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216 台本ありき…

獣人とエルフたちの訓練開始

 キーーーン! ズバババ--ン!


「グワァァァ!」


「ギヤァァァ!」


 草原をびっしりと埋めている草を丸刈りにする勢いで、さくらちゃんの拳から衝撃波が撃ち出されるよ。そのたびに、絶叫を上げながら獣人たちが空に舞い上がっていくね。


 地面に落ちてもんどりうっているけど、幸いに生えている草がクッションになって、大きな怪我はしていないね。そもそもこの程度の衝撃波くらいは、軽くいなさないと使い物にならないよね。ほらほら、しっかりと避けるんだよ!


 あっ! 今ハゲ頭が空に舞い上がったよ! 調子に乗って訓練に参加しているお父さんが、衝撃波でブッ飛ばされたんだね。いい薬だよ! 異世界の怖さをしっかりとその身に刻むんだよ!



 こうして、さくらちゃんは、厳しい訓練で獣人たちを鍛えていくんだよ。獣人たちを強くするのは、王様の務めだからね!







 少し離れた場所では……



 俺と美鈴は、魔法の腕に覚えがあるハーフエルフを集めて、実戦的な魔法使いに仕立て上げる訓練を開始したばかりだ。


 美鈴が、この場に集まった男女合計15人余りに問い掛ける。



「各自の魔力量と得意な属性を申告してもらえるかしら?」


「魔力量は250で、風魔法が得意です」


「魔力量は320で、土魔法を操ります」


 全員が総じてこれくらいのレベルだな。この世界では、Aランクの冒険者パーティー活躍する魔法使いの魔力量が700~800程度で、1000を超えたら大魔法使いに区分されるそうだ。


 大気中に漂う魔素は豊富なのだが、魔法理論が厳密に整理されておらず、術式のレベル自体も低いというのが実情だと、俺と美鈴は認識している。


 エルフというのは、魔法が得意な種族という風評が一般的だが、その血が混ざった彼らでもこの程度のレベルというのは、魔法に対する研究が大して進んでいない証拠であろう。


 このようなハーフエルフたちの回答を確認した美鈴は、眉間にシワを寄せているぞ。これは、前途多難が予想されているな。



「まずは、各自の魔力量を増やすところから始めるしかないわね。聡史君、この場の全員を結界で包むから、3千万くらいの魔力を放出してもらえるかしら」


「任せてくれ!」


 美鈴が結界を構築すると、俺は体内の魔力のごく一部を放出する。当然、ドイツでマリアが目を回した時のように、この場にいるハーフエルフたちは気を失って口から泡を吹いて倒れた。



「ハーフエルフたちが、魔力を体に取り込むまで、しばらく待っていましょう」


「1時間もあればいいかな?」


「そうね…… いきなり魔力量が1万を超えるのは、この世界的にも不味いでしょうから、2,3千でいいかしら」


 そうだな。あまりにも常識とかけ離れた魔力を持つのは、この世界の理を崩すことに繋がりかねない。程々のところで止めておくのがよさそうだ。



 こうして1時間、濃厚な魔力に曝されたハーフエルフたちは、体内に魔力を取り込んでいく。妹の親衛隊だったら大喜びで深呼吸しているかもな。






 1時間後、俺が大気中に充満していた魔力を回収して、美鈴が結界を解除すると、ハーフエルフたちは次々に目を覚ます。



「か、体が…… 熱い!」


「変な汗が止まらないぞ!」


「お腹の奥が、燃え上がりそうなの!」


 急激に体内に取り込まれた魔力が体中を駆け巡っているせいで、彼らは体調の変化を感じているようだ。無理もないよな…… 魔力量を短時間で無理やり10倍にしたんだから。


 マリアの場合は、帰還者特典とでもいうのだろうか…… すぐに体が10万にも及ぶ魔力に順応したのだが、この世界の人間にはそこまでの適応力はないのかもしれない。それでも、30分ほど様子を見ていると、彼らも落ち着きを取り戻してくる。



