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221 神を名乗るモノ 2

本日は、この話の前に220話を投稿しております。まだそちらをご覧になっていない方は、前話に戻っていただけますように、お願いいたします。


なお、後書きにはオマケもありますので、是非ともご覧になってくださいませ!

 現在俺たちは、森と村の境界ギリギリの地点にいる。ここから村の入り口までは約30メートルだな。門番たちは、昼間から酒をあおって俺たちに気づく様子はない。



「シンディー、任せる」


「はい! 眠りの風よ」


 さすがは大魔王直伝の睡眠魔法だな。二人の門番が一瞬で寝込んだぞ。もっとも、すでに相当酔っていたから、シンディーからすれば赤子の手を捻るようなものだったかもしれない。



「こいつらは木に縛り付けてくれ! あとで事情を聴取するから、このまま生かしておくんだ」


「はい!」


 熊人の血を引くグルザと狼人の血を引くのフェンリーが、一人ずつ軽々と担ぎ上げて荒縄で木に縛り付けていく。混血といえども、通常の人族に比べるとそのパワーは段違いだな。



「魔法使い一人と獣人二人が組んで、家々を順に回れ! 内部に敵がいたら、動けないようにして通りに放り出せ。生死は問わない」


 ここまではいいかと見渡すと、全員が了解した表情で頷くので、俺は更に指令を続ける。



「ラミアは伝令役として、村の中心部で待機しろ。俺たちは、単身で各戸に踏み込むぞ。確認が済んだ家は、これでドアに〇印を書いてくれ」


「「「「「「「「「「了解しました!」」」」」」」」」


 俺が各自に手渡したのは、油性マジックだ。たまたまアイテムボックスに数本入っていたので、この際利用させてもらおう。こうして全員がバラけて、村の家々に散っていく。


 俺は手始めに、一番門に近い家に入ろうとドアに手を掛ける。思いの外ドアは簡単に開いたので、そのまま遠慮なく内部に踏み込む。



「ヒッ!」


 薄暗い一間しかない部屋の中には、怯えた表情で親子が抱き合ってガタガタ震えている。相当に酷い目に遭ったようだな。親子が安心できるように、俺は努めて優しく声を掛ける。



「もう安心しろ! 助けに来たぞ!」


「ほ、本当ですか!」


「俺たちの仲間が、この村に巣くっている無法な連中を片付ける。もうしばらく我慢して、このまま家にいてくれ」


「は、はい。わかりました。どうか村のみんなを助けてください!」


「任せろ!」


 こうして外に出ると……



「さくらちゃんに手向かうとは、100年早いんだよぉぉ!」


 妹が、鎧を着こんだ男を通りに放り出しているところだった。男はピクピク体を痙攣させて、直後に動かなくなっている。本当に容赦がないな。その向こうでは……



「生きたまま燃え尽きなさい!」


「ウギャァァァァァ!」


 大魔王様が、ヘルフレイムを放っている。もちろん、対象はあっという間に灰になる。さすがすぎる。半端ねえっス! 大魔王様!



「魂ごと滅ぼされるがよかろう!」


 あーあ、カレンの中からミカエルが登場しているよ。通りにへたり込んだ男は、ピクリとも動かない。魂を先に滅ぼされるのって、相当恐ろしい死に方だよな。



 三人一組にして送り出した連中も、順調に鎧姿の男たちを排除しているようだな。どれ、次の家に向かうとするか。


 通りを進んでいくと、まだドアに〇印が描かれていない家があった。ドアに耳を当てると内部からは……



「いやぁぁぁ! やめてぇぇぇぇ!」


「大人しくしやがれ! このアマ!」


「キャァァ! 誰か助けてぇぇぇ!」


「もっと泣き叫んでみろ! 誰も助けなんか来やしねえぜ!」


 聞こえてくるのは若い女性の悲鳴と、男の嗜虐的な声だ。早く助けないと、手遅れになるな。



「誰も助けに来ないと、誰が決めたんだ?」


 俺が静かに家の内部に入り込んで低い声を発すると、ベッドの上で女性に圧し掛かっている男がギョッとした表情で振り返る。男は上半身裸で、女性も胸の辺りが露にされている。



「テメエェェ! 何者だぁぁ!」


 ベッド脇に立て掛けてある剣を取ると、男は鞘から抜き放って俺に斬りかかってくる。酒臭い息が嗅ぎ分けられる点からいって、こいつも相当酔っているようだ。剣を振り上げる足元がフラついているぞ!


