219 サンシーロ 後編
本日218話を先に投稿しております。まだそちらをご覧になっていない場合は、一旦前話に戻っていただけるよう、お願いいたします。
それから、後書きにはオマケがあります。ぜひぜひ目を通してください!
ひとまずはギルドマスターの案内で城にやってきたのだが、そこは……
「村役場か!」
「まるで廃校寸前の小学校ね」
俺と美鈴が絶句している。他のメンバーもあまりにお粗末な建物に、ガックリした様子だ。
そこに建っているのは、木造二階建ての、年期だけは入っているオンボロ旅館程度の建物であった。しかも、建物を取り囲む城壁や、人の出入りを監視する門などは一切なく、通りに面して剥き出しの状態で建てられている。
どおりで気軽にギルドマスターが案内するはずだよな。城とは名ばかりで、どんなに褒めても、取り壊し前の商館が精々だろう。
壁の塗装なども、あちこち剥がれているし、二階の窓ガラスが数か所割れたままで放置されているぞ!
「2年前のフランツ王国の侵攻で、旧王城が燃やされてしまいまして…… ここは、元々街の政務官事務所でしたが、城が再建されるまでの間は臨時の居城となっております」
ギルドマスターが俯きがちに言い訳を述べているな。そのくらいの言い訳をしておかないと、国家としての品格に関わる問題だからな。
「一国の王が居在する場として、ちょっと疑問がわいてくるぞ。城の再建の目途は立っているのか?」
「全くありません!」
キッパリと言い切りやがった! 要するにこの国は金がなくって、貧乏でどうにもならないんだな。本当に大丈夫なのかという不安が、俺の胸に去来する。
「何もない場所ですが、どうぞ中に」
ギルドマスターがドアノブに手を掛けると、簡単に開いていく。王がいる場所なのに、不用心にもほどがあるだろうが!
一人二人くらい、入り口に見張りを立てておけよ!
中に入ると、ギルドマスターの言葉通りに、本当に何もない場所だよ! 作業着姿のオジサンが、床にモップを掛けているじゃないか!
「ああ、陛下! お仕事中お邪魔いたします」
「おや、ギルドマスターかね。ちょうど終わるところだから、気にしないでいいよ」
うん? なんだって? モップ掛けをしているオジサンが、愛想よくギルドマスターに返事をしているぞ。まさかとは思うが……
「皆さん、こちらが我がジェマル王国の国王陛下サマル3世でございます」
「本物だったぁぁぁ!」
使用人のオジサンかと思ったら、まさか本物の国王だったとは…… 美鈴と妹は笑いを噛み殺しているぞ。
「こちらの方々は、どちらさんかな?」
「フランツ王国より、捕らえられておりました我が国の国民を救い出してくれました英雄にございます」
「おお! それはなんと感謝申し上げればよいのか! おーい、大臣! お客さんだから、応接間に通して! あと、メイドに言い付けてお茶の用意をしてくれ!」
「はい! ただいま!」
今度は窓拭きをしている壮年の男性が返事をする。どうやら、こちらも本物の大臣のようだ。畏るべし、ジェマル王国!
