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217 誰が支配者なのか……

天使が降臨して……

 ミカエルが戻ってくると、俺たちは王都に向けて馬車を出発させる。 


 出発に先立って上空から偵察をしたアリシアの報告によると、門の手前には相変わらず1個大隊の兵士が守りを固めているが、居並ぶ全員がすっかり毒気を抜かれたような表情をしているのが、遠目にもはっきりと映っていたそうだ。確かに、無理もないだろうな……


 つい今しがた、魔王と天使のプロレスを見せつけられて、あまつさえ魔王を退けた天使に『アウラ神は偽物』と,看破されてしまったのだ。もっとも、全ては俺がアイデアを出して、美鈴がシナリオを描いた自作自演ではあるが。


 ただし、王宮上空に出現した天使と魔王は、正真正銘の本物という点に関しては、嘘偽りは一切ない。ノイエ・ユグドラスの住民の皆さんは、この世界で最も幸運に恵まれたのかもしれない。天使と魔王の対決なんて、見たいと望んでもおいそれと目にすることはできないんだからな。


 王都の城門の周辺は、道幅の広い街道が整備されており、馬車はそれほどの揺れも感じずに進んでいく。門の手前は開けたスペースが設けられて、街の中に入る旅人や商人が手続きの列をおりなす様子が目に入ってくる。



「全軍! 停止だよ!」


 妹の大声が響くと、馬車150台以上の大キャラバンは、一糸乱れることなく門の500メートル手前に停止する。



「獣人の第一中隊とエルフの第一魔法団は、戦闘態勢を整えて整列だよ!」


 続く号令一下、後続の馬車からは続々と戦闘装備に身を包んだ各部隊が、俺たちの馬車の後方に集結してくる。猛訓練の成果もあり、その統率された動きは一つの有機体とでも表現するのが相応しい。


 100人の勇猛果敢な獣人の精鋭部隊と、30人にも及ぶこの世界にあっては類を見ない大魔法使いの部隊が、小隊ごとに列を作って馬車から降りてくる俺たちを待っている。


 馬車のドアが開いて、俺と美鈴が地に降り立つ。妹は手綱をアリシアに任せると、御者台から飛び降りて、俺たちの横に並ぶ。この3人が馬車から降りた様子を確認した居並ぶ兵士たちは、右手をサッと耳の横にあてて、日本式の敬礼をしながら指示を待つ。



「各自、休め!」


 俺の声で一斉に休めの姿勢をする軍団員たち。最初はこうではなかったのだが、いつの間にか妹のカラーに染め上げられた結果だ。キビキビした動作の一つをとっても、どこかの親衛隊と瓜二つといってもいいだろう。



「今からこの場に整列している第一中隊と第一魔法団は、我々3人が率いてフランツ王国の王都へ突入する。予期せぬ抵抗に備えて、警戒は厳としろ!」


「「「「「「「「サー・イエッサー!」」」」」」」


 うーん、やはりどこかで聞き覚えがある。強いて違いを挙げるとすれば、人数が多いせいで返ってくる音量が馬鹿デカいのと、『主殿~!』と、尻尾を振りつつ付き従う2体の大妖怪の姿がない点だ。



「伝令! この場に集合だ!」


 俺の声に付近で待機していた伝令役の獣人たちが、ダッシュで集まってくる。背筋を伸ばして起立したまま一心に俺を見つめて、一言も聞き漏らすまいという真剣な表情だ。



「全ての馬車に伝達せよ! 街道から外れた場所で野営の準備に入れ! 続々と保護された人々が馬車を目指して集まる予定だ。受け入れ態勢を完璧に整えよ! 現在前に立っている3人が街に入っている間は、カレンの指示に従え! 伝達は以上だ」


「「「「「「「「了解しました!」」」」」」」」


 こうして伝令役が各馬車に散っていくのを見送ると、俺たちは突入部隊を率いて門に向かって歩いていく。


 俺と妹は堂々と顔を出しているいているが、美鈴はフードを目深に被ってその顔が外部からはっきりと見えないようにしている。天使との戦いで城の上空に姿を現しただけに、万一逃げ去った魔王だと感づかれないようにしているのだ。