 

 ガシッ!


 酔っぱらいの剣が、俺の魔力バリアに弾き返される。まともに正面から当たって、勝ったつもりになっている男の表情が驚きに歪む。信じられないものを見てしまった顔だ。残念だったな、相手が悪かったと諦めろ。



「抵抗するなよ」


 男の右手に伸ばした腕にちょっと力を込めると、男の剣はあっさりと床に落ちる。そのまま右手を捻って外に連れ出すと、軽くケツを蹴飛ばしてやる。



「うぎゃあぁぁぁ!」


 砲弾のような速度で20メートル飛んで行った男は、たまたまそこに生えていた木に頭から突っ込んで、首が曲がってはいけない方向を向いている。できればこんな死に方はしたくはないな。生きたまま燃やされるよりは、まだマシかもしれないけど……



 こうして、各家を回って占拠者を排除していくと、どうやら残っているのは、村長の屋敷だけとなった。


 他のメンバーも掃討を完了したようで、通りには物を言わない死体となった占拠者が20余り転がっている。中には大魔王様によってすでに灰にされた者もいるので、実際にはもう少し多くの人間が、この村を占拠していたようだ。



「残るはこの屋敷だけだな。誰が行く?」


「ここは、大魔王に任せてもらいたいわね!」


「さくらちゃんは、まだ暴れ足りないんだよ! さくらちゃんが行くんだよ!」


「我が神よ! この場はぜひともミカエルにご命じください!」


 なんだか全員がヤル気に満ちているな。一応俺も主張しておこうか。



「そうなのか! みんなすごいヤル気だな! でも、俺がいってもいいんだぞ!」


「「「「どうぞ、どうぞ、どうぞ!」」」」


「なんで急にダチョウ倶楽部が始まるんだ! ミカエルまで見事に歩調を合わせているじゃないかぁぁぁ!」


 チクショウめ! 油断していたせいで、完全に嵌められた! まさかこの場でダチョウ倶楽部が始まるとは…… おそらくは俺がいないところで、何らかの打ち合わせが成されたに違いない。


 訴えてやるぅぅ!



 美鈴と妹は腹を抱えて大笑いしているぞ。ミカエルまで笑っているのは、カレンの知識の中から日本の伝統芸能であるダチョウさんたちの芸風を検索したのだろう。


 やむを得ないな。この憤りは、占拠者たちにぶつけてやろう。 



 かくして俺は、未だ鳴りやまない笑い声を背にして、屋敷のドアを開いていく。こんなはずではなかったのに、なぜこうなった? モヤモヤした気分のまま、室内を見渡すと……


 すでに外の喧騒に気が付いていたのか、3人の男が抜身の剣を手にして立っている。どうやら、この家の人間は別の部屋に監禁されているようだな。人質を取られる心配がなくて、グッと気が楽になったぞ。


 でも、平和的な解決の道も、一応は残しておかないとな。紳士的に話し掛けてみようかな。



「外道に相応しい死に様を届けに来てやったぞ! 誰からにするか、順番を決めておけよ!」


「一人でノコノコ現れやがって、手足を一本ずつ切り取ってやる! 覚悟しやがれ!」


 おかしいな? 紳士的に順番を決めておけと説得したつもりなんだけど、敵対的な反応が返ってきたな。それどころか、益々鼻息も荒く剣を振り上げているぞ。


 ということは、俺が勝手に順番を決めていいようだな。よし、屋敷の内部を汚すのは家主に気の毒だから、外に放り出してから始末しようか。



「それじゃあ、順不同で行くからな!」


 俺は無造作に男たちに近付くと、振り下ろされる剣など無視して、男たちをひとまとめにして壁の方向にブッ飛ばす。



 ズズーン! バリバリバリバリ!