「さすがにこの格好では、英雄と対面するには申し訳ない。着替えてくるから、大臣の案内に従ってもらえるか」
「お待ち申し上げております」
国王がモップを片付けにこの場を去ると、ギルドマスターがそっと耳打ちをしてくる。
「陛下は庶民的な性格で、国中から慕われております」
「庶民的過ぎるだろうがぁぁぁぁ! 一国の王が、普通、床にモップを掛けるかぁぁ!」
俺のツッコミにも動じずに、ギルドマスターは人差し指を左右に振って、チッチッチと口を鳴らす。
「あのようなお方でなければ、王都を捨てて逃げた際に、民によって斬首されておったでしょうな」
「ああ、なるほど。いい人なんだな」
「今も城の再建は後回しにして、民の生活のために心血を注いでおられます。それが証拠に、この2年間は、一切の税を免除しております」
「実は名君かぁぁぁ!」
俺の中でジェットコースターのように、国王の評価が上下している。
ともあれ、俺たちは大臣によって応接間に通されて、70過ぎのメイド服を着こんだ女性からお茶を出される。おそらくこれでも、ものすごい歓待を受けているのだろう。たぶん…… 自信はないけど……
「いやいや、お待たせして申し訳なかったね。どうにもまともな服が見つからなくて、この格好で失礼するよ」
「いえ、どういたしまして。初めてお目にかかります、冒険者パーティー〔特能隊〕の聡史です。ここにいるのは、全員パーティーメンバーです」
国王の服には、袖の部分にツギがあてられている。庶民でも、もうちょっとまともな服を着ていそうなものだが、この人は全然気にした風もない。
「まずは、多くの民を助けてもらった礼を言おう。本当にありがたい。君たちには、感謝してもし足りないくらいだ」
「俺たちが好きでやってことですから、気にしないでください。それよりも、俺たちから申し出があります」
「はて? 申し出とは?」
国王は、首を傾げているな。見ず知らずの俺たちから、どのような申し出があるのか、全く心当たりがない様子だ。
「この国の国防は、末期症状ですね。下手をすると、盗賊の集団にも簡単に滅ぼされてしまいそうだ」
「お恥ずかしい限りだが、まったくその通り! 自信をもって断言する!」
断言するなよ! 仮にもこの国の君主だろうが! 威風堂々としたどこかの大魔王様とは、対極にある人物だ。
こうして実際に言葉を交わしてみても、小さな村の名主という印象しか抱かない。
この人で本当に大丈夫だろうかと、俺のほうが、思いっきり心配になってくるじゃないか! でも仕方がない。提案の続きをしていこう。
「そこで、精強な部隊を引き連れてきました。全員を召し抱えてもらえますか?」
「断る! 金がない!」
即断だった! まあ、国王自らモップを掛けているようじゃ、宮廷の窮状は目に見えている。しょうがないから、資金と資材の援助も申し出ようか。3000人にも上る元奴隷を連れてきた責任があるからな。
「さくら、金貨を出せるだけ出してくれ」
「兄ちゃん! ドーンと大盤振る舞いなんだよぉぉ!」
妹は、アイテムボックスから麻袋に詰まった金貨を、テーブルの上に次々と置いていく。袋の数は合計20個、中には金貨が千枚入っているから、〆て金貨2万枚だ。
「な、なんと! このような大金を!」
テーブルに置かれた大量の金貨を見て、国王が目を白黒している。フリーターが宝くじで1億円当選したら、こんな顔になるかもしれない。
「この他に、小麦とジャガイモ、タマネギその他の保存がきく豆類等を、倉庫がいっぱいになるまで提供する。あとは、キャラバンで使用した馬車200台近くをこの国に譲る。出所は全てフランツ王国だから、気にする必要はない」
金だけ提供しても、物がなければ食ってはいけないからな。当面必要とする食料もこの際無償供与だ。確か、日本政府も発展途上国にこんな援助をしているよな。
「まことにありがたい申し出だが、なぜこのような好意を寄せてくださるのか、理由を聞かせていただけないか?」
「フフフ! それは、このさくらちゃんから説明するんだよ! 獣人とは色々と縁があってね。この国が獣人たちを大切にしてくれるんだったら、さくらちゃんは応援するんだよ!」
さすがに獣人の王だとは言わないな。まあ、今回の救出劇は、妹の獣人愛から始まったから、こやつのやりたいようにさせるつもりだ。
「ありがとうございます。これで多くの住民が助かります」
「気にしないでいいんだよ! 獣人やエルフを奴隷として儲けていた連中から奪ってきたお金だからね! みんなが仲良く暮らしていくために使ってもらえれば、さくらちゃんは満足なんだよ!」
妹は、目の前の食べ物さえ絡まなければ、大変気前がいい。自分の食べ物が絡まなければ…… そう、場合によっては肉の行方を巡って、公爵家を滅ぼすこともある恐ろしいヤツだ。
国王は頭を下げて感謝しているな。これだけ腰が低い王様を、なんだか初めて見たな。きっと、提供した食料も上手く配分してくれるだろう。
金貨は、呼び出された大臣が責任もって管理することとなった。いきなり大量の金貨を見た大臣は、腰を抜かしていたぞ。
落ち着いてから話を聞くと、この国の現在の国家予算の10倍に上る金額だそうだ。数少ない王家の財産を切り売りしながら、辛うじて捻出しているらしい。爪に火を点すような、ギリギリの財政状況なんだな。
それにしても、個人がポンと出せる金額が国家予算の10倍だなんて、どれだけ貧困を極めているんだよ! まあいい! 何かの足しにしてくれ!