 門を通る手続きのために並んでいる列を尻目に、俺たちは武装したままで門前に居並ぶ兵士たちに接近していく。


 百人以上の戦闘態勢を整えた俺たちの部隊が目前に迫ってくるとあっては、いくら毒気を抜かれているとはいえ、門を守っている兵士たちは真剣にならざるを得ない。自軍が千人規模という数的な優位を頼みにして、俺たちの前進を止めようと立ちはだかる。



「止まれ! 黄人族の分際で、武装した集団を率いているとは! さては、お前たちが、北部の街を騒がせた賊共だな! この場で打ち取られたくなければ、武器を捨てて降伏せよ!」


 隊長と思しき男が、俺たちに向けて警告の言葉を発している。


 どれ、そのような態度に出るのならば、こちらからも警告をしてやろうか。



「どうやらこの場にいて、天使の言葉を聞き逃したようだな。悪いことは言わないから、国王本人か、この場で意思決定が可能な高官を呼んでこい! よく聞いておくんだぞ。俺たちは、神と天使の寵愛を受けた軍団だ!」


 実は美鈴の魔法によって、魔王と天使のやり取りや司祭との会話などは、門の外にいてもはっきりと聞き取れるように拡声されていた。直接魔王や天使の姿は見ていなくとも、この場にいる兵士たちは、その声を聴いていたのだ。



「なんだと! いや、そんなはずはない! 卑しい黄人族に神が味方をするなど、有り得ない! しかも、後方に引き連れているのは、混血の奴隷共ではないか!」


 隊長の男の表情が、明らかに怒気を孕む。魔王と天使が、あれだけド派手なプロレスを演じたにも拘らず、改心する様子はまったくないようだ。


 もっともミカエルは、『神の寵愛を受けた軍勢に従え』という神託を残したが、奴隷に関しては何も言及してはいない。アウラ神が否定された結果、国王から街の住民まで上へ下への絶賛混乱中であるから、誤った人種の優越思想にまで考えを巡らす余裕などないのだろう。



「ずいぶん香ばしい口を叩くんだな。俺たちはむしろ、力尽くで押し通っても一向に構わないが、その用意があると受け取ってもいいのか?」


「卑しい黄人族や混血者など、我ら白人族にひれ伏しながら生きてゆけばよいのだ! この場で全員の首を挙げて、門前に並べてくれる!」


「いいだろう。平和的な交渉は、不成立と見做す」


 俺はチラリと妹に視線を送る。トラブルが高じて暴力沙汰になる際、その口火を切るにはこれ以上の適任者は、俺が知っている限り存在しない。現に妹は、ウズウズしながら待っている。



「やっとさくらちゃんの出番がきたんだよ! さくらちゃんは待っているのが大嫌いなんだからね! でも、もっと嫌いなのは、エラそうな態度をとるやつなんだよ!」


 妹は、左手に魔力擲弾筒を装着すると、有無を言わさずにブッ放す。標的となったのは、門の左右に置かれている石像だ。



 シュパシュパン!


 ズガガガーーーン!


 大理石造りの彫像は、粉々に破壊された。


 その爆発に巻き込まれて、兵士が20人以上倒れている。たった2発の魔力弾で、あたりには阿鼻叫喚の光景が広がった。重傷を負った兵士の助けを求める呻き声が、いきなり生じた惨劇を益々深刻に彩り、血の匂いが広がっていく。


 目前に広がる恐怖を呼び起こす光景に、門を守る千人の兵士たちの顔が、青を通り越して紙のように真っ白になっている。


 うん、俺の予想以上だ! 力を背景に相手を恫喝する手口を、どうやら妹は知り尽くしているらしい。これじゃあ、マフィアごときは三日で壊滅するはずだよな。


 美鈴といい、妹といい、どうしてこうも力の信奉者なんだろうな。もっと大らかな心を持って、相手に寛大な対処をしようとは思わないのだろうか? こうなることが分かっていながら、妹をけし掛けたのは、俺だけど。



「第一魔法団! 俺たちの左右に展開せよ! 上級魔法の術式を構築しつつ、合図があるまでその場に待機!」


 ハーフエルフの一団が、ザっと俺たちの左右に並ぶ。前方に伸ばした利き手には、様々な属性の魔法が今にも撃ち出す構えでホールドされている。手の平から発生している光だけで高威力の魔法だと、ちょっとでも戦いを齧った人間ならば、理解可能だろう。