 3人がまとまって、石造りの壁を突き破って外へ飛び出していった。ほら見ろ! 屋敷の内部は血のシミ一滴ないぞ! 壁に大穴が開いているだけだ。



 俺が外に出ていくと……



「兄ちゃぁぁぁん! もうちょっと方法を考えるんだよぉぉ! まさか壁を突き抜けて人間が飛んでくるとは思わなかったんだよぉぉ!」


「壁の修復を、誰がやると思っているのかしら? 聡史君には呆れてしまうわ!」


「さすがは我が神でございます! このように強引な手段も場合によっては有効であると、ミカエルは学習いたしました!」


 あれ? どうも評判がイマイチだな。ミカエルだけは、変な具合に瞳をキラキラさせているけど、一体何を学習したというんだ? 



「それより兄ちゃん! もうこの3人はご臨終だよ! 屋敷の中の人はどうなっているのかな?」


 あれ! 軟弱な連中だな! 壁に叩き付けられたくらいで命を落とすとは! 鎧の感じからしてどこかの領主に仕えていた騎士崩れのようだが、こんな調子ではどこの領地でも役立たずだったに違いないぞ。


 妹とカレンが屋敷に入って、村長とその家族を外に連れ出してくると、彼らはこの村を占拠していた連中が全滅している光景に唖然としている。



「そ、その…… この村をお救いくださいまして、ありがとうございました」


「気にしなくていい。俺たちはこの国の王から依頼されて、賊共の討伐に来た冒険者だ。感謝するなら、国王にしてくれ」


「なんと! 陛下があなた方をこの村に差し向けてくださいましたか! なんという慈悲ぶ深きお方であろうか!」


 そうそう、頼りない国王だけど、民の尊敬を集めているのなら、その気持ちを尊重しないとな。



「それでは、村の者たちに知らせてくれ。もう安全だとな」


「すぐに伝えます!」


 村長の長男であろうか、隣にいた若い男が各家に向かって走っていく。彼が家々を回ると、引き籠っていた村人が、続々と外に出てくるのだった。



「冒険者見習いたちは、死体を1か所に集めてくれ」


「はい!」


 こうして美鈴がヘルファイアーで死体を燃やすと、片付けは終了だ。村長には、妹のアイテムボックスの中から当座の食料を渡して、その他の復旧は村人に任せるとしよう。

 

 

 村人たちからの礼の言葉もそこそこに、俺たちは木に縛り付けられている門番の男たちの元へと向かう。縛られたままで、まだのんきに眠っているから、仲間たちが全滅したことなどまったく気が付いていないだろう。



「おい! 起きろ!」


 パンパンと手荒に頬に一発食らわしてやると、彼らは口から泡を吹いてより深い睡眠に入っていく。



「おかしいな? 起きるどころか、ますますグッスリ寝てしまったぞ!」


「兄ちゃぁぁぁん! これは寝ているんじゃなくって、一般的には死にかけているって言うんだよぉぉ!」


「おや? そうだったか。ついつい力が入ってしまったかもな。カレン、すまないが回復してくれ」


「はい」


 カレンの右手から白い光が注がれると、男たちはハッとした表情で目を覚ます。周囲をキョロキョロして、自分たちが体の自由を失っていることにようやく気が付く。



「この縄を解きやがれ! 仲間がお前たちをひどい目に遭わせるぞ!」


「ああ、その仲間が生き残っていればいいな」


「なんだと!」


 二人揃って、俺の言葉に目をひん剥いている。自分たちが木に括り付けられていて、果たして仲間が無事かどうかという点に、多少の疑念を抱いているようだ。現実を見せつけてやって、凍り付くくらいに頭を冷やしてもいいんだぞ。