金の受け渡しが終わると、俺たちは大臣に案内されて倉庫に向かう。予想通り、内部は一かけらの食料もなくって、ガランとしている。
「大サービスなんだよぉぉ!」
そこに妹が、次々と小麦の袋を積み上げていく。その他の食料とともに、空っぽだった倉庫が、あっという間に満杯となった。この街の人々の3か月分の食事を賄えるそうだ。
大臣が跪いて、涙を流しながら喜んでくれたぞ。これらの食料は、相場よりも安い値段で放出するそうだ。無料で配らないのは、急激な値崩れで商売をしている人が困らないようにするための政府としての対策だ。
妹のアイテムボックスには、まだまだ大量の食料が入っていたので、ついでに第2倉庫まで満杯にした。どれだけフランツ王国の貴族たちから奪い取ってきたんだ? 呆れる量だな!
まあいいか、これで食料に関しては、当面何の心配もいらないだろう。
続いては、騎士団の演習場に出向く。現在稼働中の騎士団は、5個小隊50人と、士官が計10人だそうだ。これでも、王家が抱えられる精一杯の人員らしい。国家の防衛など、無きに等しい状況だな。よく今まで、この国が存続していたものだ。
すでに伝令が、広場で待機していた獣人部隊2個中隊と、ハーフエルフの魔法団1個中隊を呼び出してある。彼らは、完全武装で威圧的な佇まいで直立して、俺たちの到着を待っていた。
「教官殿に敬礼ぃぃ!」
ビシッとそろった敬礼をして、俺たちを出迎える。その姿に、騎士団の兵士たちは只ならぬ様子を嗅ぎ取っている。
さあ、ここからは大デモンストレーションの始まりだ!
「まずは、魔法団から行くよ! 美鈴ちゃん、的を用意してもらえるかな?」
「ええ、いいわ」
美鈴が指先を動かすと、演習場の土が盛り上がって人型の的を作り上げる。すると美鈴は、その場にいる騎士に声を掛ける。
「硬さを確認してもらおうかしら。あの的に全員で斬りかかりなさい」
合計20個の的が、演習場の奥に出来上がっている。その的に向かって騎士たちが剣で斬りかかるが、あまりの硬さにまったく歯が立たなかった。懸命に剣を叩き付けても、欠片すら剥がれないのだ。
「土でできているとは思えません! あんなに硬い的を作って、一体どうするつもりですか?」
騎士団の隊長が肩で息をしながら戻ってきた。美鈴謹製の的は、金属並みの硬度を誇るようだ。
「騎士たちは全員戻ってきたかしら? 用意はいいみたいね。それでは第1魔法団、魔法で的を壊しなさい!」
美鈴の号令一下、待機していたハーフエルフの魔法使いから、猛烈な魔法が放たれる。それは大きな炎の塊であり、氷の槍であり、稲妻の刃であった。
ガガーン! ズガガーン! ドドドドーン! グワッシャーーン! バキバキバキ!
