223 神を名乗るモノ 4
今日は222話を先に投稿しております。まだそちらをお読みいただいていない方は、一つ前のお話を先に読んでいただけるように、お願いいたします。
聡史たちが、触手に手を焼いている頃、村に残されたカレンは……
「カレンさん! 山の方向の様子がおかしいです!」
冒険者見習いのフェンリーが、私に異変を伝えてきます。山の方向ということは、聡史様たちが向かった先だけに、どうにもその様子が気ななって仕方がないです。
私は、仮設されてある見張り台に急いで登って様子を確かめてみると、そこには……
「あれは、何でしょうか?」
「何やら、うねりながらこちらに向かってくる様子ですが、まだ相当距離があってはっきりはわかりません!」
見張り台に立っているのは、猫人族のラミア。冒険者見習いの中では最も視力に優れている点を買われて、こうした危険をいち早く察知する役割を与えられています。
「このままでは様子が掴めませんね。私が確かめてきましょう!」
天使の翼を広げると、見張り台から一気に大空へと羽ばたいていきます。そのまま空から異変を確認した方向に接近すると……
「なんということでしょう!」
私の口からは、呟きとも驚嘆ともとれる言葉が漏れ出してしまいました。
そこには大地を這うように、何百万本ものの蠢く触手が、村に向かって驚くべき速度で進む、悪夢のような光景が出現していました。しかもその触手は、地にあるものを根こそぎ浸食しながら這っているので、跡には赤茶けた地面が剥き出しの荒れ果てた大地しか残されていません。
この場で私は、大きな決断を強いられます。聡史様たちの応援に駆け付けるべきか、それとも託された村を守る役目をこの身を賭して果たすべきかと……
逡巡ののちに下した結論は、一旦村へ戻るというものでした。聡史様が信頼して自らの父上や明日香ちゃんを私に託した以上は、あの場を何としても守らなくてはならないのです!
こうして急旋回して引き返した私は、見張り台に着地すると、下に待機しているフェンリーに大声で命令を告げます。
「大至急広場に村人を全員集めてください! 大きな危険が迫っています!」
「了解しました!」
フェンリーは仲間を集めて、村中に広場に集まるように触れて回ってくれます。何も知らないままに、村人たちはゾロゾロと広場に集まってきました。
「大きな危険が迫っています! 私が力の限りにこの村を守りますから、皆さんはこのまましばらく広場から出ないでください!」
「あのー…… どのような危険なのでしょうか?」
おずおずした態度で村長が尋ねてきますが、今はそれどころではないです。
私は来るべき脅威に備えるべく広場を天使の領域に指定して、何人たりとも立ち入りを禁じます。
そのままジリジリするような時間が経過して……
ついにそれは村の入り口に出現しました!
「な、なんだって!」
「魔物なのか?!」
「む、村はどうなってしまうんだ!」
パニックに陥りかける村人たちには、精神を安定させる光を照射して騒ぎを鎮めておきましょう。しかし、村に襲い掛かった脅威は圧倒的なもので、全員が息をのんでいる恐ろしい光景を見つめています。さらに触手が建物や家畜を飲み込んでいく様子を目の当たりにすると、村人と冒険者見習いは揃ってその場で意識を失うのでした。
見張り台から下を見ると、その場に立っている人影はまったくありません。聡史様の父上も、気を失って倒れています。
幸いに、私が展開している天使の領域の中までは触手は侵入しては来ないようですが、周囲を蠢くその悍ましい姿には、ただただ嫌悪感しか抱きません。気絶した村人の大半は、触手のグロテスクな姿に耐えかねて、意識を手放したのでしょう。
おや? 何か重要な事柄を忘れているような気がしてきます。慌てて周囲を見回して、ようやくその重要な事柄の正体に気が付きました!
見張り台の下に倒れている人たちの中に、いくら目を凝らして探しても、明日香ちゃんの姿だけ見当たらないんです!
あれだけ冒険者見習いたちが手分けして、声を枯らしながら村中に呼び掛けたにも拘らず、なぜこの場にいないのでしょうか?!
見張り台から四方に視線を送ると、チラリと白い影が視界の隅をよぎっていきます。その場所に注意を向けると、呆れたことに木に吊るされたハンモックでグッスリと寝ている明日香ちゃんの姿がありました。
しかもその場所は、天使の領域の外側です!
これは非常に不味い事態が発生しています。明日香ちゃんを領域に取り込もうとしたら、一旦現在の状態を解除して、新たに場所を指定せねばなりません。そうなると、明らかに地面に倒れている人たちを危険に晒します。
かといって、このまま明日香ちゃんを見殺しにはできません。いっそ私が領域の外に出て、明日香ちゃんをここまで運んでくるのは…… ダメです! 重たすぎです! 一人でハンモックから降ろして、ここまで運び込むなんて、絶対に不可能!