 あっ! そうだった! 死体はすでに、大魔王様が跡形もなく燃やしてしまったんだ! 見せつけようにも、もうブツが残っていなかったな。


 仕方がないから、手早く尋問を終わらせるのが先か。



「素直に吐けよ! お前たちはどこの騎士団だったんだ? 鎧のデザインからすると、ナウル王国のようだが」


「知らねえ! 誰がしゃべるものか!」


 頑として口を割らない態度だな。俺はそっと妹に目配せする。



「ほほう! 中々強情だねぇ! それじゃあ今から、さくらちゃんがどちらか片方を痛めつけるんだよ! 話をする人間は、一人いれば十分だからね。さて、どっちにしようかな~? 決めたんだよ! 右だぁぁ!」


「ベガハッ!」


 妹は、右側の男の顔面にストレートを叩き込んでいる。不運にも選ばれてしまった男は、鼻が潰れてドクドクと血を噴き出している。幸いにもこの難を逃れた男はホッとすると同時に、妹の次の言葉に表情を引きつらせる。



「さあ、この男が死んだら、次はお前の番だからね! それまでに話がしたくなったら、声を掛けるんだよ!」


 妹はそう言いながら、男の顔といわず体といわず、次々にパンチを放っていく。たった一回のラッシュで、殴られた側はすでに虫の息だ。



「ま、待ってくれぇぇぇ! 俺たちはナウル王国のワイデン伯爵領の騎士団だったんだぁぁ! 王太子との戦に負けて、敗残兵になってここまで流れてきたんだぁぁ!」


「公爵方に付いていた連中か。それで、流れてきたのは、全部でどのくらいの規模だ?」


「200人」


「本拠地とお前たちを率いているリーダーの名を言え!」


「・・・・・・」


「言え!」


「・・・・・・」


 急に口を閉ざしたな。今度は大魔王様の出番だろうと、美鈴に視線を送る。



「そこなる下賤の者! 我の目を見ろ!」


 男はルシファーに強制されるかのごとくに、自らの意思に反して、無理やり視線を合わせられる。ルシファーの瞳が一段と強く輝くと、男は精神を操られたかのように虹彩から光が失われていく。



「我にひれ伏す者よ! そなたが知っている限りのことを、この場で洗いざらい白状せよ!」


「い、言えない」


 男の額からは、脂汗が滝のように流れ落ちる。ルシファーに精神を乗っ取られていながら、これほど頑なに証言を拒むなど、常識ではありえないはずだ。



「美鈴ちゃんの威圧に屈しないなんて、ずいぶん強情なヤツなんだよ! 面白いから、さくらちゃんも参加するよ!」


 今度は妹が、大魔王の横に立って獣神の威圧を開始する。だが、それでもこの男は、口を割ろうとはしない。



「不肖ミカエルも、お力添えいたしますぞ!」


 ミカエルが、天使の威圧全開にして加わるが、なおも男は頑なに証言を拒んでいる。


 よし! こうなったら、俺も参加してやろうじゃないか! 破壊神の威圧がどのようなものか、この場で照覧せよ!



 ズドドドドドーーン!


 あれ! しまった! 間違えて封じ込めてある魔力を全開放してしまった! 俺の背後には、体に入りきれない魔力が巨大なスタンドを作り出す。



「イギャアアァァァァァァァ!」


 ダメだった。ついにこの男は、俺たち4人の威圧に精神が擦り切れて、発狂してしまった。


 それにしても、通常ならルシファーの威圧だけでも耐えきれないはずなのに、この男が頑なに口を噤んだ理由は、一体なんだろうな?