ありとあらゆる轟音が響き渡り、閃光と火柱が立ち上っていく。そして音と光がやむと、そこには完膚なきまでに破壊された的の残骸が残っているのみだった。
「なんという、大魔法! いや、もはやこれは極大魔法と呼んで差し支えない!」
騎士団長は口をアングリ、もはやそれ以上の声が出ない模様。この結果に、大魔王様も満足げだ。手塩にかけた教え子が一人前になるのを見届けた、担任の先生のような表情をしている。厳しいが、とても優秀な教師役を務めてくれたな。
「次は、第1中隊と第2中隊の模擬戦闘だよ! 演習場内に対面して整列だよ!」
妹の号令で、獣人たちの部隊が駆け足で演習場に入ってくる。手には訓練用の模造剣を持っているが、その気迫はけっして実戦と引けを取らない。その表情には、ひたすら相手を上回ることのみという熱い情熱と、その一方では訓練で培った冷静さを保っている。
「なんという練度! あの血の気の多い民を、よくぞこれだけ鍛えましたな!」
「一歩間違うと死ぬ寸前まで追い詰めたからね! 最低限度の動きは、全員が魂に刻んでいるよ!」
騎士隊長が呆れているな。獣人の血が入ると、集団戦には向かないという常識を、彼らはまんまと覆したんだからな。
そろそろ、始まるようだな。
「模擬戦闘、開始ぃぃ!」
もはや何も言うまい! 演習場を駆け巡りながら彼らが戦う様は、この世界の戦いの常識から逸脱している。
この世界では、槍を持った重装歩兵が前進しながら、それを弓部隊が援護して、押し込んだ場面となったら騎馬隊を投入するのが戦いのセオリーとして確立されている。
ところが、演習場を駆け巡る2つの中隊は、小隊単位で相手のスキを窺いながら自在に動き回り、かつ他の小隊ともアイコンタクトで連携を保つという、奇跡のような戦闘を鼻歌交じりでこなしているのだ。
重装歩兵が小銃を手にして突撃する普通科連隊であるとしたら、こちらは自在に戦場に適応しながら敵のスキを狙って倒していく、特殊部隊の戦い方と表現すべきであろう。
実はまっ平で障害物がない演習場では、彼らの能力の半分も発揮していない。獣人たちが最大限にその本領を発揮するのは、遮蔽物が多い森の中と相場は決まっている。現状の2個小隊にハーフエルフの弓兵部隊と魔法団が加われば、控え目に見ても敵軍の3個大隊は足止め可能だろう。
森の中に散開する1個大隊程度の敵であったら、音もたてずに仕留めていくに違いない。さらに、俺が巧妙なトラップの作り方を伝授しておいたから、彼らの敵となるのは地獄に足を踏み込むに等しいかもしれない。
「なんという恐ろしい戦いぶりか……」
騎士団長が絶句しているな。妹が手掛けた部隊が、生半可な戦闘をするはずないだろう。今は模擬戦だから多少は手を抜いているが、実戦になったらもっと暴れまわるぞ。
「獣人には獣人の戦い方があり、エルフにはエルフの戦い方がある。この能力を無駄にするのは、惜しいとは思わないか?」
「もし彼らが我が軍に加入したら、それは心強いだろう!」
さすがに騎士団長も納得した表情をしている。ただし、問題はその方法だ。ここで一工夫加える必要があるんだ。
「この中から教官を選抜してある。エルフや獣人を鍛える学校を作ってくれ。そこで彼らなりの戦い方を多くの人々に伝授していくんだ」
「それは素晴らしい案だが、我が国は予算を底をついている」
「心配するな! 金貨2万枚を大臣に預けてある。国防は国家の要だ! 決して疎かにできるものではないからな」
こうして、戦闘員のハーフエルフと獣人の就職口が決まった。教官として選抜された人材以外は、このまま軍隊として各地に配置されるように、手配もしてもらう。殊にフランツ王国との国境周辺の防御を厚くする必要があるので、彼らはそちらの地域に順次作られる基地に配属されるだろう。
その他に後方要員として働いていたオバちゃん達も、軍や近々設置される学校に雇ってもらえることとなった。