「なっ! これほど大勢の魔法使いだとぉぉ!」


「この場の兵士全員をあの世に送る威力を、この俺が保証してやるぞ!」


 さっきまではあれほど強気に出ていた隊長の顔色は、蒼白を通り越している。そのうちに、すっかり透明になるかもしれない。


 だがそれでも、目前にある危機の脅威度をようやく理解した表情だ。このまま放置していたら、味方は全滅だからな。



「よ、要求を聞こう」


「国王本人、もしくは全権を委任された高官を呼んでこい! 具体的な話はそれからだ」


「す、すぐに呼んでくるから、どうか魔法は撃たないでくれ!」


 すっかり血の気が引いた顔色のまま、隊長は門内に駆け込む。慌てて馬を引き出す物音が聞こえてきたから、城に遣いを出したのだろう。


 そのまま待つこと、20分少々……



「遅い! 遅いんだよ! さくらちゃんは、もう我慢ができないんだよ!」


 イラついた表情を浮かべる妹の様子を見て、門を守る兵士たちは、ますます引き攣った表情を浮かべている。あまりに過大なストレスがかかったせいか、顔面筋がリアルにピクピク痙攣を起こしているのだ。


 このままでは、妹が暴れだして収拾がつかなくなる。俺は、美鈴に目配せをすると、彼女はアイテムボックスからサッとサンドイッチを取り出す。



「さくらちゃん! これでも食べて、気持ちを落ち着けてね。飲み物は紅茶でいいかしら?」


「美鈴ちゃん! 食べ物さえあれば、さくらちゃんはいくらでも待つんだよ! 紅茶にはお砂糖とミルクをたっぷり入れてよ!」


 実に単純なヤツだ! 急に機嫌を取り直して、サンドイッチをパクついている。


 こうして、妹が手にしたサンドイッチをちょうど食べ終わった頃……





「待たせたな。天使の寵愛を受けた軍勢とは、そなたらのことか? なんと! いかような人間が来るかと思っておったら、黄人族ではないか! 神の寵愛などと口では言うても、怪しいものであるな」


 兵士に先導されて、俺たちの前に姿を現したのは、豪奢なトーガに身を包み、デップリと脂がのった体格をした初老の男だった。隊長が『宰相閣下』と呼んでいるから、国王に次ぐ立場の人物が登場したようだ。



「俺たちを怪しんでいる前に、何者か名乗るのが、最低限の礼節ではないのか?」


「礼節とな? はて、黄人族の卑しい奴隷の口からそのような言葉が出るとは、誠に奇怪な」


 ズドドドドーン!


 俺のデコピン弾が炸裂して、宰相の周囲にいた数十人の兵士が、まとめて挽き肉に変わった。もちろん宰相自身も、爆発のあおりを食らって、吹き飛ばされている。



「口の利き方には気をつけろよ! 殺すぞ! ああ!」


 寛大な対処など、クソ喰らえだ! こちらの要求を丸呑みした場合のみ、適用される限定ルールだからな。俺の中では……



「兄ちゃんは、本当に堪え性がなさすぎなんだよ!」


「なんだかんだ言って、一番先に過激な手が出るのは、聡史君なのよね。しかも『殺すぞ!』ではなくて、すでに殺しているし!」


 なんだと! 妹と美鈴から、強烈にダメ出しされているぞ!


 俺の行動のどこに、ダメ出しされる要素があったのか、甚だ疑問が残るな。いったいどこが良くなかったんだろう?


 しかも妹よ! 『堪え性がない!』とは、どういう意味だ? ここまで言われたら、伝家の宝刀の遺憾の意を表明するしかないな!