ど、どうしましょう?
私が逡巡している間に、触手は村内の木々の間を抜けて、明日香ちゃんの真下にそのグロテスクな姿を伸ばしていきます。そして、ついにハンモックで眠っている明日香ちゃんに気が付いてしまいました!
「明日香ちゃん! 逃げてぇぇぇぇぇ!」
声の限りに叫んでみても、明日香ちゃんは目を覚ましません。このままでは触手に巻き付かれて、死んでしまいます!
どうしようもない自分、天使でありながら仲間の一人すら助けられない無力さを噛み締めて、思わず目を閉じてしまいました。
ですが……
ゆっくりと目を開くと、そこにはさっきまでと全く変わらない姿で、明日香ちゃんが寝ています。厳密に言えば、先ほどよりも輪を掛けてだらしない姿で寝ています。お腹をボリボリ引っ掻かないでくださいね! 女の子の寝姿としては、絶対に男性に幻滅をもたらしますから。それも、破壊的な……
周囲がこれだけの大騒ぎにも拘らず、何も気が付かずにグースカ寝ている明日香ちゃんの神経の図太さ…… 駐屯地内ではひそかに『さくらちゃんと双璧』と噂されるだけあります!
ハッ! それよりも、大切なことがありました! 明日香ちゃんの身に一体何が起きたのでしょうか? 確かに触手に巻き付かれたと思ったのに……
あっ! 木の下に再び触手が伸びてきました! どうやらその動き方からすると、再び明日香ちゃんを狙っていそうです。そして寝ているその体に、触手の先が触れた瞬間……
触手そのものが、まるでその場に最初からなかったかのように、かき消えてしまっていました。そういえば、那須の保養地に出現したゼリーのような仮生体も、手を触れただけで消していましたっけ!
これはもしかして、明日香ちゃん自身のレベルが上昇したおかげで、例の謎能力もパワーアップしているのでしょうか? 今までは手の平に触れないと魔力を消せなかったのですけれども、体のどこだろうが触れただけで魔力を消してしまうのかもしれないです。
恐るべき、ニュー明日香ちゃん! 進化しているのは体重だけではないようですね! 魔力に対するナチュラルボーンキラーが、爆誕です!
無敵状態の明日香ちゃんは、このまま放置しておいてよさそう。あの様子では、自分の身くらいは守れるでしょうから。
それではそろそろ、こちらから攻勢に出る番でしょう! 中途半端に天使の力を発揮するよりも、ミカエルのキャラを前面に出したほうが、より効果的よですね。人格チェンジ!
突如登場したミカエルは……
やれやれ、かの娘はわざわざ困難な状況を我に課題として残していきおった! いかに天使とはいえ、我とて万能ではない! 率直に言えば、万能に近い存在ではあるが……
まずは、我の領域を這い回る醜悪なる物体を、排除するべきであろう。ミカエルによる天界の術式数々あれども、その最も華麗にして豪奢なる技を披露してやるとしようか。
我は目を閉じて軽く瞑目したのちに、厳かに天からの啓示を口にいたす。
「ヨハネの黙示録、第8章6節から第11章19節を限定的に再現いたす! 我が配下の天使よ! 地に集いて滅びのファンファーレを吹き鳴らせ!」
我の呼び掛けに応じて、天から荘厳なフレーズが一帯に鳴り響く。それは、悪しきモノに破滅をもたらす裁きのフレーズ!
「第1のラッパよ! 地上の3分の1を焼き尽くせ!」
パンパカパーン! ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン!
ひときわ甲高くラッパが鳴ると、空から無数の火山弾が地上目掛けて落下してくる。真っ赤に焼け爛れた石が地上に降り注ぎ、一面を埋め尽くす醜悪なる触手を蒸発させていく。
のみならず、触手を焼き尽くしてもなお高温を保つ焼けた石は、地面を溶岩のごとくに溶かして、灼熱の池を造り出す。我が見渡せる地表のおよそ3分の1が焼き尽くされて、さながら火山地帯が一瞬でこの場に出来上がったかのようである。
ウネウネと地表を這いずる触手どもは、あるモノは直接石がぶつかりその体を破壊され、別のモノたちは溶岩と化した池に嵌り、ドロドロに溶かされていく。だが、まだまだその7割近くが生きたまま地を這っている。
さて、我の次なる一手に、その醜悪なる生命を最後まで保っていられるものか試してみるがよいぞ!