伝令役を務めていた獣人たちは、10代前半の少年少女だったから、彼らを学校に放り込んで鍛えてもらえれば、当面の衣食住は安泰だよな。
小さな子供たちには、孤児院を作ってもらう他はないだろうな。その子供たちも、やがては成長して学校で鍛えれば、この国を背負って立つ人材となってくれるはずだ。
こうして、最後まで俺たちに付いてきた元奴隷の人たちの身の振り方が決定した。全員が何らかの仕事や学校に振り分けられて、一安心だな。
俺たちが暇を告げようとすると、演習場に大臣が駆け込んでくる。何事かと思ってその姿を眺めていると、彼は俺たちの前にゼイゼイ息を切らしながらやってくる。
「今一度、国王陛下とお話しいただけますでしょうか?」
「構わないぞ」
こうして、俺たちは村役場風の建物へと戻っていく。応接室には、眉間に皺を寄せた国王が座っているのだった。
「実は、たった今連絡が入った。王都の西側にも多数の集落があるのだが、それらの地域を占拠する無法者が現れたというのだ。どうだろう、早速貴殿が率いていた部隊を出撃させられるであろうか?」
どうやら旅の商人が命からがら逃げだして、この事件をサンシーロに持ち帰ったらしい。すでに数日が経過して、占拠された集落が心配だ。
「彼らは、これから施設建設や部隊配属で忙しいだろう。今動かすのは、得策ではない」
「そうか…… 残念ではあるが、国王として失格だな。肝心な時に民を助ける方策が、なにも浮かばんのだ」
人のよさそうなオッサンだけあって、この陛下は、占拠された集落が心配でならないらしい。仕方がないから、もう一肌脱いでやろうか。
「失礼だが、陛下は平時に民を治める才を多分に持っておられるようだが、戦時に敵を打ち倒すのは、どうやら苦手なようだな」
「その通り! 凡人ゆえに、民の幸せは願えるが、戦となるとテンで役に立たない」
国王の隣にいる大臣も、同意するように大きく頷いている。
「まさに聡史殿のお言葉の通りでございまする。陛下は慈悲深き稀代の名君! しかしながらそのお優しい人柄ゆえに、戦にはどうにも……」
国王と大臣が揃って苦笑いを浮かべている。おそらくそんなことだろうとはわかっていたが、もう少しオブラートに包もうな。戦争に関しては、まったくの無能と言っているのに等しいぞ!
「この国には、エルフの純血種が住んでいるらしいな。彼らに使いを送って、軍師を派遣してもらうんだ。丁重に何度も使者を送れば、彼らも国のために立ち上がってくれるだろう」
「おお! それはまことに良い案ではないか! 早速使者を立てよう!」
エルフは『森の賢者』と呼ばれている。おそらくは軍事に関する知恵も、長年蓄えていることだろう。
気難しい面はあるにせよ、この国に危機が訪れれば、彼らの生活にも影響が及ぶ点を丹念に説得すれば、力を貸してくれるに違いない。これは、異世界版の三顧の礼だな。
さて、今からエルフに使者を送って…… などといった悠長には語れない目先の問題をどうするかだな。
うん、いい人材が残っているじゃないか!
「その無法者の討伐は、冒険者ギルドに依頼してくれ。ちょうど冒険者を志す獣人とハーフエルフがいるから、俺たちが訓練がてら彼らを率いて討伐してくる」
「なんと! そこまでしてもらえるのか!」
「討伐依頼を受けるのは、冒険者の生活の糧だからな。感謝する必要はないぞ」
「承知した! 大臣! すぐにギルドに依頼を出してもらえるか?」
「今から行ってまいります」
生憎ギルドマスターは帰途に着いていた。もうちょっと待っていれば、話は早かったのだが……
まあ、言っても仕方がない。
俺たちは、大臣を伴って再び冒険者ギルドへ向かうのだった。
王都の西で集落を占拠する勢力に対して、討伐に向かう聡史たち。その前に現れたのは…… この続きは、週末に投稿いたします。どうぞお楽しみに!
