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227 出港

女湯で事案発生!

 うーん…… どうしたんだろう?


 記憶の一部が飛んでいるような気がするぞ。自分の身に何があったのか、どうにも思い出せない。少しずつ戻ってくる意識の中で、俺はそんなことを考えていた。


 徐々に目を開くと、そこには仁王立ちしている美鈴の姿が……



「聡史君、女湯侵入の件をどう申し開きするのかしら?」


「兄ちゃん! これは相当罪が重いんだよ!」


 美鈴の横には、妹が腰に手を当てて立っている。その右手を俺に突き付けながら、非難めいた口調で何かしゃべっているな。女湯? まだ意識がはっきりとしなくて、思い出せないぞ。



「えーと…… 何があったんだ?」


「まあ! これは驚きだわ! 正直だけが取り柄の聡史君が、自分の犯行を黙秘しようとしているわ!」


「兄ちゃん! 素直に認めたほうが、罪が軽くなるんだよ!」


 仁王立ち…… いや、正確には大魔王立ちしている美鈴から、俺の全人格を否定するコメントが…… 正直だけが取り柄…… なんだか泣きたい。


 それよりも、『女湯侵入』だと? えーと、何だったかな? 


 記憶の糸を解きほぐすように辿っていくと、俺はつい先程、自分が仕出かした行為に行き当たった。



「すいませんでしたぁぁぁぁ!」


 マッハの速度で土下座を敢行するも、美鈴の表情は依然として厳しいままで、上から俺を見下ろしているようだ。


 こうして、しばらく正座させられたままで、説教タイムが続いた。俺は口から白いモノを吐き出して、途中から意識朦朧としていたのだけは覚えている。





 


 翌日……



「それじゃあ、出発するんだよぉぉ!」


 俺たちが乗り込むと、妹の号令で馬車はゆっくりと動き出す。御者台の妹は、すっかり昨夜の出来事を忘れているが、車内のメンバーにはそうもいかない人間がいる。



「アリシア、本当にすまなかった」


「・・・・・・」


 このところ、少しずつお話ができるようになっていたアリシアは、俺と目も合わせようとしないのだ。彼女のスッポンポンの裸体は、今でも俺の脳内メモリーに鮮明に記録されたままだから、彼女の態度も仕方がないのかもしれない。


 だが、これだけは男として宣言しておく!


 俺の眼の黒いうちは、消去するものかぁぁぁ! もちろん美鈴とカレンの一糸纏わぬ姿も、同様に永久保存する所存だ!


 これは、男子としてのロマンであり、ある意味義務であろう。誰が何と言おうとも、絶対に手放さないぞ! いつか必ず有耶無耶にして誤魔化せる日がくると信じて、俺はこの宝物を抱えて生きていくんだ!



 いつもよりも会話が少ない、微妙な雰囲気を湛える馬車の旅が、こうして続いていくのだった。





 数週間後……


 俺たちは、西海国を東西に横断して、一番西の果てにある港町に来ている。


 この街に到着するまでの間には、都と呼ばれる江戸城とそっくりな城がある大きな街や、富士山と瓜二つの山を遠めに眺めながら旅をしてきた。他の国では色々と事件に巻き込まれたが、西海国では観光気分全開で楽しんだ印象しか残っていない。


 道中は大した魔物も出現せず、安全で快適な旅をしてきたぞ。もちろんアリシアの機嫌も徐々に良くなって、ギリギリ普通に会話できるようになっていた。ここに至るまで、俺がどれだけ気を使ったことか……


 だが、脳内メモリーは未だに健在である! ムフフフ、アリシアちゃん、生えていないんでちゅねぇ!