「第5のラッパよ! 全てを食い尽くせ!」
先ほどとは異なるメロディーなれど、同様に荘厳なる音階が響き渡る。そののちに、天から真っ逆さまの滝のように黒い雲が、地に向かって落ちてまいる。
否! 雲に見える真っ黒な塊は、実は雲にあらず! しかしてその正体は、全てを食い尽くさんと牙を剥き出しにしておる、肉食のイナゴの群れである。その総数は、優に兆の単位を超えておる。
我が召喚したイナゴは、一斉に触手に襲い掛かる。触手は逆にイナゴ共を捕って食おうとするが、その体があまりに小さく、かつ数が多すぎる。かくして触手の表面を食い破ると、イナゴ共は触手の体内に潜り込んで、内部から貪り食らっていく。
苦しみのたうち回る触手ではあるが、表面が見えなくなるほどの大量のイナゴに集られて、その牙で引き千切られていく。その光景は、さながら地獄をこの場に再現したかのようであった。
どの道、この禁断なる天界の秘術をこの場に召喚したのは、他ならぬ我であるゆえ、この残虐なる光景を最後まで見届けるとしよう。
触手が続々と後続勢を寄越してくれば、こちらはさらに大量のイナゴを地に召喚する。どうやら決着がつくまでに、さほどの時間は掛からぬであろう。
我は、悠然とした態度のまま、触手とイナゴの互いを貪りあう様を見届けるのであった。
神殿の近くで触手と対峙する聡史たちは……
俺たちは、しばらくの間、殺到してくる触手を相手にして小規模な反撃に留めて、自分に接近してくる相手を確実に始末する戦い方を継続していた。
ある程度の触手をまとめて片付けると、周辺を見渡す余裕が出てくる。その時……
ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン!
振り向くと、はるか後方に真っ赤な光を放つ炎の尾を引いた雨が降っている。おそらくあちらは、カレンが待機している村の方角だ。どうやら、俺たちに先駆けて本格的な殲滅行動を開始したらしい。
「ルシファー! カレンに先を越されたぞ! 一気に片付ける手立てはないのか?!」
「もうしばし待たれよ! 一撃にて片付けてくれよう!」
ルシファーは、何らかの策を用意している口ぶりだが、おそらく最適なタイミングを計っているのだろう。
「それじゃあ、俺はギアを切り替えるぞ!」
これまでデコピン弾で対処していたのだが、アイテムボックスから魔力バズーカを取り出す。魔力を込めて、まずは1発目!
ズドドドーーン!
触手が宙に巻き上げられるようにして、一気に千本以上が吹っ飛んでいる。着弾した地面には大きく抉られたクレーターが出来上がっているが、土を耕してもらったと軽い気持ちで受け止めてもらいたい。きっと緑豊かな森が、以前同様の姿でこの場に出来上がるだろう。たぶん……
そのまま勢いに任せてバズーカの引き金を50回以上引くと、こちら側の斜面を這い降りてくる触手の姿が、ほぼなくなった。
だが、丘の頂上にある神殿からは、継続的に触手が吐き出されてくる。水際を防いだら、根源地を叩くのが近代戦の鉄則だ。俺は、魔力バズーカの照準を神殿へと向けて引き金を引く。
ズドドドーーン
大気を震わす振動が伝わって、神殿からキノコ雲が立ち上っいる。壁の一部には大穴が空いているが、俺は手を休めずにさらに続け様にバズーカを放っていく。
ズドドドーーン!
おや? 神殿を攻撃するたびに、触手の動きが一瞬停止するな。何度も確認したから、けっして見間違いではない。どうやら崩れた壁を修復する時間の分だけ、触手の動きが止まるようだ。
待てよ…… なぜわざわざ触手を止めてまで、神殿を修復しなければならないんだ? 内部が無事だったら、外側の壁など放置しておいても良さそうなものだが……
まあいいだろう。一旦この件は横に置いて、まずは広域に広がっている触手の処理が先決だ! 俺が発見した事実をルシファーに伝えよう。
「ルシファー! 神殿を攻撃すると、触手の動きが一瞬だけ止まるようだ!」
「良き着眼点であるな! さすがはスサノウ殿である! 一瞬だけでも触手が止まれば、我の広域術式も功を奏するであろう!」
「次の1発後に、発動可能か?」
「準備はできておる! 獣神殿はスサノウ殿の魔力バリアの中に入れ! アリシアは高度千メートル以上に上がれ!」
「美鈴ちゃん! オーケーだよ!」
妹は俺の魔力の範囲に身を隠し、アリシアは急上昇して高空まで昇っていく。
「カウントダウン5で引き金を引くぞ! 5・4・3・2・1・発射!」
ズドドドーーン!
