202 山中湖危機一髪!
完成が遅れて、遅い時間帯の投稿となりました。
さくらと司令が激しい応酬をしているさなか、横にいた聡史は……
俺は相変わらず目を閉じたままで、妹と司令の組み手の様子を、知覚を総動員して感じ取ろうとしている。最初は両者の動きが早すぎて中々うまくいかなかったのだが、妹が発する闘気に自分の意識を重ね合わせるようにしてみると、あたかも妹の目を通して双方の動きそのものを目撃しているかのように、意識にダイレクトに両者の応酬が伝わってくるのだった。
格上の相手に対して、妹は臆することなく果敢に特攻を繰り返していく。そのたびに、何回も跳ね飛ばされては地面を転がり、ダメージを重ねてはヨロヨロと立ち上がっていく。あの妹を全く寄せ付けずに圧倒するなんて、この司令官でなくては不可能であろう。俺を目をしても、その強さは全く見通せない。ひょっとしたら俺の魔力のバリアすらも、易々と貫いてくるのではないだろうか。
そして、両者の決着の時がついにやってくる。まともに司令の拳を鳩尾に食らった妹は、その小柄な体が崩れ落ちて地面に膝をついた。そのまま意識を失ってしまったようだな。俺の意識に浮かんでいた情景が、突然真っ暗になったからな。
目を開くと、司令が俺のほうを向いて立っている。
「楢崎中尉、さくら軍曹に回復水を飲ませてやれ」
「はい、了解しました」
俺は、アイテムボックスから回復水を取り出して、意識を失って地面に寝ている妹の元に駆け寄る。顔といい腕といい、あちこち傷だらけになっているな。にも拘らず、妹は何かをやり切ったような満足した表情を浮かべている。確かに組手とはいえ、これだけのレベルの戦いを繰り広げたのだから、戦闘狂の血が満ち足りているのかもしれない。
ペットボトルを口に捻じ込むと、少量ずつ水を流し込んでやる。顔にできた擦り傷にも回復水をかけてやると、あっという間に傷口が閉じて、傷跡自体も消えていく。疲労とダメージで青褪めていた表情にも血の気が戻り、浅くなりかけていた呼吸も安定する。さすがは、天使特製の回復水だな。その効果は抜群だ!
「さくら、目を覚ませよ」
声を掛けても、妹は一向に目を覚まさない。司令とは違って、俺はこやつの裏拳を避けられないから、この場合は、美鈴に習ったあの方法しかないな。
「さくら、晩飯はスタミナ焼きだぞ!」
「目が覚めたんだよぉぉぉぉ! 兄ちゃん! 早く食堂に行くんだよ!」
「さくら、落ち着くんだ! まだ3時だぞ!」
「兄ちゃん! それはもっと大変だよ! 大事なおやつの時間なんだよ!」
夕食のメニューを聞いただけで、妹は簡単に目を覚ました。意識が戻った途端に、こやつの頭の中は、様々な料理やデザートが盛り付けられた皿の山で埋め尽くされているらしい。一々心配しなくても、これだけ食欲に満ち溢れているのなら、ダメージからすっかり回復した証拠と判断して間違いないだろう。こうして、妹がすっかり元気になった様子を確認した司令が、横から声をかける。
「さくら軍曹、私との組み手の感想を聞こうか?」
「うん? 司令官ちゃんとの組み手…… ああ、思い出したんだよ! これだけボコボコにされたのは、このさくらちゃんにも記憶にないくらいの出来事だったね。司令官ちゃんは、想像以上に凄い人だったよ!」
「そうだったか? さくら軍曹の攻撃も相当鋭かったから、私も受けながら何度か肝を冷やしたんだぞ」
「司令官ちゃん、お世辞はいらないんだよ! その紙一重の差を超えるのは、普通の人が考えているよりもずっと大変だって、さくらちゃんにはわかっているからね! たくさん修行を重ねて、いつかは司令官ちゃんに1発当てたいよ!」
「そんな日が来るのを楽しみにしているぞ。それよりも、闘気に関して何か掴めたのか?」
「それそれ! さくらちゃんは、司令官ちゃんにボコられていくたびに、自分の闘気が強くなっていくのを感じていたんだよ! あの感覚は、今でもしっかりと覚えているからね!」
「ほう、それではもう一度再現できるのか?」
「ちょっと待っていてよ。今から見せるからね!」
自信ありげな表情で妹は立ち上がると、目を閉じて精神を集中する。やおら目を開くと、両手を左右に広げて、体中に気合を漲らせる。
「司令官ちゃん、兄ちゃん! これが私の闘気なんだよ! おりゃあぁぁぁぁぁ!」
妹の体から、真っ白な光が頭上はるか高くまで立ち上っていく。これは、凄い光景だな。それにしても、わずかな時間の司令との組み手で、これほどまでの闘気を引き出すとは、我が妹ながら恐れ入る。
「ほう、1日でこれほどの闘気を引き出すとは、さすがは獣神だな」
「司令、そこまで司令が言うほど凄いことなんですか?」
「楢崎中尉、私が、今のさくら軍曹レベルの闘気を引き出せるようになるには、一人で修業を重ねて5年の歳月がかかったぞ」
「それを妹は、たった1日でやってのけたということですか?」
「指導者がよかったんだろうな」
闘気を体中から吹き出している妹と指導役の司令が、同時にドヤ顔している。大きく置いて行かれた形の俺としては、思いっきり仲間外れにされた気分だ。く、悔しくなんかないんだからね!