 

 ゲフンゲフン! それとは話を別にして、港町と聞いて俄然張り切る人物がいる。



「海の近くに来たんだから、新鮮な魚をお腹いっぱい食べるんだよぉぉ!」


 聞くところによると、この街では獲れたての魚を刺身にして食べる習慣があるそうだ。何から何まで日本とそっくりだな。ただし魚に姿形が似た魔物もいるから、プロが判断して捌いた物でないと、食あたりを起こすと口を酸っぱくして注意された。



「やっぱり日本人なら、刺身を食べないとダメなんだよぉぉ!」


「これを生で食べるのか???」


 妹がワサビと醤油につけた刺身を口に運ぶ様子を見て、アリシアは鳥肌を立てている。リアルに信じられないものを見たという表情で、体をブルブル震わせているのだ。彼女は、決して生ものは口にはしなかった。美味しいのに、もったいない話だ。




 ところで、俺たちがこうしてわざわざ西の果ての街もできた理由だが、西海国から南にあるヘブロン王国へ行くには、海を渡る他にルートがないという情報を得たためだ。


 ジェマル王国に戻って、深い森を分け入って道なき道を進めば、ヘブロン王国に辿り着けないこともないらしいが、相当険しい高山帯を抜けなければならないという話であった。



 ということで、港に出向いてヘブロン王国まで行く船を探す。



「今は無理じゃないか? 誰も行きたがらないだろう」


「あっちの国の状況は良くないからなぁ…… 船は出せないな」


 商船を整備している人や、果ては小舟を所有する漁師にも声を掛けてみたが、反応は思わしくなかった。全員が申し合わせたかのように、首を横に振るのだった。



「困ったなぁ…… 船を出してもらえないとは、思っていなかったからな」


 全員が思案顔を浮かべる。結局この日は夕暮れが迫っていることもあり、これ以上の交渉は難しいと考えて、一旦宿に戻っていくのだった。




 翌日……


 俺たちは再び港にやってきている。何とか船を出してもらって、ヘブロン王国まで渡してもらう交渉をするためだ。


 昨日よりも多くの関係者に声を掛けてみたが、色よい返事は皆無であった。仕方なしに、昼食を取ろうと食堂が並ぶエリアに引き返そうとすると、とある一角に船を解体している現場に出くわす。


 日本でいえば、江戸時代の千石船のような形状の古くなった帆船を、20人ほどの船大工が解体に当たっているのだった。


 その光景を見て、カレンが何か閃いたようだ。



「美鈴さん、魔法でこの船を改造して、海を渡れませんか?」


「そうねぁ…… 志賀湖で遊んだたらい船のような感じで、魔力を動力に変換すれば可能かもしれないわね」


「たらい船と帆船では、規模が違いすぎないか?」


「原理は一緒だから、大した違いはないわ」


 そんなものなのかなかぁ? 俺は、魔法のことはよくわからないから、美鈴の言に従うしかないけど。


 かく言う美鈴は、つかつかと解体現場の職人のもとへと向かう。親方らしき、指示を出している人物に直接交渉をするようだ。



「この船を買い取りたいんだけど、値段はいくらかしら?」


「おう?! お嬢さん、ずいぶん急な話だな! 見ての通りに、解体中の船だから、海には出られないぜ」


「構わないわ。解体中のこのままの状態で買い取るから、値段を教えてもらいたいの」


「いや、こちらとしたら金を出してもいいくらいなんだが…… そうだなぁ、金貨5枚でどうだ?」


「ええ、その値段で買い取るわ。それから、しばらくの間、この場を借りて作業をするから、場所の借り賃として、金貨20枚を上乗せするわ。1週間で作業を終える予定だから、その間は皆さん休養を取ってもらえるかしら?」