「それじゃあ、体内の魔力を循環させてみるのよ」


 美鈴は容赦なく、たった今獲得したばかりの大量の魔力に慣れていく訓練を申し渡している。時間が限られているから、のんびりと体を休めている暇はないのだ。


 この場にいるハーフエルフたちは、奴隷となった仲間を助けるために志願した者ばかり、一刻も早くより強力な魔法を身に着けようと、全員が強い意志で立ち上がる。


 もちろん魔法が使える者ばかりなので、魔力の循環などお手の物であるはずだ。だが、彼らの間には、大きな戸惑いが広がっていく。



「どうなっているんだ?! 魔力の量が怖いくらいに増えているぞ!」


「私も驚いているわ! ざっと10倍ほどになっているから、循環させるだけでも一苦労よ!」


「こんな魔力があったら、凄い魔法が身に着きそうだぞ!」


 苦労しながら体内の魔力を制御しようと、歯を食いしばっているな。どうか頑張ってくれ。ちなみに俺は、その数十万倍の魔力を体内に抱え込んでいるんだからな! 2,3千程度で音を上がるんじゃないぞ!


 制御に手を焼きながらも、そこは魔力の扱いに慣れたエルフの血を引く者たち、徐々に循環は順調になってきているようだ。



「いい感じに魔力を循環させているわね。それじゃあ、実際に術式の構築について教えるから、私の後ろに集まりなさい。絶対に前には出ないように!」


 美鈴は、ハーフエルフたちに固く言い付ける。さもないと、大魔王の魔法を真正面から受け止める羽目に陥るぞ。



「術式で最も大切なのは、構築の早さと正確性よ! この点を絶対に忘れないで!」


「威力ではないのですか?」


 一人のハーフエルフが質問をしているな。美鈴の目が、我が意を得たりとばかりに、キラリと光っているぞ。



「とても良い質問ね。どんなに威力がある魔法でも、相手に先に撃たれたら意味がないの。それに、当たらない魔法なんて、ただの無駄撃ちでしょう。魔法戦では先手を取ったほうが絶対有利、どんなに小さな魔法でも構わないから、絶対に先に当てることを考えなさい」


「はい、わかりました!」


 さすがは美鈴だ! 先生役としても、実に申し分ない。ハーフエルフたちは、先生に教えを乞う生徒のような顔つきになっているぞ。



「風魔法が得意な人が多いから、まずは基本のウインドカッターね。こんな感じで、発動するのよ」


 美鈴は、右手をかざした。単にそれだけで、真空の刃がズラっと20個ほど、宙にスタンバイして飛び出す瞬間を待っている。しかも、視覚的にわかりやすいように、わざわざ発光させているというおまけつきだ。本日の大魔王様は、サービス精神に旺盛なようだ。



「あ、あの…… 呪文はどうしたのですか?」


「呪文など必要ないわ! 頭で描いた術式を具体化する。魔法というのは、そういう作業です!」


 恐る恐る聞いてきたハ-フエルフに、美鈴はきっぱりと答えているな。無詠唱魔法なんて、大魔王から見たら基本中の基本だからな。



「呪文など無視して、頭の中でイメージした現象を、魔力で形にしなさい! あなたたちがこの場でやることは、それだけです!」


 こうして、ハーフエルフたちは、無詠唱で魔法を発動するという、彼らの常識を覆す困難に挑んでいく。


 脳内のイメージを現象化するという作業に苦戦していた彼らだが、次第に術式として形を成すようになってきた。最上級の指導教官が手取り足取り教えると、こうまで効果が上がるものかと、見ているだけの俺も驚いてしまう。