「我の本気の術式をその目に焼き付けよ! 絶対零度!」
その瞬間、世界は完全に凍り付いた。絶対零度…… 原子核の周囲を回転する原子すら運動停止してしまう、全ての物体が完全に凍り付いた世界が、地上に顕現した!
俺と妹は、完全なる死の世界を魔力バリアの内側から垣間見ている。
「エアバースト・インパクト!」
さらにルシファーは、地震が発生したと錯覚するような猛烈な下降気流を叩き付ける。それは100や200では利かない、恐ろしい数に昇っている。
パリン! パリン! パリン!
凍り付いた触手が、猛烈な下降気流の衝撃と、風が運んできた熱によってヒビ割れながら砕け散っていく。さすがは、魔法の第一人者と自称するだけのことはあるな。美鈴の魔法も凄いとは思うが、ルシファーの前では、霞んで見えてしまう。
やがて、凍り付いた後に粉々に砕かれた触手は、魔力を放出して徐々に消え去っていくのだった。
「スサノウ殿! そなたの本気の力で、あの神殿を破壊してみよ! おそらくは、面白きものが見られるであろう!」
「そうか! それでは、遠慮なく本気を出させてもらおうか。魔力リミッター解除ぉぉぉ!」
俺の背後には、巨大な魔力のスタンドが出来上がる。その高さは、優に小高い丘を見下ろすまでに、一瞬で成長する。
差し渡し1キロある大神殿だが、スタンドの視覚を通して見ると、地上に這い蹲るゴミのようだ。
お馴染みの右手に魔力を集中すると、即座に暴走を開始する。このまま叩き付けてやるぜ! 覚悟するんだな!
「これが、破壊神の真の力だぁぁぁぁ!」
真上から打ち下ろされたスタンドの巨大な右手が、押し潰すかのように神殿に振り下ろされていく。
ズズズズズーーーン!
「ウオォォォォ!」
なんだか変な声が一帯に響いているぞ。建物に押し潰された神の慣れの果てが、断末魔の悲鳴を上げているのだろうか?
振り下ろされたスタンドの右手の圧力に加えて、暴走魔力の強烈な分子振動による分解力が働いて、神殿は上部から言葉通りの粉々に崩れ落ちる。構造の一番下まで消え去るのに、7,8秒もあれば十分であった。
そこには白亜の大神殿が建っていたという痕跡は何も残さずに、赤土が剥き出しになった更地だけが存在する場所になっている。神殿を分解し尽くしてもなおも暴走魔力は、分解する物体を求めて、今度は山肌自体を削り始めている。
一旦解き放つと、魔力の暴走が収まるまでの間、周辺を分解し続けるから、傍から見ればかなりの厄介物だろう。ただ圧力を加え続けないと、次第に分散していくので、3分ほど待っていれば、暴走が停止してただの魔力に戻って、大気の中に吸収されていく。
これで完全に神を名乗るモノを滅ぼしたかと思ったのも束の間、暴走した魔力の中から転がり出てくる人型の影があった。その影は、山の上はるかな高みに起立しているスタンド目掛けて、ありとあらゆる暴言を吐き連ねる。
俺はスタンドの視覚をもってヤツの姿を見て、スタンドの聴覚をもってヤツの言葉を聞いている。
「貴様ぁぁぁ! よくも復活したばかりの我の本体を粉々にしおってぇぇぇ! 今からそのハラワタを引き千切ってくれるぅぅ!」
癇癪を起こした子供だな。手足をバタバタしながら泣き喚く有様は、滑稽だぞ! そもそもお前の本体が、一体どうしたというんだ?