「喜んで受けるぜ! でも念を押しておくが、この船では海には出られないからな」


「問題ないわ。外殻が残っていれば、細かい部分はこちらで造り直すから」


 美鈴が金貨を手渡すと、親方はこの場で作業している船大工全員に大声で呼び掛ける。



「おーい! 全員手を止めろ! この船はこちらのお嬢さんが買い取った! 解体は中止して、昼飯に行くぞ!」


「「「「「「「応!」」」」」」」


 親方の号令に合わせて大工全員がこの場を去ると、美鈴は一人で解体途中の船を見て回りながら、現状目についた補修個所を点検している。



「マストと船の上部構造は撤去されているけど、船体自体は無事なようね。とはいえ、各所の傷みが激しいから、かなり大掛かりな補修が必要になってくるわね。材料は……」


 しばらく何かを考える表情の美鈴だったが、いい案を思い立った顔つきに変わった。かつての世界で、粘土を集めて魔法で超硬セラミックを作り出し装甲車を自作した過去があるだけに、どうやら今回も自信があるようだ。



「ひとまずは私たちも昼食にしましょう! 材料を集めて、午後になってから作業を開始するわ」


「美鈴ちゃんは、実に話が分かるんだよ! やっぱり何はなくともご飯が先なんだよ!」


 こうして俺たちは一旦昼食へと向かうのだった。





 昼食後……


 俺たちは、再び船の解体現場にやってきている。


 妹はアリシアと明日香ちゃんの手を引いて、いつの間にか街中へと消えていた。面倒な作業をサボる気満々だ。いても邪魔をするだけなので、むしろどこかに行っているほうが作業は捗るというのが、俺たちの偽らざる本音でもある。


 美鈴は、ここに戻ってくる途中で炭問屋に立ち寄って、大量の木炭を購入していた。これをどのように使用するつもりなんだろうな?



「私は、船体内部の補強をするから、カレンは外部の痛んでいる個所を修復してもらえるかしら。聡史君とお父さんは、俵から炭を取り出しておいてね」


 それだけ指示を飛ばすと、梯子を昇って船の内部に入り込んでしまった。カレンは、痛みの激しい箇所、特に船底の亀裂や剥離に天使の光を当てて、元の姿に戻している。便利すぎだ!


 俺と親父は、山積みになっている俵をナイフで裂いて、中から木炭を取り出す作業を黙々と続ける。俵が100はあるから、結構な肉体労働だ。おまけに手は真っ黒になるし、炭の粉塵で鼻と口まで黒く染まっている。これは堪らないとばかりに、顔に手拭いを巻いて作業にいそしんだ。



 1時間ほど経過すると、美鈴が梯子から降りてくる。



「内部の大まかな部分の補強は終わったわ。それでは、外殻の補強を開始しましょうか」


 カレンが天使の光を当てた船の外殻は、新品と見まごうばかりにピカピカに光っている。滑らかなカーブを描いて継ぎ目のデコボコも全く見当たらない船体は、造った人たちの高い技術の跡が窺えるな。



「かなり集中が必要な高度な魔法だから、しばらく静かにしてもらえるかしら」


 俺たちが頷くのを見た美鈴は、精神集中を開始する。どうやら積み上げられた木炭から、不純物を取り除く術式のようだ。


 木炭の形が崩れて、黒い粉とその他の不純物とに分別が終わると、美鈴の眼は魔力の光を発して、一段と光り輝く。



「分子結合開始!」


 美鈴の魔力がどのように木炭の粉に干渉しているのか、その原理はさっぱりわからないが、黒い粉状になった炭素分子を結合させているようだ。しばらくすると、厚さ0.1ミリ程度の被膜のような炭素が結合したシートが出来上がる。


 美鈴は、慎重に重力を操作すると、シートを何枚も重ね合わせていく。およそ100枚を重ね合わせると、さらに魔力を注入して重力を掛けながら、シート同士の結合をしているようだ。


 こうして出来上がったのは、炭素の単結晶素材…… 世界中がその製法にシノギを削る、超硬度でありながら高い伸縮性と柔軟性を持ち合わせている奇跡の素材であった。今目の前にある1メートル四方の黒い板が、地球の値段に換算して数百億は下らない価値を持っているだろうな。同じ体積のダイヤモンドに匹敵するくらい高価だろう。


