22 日本海海戦前日
お待たせしました、何とか仕上がった22話です。タイトルがなんだか戦争の雰囲気をムンムンに漂わせています。日本海海戦とはいっても日露戦争のお話ではありませんのであしからず。後半は全く話題が変わります。
国防海軍そうりゅう型潜水艦7番艦〔じんりゅう〕、配備開始からずいぶん時間が経過しているが通常動力の潜水艦としては世界最高峰の性能と静粛性を誇る。現在母港の呉基地を僚艦4艘とともに出航して、対馬海峡から日本海に入り北上する中華大陸連合艦隊を秘かに追跡中だ。
中華大陸連合の大連軍港から黄海艦隊が、朝鮮半島の鎮海軍港から北洋艦隊が出撃して済州島の東側で両者が合流して、現在ロシア太平洋艦隊の基地があるウラジオストックを目指して日本海を進んでいる。
じんりゅうを含む第1潜水艦隊群はこの動きをいち早く察知して対馬の沖に身を潜めて待っていた。追跡しながら現在は中華大陸連合の艦隊の情報収集中だ。
艦内の居住スペースでは勤務を終えた乗組員が2段ベッドに体を横たえながら小声で雑談をしている。
「それにしてもあちらさんの空母は相変わらずデキが悪いな。ワリャーグを買い取ってちょっとは勉強したのかと思っていたらあの有様だよ。俺たちの追跡に気付く様子が全くないし」
「そう身も蓋もないことを言うなよ。あちらさんは元々陸軍国だ。まともに軍艦が作れるようななってからまだ20年ちょっとしか経っていない。海の上に浮いているだけでも褒めるべきだろうが」
「海軍の伝統がないから自信がないんだろうな。堂々と海の真ん中を突っ切ればいいものを沿岸しか航行しないし、いっそのこと海軍の旗を降ろして沿岸警備隊に鞍替えしろって!」
「しょうがないだろう。あんな造りの船体で一たび天候が崩れるととんでもない荒波が襲ってくる日本海の真ん中を航行できないさ」
「そりゃあそうか、それにしても相変わらずまともな艦隊行動もできないし、あれで敵地に乗り込もうというんだからその勇気だけは買ってやるか」
「旗艦の空母が出力不足で海流によって速度が上がったり下がったりだからな。付いていく方も苦労するだろう。今ならいい的だから攻撃命令さえ出れば全艦撃沈だな」
「まあ、俺たちの出番はもう少し後だから、今はやつらの後をくっついて精々介護してやるよ」
「介護役か、確かにその通りだ」
「さて、明日も早いから寝るぞ」
「ああ、寝よう寝よう。艦内では娯楽もないし、他にすることもないからな」
こうして乗組員は就寝する。
この2人が語っていた話は日本がまだ自衛隊と憲法9条を堅持して海上防衛に当たっていた頃から何年経過しても、海を守る男たちの基本的な認識として変わっていない
いくら数を揃えて船のガワだけ体裁を整えても、最後に物を言うのは艦を扱う人間の経験と判断力だ。特に海の上ではちょっとした油断が重大な事故を招きかねない。新興海軍の操船技術や戦術のお粗末さを目にするたびに、帝国海軍の伝統を引き継ぐ国防海軍との違いを一番肌で感じているのが、実際にこうして日々対峙している乗組員たちだった。
現在極東ロシアに侵攻した中華大陸連合は、異世界からの帰還者の力を利用して戦線を優位に進めている。主だったロシア軍の基地は侵入した帰還者によって悉く制圧されて早々に反撃の余力を失いつつある。
ロシア側もこの事態に手を拱いていた訳ではなくて、無事な東シベリアの基地からミサイルや攻撃機を飛ばして中華大陸連合の東北部を攻撃しているが、精々軍事拠点に被害を出す程度の成果しか挙げられていなかった。一説によると、ロシアの大統領は核ミサイルのスイッチに手が掛かったと噂されているが、これは真偽の程は定かではない。
ソビエト連邦時代はアメリカと並んで世界を2分して支配していた超大国だったのだが、独裁政治体制の崩壊を経てロシア共和国に生まれ変わってこの国の世界への影響は大きく後退していた。主だった産業は西側諸国との競争に敗れて姿を消し、現在は石油や天然ガスの資源輸出国として何とか経済を運営しているに過ぎない。
ロシアのドル換算のGDPは日本の4分の1、中華大陸連合の6分の1に過ぎない。この金額で広大な国土と1億4千万の人口を賄わなければならないので、装備や兵器の更新は常に後回しになっていた。要は金がなくてまともな武器が準備できないというのがロシアの実情だった。ロシアでまともに戦えるのはICBMだけと、軍事をちょっとかじった人間ならば口にするお決まりのフレーズだ。