 おや! 美鈴と妹が、俺に冷たい視線を送っているぞ。



「聡史君! すぐにその魔力を引っ込めてちょうだい! 冒険者見習いの面々や村人までが、全員気を失っているじゃないのよ!」


「すまん、ちょっと方法を間違えてしまった」


「兄ちゃんは、間違える規模が違いすぎるんだよ! 反省しなさい!」


 妹にまでダメ出しされている。もうなんだか死にたい。


 だが、こうしてはいられないから、俺は体の外に飛び出していった魔力がこれ以上広がらないように、供給元の栓を閉める。外に広がっている魔力はもう元には戻せないから、自然に拡散するのを待つしかない。



「これ以上の情報は引き出せないようね。この男たちは、処分していいわね」


 俺たちが頷くと、美鈴がきれいに灰にしてくれた。しばらく時間が経過すると、俺の背後にあるスタンドが、風に飛ばされて次第に影が薄くなっていく。



「カレン、村人と見習いの連中を回復してくれ」


「村人の記憶はどうしますか?」


「そのままにしておこう。悲しい記憶だろうが、実際に起きた出来事を抱えながら生きていくもの、それぞれの人生だ」


「わかりました」


 こうして、カレンの力によって意識を失っていた全員が起き上がる。俺たちは、その様子を見届けてから、森の中にある馬車まで戻っていくのだった。

神に等しい4人からのプレッシャーにも口を割らなかった男、果たしてその裏には何があるのか…… この続きは来週の水曜日までに投稿いたします。どうぞお楽しみに!


たくさんのブックマークをいただきまして、ありがとうございました。皆様の応援を、心からお待ちしております。




≪オマケ≫


【異世界から帰ったら、戦争じゃなくてダンジョン攻略に巻き込まれた(仮)】


第2話



 桜を抱えたまま聡史が家に入ると、居間にはすっかり出来上がった彼らの父親が、お湯割りの焼酎を口にしている最中だった。



「なんだ! 親父は帰っていたのか! 久しぶりだな」


「おや? さすがに呑み過ぎたようだ。家出したバカ息子が、アホな妹を抱えて立っているぞ! しかも、どういうわけだか、聡史と桜が二人ずついる! 俺もずいぶんヤキが回ったようだな」


 呂律が怪しい口調で、聡史の父親は独り言のようにしゃべっている。子供たちが姿を消してから此の方、父親の酒量が目に見えて増えていたのだった。すでに目のピントがはっきりしないぐらいのアルコールを摂取しており、この調子ではまともに話もできない。


 聡史は居間にあるソファーに抱えていた桜の体をそっと降ろすと、父親に向き直る。



「親父! 心配掛けて悪かったな。俺たちはこうして無事に戻ってきたから、どうか安心してくれ。それよりも、今日は呑み過ぎだろう! 母さんに迷惑をかけないうちに、休んだらどうだ?」


「そうだなぁ…… 夢にまで見た子供たちの無事な姿をこうして見られたから、満更酒は害になるばかりではないな。さて明日も仕事だし、もう寝るか」


 父親は席を立とうとするが、かなりの酩酊状態で足が縺れて一人では立ち上がれなかった。



「しょうがない親父だな! 肩を貸すからしっかり歩いてくれ!」


「おう! すまないな! ついでにトイレに連れて行ってくれ!」


「要介護老人か!」


 こうして聡史は、足取りの覚束ない父親を何とか寝かし付けると、居間へと戻ってくる。そうこうしているうちに、キッチンで料理をしていた母親の呼ぶ声が聞こえてくる。



「聡史! もうすぐご飯ができるけど、桜ちゃんを起こしてもらえるかしら?」


「母さん、こんな短時間で何を用意してくれたんだ?」


「ちょうどお肉が買ってあったから、二人が大好物のスキ焼よ!」 


「わかった! ちょっと待ってくれ」


 聡史は、ソファーに寝かされて一向に目を覚ます気配のない妹の耳元にそっと顔を寄せると、囁くように目覚めの呪文を唱える。



「桜! 今夜の晩飯はスキ焼だぞ!」


「目が覚めたんだよぉぉぉ! 兄ちゃん! どこどこ? 早くスキ焼が食べたいんだよ!」


 パッチリと目を覚ました桜は、キョロキョロしながらスキ焼の在処を探しているようだ。それよりも桜には、もっと大事なことに気が付いてもらいたいが、脳内が完全に夕食に占拠されており、今はそれどころではないらしい。