 美鈴は、他の属性の術式…… 氷魔法に関しては、大気中の水分を集めて魔力で氷を形作る過程を、まるでスローモーションのように再現して見せたりしていた。


 このやり方は実に分かりやすかったらしくて、ハーフエルフたちは詠唱なしで氷を様々な形にして飛ばすという、方法をマスターするのだった。



「さて、次は実戦に近いやり方で、魔法を放つわ。聡史君、例によって的役を頼めるかしら?」


「仕方ないから、やってやるぜ」


 富士駐屯地でもお馴染みの光景だ。ナディアの魔法訓練に付き合う時と同様に、俺が草原を走り回って、ハーフエルフたち15人が魔法を放つ。


 俺に向かって、炎、氷、風、雷などの属性の魔法が数限りなく飛んでくるが、いくら当たっても俺が平気な顔で走っているのを見て、エルフたちは目を真ん丸にしていたぞ。



「あの~、なんであれだけ魔法が当たっても、平気な顔をしていられるんでしょうか?」


 訓練終了後に、一人のハーフエルフが代表して俺に尋ねてきた。俺は胸を張って答えたぞ。



「気合いだ! 全ては気合いで乗り切れる!」


「「「「「「「絶対、嘘だぁぁぁぁぁ!」」」」」」


 ハーフエルフたちの魂の叫びが、何もない草原を吹き抜ける一陣の風のように、虚しく消えていくのだった。







 数週間後……


 奴隷として囚われていた人たちの解放を開始してから、数週間が経過した。


 俺たちは、朝日が昇る前に朝食を取り、午前中は馬車での移動、午後はひたすら訓練に明け暮れる日々を過ごしている。


 この間、7か所の街を通過した。当然どこの街にも、奴隷として連れてこられた人々がいたので、全員をキャラバンに収容した。


 おかげで今では、総勢800人を超える規模まで、人数が膨らんでいる。


 もちろん収容した獣人やエルフたちから志願者を募って、軍団は日々増強されつつある。獣人部隊は3個中隊に、エルフの魔法使い部隊は2個中隊規模になっていた。


 既に初期にキャラバンに加わった戦闘員は、指揮官としての訓練も施しておいたので、俺たちが直接かかわらなくとも、彼らだけで小さな街の領主の騎士団程度ならば楽に蹴散らせるレベルとなっている。


 現に数か所の街は、彼らだけで奴隷の連れ出しに成功していた。俺たちは、万一に備えて街中で待機していただけであった。殊に美鈴に鍛えられたハーフエルフたちによる魔法使い軍団が、実にいい仕事をしてくれる。一人が放つ魔法一発で、領主が抱える騎士団が壊滅してしまうのだ。


 その後、獣人たちの部隊が街に入り込んで、奴隷となった人々を救い出すという方法で、順調にここまで進軍してきた。


 だが、こうして次第に引き連れる人数が増えていくと、問題となるのは、移動や生活に相応の手間と時間がかかる点である。


 そこで、俺たちはこのキャラバン全体の軍組織化を徹底して推し進めた。軍組織とは、完全に自己完結型の組織を指す。衣食住や補給、戦闘に関して、終始一貫して自分たちで賄うようにしたのだった。


 おかげで、非戦闘員である獣人のオバちゃんたちであっても常にキビキビと働き、食事の用意や子供たちの世話を積極的に行ってくれる。後方支援の大切さを理解して、手を抜かずに頑張ってくれるから、こちらとしても大助かりだった。


 ちなみに、ハーフエルフにはオッサンやオバちゃんはいない。聞いたところによると、寿命が200年くらいあるので、皆若々しい外見を保っているのだ。100歳を超えた者でも、日々元気に戦闘訓練に参加している。寿命の概念が人族とは大幅に違っているのだった。




 さて、数週間旅をしてきた俺たちは、ついにフランツ王国の王都である、ノイエ・ユグドラスの街までやってきた。


 王都というからには、この国で最大の街であり、それなりの軍備も整えているだろう。地方領主の軍勢は、多くても数百人単位であったのに対して、王都を守る王国騎士団は一万人規模に上るらしい。