 おや? 美鈴のフードに隠された瞳が、銀色に変化している。外側から見えにくくとも、もうなんだか気配だけで分かってしまうんだ。



「そこなる兵士よ! 口から泡を吹いている男に、これを飲ませてやれ!」


 ちょっとだけルシファーさんの本性を現した美鈴は、離れた場所にいて命拾いした一人の兵士を呼び付けて、あたかも人形のようにその精神を支配している。兵士は、美鈴から受け取ったペットボトルをぎこちない動きで、デップリした宰相に飲ませているな。


 次第に傷が癒えた宰相は、意識を取り戻す。



「はっ? ワシは一体どうしたのだろうか?」


 回復水を飲まされて、意識を取り戻す宰相は、しきりに周囲を見回して、何が起きたのか記憶を取り戻そうとしている。そして、ハッとした表情で、意識を失う直前に何があったのかを思い出したようだ。



「な、な、な、なんとい……ヘブオピ$ラ&ガ%フジ、ギャァァァァァァ!」


 どうやら、錯乱したようだ。頭を抱えて、募りくる恐怖に耐えかねたかのように、首をブルブル振っている。


 なんだよなぁ…… せっかく回復水を飲ませて意識を取り戻してやったのに、いつの間に精神的にそんなに追い詰められていたんだ? デコピン弾程度でこの有様では、どの道この先長く生きていけないぞ。


 おそらくもう二度と話し合うことはないだろうが、性根を鍛えて出直すんだな。さて、交渉相手がこのざまでは、要求の伝達もままならない。どうしたものかな……



「下郎! その口を閉じよ!」


 うん、こういう事態にあって、頼りになるお方がいらっしゃった。ルシファ-さんが瞳を光らせて、今度は宰相の精神を操っている。操り人形のようにノロノロと立ち上がった宰相に向かって、ルシファーさんがその威厳を後光のように煌めかせながら命じる。格好良すぎだ! つと、そのルシファーさんが、俺を振り返る。



「スサノウ殿のおかげで、歩きにくいではないか! ふむ、こうすればよいであろう!」


 定番のヘルファイアーで、周囲に散らばっている兵士の体のパーツを焼き払うと、真っ白な灰が積もった様子に満足そうな笑みを浮かべている。この有無を言わせない姿勢は、誰にも真似ができないな。



「これで歩きやすくなったな。どれ、そなた自ら先導し、王の元まで案内せよ!」


 絶対に逆らえない命令によって、宰相は無表情のまま門をくぐって歩き出す。こいつが先導してくれるなら、おそらくは無抵抗で城まで行けるだろう。よし、後続の軍団にも指示を出そうか。



「第一魔法団! 構築した魔法を空に放て! 全体、前進開始!」


 色とりどりの魔法が虚空に向かって飛び去って行く。高空で爆発音を轟かせながら、絶大な威力を撒き散らしているが、地表から見ていると鮮やかな花火のように映るな。


 


 こうして俺たちは、ルシファーの傀儡となった宰相の後に続いて通りを進む。結構な面積がある街なのだろう。30分ほど歩いて、ようやく王宮の門前に設けられている広場に到着した。


 ここが、例のアウラ神を崇めるミサを執り行っていた場所だな。住民たちはすっかり姿を消して、現在は焼け焦げた彫像だけが、残されている。


 広場のもっとも奥まった位置には、衛兵が立つ王宮の城門がある。遠慮なしに、今からお邪魔するつもりだ。



「宰相の案内に従い、王の居場所に参る! 邪魔だてをするな!」


 ルシファーにひと睨みで、衛兵は門を開く。宰相自らが大魔王様の言に頷いているのだから、門番風情が逆らえるはずもない。



 こうして城内に入り込むと、先頭を歩く宰相の元に騎士団や高官たちが続々と駆け寄ってくる。



「宰相閣下! 卑しい黄人族や混血の者共などをお連れになるとは、いかがいたしましたか?!」


「閣下! 奴隷が城門をくぐるなど、前代未聞でありますぞ! せめて奴隷らしく、裏門を通されよ!」


「我が国の尊き歴史を、踏みにじるおつもりか?! 奴隷が我が物顔で城内を歩くなど、あってはならぬ出来事!」


 口喧しい連中だな。しかも、その口を開けば二言目には『奴隷』だと! どうにもむかっ腹が立ってくる。だが、俺よりも先に行動を起こすのは、やはりこやつだ。



「いちいちうるさいんだよ! 道を開けるんだよぉぉ!」


 キーン! ドッパーン!