「ほら、キッチンのテーブルに母さんが用意しているから、早く立ち上がれ」


「よっしゃあぁぁぁぁ! お腹いっぱい食べるんだよぉぉぉ!」


 完全覚醒した桜が、右手を力強く握り締めて左手を高々と突き上げている。食事を目の前にした復活の雄たけびを上げたかと思ったら、その直後には聡史の目の前から姿が消えている。


 呆れた様子で聡史がキッチンルームに入っていくと、テーブルに瞬間移動するかの如く、自分のいつもの席に桜がごく自然に座っているのだった。



「桜、お前は何か大事なことに気が付かないのか?」


「うん? 大事なこと? 兄ちゃんは、相変わらずピントがずれているねぇ! ご飯以上に大事なことなんて、世の中にはないんだよ!」


 この時、生まれて初めて聡史は『うちの家族は、本当にこれで大丈夫なんだろうか?』と、真剣に考えざるを得なかった。


 二人の子供が異世界に召喚されたのを当然のごとく受け取った母親、酔って子供たちの幻を見たと思い込んでいる父親、スキ焼で頭がいっぱいになって日本に戻ってきた事実に未だ気が付いていない妹、こんな危機感が薄い家族に囲まれている自分…… 聡史自身、現在置かれている自らの立場を真剣に案じる気持ちでいっぱいになっていた。



「さあさあ、二人ともお腹いっぱい食べてね!」


 テーブルの中央にグツグツ煮えたスキ焼の鍋が置かれる。肉や野菜がちょうどいい塩梅に火が通り、まさに食べ頃である。

 


「これは美味しそうだよ! それではいただきま~す!」


 桜が、鍋に箸を伸ばす。その箸先には、5切れの肉が一気に挟まれている。そのまま溶き卵にくぐらせると、熱々の肉を一気に頬張る。その食べ方は、小柄な体には不釣り合いなほど豪快で男らしい。



「これこそが、久しぶりの我が家の味だよぉぉ! お母さん! ご飯を大盛でお願い!」


「桜ちゃんがいっぱい食べてくれるから、お母さんも作った甲斐があるわ!」


 母親は、ラーメン丼に山盛りのご飯を盛り付けると、桜へスッと差し出す。その表情は、久しぶりに見た我が子の変わらぬ姿に、嬉しさを隠せない様子だ。それにしても、圧倒的重量感のある大盛ご飯である。優にキロ単位はあるだろう。



「桜! 俺にも肉を食べさせろ!」


「兄ちゃん! 肉の奪い合いは戦争なんだよ! 食べたかったら、この桜ちゃんから実力で奪うんだよ!」


「よし! その戦争、受けて立ってやろうじゃないか!」


 こうして聡史が肉を巡る戦いへと参戦するが、戦況は圧倒的な不利であった。そもそもが、食べるペースが違い過ぎる。聡史が一口食べる間に、桜は3回鍋に箸を伸ばすのだ。


 こうして肉を巡る戦いに惨敗を喫した聡史は、野菜やシラタキで腹を満たすしか、残された道はなかった。


 そして、鍋がスッカラカンになった時……



「ふう、お腹がいっぱいになったんだよ! やっぱりお母さんの料理は最高だね…… おやおや? なんで桜ちゃんの目の前に、お母さんがいるのかな?」


「まあまあ! 桜ちゃんは、相変わらず愉快ね!」


 ようやく環境の変化に気が付いた桜に対して、母親は『愉快ね!』の一言で済ませようとしている。


 聡史は、この時実感した。



『この親にして、この子あり!』


 何事にも絶対に動じない不動の精神力は、この母親から桜へと遺伝したに違いない。というよりも、あらゆる意味で鈍感すぎるのではないだろうか…… この母親と妹ならば、地球に隕石が衝突して全生物が絶滅しても、ゲラゲラ笑っていながら終末を迎えるだろう。