 既に俺たちが北部の街を荒らし回って、奴隷を解放したという情報が伝わっているようで、街を守る門には、厳重に装備を固めた1個大隊が目を光らせている。

 


 このまま強引に王都に押し入るのも一興だが、俺たちはもっとスマートにこの街をひれ伏させる方法を考えていた。


 それは、事前に他の街で偶然耳にしたとある情報が元となっている。この国で信仰されているアウラ神を崇める宗教、正式に何と呼ぶのかは知らないが、仮にアウラ教とでもしておこう。


 アウラ教では、7のつく日は聖なる日と定められているそうだ。殊に毎月27日は、王宮前の広場で神に捧げる大規模なミサが開かれる。街の住民は挙って参加する十万人以上が集まる盛大なミサだ。


 俺たちは、わざわざこのミサが開かれる日に合わせて、この街に到着するように、スケジュールを調整していたのだ。そのまま、門が遠くに見渡せる場所で待機している。


 あとは、ルシファーさんとミカエルにお任せすれば、万事オーケーだ。


 不安があるとすれば、どちらかが暴走した場合だな。その際は、この街が地上から消えてなくなるだろうが、街に住んでいる皆さんは、運が悪かったと思ってどうか諦めてもらいたい。



「そろそろいい時間だろう。二人は上空から様子を窺ってくれ」


「外ならぬスサノウ殿の頼みとあらば、我は従おう。ちんけな街ではあるが、我の力に精々怯えるがよいぞ」


「我が神の仰せに従い、ミカエルは務めを果たしてまいりましょう」


 こうして、ルシファーとミカエルは、翼を広げて大空高く舞い上がっていく。俺たちは、その姿を見送るのだった。








 空に飛び立ったルシファーは……



「ミカエルよ! 今回だけは、我がやられ役を務めるゆえに、精々派手に力をぶつけよ!」


「ルシファー殿のありがたき申し出、このミカエル、肝に銘じまする」


 こうして我らは、愚にもつかない民衆が集まっている王宮前の広場を上空から見下ろす。愚者共が這い蹲る地表からは、我らの姿は埃の粒にも捉えられぬであろうが、神と天使の目であらば、人々の表情まではっきりとこの目に映るのである。


 ふむ、広場の奥に連なる建物が、どうやら王宮であろう。一分の隙も無い壮麗なる魔王城とは比べるべくもない、実に稚拙な造りであるな。おまけに、ゴテゴテとした悪趣味な彫像が随所に施されて、もはや嫌悪感を抱くレベルである。建物ごときれいに更地にすれば、どれだけ胸のつかえが取れるかと、ついつい考えてしまう。


 王宮のバルコニーには、居並ぶ高官の中央にある玉座に王と思しき人物が座っているようであるな。ただし、あれなる人物を『王』と呼び、崇めなくてはならない人々は、まことなる不幸を背負っていると考えて相違ない。愚者の中にあって、さらなる愚者とは、あのような人物を言い表すには最も適切な言葉なり。


 一段低いバルコニーには、貴族共が列席しておる。居並ぶ面々を見渡しても、ひとかどの人物と呼べるような者は、見当たらぬようだ。王宮の庭には、騎士団が正装して居並ぶが、どれもこれもありきたりな者共にすぎぬ。このルシファーの目に留まるような勇を持つ者の一人くらいは、この場にあっても良さそうではあるが、我をして愕然とさせる結果であるな。



「ルシファー殿、聖職者が姿を現しましたぞ」


「あれなる者が司祭であろうか? ただの俗物ではないか!」


 ミカエルの呼び掛けに視点をズラすと、そこに現れた僧侶の姿をした者は、王や貴族に輪をかけて欲に塗れた、もはや我の力でも救いようがない腐敗臭が漂ってくる愚者の中の愚者の、そのまた選ばれた愚者であった。

 