評価とブックマークをお寄せいただいて、ありがとうございました。みなさまの応援を、心からお待ちしてあります。
オマケ……
【異世界から帰ったら、戦争じゃなくてダンジョン攻略に巻き込まれた(仮)】
聡史と桜の兄妹が異世界から帰ってきたら、日本中にダンジョンが出来上がっているという、この物語とは別ルートのお話を、思い付きで書いてみました。
3話くらいまでこの後書きに掲載して、もし評判がいいようでしたら連載します。
〔本文〕
第一話
日本の上空、高度400キロの静止軌道上を航行する光学監視衛星〔魔光1号〕、この人工衛星は、これまでの衛星とは一線を画す最新の魔法工学を用いた魔力監視システムを搭載して、はるか高度から日本各地に発生したダンジョンに魔力的な異常がないか、人工的な目を光らせている。
5年前から日本各地にダンジョンと呼ばれる謎の地下空間が発生し、時にはその空間から魔物と呼ばれる魔力を帯びた生命体が溢れ出して各地に被害を出した経験から、政府がダンジョンから発生する魔力を常に監視する必要に迫られた努力の結晶でもある。
そして令和6年7月のある日、魔光1号の宇宙からの監視の目は、首都近郊のとある場所に過去に観測された記録すらない膨大な魔力の発生を観測した。その魔力総量の桁は、ダンジョンが生じる際に発生する魔力の優に10倍に及ぶ、過去に例を見ない規模の魔力であった。
魔光1号が観測したデータは、瞬時に政府と自衛隊中枢に送信される。その観測データは、日本政府全体がパニックに陥るほどの激震をもたらした。
「総理、統合参謀本部から緊急連絡です!」
「うむ、すぐに出よう」
瞬時に繋がれたテレビ映像の画面からは、顔面蒼白となった統合参謀長の表情が映り込む。日頃から冷静沈着な自衛隊首脳と謳われた参謀長が、これだけ取り乱した様相を呈するのは、只事ではないと首相官邸全体にも緊張が走る。
「総理! 魔光1号が観測した魔力の暫定的な解析値が判明しました。魔力の総量にして、12億5千万に上ります!」
「これまでダンジョン発生の際に観測された数値は?」
「1億と少々です」
「ということは、優にダンジョン10個を創り出す魔力が、突如発生したんだな」
「その通りです!」
「大至急魔力の観測地近辺を捜索して、ダンジョンの痕跡を必ず見つけ出してほしい! 万一このような大規模なダンジョンの生成を見逃していたら、大変な被害を覚悟しなければならないだろう」
「了解いたしました! 何か発見しましたら、いち早くご報告いたします!」
こうして首相官邸は眠れぬ一夜を過ごすのだが、近辺を懸命に捜索した自衛隊の努力にも拘わらず、観測地周辺にはダンジョンの痕跡すら発見できなかった。
その頃、膨大な魔力が発生した中心地であるとある学校の屋上には、男女2名が意識を失って倒れている。
男子のほうは、年齢が16~17歳、やや長身で、この学校の制服を着ている。女子ほうは、小学校高学年~中学生程度の外見で、小柄な体格、男子と同様にこの学校の制服姿だ。
5分ほど経過すると、男子が先に目を覚ます。起き上がったままで、しばし呆然と佇んでいたが、一つ頭を振ると意識がはっきりしてきた様子で、傍らに倒れているもう一人の様子を確認する。
「おい、桜! まだ目を覚まさないのか?」
声を掛けども、応えはない。
声を掛けた男子は、楢崎聡史で、まだ目覚めないで寝ているのは、彼の双子の妹である楢崎桜、共にこの高校に通学する高校1年生だ。