日本海を北上する北洋艦隊と黄海艦隊は遼寧型空母2隻を旗艦として、随伴するミサイル巡洋艦4隻、フリーゲート艦8隻、潜水艦4隻で構成されている。侵攻目標はロシア太平洋艦隊を駆逐してウラジオストックを攻略することだ。ここが陥落すれば極東方面のロシア軍はサハリンを守りきれなくなる。
中華大陸連合がロシアに侵攻した最終目標はサハリンの油田とガス田だった。共産党政権当事の両国はパイプラインで結ばれて原油をやり取りする間柄だったが、国連決議に基づく制裁措置に伴って3年前にロシア側のパイプラインの元栓は閉じられていた。
中華大陸連合は喉から手が出る程ほしい石油資源を手に入れるために、不足しがちな燃料を何とか融通して今回の侵攻に及んでいた。サハリンの油田が手に入ればエネルギー事情が一気に好転する。そのためになりふり構わず極東ロシアに手を出したのだ。そしてサハリン攻略の前段階の重要な任務を背負って今回の艦隊派遣が決定された。
対するロシア側も中華大陸連合の艦隊の動きを察知しており、太平洋艦隊旗艦のミサイル巡洋艦ヴァリャーグをはじめとする艦隊がミサイル攻撃を避けるために退避していたサハリンのグラスノコルスクを出航していた。
帰還者の襲撃を受ける前はハバロフスクにあった第11航空軍もユジノサハリンスクのホムトヴォ空港に全機移動を完了している。中華大陸連合の艦隊に一矢報いるためにいつでも出撃可能な状態でスタンバイしている。
こうして日露戦争以来約1世紀ぶりに、日本海で大規模な海戦が間もなく幕を開けるのだった。20世紀初頭の日本海海戦では東郷平八郎率いる帝国連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を圧倒して華々しい勝利を挙げたが、此度の勝者がどちらになるのかはこの時点では予断を許さない。
その頃、富士駐屯地では・・・・・・
「そういえば教官が明日あたり北海道の沖で中華大陸連合とロシアの大規模な海戦が起きそうだって言っていたな」
「兄ちゃん、私たちは海は素人だから関係ないよ! まさか泳いで戦いに参加できないでしょう! それよりもまた小鬼が出てきたよ! タンク、頑張ってよ!」
「おう、任せておけ!」
タンクはタワーシールドを掲げて前進する。重たい盾だけどタンクにとっては長年手にする相棒だから、体の動きを阻害せずにスムーズに動いている。小鬼から見ると鉄の塊が前進してくるように見えるだろうな。
ドスッ!
タンクはシールドの防御力を前面に出して更に前進する。そのままタワーシールドを小鬼にぶちかましたよ! あれはシールドバッシュという技だな。盾は防具だけじゃなくてああして武器にもなるのか。イチオウハシッテイタヨ!
俺たちの世界では兵士は戦場で盾同士でぶつかり合っていたけど、冒険者がああいう風に盾を武器に使う光景は目にしなかったな。おそらく盾の材質的にあそこまで強固な物が作れなかったんだろうな。どっちかというと俺と妹は相手が盾を構えていたらその盾ごと吹っ飛ばしていたから、あんまり気にしなかっただけかもしれない。
「これで止めだ!」
何度かシールドバッシュを加えて弱らせてから、タンクは腰の短剣を引き抜いて小鬼の心臓の辺りに突き刺していく。銃弾が効かない丈夫な皮膚をあっさりと貫かれて小鬼はその場に倒れていく。どこにでもあるような短剣に見えるけど、タンクが手にしているのはそれなりに業物の剣なのかもしれないな。
小鬼のエリアを抜けるとより大型の鬼が出てくる。アイシャの細身の剣が通用するのかどうか心配したけど、彼女は剣に魔力をまとわせて斬り付けているみたいだ。どうやら風属性かな? 真空の刃が鬼の体を切り裂いているよ。ずいぶん器用な魔力の使い方だな。俺もやってできないことはないけど、あんな真似をしたら敵だけじゃなくって味方も全滅する威力が出てしまいそうだ。
タンクは身体強化を掛けて鬼のパワーに対抗しているな。うん、どこから見ても立派なパワーファイターだ。ただ俺の妹と違ってきちんと分別を持っているから脳筋とは違うな。あんなのがもう1人居たらさすがに俺もお手上げだったから本当に良かったよ!