「ミカエルよ! もはやこの場におる者を全員滅ぼしたほうが、この世界のためにならぬか?」


「ルシファー殿、ここはぜひとも、我が神の台本通りに」


「憤懣やるかたないぞ! しかし、この場に及んで是非もないか。それでは、先に参る!」


 こうして、我、ルシファーは、次第に高度を下げてゆく。今回は特別に、禍々しい角が両脇から伸びた兜と、これまた禍々しい魔力を放つ魔剣を手にして、誰がどこから見ても魔王としか判断できぬよう、衣装にも嗜好を凝らしているのだ。


 どれどれ、司祭のまやかしの祈りが聞こえてまいるな。



「尊きアウラの神に、この聖なる日に王から民まで心を一つに、祈りを捧げまする。どうか我らの祈りを聞きとどめたまえ! ファーレム!」


 広場の門前に建てられた女神の像を前にして、跪きながら祈りの言葉を捧げておる。普段ならば、聖職者の声に合わせて民衆が一斉に祈りを捧げるのであろうが、此度ばかりはその様相が違っているな。


 なぜなら、民衆が一斉に顔を上にあげて、天から降臨する我の姿を食い入るように見つめているのだ。


 フフフ、良いぞ良いぞ! このルシファーが愚かな民の眼前に降臨するなど、二度とないこと! よくよくその記憶に留めるのだ!



「あ、あれは?!」


「空から人の姿をした……」


「何者だ?!」


 群衆は互いに顔を見合わせながら、騒然となった様子である。我は次第に高度を落として、バルコニーにおる国王を見下ろす位置に静止する。翼を優雅にはためかせながら、国王に向かって語り掛ける。



「愚かな王よ! 喜ぶがよい! 魔王がこの国を滅ぼしに参ったぞ! 命乞いするなら、聞き届けなくもないのである!」


「ま、魔王だと……」


 それっきり、愚かな国王は白目を剥いて気を失った。真に胆力の欠片もない、愚にもつかない者である。



「矢を射かけろぉぉ!」


「王を守れぇぇぇ!」


 だらしない王に引き替え、兵士の中には多少の気概を見せる者がおるようだな。結構結構! どの程度のものか、このルシファーが選別してくれる。



「我を落胆させるでない! もっと強力な攻撃で出迎えねば、我を止められはせぬぞ!」


 実にくだらない攻撃であるな。受けているこちらのほうが気の毒に思えてくるぞ。何の力もなき矢が、我に向かって飛んでまいるが、それらは我の左手の一振りでバラバラと地面に落ちていく。


 どれ、少々我の力を披露して進ぜようか。右手の魔剣を一振りすると……



 ズガガガガーーン!


 バルコニーの下層から盛んに矢を射かけていた兵士に、暗黒の波動が突き進む。その場の全員を巻き込んで派手な爆発をすると、バルコニーは崩れ落ちて、城の壁には大穴が開いている。

 

 実に情けない光景だ。王城の壁くらいは、魔法障壁の一つも展開して守っておると思っておったぞ。何ら防御術式が施されていないとは、呆れ返って声も出ぬわ!