「我が数千年間の長きにわたって封じ込められておった岩には、我の魂が染み込んでおったのだ! その岩を用いて我がこの場に建造した神殿を、こともあろうに粉々にするとは、呪って呪って、なお有り余る呪いを永劫の時にわたって、汝に降り掛けてくれる!」
なんだって? 魂が封じ込められていた岩が、あの神殿だったのか? つまり神殿が本体で、人の姿で俺たちの前に現れたのは、言ってみれば指先のごく一部に相当する箇所だったらしい。
どおりで玉座に座っている男を攻撃しても、瞬く間に再生するわけだよな。俺たちは、本体が作り出した影を攻撃していたのだから。
さて、本体を失った今のお前に、どんな力が残っているんだ? 聞いてやるから、答えてみろよ! 俺を呪ったところで、状態異常無効化のスキルで撥ね返されるだけだぞ。
そうだ! 呪いのお返しに、せっかくだから俺からささやかなプレゼントを贈ってやろうか。
「確か、お前には名前がなかったよな? 今から俺が、いい名前を授けてやるぞ! 心から喜べよ!」
「貴様ぁぁぁ! 我はこの世界を新たに創造する神であるぞ! 尊き身の我に、貴様ごときが命名するなど、笑いが止まらぬわ!」
「強がりはそこまでにしておけよ! なあ、便所スリッパ!」
「貴様は、何を申すのだ?!」
「だ~か~ら~! お前の名前は、たった今から便所スリッパに決まったんだ! ほら、もっと喜べよ!」
「な、な、な、な、なんという屈辱であろうか! 我はそのような名ではない!」
便所スリッパは、顔を真っ赤にして怒っている。
名前を失ったモノは、最初に呼ばれた名を受け取らなければならないと、確か以前の世界で聞いたことがあった。どうせなら、趣味のいい名前を付けてやろうと、俺が知恵を絞った結果だぞ!
ほら! もっと喜んで、Ⅴサインくらい出してみろよ!
だが、神の慣れの果てをこれ以上イジるのは悪趣味だろう。そろそろ止めを刺してやろうか。
「兄ちゃん! さくらちゃんに任せるんだよぉぉ!」
俺が、便所スリッパとの会話に気を取られていると、スタンドの足元からひょっこりと妹が進み出る。お前は、いつの間に丘を駆け上がったんだ?
「アリシアちゃん! いくよぉぉぉ! 天国に行くと見せかけて地獄に突き落とすアッパー!」
「うぎゃぁぁぁぁ!」
妹に殴られた便所スリッパは、上空高く舞い上がる。そして、そこには槍を構えて待ち構える人物がいた。
「神すらその体を貫く、ロンギヌスの槍を受けてみよ!」
空に舞い上がった便所スリッパの胸を、アリシアのロンギヌスが貫いていく。そのまま便所スリッパは地面に落ちて、槍が胸に刺さったまま大地に縫い付けられた。
その体は次第に崩れていき、風に流されるようにボロボロに崩れ去っていく。最後には、大地に突き刺さったアリシアの槍だけが残されているのだった。
「アリシアちゃん! ナイスだったよ!」
「さくらの目が、私を追っているとわかったから」
「アリシア! ドラゴンの力とロンギヌスがあれば、神をも倒せるんだな」
「ふふん、まあ、そうかも」
俺が褒めると、アリシアは照れくさそうな表情を浮かべている。中々心を開いてくれないが、徐々にこうして話ができる関係を築いていけそうだ。
こうしてようやく終わったかと一息吐き出すと、次の瞬間、雲が垂れ込めていた空から目映い光が差し込み、その光によって、天から降りてくる階段が出来上がる。
合計5か所、大空のあちこちに階段が作られて、各所から杖を突きながら年老いた人影が姿を現す。
「異界の神よ! 我らがかつて封印した悪しき神を滅ぼす此度の活躍は、まことに見事なり! 期待を掛けてはおったが、我らの想像以上の働きであった!」
「5人で現れたというからには、この世界の伝説にある五柱の神々か?」
「然り! 我らははるか遠き天界にて、この世界の移り変わるさまを見守りし者。伝承にある五柱の神と呼ばれる存在」
予想通りだな。それにしても、こんなに早くこの世界を管理する神々と出会えたのは、実に幸運だ! 頼みごとをするなら、今しかない!
「俺たちは、この世界に偶然迷い込んでしまった。可能ならば、元の世界に戻りたい! 方法を教えてもらえるか?」
「その希望は、5つの国を回ったのちに果たされるであろう。運命が導くままに進まれよ」
「そうか、わざわざ姿を見せてくれた上に、神託を下してもらって感謝する」
「そなたらの旅路は、天から見守っておるぞ」
こうして五柱の神々は再び天へと昇っていく。後には風が吹くだけの静寂が残されていた。
「聡史君! どうやら全ての国を回ればいいようね」
「まだ漠然とした手掛かりしか手にしていないが、管理神が言うんだったら、信じてもいいだろう」
こうして俺たちは、日本へ帰還するための道筋を見い出して、新たな国を目指して出発するのだった。
ジェマル王国の事件が一件落着して、この世界の管理神の言に従って一行は新たな国に向かいます。続きは、週末に投稿いたしますので、どうぞお楽しみに!
評価とブックマークをお寄せいただきまして、ありがとうございました。皆様の応援をお待ちしております。
それから、オマケは作成が間に合わなかったので、今回はお休みにします。週末には何とか披露できるかもしれないので、しばらくお待ちください。