大鬼が数体出てくるとアイシャとタンクの2人では荷が重くなってくる。ようやく出番がやって来た妹が張り切って数を減らしているよ。3メートル近い大鬼に対して妹は150センチ、身長とリーチは半分しかないが素早く回り込んで蹴りで足を砕き、寝転ばせてから頭を踏み付けて一丁あがりだ。大鬼は頭の中身をぶちまけて死んでいる。本当にこいつも容赦がないね。見ろ、アイシャがまたまたドン引きしているじゃないか。
「兄ちゃん、そっちに行ったよ!」
おっと、こうしているうちに俺の近くに大鬼が近付いてきている。この前土蜘蛛との戦いで活躍した支給品のスコップを取り出してと。
「あらよっと!」
掛け声とともにスコップをフルスイングすると、大鬼は吹き飛ばされて華麗な後方4回転半宙返りをしながら通路の壁にぶち当たっている。もちろん即死の模様だ。首が曲がっちゃいけない角度を向いている。あれっ? アイシャが更にドン引きした様子で俺の顔をマジマジと見ている。そんな変なことをしたつもりはないけどおかしいな?
こうして鬼エリアと妖怪エリアを抜けて、俺たちは土蜘蛛が出現する場所に到着する。
「この通路に出る魔物はとっても手強いです。聡史とさくらちゃんはまだ大丈夫ですか?」
「アイシャ、さくらにとってはまだ準備運動にもなっていないから心配するな」
「そうそう、これからが本当のお楽しみの時間だよ!」
「さくらちゃんが張り切っているとなんだか嫌な予感しかしません」
アイシャ、その通りだぞ! 過去に俺がどれだけ振り回されたか・・・・・・ そしてアイシャの嫌な予感通りに地面から土蜘蛛が姿を現す。
「うほほー! サンドバッグが登場したよ!」
アイシャとタンクはどうやらお腹いっぱいの様子で静観の構えをしている。俺も面倒なので妹にこの場は丸投げだ。
「さくら、1人で全部片付けて来い」
「兄ちゃんいいの? あとから返してくれなんて言わないよね?」
「誰も言わないから安心しろ」
「よーし、徹底的に殴ってやるよー!」
妹は腕まくりして3体の土蜘蛛に向かっていく。あらゆる方向から鋭い鍵爪が襲い掛かるが、全く避けずに拳で迎撃している。ケン○ロウの百裂拳を再現しているかのような光景だよ。
「うほほー! ここから先は全部私のターンだよー!」
腕がブラブラになった土蜘蛛を妹は先日と同様にフルボッコにしている。アイシャとタンクの顔が引き攣っているよ。でもそれ以上に一番後ろで見ている少尉さんの顔は蒼白になっている。何回見ても妹の異次元の戦い方がまだ信じられないんだろうな。少尉さん我慢してくださいね。もう少しの辛抱ですよ。
「いやー、中々楽しいアトラクションだね! さあ次は何かな?」
「まさかこの先に進むつもりですか! それは規則で禁止されていますから、絶対に止めてください!」
3体の土蜘蛛を片付けて先に進む気満々の妹を少尉さんが懸命に押し留めようとしている。ここは俺の出番だな。少尉さんから事情を聞きながら妹を思い留まらせようじゃないか。
「少尉さん、この先はどうなっているんですか?」
「ここから先は討伐ができない妖怪が封印されているんだ。我々陰陽師が築いた結界があって、よほどの事情がないと入ってはいけないことになっているんだよ。さあ、全員引き返すぞ!」
「なるほど、それじゃあ仕方がないですね。さくら、戻るぞ・・・・・・」
俺は妹が居る方向を振り返って言葉を失った。何も考えていないアホの子は闘争本能が赴くままに結界が張られている場所の前に立っている。
「ふむふむ、なんだかチャチな結界だね! 美鈴ちゃんだったらもっとしっかりした結界を作ってくれるよ! でも破るにはこっちの方が都合が良いね!」
そして妹は右の拳を軽く後ろに引くと結界目掛けて突き出す。
パリン!
何かが破れる音がして少尉さんの表情がますます青褪めていく。この世の終わりが来たような顔ってこんな感じなのかな?
「結界が・・・・・・ 結界が破れてしまった」
気の毒な少尉さんはブツブツと呟くだけしかできなくなっている。このまま放置するとなんだか不味い気がしてくるな。美鈴が居ればすぐに結界を修復してもらえるけど、生憎彼女は銃の術式を解析し終えるまでは研究棟に篭っている。
「止むを得ないな。どんな妖怪が待っているのかわからないが放置できないから俺たちで討伐しよう」
「うほほー! 兄ちゃん、その言葉を待ってました! 思いっきり暴れちゃうよー!」
自分で結界を破っておいて何が『待ってました!』だよ。お前の仕出かした無茶な行為の尻拭いで中に入るのを忘れるなよ! おっと、こんなことを考えているうちに妹はとっとと通路の先に進んでいるよ。急いで後を追わないと不味いな。
「アイシャ、タンク、この場で待っていてくれ。中の様子を見てくる」
俺は2人と少尉さんをこの場に残して妹の後を追う。そして通路の先には・・・・・・
妹の正面に向き合っている白袴で総髪の男が立っているのだった。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。次回はいよいよ中ソ両国が日本海でぶつかり合う本格的な海戦の予定です。どうぞお楽しみに!