「終わりだぁぁぁ! 魔王が攻めてきたぁぁぁ!」


「逃げろぉぉぉ!」


「どこに逃げるんだ! この国は終わりを迎えるんだぞ!」


 広場に集まっている民衆たちは、パニックに陥る者と諦めて運命を受け入れようとする者に分かれておるようだな。さて、そろそろ頃合いであろう。


 天を仰ぎ見ると、純白の翼をはばたかせて、ミカエルがゆっくりと降りてまいる。さあ、ここからは、台本プロレスありきの戦いのスタートである。



 我は、ゆっくりと地上に舞い降りてくるミカエルの姿を、泰然とした態度で迎えるのであった。



 やがて、ミカエルの姿が群衆の目に留まる高さまで、降りてまいる。



「こ、今度は……」


「ま、まさか!」


「我らに救いをもたらす……」


 人々は上空を見上げて、その純白の姿に見入っている。



「邪悪なる魔王よ! 我が神に代わりこの場で成敗いたす!」


「面白い! どちらが果てるか、この場で白黒つけようではないか!」


 我の手から、暗黒の波動が放たれる。


 台本では、力や光を必ず下から上に向かって放てとある。上から下では、地面にいる民衆に多数の犠牲者が出てしまうので、このようなお約束が設けられるのであった。



「小癪な!」


 ミカエルは翼をはためかせつつ体を捻って、我の暗黒の波動を避けている。年若いながらも、見事な軌道を描いておるな。


 やや! 今度は若干高度を引き上げた我に向かって、天界の光を放ってまいるな。



「笑止!」


 手の平をかざして障壁を築くと、天界の光は四散していく。その間にミカエルは、我の下に回り込んで、再度天界の光を放ってくる。



「これは少々手を焼くな」


 翼をはばたかせて急上昇すると、下から向かってくる光に拳をぶつけていく。これは、例の獣神がしょっちゅう見せている技である。自分でやってみると、ザマアという気分がしてくるものだな。


 こうしてしばし、ミカエルとのプロレス的な戦いを演じて、一瞬両者が睨み合う。お互いに頷くと、頃合いも良しという合図である。



「我の邪魔をするとは、まことに憎き天使である! いたし方なしだが、この場は引いてやろう。再びまみえた時こそ、そなたの命を奪うぞ!」


「魔王が天使に敵うとでも思っておるのか? 尻尾を巻いて逃げ去れ!」


 こうして、無事に台本プロレスを終えた我は、空高く舞い上がり、この場から姿を消すのであった。






 無事に台本プロレス的に勝利したミカエルは……


 台本プロレスとも知らずに、魔王を撃退した我ミカエルを、民衆共が畏怖の念をもって見上げているようだ。



「天使様! ありがとうございます!」


「アウラ神のおかげだ!」


「我らのアウラ神よ!」


 愚にもつかない偽物に対する感謝の念など、無垢な民にとっては害毒でしかないな。


 おや、司祭が再び出てきたようだ。魔王の登場とともに真っ先に逃げて隠れておったのが、こうして我が魔王を追い払うと見るや、急に姿を現したか。



「アウラ神が遣わした、偉大なる天使様に感謝いたしまする」


 どうにも腹が立ってくるな。我が仕えるのは、唯一我が神のみ! ましてやアウラなどという偽の神などと、同一視されたくはない。



「アウラだと…… よかろう、こうしてくれようか! 雷よ!」


 ゴロゴロゴロゴロ! ズガーーン バリバリバリバリ!


 天から召喚した稲妻が、城の門前にあるアウラ神の像を直撃する。真っ黒に焦げた像は、両腕と頭がもぎ取れて哀れを誘う姿になっている。



「な、なんと! 我らがアウラ神の像が……」


 跪いたままの姿で、司祭は言葉を失っている。救いをもたらした天使が、神の像を壊すなど、およそ理解の範疇を超えているのであろう。


 仕方がない、愚かな民に真実を告げてやろう。



「我は、アウラなどという偽物が遣わしたものではない!」


「な、なんと申される! この世界でアウラ神は唯一の神のはず!」


「否、アウラなどという神は、存在しない! 我は、我が神の命によって、この場に降り立った」


 そう、我が神こそが神聖にして唯一の我の崇拝の対象! その我が神が、この街の門までやっていらっしゃるのだ!


 我が神をこの街に招き入れることこそが、此度の我が使命である!