 美鈴は、この厚さ1センチほどの炭素で構成されている板を、船の表面を構成する木材が含有する炭素分子と結合させていく。どうやら木製の外殻の外側を炭素製の外殻で覆ってしまおうという考えのようだ。1メートル四方の板状の炭素素材を作り上げるのに約30分掛かったから、1週間の作業時間を要すると計算したのだろう。


 こうして初日は、船のへさきの部分を黒い板で補強して終えるのだった。




 1週間後……



「なんだってんだ! これがあの廃船なのか!」


 久しぶりに作業現場に顔を出した親方が、目を真ん丸に見開いている。そこあるのは、船底から甲板までをすっかり黒く覆われた、とてもこの世界の技術では作り得ない、まさしく黒船であった。


「おかげで中々性能がいい船体が完成したわ。満足がいく出来よ」


 美鈴は完成した船を見上げて、一仕事終えた表情を浮かべている。かなりの大仕事だったし、魔力を大量に投入したから、達成感もひとしおだろう。



「こんな船を、あんたたち素人がどうやって造ったんだ?」


「魔法の力を利用したわ。これ以上は明かせないのよ」


 こんな製法をマネできるとは思えないが、必要以上に地球の技術をこの世界に齎すのは、文明の発展に良からぬ影響を与える可能性もある。美鈴が詳細を明かさないのは、こんな理由からであろう。



「帆は取り付けないのか? 風を受けられないぞ」


「魔力で進むから、風は必要ないのよ」


「それはどエライ仕組みだな。船を動かすのに魔力を使うのかい!」


 親方は、ほとほと感心した表情を浮かべている。この世界では未知の推進方法なのだろう。もしかしたら、この船がきっかけになって、新たな技術開発が開始されるかもしれない。



「それで、港まではどうやって運ぶんだ? 何なら俺たちが手伝うぞ!」


「その必要はないわ。収納!」


 その一言で、長さ30メートルに迫る船は、アイテムボックスに姿を消した。



「お嬢さんたちには、驚かされっぱなしだぜ!」


「約束の1週間で完成してよかったわ。皆さんには、感謝します」


「いやいや、金ももらった上に、いい物を見せてもらったんだ! 感謝するのは、俺のほうだぜ! 出港する時は見送らせてくれよ」


「明朝の予定よ」


 こうして俺たちは、親方の作業場を引き払って、明日の出向に備えて宿に戻っていくのだった。





 翌日、早朝……



 港は日が昇ったばかりにも拘らず、大勢の人々で賑わっている。夜間に漁をして大漁旗をはためかせて港に戻ってくる漁船や、出迎える家族に関係者、市場でセリを待つ商人たちといった、毎朝のお馴染みの光景がそこかしこに繰り広げられている。


 だがこの一角だけは、そんな日常の光景を引っ繰り返すような、別次元の盛況が生まれている。



「あの船は何だ?」


「真っ黒で見たことがないな!」


「帆がないが、どうやって風を掴まえるんだ?」


 真っ黒な船体に興味津々な人々が、大勢集っているのだった。彼らは口々に、帆のない奇妙な船体がどうやって動くのかと話し合っている。


 

「あの船はなぁ、うちの作業場で解体中の船体を修復して、魔法で造り上げたんだよ! 言ってみれば魔道船だな!」


「なるほど、魔道船か! ということは、魔法で動くのかもしれないな!」


 集まっている群衆の中には、見送りに来ている親方と船大工の面々がいる。彼らは、自らの工房で新たな命を吹き込まれた船がこうして出港を迎える様子を、鼻高々に周囲に説明しているのだった。



 ボォォォォォォ!


 出港合図の汽笛が鳴り響く。人々が見守る中を、黒い船体は微塵も揺れずに、滑るようにゆっくりと港を出ていく。人々はその様子に目を丸くしながらも、いつまでも手を振り続けるのだった。

新たに足を踏み入れたヘブロン王国、川が毒を帯びる呪いとは…… 続きは、明日投稿予定です。どうぞお楽しみに!


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