 その拳から衝撃波を打ち出して、群がってくる騎士やお偉いさんを、まとめて吹き飛ばした。せめてもの情けで、ごく普通の衝撃波だったから、運がよかったら命を取り留めるだろう。太極波だったら、全員死亡確定だからな。


 


 こうして、俺たちは王宮の建物の内部に入り込む。謁見の間に向かう長い廊下では、次々に役人らしき連中が引き留めようと試みるも、ルシファーのひと睨みで、誰もが意識を手放してその場に倒れていく。


 謁見の間では、国王と貴族たちは雁首を並べて天使の登場に対する対応を協議している最中だったが、当たり前のような表情で、俺たちはお構いなくその中へ踏み込んでいく。



「お前たちは何者だ! 宰相閣下! 何故をもって、このような者たちを神聖なる謁見の間に連れてきたのだ!」


 どうやら、騎士団長のようだな。必死になって部下を鼓舞して、俺たちを止めようと足掻いている。



「第一中隊、この場を制圧しろ!」


 命令一下、鍛え上げられた獣人の血を引く部隊が、腰の剣を引き抜いて騎士団に殺到する。あっという間に20人ばかりの騎士団を床に転がすと、居並ぶ貴族たちに剣を突き付けて、動かぬように制止する。特に打ち合わせをしなくても、この程度はアドリブでこなすように、訓練されているのだ。


 おや、美鈴…… いや、ルシファーが、つと一歩前に出るぞ。



「さて、これで逆らう者はいなくなったようだな。スサノウ殿、ここでは話がしにくいゆえ、あるべき場所へと向かうぞ!」


 ルシファーは、俺と妹を引き連れて、壇上に腰掛けている国王の玉座へと向かって歩き出す。そして、王の前に立つと……



「速やかにその席を譲れ!」


 さすがにこの行動には、俺も驚きを隠せなかった。一国の王に向かって、真正面から玉座を奪おうとするとは……


 ルシファーさん、半端ねえッス!



「我がどけと申しておるやに、道理のわからぬ愚者であるな!」


 ドサッ!


 おわぁぁぁ! 国王の襟首を掴んで、段の下に放り投げたよ!


 ルシファーは、魔法だけではなくてパワーや剣技も生半可なレベルではないから、片手で王の巨体を放り出してしまった。


 頼りにはなるんだが、俺の精神衛生上、決して好ましくはない事態を、いとも簡単に引き起こしてくれるな。半端なさすぎッス!



「どれ、この場は我が預かろうか」


 堂々と宣言すると、ルシファーは、玉座に座ってしまった。やることがブッ飛びすぎて、俺でもついていけなくなる。



「実に安っぽい玉座であるな。そこなるブタの王によって、座席がヘタってしまったか?」


 今度は、『ブタの王』だってさ。もう好きにしてくれ! 床に放り捨てられた国王は、茫然自失でルシファーを見ているだけだ。



「ふむ! 安物の椅子ではあるが、そなたらも適当に掛けるがよいであろう。我が一人で座っているのも、どうにも居住まいが悪い心地がしてくるゆえ」


 ルシファーは、玉座の左右にある席を勧めてくる。こうなったら、毒食らわば皿までだろう。俺と妹は、言われるがままに席に着く。


 おや、謁見の間の出入り口が騒がしい様子だ。外に人が集まっている気配が伝わってくる。大方、騎士団を集めて俺たちを排除しようと企てているのだろう。



「邪魔であるな」


 ルシファーが指をパチンと鳴らすと、外に繋がる大扉には魔法陣が浮かび上がる。封印されて、どんな手段を用いても開かれないようにしたようだ。



「さて、この場に寄り集まった愚者共に申し付ける! この場の正当なる支配者は誰だか、各々存じておるな?」


 暗黒の支配者の威厳全開にしたルシファーの前では、国王の権力などミジンコに等しいレベルだ。居並ぶ誰もが、圧倒的に高圧かつ、逆らうなど不可能と本能が感じ取ってしまう威厳に、今にもひれ伏さんばかりだ。フードを目深に被って表情を見せない状態でこの有様なのだから、実際に顔を出したら、この場の全員が魂を抜き取られそうだ。



「それでは、そこなる愚かな王よ! まずはこの紙に署名をせよ! 誓いを破った際には、その心臓が止まる契約魔法だ」


 アイテムボックスから取り出した羊皮紙の巻紙を、ルシファーは国王の前に放る。おそらくは物凄く失礼な行為だとわかっていながら、敢えておかれている立場をわからせようとしているのだろう。