「そんなことは絶対にございません! アウラ神こそがこの世界を統べる唯一の……」


「無駄な口を閉ざすのだ! 獣になれ!」


 我の光が司祭を覆うと、その中から1羽のニワトリが現れて、周辺をうろつき始める。タネを明かせば、集団催眠である。司祭は自分をニワトリだと思い込み、群衆は司祭がニワトリにされたものと思い込んでいる。



「我が神の命によって、一度は魔王の手からこの街を救った。だが今後、偽の神に対する信仰を続けるのであらば、二度目はない!」


 群衆は正直であるな。アウラ神など存在しないという天使の言葉を、素直に信じている。抵抗しようというのは、聖職者たちだ。我が神を信じぬとは、まことに不遜なる者たち。いかように罰を下そうかと、ひとしきり考えてみる。



「落ち着くんだ! 何かの間違いだ! アウラ神は存在する!」


 必死で群衆を説得しようとする聖職者たち、その見苦しい振る舞いをこれ以上正視できぬな。対して群衆からは……



「いんちきアウラ!」


「俺たちを騙していたんだな!」


「何を信じたらいいんだ!」


 群衆たちから聖職者に対して罵声が飛ぶ。胸がすく思いであるな。


 さて、教会の悪事を暴いておくとするか。



「民に聞く! アウラなる偽の神を語り、この者たちは民に対して何をしてまいったか?」


「信仰心が足りないといって、寄付を強請したんだ!」


「寄付が払えなかったら、奴隷にされた!」


「家の家具を全部持ち去られたぞ!」


「娘を無理やりに修道女にされて…… 半年後にあの子は自殺を……」


「俺の姉さんも……」


「婚約していた娘を奪われた!」


 聞くに堪えない悪行が、次々に告発されていく。我の中で、ついに裁きが下った。



「我が神に成り代わって、裁きを下す! 教会の関係者は、全員奴隷となるか死罪となるかを、自ら選び取れ! 教会の建物は、すべて取り壊すがよい! 例外は一切認めぬ!」


 ハタと横を見ると、先ほど気を失っていた国王が、側付きの者に抱えられて、我の目の前に跪くところであった。



「愚かな王よ! 今の話を聞いておったか?」


「崇高なる天使様、教会は必ずや取り締まります」


「それでよい。間もなく、我が神の寵愛を受けた軍勢が入城いたす。丁重に扱い、その言に従え」


「心いたします」


 国王から言質を取れば、こちらのモノであろう。我が神も喜んでくれるはずである。最後に、我が神からの伝言を伝えておくとしよう。



「我が神の仰せを伝える! 皆の者は、心せよ!」


「「「「「「「「「「ははー!」」」」」」」」」


 全員が一斉にひれ伏したのを見届けてから、我は厳かに口を開く。



「神を信仰するならば、古き伝承に従え!」


「古き伝承とは……」


「従え!」


「ははー!」


 国王とはこれ以上話しても、時間の無駄であろう。我はこの場から暇を告げて、空高く舞い上がる。



 そのまま我が神が待っている場まで飛ぶと、事の次第を伝える。



「ミカエル! 見事な働きだったぞ! さあ、これで大手を振って王都に入れる! 全員、出発だ!」


 我が神からの思いもよらないありがたいお言葉、このミカエルの瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちましたぞ! 


 こうして、我が神に率いられた軍勢は、堂々と王都へ向けて進軍するのであった。




フランツ王国の王都に入城した聡史たち、その先には…… この続きは、週末に投稿いたします。どうぞお楽しみに!


ブックマークと評価をありがとうございました。



話は変わりますが、中国で香港国家安全維持法が制定されました。


その条文の中に〔中国籍、外国籍に拘わらず、中国の安全と名誉?を脅かす…〕という条文があるそうです。


つまり、この小説を書いている作者は、香港や中国本土に足を踏み入れた瞬間に逮捕される可能性が発生しました。


まあ、世間ではほとんど知られていない小説なので、見逃されるとは思いますが……


ただし、頼まれても行かないよ! 香港も中国本土も一回ずつ行ったけど、改めて行きたい場所ではないです。(個人的な感想なので、異論を認めます)


こんな危ない法律を作るとは、中国共産党政府は何を目指しているのやら?


国際的な孤立が深まるばかりではないでしょうか。

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