 聡史は、そんな起こり得る未来の映像を垣間見たような気がしている。


 このまま放置しても一向に話が進まないので、聡史は妹に何が起きたのかを明かす決心をする。



「桜! 俺たちは異世界から日本へ戻ってきたんだぞ!」


「なんだ、そうだったんだ。どうもおかしいとは思っていたんだよ!」


「どうもおかしい以前の問題だろうがぁぁぁ! さっさと気付けぇぇぇぇ!」


「細かいことは、いいんだよ! どこにいようと、ご飯が美味しかったら、桜ちゃんは満足なんだからね! お母さん! 何かデザートはあるのかな?」


「戻ってきたことよりも、デザートが大切なのかぁぁ!」


「兄ちゃんは、一々目くじらを立てすぎなんだよ! その調子じゃ、将来絶対にハゲるからね!」


「うっ! どうかそれだけは、思い出させないでくれ!」


 こうして兄妹の帰還初日は、夜も更けていくのだった。





 翌日……


 グッスリ寝て酔いが覚めた父親も、ようやく現実を受け入れて、朝食の席では久方ぶりに家族4人が揃っている。



「聡史と桜は、これからどうするんだ?」


「俺たちが通っていた学校に復学するのが、普通じゃないのか? 母さん、まだ籍はあるんだろう?」


「ええ、休学扱いになっているわ」


「兄ちゃん! また学校に通いながら、ダンジョンを攻略しようよ!」


 実はこの兄妹は、異世界に召喚される直前まで、日本に発生したダンジョンに土日のたびに出掛けていた。


 聡史は剣道、桜は古武術を学んでいたこともあって、その技を生かして秩父にあるダンジョンの魔物を相手に、血眼になってレベルを上げていたのだった。


 そのおかげもあって、異世界に召喚された時点で二人ともステータス上のレベルが25を超えており、下級の魔物を楽々蹴散らす実力を持っていた。そこから冒険者として異世界各地を回り、今やそのレベルは大変なことになっているのは、まだ内緒の話だ。



「お前たち二人は、異世界で散々暴れまわったんだろう。そろそろ落ち着いてもいいんじゃないのか? 特に桜は、女の子なんだし」


 父親は、どうも浮かない顔をしている。ダンジョン通いが異世界召喚に繋がったのではないかと、秘かに勘繰っているのだ。



「お父さんは、全然わかっていないんだよ! 洋食ばかり食べていたら、和食も食べたくなるんだよ! 異世界のダンジョンは散々攻略したから、今度は改めて、日本のダンジョンに挑むんだよ!」


