


 天狐はその場にひれ伏している。というよりも完全な土下座の姿勢で服従を誓っている。どうやらこのデモンストレーションは妖怪相手にも効果があったらしいな。



 だが土下座している天弧よりももっと驚いている存在が3人居るのだった。必死に戦っていたら、その相手の土蜘蛛の体が突然ボロボロと崩れ去った光景を目にした3人だ。目をパチクリしてなにが起こったのか必死で考えていたようだが、崩れた土蜘蛛の体の向こう側に俺の姿を発見してようやく安心した表情で駆け寄ってくる。



「聡史、助けてくれてありがとうございます」


「いいところに来てくれたな。おかげで命拾いしたぜ」


「本当に助かりました。それで、そこで土下座をしているのは誰ですか?」


 アイシャとタンクは普通に助かった礼を述べているが、少尉さんはもしかしたら天狐を見た経験があるのかもしれないな。嫌な予感をビンビン感じながら俺に聞いてくるよ。ああ、でもあくまでも飼い主は妹だからな。



「こいつが結界の向こうに居たやつだよ! ちゃんと躾をして飼い犬として連れて来たんだよ!」


「主殿、我はキツネの妖怪ですぞ。決してイヌではありませぬ」


「どっちでも似たようなものだよ! 私の家来になったからには細かいことを気にしていたら命がいくつあっても足りないからね!」


「御意」


「結界の向こう側に居たですと! ということはこやつが封印されていた天弧ですか?!」


 妹と天狐の会話でようやく事情を悟った少尉さんが真っ青な表情をしているよ。もっとも土蜘蛛と戦っている時から真っ青だったみたいだけど。



「高々陰陽師風情が我に口を利くとは百年早いぞ! この場で食ってやろうか!」


「ほうほう、ポチはどうやらまだ躾が足りないようだね!」


「主殿、出すぎた口を利きました。どうかお許しくださいませ」


 少尉さんに威勢よく吠え掛かった天狐は床に額を擦り付けているよ。よっぽど『躾』という響きが恐ろしいんだろうな。



「まさかとは思うが天狐を外に連れて行くつもりじゃないよね?」


「飼い犬は主人のそばを離れちゃダメでしょう! もちろん連れて行くよ!」


「・・・・・・」


 少尉さんは目を剥いて絶句しているよ。そりゃそうだろうな、今まで誰も退治できなくて封印されていた妖怪を駐屯地で飼うと妹は言っているのだから。待てよ・・・・・・ たぶん司令官さんならこの程度の妖怪は敵じゃないだろう。何で今まで放置していたんだろうな? 考えてもしょうがないか、どうせ忙しかったとか面倒だったという答えが返ってくるに決まっている。





「さあ撤収しようか」


「本当に命懸けの戦いを久しぶりにしました」


「危なかったがいい経験ができたぜ」


「幹部の皆さんにどう申し開きをしよう・・・・・・」


 アイシャとタンクは天弧を連れ戻る件に関して特に何も感じていないようだが、少尉さんは相変わらず深刻な表情をしている。長年の宿敵の天狐を人の世界に迎えようというのだから、これから引き起こる陰陽師業界での様々な葛藤を思い浮かべてゲッソリしているに違いない。



 

 通路の外に出ると妹が早速いつものフレーズを口にする。



「お腹が空いたから食堂に行くよー! ポチは大人しくしていないとダメだからね!」


 どうやら天狐の名前は『ポチ』に決定した模様だ。千年を生きる大妖怪が『ポチ』って・・・・・・ まあしょうがないか。



「私は方々に連絡をしてきます」


 少尉さんはそう言い残して廊下を駆け出していく。お勤めご苦労様です、本当に面倒な手続きを丸投げで申し訳ありませんです。


 こうして俺たちは遠ざかる少尉さんの背中を見送りながら食堂に向かうのだった。

 



次回はいよいよ中ロの艦隊が日本海で激突を迎える予定です。果たしてどちらが勝者になるのか、また日本の出方はいかに・・・・・・ どうぞお楽しみに!

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