実はこの二人は、ゴールデンウイークに異世界に召喚されて、この日2か月ぶりに日本へ戻ってきた。衛星が観測した膨大な魔力は、この二人が地球に戻ってくる際の転移術式によって生じたものである。
そうとは知らずに、政府並びに自衛隊の面々は、血眼になってダンジョンの捜索を開始している。その捜索態勢は、完全武装した自衛隊員が1万人以上動員されているのであった。
その中心地にいる聡史の耳には、サイレンを鳴らして走行するパトカーの音が聞こえてくる。数台のパトカーが『危険なので外出を控えてください』と、スピーカーの音量を最大にして地域住民に呼び掛けているのだった。
パトカーのサイレンに気を取られていると、学校の正門を突き破って、自衛隊の装甲車が続々と校庭に入ってくる様子が目に入ってくる。周辺はすっかり夜半の時間帯であるが、聡史の目はスキルによって夜間視力が確保されている。
「ずいぶん物々しい様子だな。一体何事が起きたんだろう?」
もちろんたった今、異世界から帰還したばかりの聡史には、この場で膨大な魔力が生じた一件など、まったく想像の埒外であった。だが、なんとなくこの場にいるのは不味いのではないかという疑念が沸き起こる。
「今なら間に合うか?」
まだ目を覚まさない妹の体をお姫様抱っこで抱え上げると、助走をつけて屋上のフェンスを飛び越える。そのまま地上5階から落下してしまうかと思わせて、スタっと着地を決めると、そのまま校舎の裏側へと走り抜ける。
学校の敷地と外を隔てる2メートルの塀をいとも簡単に飛び越えると、聡史はそのまま夜陰に紛れて、久方ぶりの我が家へと走り去るのだった。
実家の玄関先に、相変わらず桜を抱えたままの姿で、聡史が立っている。当然夜の10時を回っているので、玄関にはカギが掛かっている。
ピンポーン!
「はい、どなたですか?」
「俺だよ!」
「詐欺なら、間に合っていますから」
(おい、我が母よ! それは電話が掛かってきた時だろうが! 玄関先にオレオレ詐欺の犯人が、ノコノコと姿を現すとでも思っているのか?!)
ふつうは『実の息子の声も忘れたのか』と、突っ込むところだろうが、聡史はどういうわけだか詐欺の部分に思いっきり食いつきを見せている。異世界に召喚される以前から、少々頭のネジがぶっ飛び気味の少年であった。
「母さん! 聡史と桜が帰ってきたから、玄関を開けてくれないか!」
「えぇぇぇぇ!」
バタバタと足音を立てて、玄関に近づいてくる人の気配がしてくる。そして、勢いよくドアが開くと、そこには信じられないものを見てしまったという表情の、聡史と桜の母親が立っているのだった。
「ただいま!」
「二人して、連絡もしないでどこに行っていたのよ?!」
「ああ、異世界に召喚されていた。連絡をしようにも、電話もなかったし」
「なんだ、それなら仕方がないわね」
「母さんの反応軽すぎっ!」
「だって、あなたたち二人だったら、異世界くらい行って当たり前でしょう! むしろ、行かないほうが不自然じゃないかしら」
「我が子を、どういう目で見ているんだぁぁぁ!」
「まあいいから、早く中に入りなさい! 桜はどうしたの?」
「寝ているだけだから心配ない。何か美味い物の匂いがしたら、勝手に目を覚ますよ」
「それじゃあ、二人が帰ってきたお祝いに、何か作りましょうか!」
「遅い時間だけど、母さんの料理が食べられるのはありがたいな!」
こうして、母親に何の違和感も持たれないで、ごくごく自然に聡史たちは、無事に帰宅を果たすのだった。