 その圧倒的な威厳に逆らう術を見出せない王は、ブルブル震える手で書記官から手渡された羊皮紙に、羽ペンでサインしている。



「署名したな。どれ、確認するゆえに、こちらに持ってまいれ!」


 書記官が差し出した羊皮紙に目を通したルシファーは、確認を終えるとその書類を読み上げる。



「フランツ王国国王、アルフォンス・フォン・フランツ8世は、この場で誓いを立ててこの命を懸けて守ることを、神に宣誓する。この内容に相違ないな?」


「相違ありません」


 子犬のようにブルブル震えながら、床に手をついている国王が答える。聞いた話によると、魔王と聞いただけで白目を剥いて失神した小心者らしいな。



「それでは、この愚かな王がこの場で立てるべき誓いを申し渡す。フランツ王国国内での奴隷の禁止と、即時奴隷の解放をこの場で宣言せよ!」


「そ、それは……」


「よいのか? この場で血を吐きながら死ぬぞ! 魔力による契約を、甘く見るでないぞ」


 ルシファーにこうまで威圧的に出られて、逆らう気概など持ち合わせている王ではなかった。口ごもりながらも、ルシファーから伝えられて通りの内容を宣誓する。



「よかろう。我が魔力を込めると、ただ今の契約が発動いたす。王に仕える愚者共は、その命を粗末に扱うでないぞ!」


 国王に一方的な内容の契約を押し付けておきながら、さらに臣下たちにも王の命を盾にして、誓いを守らせようとしている。それはまさに、悪魔の所業に相応しい。


 ひょんなことから、フランツ王国は、とんでもない大悪魔に魅入られてしまったものだな。



「それではただ今より、王都内の奴隷を王宮前の広場に集めるのだ。我の気が変わらぬうちに、早く済ませよ。あまりに遅いと、そこなる王をウッカリ死なせてしまうやもしれぬ」


「しかし、奴隷を所有している者たちが、素直に従うかどうか……」


「天使からの神託であると民に伝えよ! 天使からは、直々に許可を得ておる!」


「ははーー」


 こうして、ルシファー様のおかげで、奴隷として苦しめられていた人々の解放が決定した。


 誰もが天使の神託には逆らえず、翌日から奴隷として扱われていた人々が、次々に広場に集まってくる。俺たちは、カレンや明日香ちゃんの手を借りながら、広場から門外に彼らを移送する作業に忙殺される日々が5日間続いた。







 そして、その最終日の昼前……


 城門前の広場には、再び天使が降り立つ。



「まだ奴隷を手放さない、背徳を犯す人間がいるのならば、今日の夕暮れまでにこの場に連れてくるのです。もし隠し通そうとするならば、罪を犯した者と見做して、恐ろしい神罰が下ります」


 王都の中には、こっそりと隠していたらバレないと甘く見ていた人間が、少数ながら存在していた。しかし、そのような人物も、再び降臨した天使の言葉に震え上がり、続々と広場に抱え込んでいた奴隷を連れて来る。


 その翌日からは、獣人の嗅覚を利用した捜索が展開されて、文字通り天罰が下るがごとくに、奴隷を隠していた人間、大半は犯罪組織だったが…… この者たちは、妹とアリシアの手によって、皆殺しの憂き目に遭うのだった。






「それじゃあ、出発するんだよぉぉ!」


 馬車400台にまで規模が膨らんだ巨大キャラバンが、王都を出発する。総人数ですでに2000人を超える、大所帯だ。


 王都から西に向かって国境を越えて、懐かしい故郷を目指す旅が始まる。王都で解放されたばかりの人々も、ようやく未来への展望が開けて、生き生きとした表情を取り戻している。


 隣国までは、馬車で旅をすると約一月という話だ。その間は通り掛かりの別の街でも、可能な限り奴隷として働かされている人を助け出していこうか。


 こうして俺たちの馬車の旅が、再開するのだった。

奴隷の解放に成功した一行は、新たな国へと…… この続きは、火曜日までに投稿します。どうぞお楽しみに!


たくさんのブックマークをお寄せいただきまして、ありがとうございました。皆さんの温かい応援に、心から感謝いたします。

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