「桜! 和食と洋食の例えは、物凄くわかりにくいぞ!」


「兄ちゃぁぁん! 食い付く点は、そこじゃないんだよぉぉ!」


「まあまあ、朝から賑やかでいいわね。それで、結局どうするのかしら?」


「「今まで通り!」」


 兄と妹の意見が一致した。過去の例からして、この両名の意見が一致すると碌なことがないのは、楢崎家においては周知の事実である。


 かと言って、何事にも暴走しがちな兄妹を抑え付けるには、この両親では力不足であった。



「仕方がないから、好きにしろ!」


 力なく父親が言い放つ。その表情には、諦めの感情しか浮かんでいなかったのは隠しようのない事実であった。




 朝食後……



「お母さん! ダンジョンに行ってくるんだよ!」


「取り敢えず、久しぶりに顔を出して、情報を集めてくるよ」


 兄妹がすっかり出掛ける支度を整えている。その様子を見て、さすがに動じない母親も呆れ顔だ。



「てっきりこれから、復学の手続きに学校に行くものだと思っていたんだけど……」


「お母さんは全然わかっていないんだよ! 学校はいつでも行けるけど、ダンジョンのレアな魔物は、なかなかお目にかかれないんだよ!」


 こうして、一刻も早くダンジョン行きたくてウズウズしている桜に押し切られるように、母親が折れる形となった。


 この正面突破を堂々と敢行する強引さこそが、まさに桜の性格そのものである。ジャ〇アンに亀有の交番に勤務する某警官を足して10倍したような、自分の都合だけで生きているワガママ満載の人間なのだった。




 1時間後……



「兄ちゃん! ダンジョンが近づいてくると、ワクワクしてくるんだよぉぉ!」


「ちょっとは落ち着くんだ! つい昨日まで異世界にいたのをもう忘れているのか?」


「フフン! 桜ちゃんは過去を振り返らない性格なのだ!」


「記憶力が足りなんだろう」


「うん? 記憶力? 何それ、美味しいの?」


「テンプレな回答に感謝する。ほら、もうダンジョン事務所が見えてきたぞ!」


 こうして兄妹は、久しぶりにダンジョン事務所へと入っていく。


 二人が異世界にいた期間は約3年だが、地球での時間の経過はおよそ2か月、この差は世界ごとの時間の流れが違う点にあると考えられる。有体に言えば、単なるご都合主義ととらえてもらって差し支えない。


 二人は慣れ親しんだカウンターに登録カードを提出して、ダンジョンへの入場手続きをしようとするが、顔馴染みのカウンター嬢の表情がなぜか曇っている。



「申し訳ありません。先月法令が変更となって、18歳未満の方のダンジョンへの入場が禁止となりました」


「「なんだってぇぇぇぇぇぇ!」」


「このところ18歳以下の登録者の事故が相次ぎまして、事態を重く見た政府が法令を改正しました」


 カウンター嬢の事務的な返答に、兄妹はその場に呆然とした表情で佇むしかなかった。さすがに法律を盾に取られると、いかに常識外れの能力を持っていようとも無力に等しい。


 兄妹、殊にダンジョンを生き甲斐にしている桜のショックは計り知れない。表情から見る見る生気が薄れて、まるで魂が抜けた人形のようになっている。力なくその場にしゃがみ込むのも、当然といえば当然であろう。先ほどまでの意気揚々とした姿は、もはや見る影もない。



「中に入れないんじゃ仕方がないな、桜、一旦帰るぞ」


「はあ~」


 滅多にない深いため息とともに、兄に引きずられるようにして、桜は家路に着くのであった。







 同じ頃、市ヶ谷にある自衛隊ダンジョン対策室では……



 ダンジョンの痕跡捜索に明け暮れていた自衛隊の中枢部は、膨大な魔力の発生源に疑問を持っていた。1万人の自衛官を動員して周辺を捜索したものの、付近にはダンジョンの痕跡一つ発見できなかった。


 こうなってくると、何らかの別の原因があるのではないかという疑問が生じてくるのは、当然といえば当然の流れ。


 かくして、当日の状況を改めて整理しようという意見が出てくる。


 その結果、謎の光と膨大な魔力が観測された当夜の衛星写真の画像から、ある高校の屋上に突如出現した不審な男女が浮かび上がってくるのであった。


 

「例の男女の身元は、判明したか?」


「はい、割と簡単でした。失踪者捜索の届け出が所轄の警察署に出されています。男性は楢崎聡史で、女性は楢崎桜、該当する二人は双子の兄妹です」


「間違いはないのか?」


「はい、しかもつい今しがたこの二人は秩父のダンジョン事務所に顔を出して、登録証を提出しました。顔写真で確認も取れたので、間違いはありません」


 こうして、二人の身元は政府によって突き止められるのであった

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