「司令官ちゃん! 今からこの闘気を飛ばしてみるんだよ! 今なら、絶対にできそうな気がしてくるからね!」
「いいだろう、やってみろ!」
調子に乗った妹は、司令のように体から闘気を飛ばしてみると主張している。本当に大丈夫だろうか? 心の中に一抹の不安が募るのは、俺だけだろうか?
「ちゃんと名前も考えてあるんだ! すごく格好いい名前なんだよ!」
「さくら、ちなみにどんなネーミングか聞いてもいいか? お前の絶望的なネーミングセンスを聞かされる前に、気持ちの整理をつけておきたい」
「兄ちゃん! よく聞くんだよ! 技の名前は…… 本厳院太極波だよ!」
「本厳院太極波? お前にしては、予想外にまともな名前だな。聞き覚えがあるような気もするが、一体どこから引っ張りだしてきたんだ?」
妹の乏しい知識の中から命名されたにしては、中々の出来と評価していいような気がしてくるぞ。少なくとも、ご臨終パンチよりは数百倍まともだ。
「兄ちゃんは、本当に情に薄いねぇ! 呆れて物が言えないんだよ! これは、私の師匠である爺ちゃんの戒名だよ!」
「戒名を技の名前に使うのかぁぁぁ! どこかで聞き覚えがあると思ったら、うちの爺ちゃんかい!」
言われてやっと思い出したぞ! 我が家の祖父の生前の名は、楢崎厳造で、戒名は本厳院太極居士だ。亡くなった時にこの名をつけてもらうために、お寺に相当な額を収めたと父親がこぼしていたな。まあ、立派な戒名だから、技の名前にしても構わないとは思うが…… それにしても、何だろうな、この微妙な気持ちは?
でも、これでいいのかもな。妹は誰よりも爺ちゃんに可愛がられていたしな。それに、武術の基礎を教えてくれた師匠の名を技に冠するんだから、爺ちゃんへのお礼の気持ちも篭っているんだろう。
「さあ、それじゃあ1発派手にいってみるよぉぉ! これが、さくらちゃんの新しい技だよぉぉ!」
妹は、体全体から燃え上がっている闘気を右手に集めていく。炎のように燃え広がっていた闘気は、その大半が右手の手の平に集中している。相当に大きな塊になっているが、あれを全力で撃ち出して、本当に大丈夫なんだろうか? 益々不安が募ってくるぞ。
「いっけえぇぇぇぇぇ! 本厳院太極波ぁぁぁぁぁぁぁ~!」
妹の右手が高速で押し出されると、そこから闘気の塊が、圧倒的な速度で戦車砲の的に向かって突き進んでいく。おいおい、これはどう見ても威力の加減がなっていないだろうがぁぁぁぁ!
ズゴゴーン!
その闘気の塊は、土を固めた的を破壊してもなおも勢いを減じることなく、高速で直進していく。ヤバいぞ! これはマジでヤバい!
「おお! いい感じの威力が出ているんだよ! これなら、さくらちゃんも満足だね!」
このアホ妹がぁぁぁ! 後先考えずに、いきなり威力全開でブッ放しやがったのかぁぁ! 少しは加減というものを考えろぉぉぉ!
「さすがに、不味いな」
俺の横に立っている司令の表情も、どうやら引き攣っているようだ。そして妹の闘気の塊は、真っ直ぐに富士山に吸い込まれていく…… その結果……
ドババババーーン! ガラガラガラガラ! ズドドーン!
世界遺産が、災厄規模で崩落した。正面から見ても、その爪痕がクッキリとわかるほど、稜線のシルエットが崩壊している。まだ消え残っている雪が崩れて巨大な雪崩が発生したせいで、山頂付近は雪煙で霞んで見えなくなっている。それだけでも被害は甚大だが、なおも巨大な岩が次々に崩れて、斜面の崩落は一向に止む様子はない。これは、国防軍に災害救助要請が発動されるレベルだろう。だが、その前に……
「楢崎中尉、緊急指令だ! 西川少尉、フィオ少尉、カレン准尉の3人を緊急招集して、全力を挙げて富士山を元に戻せ!」
「緊急指令を拝命いたしました!」
俺は駐屯地に踵を返すと、訳が分からない3人を引っ張り出して全速で富士山へと向かう。美鈴とフィオは重力と風を操って道なき道を滑走して、カレンは、人の目も気にせずに背中から翼を出して宙を飛びながら付いてくる。俺だけが、自分の足をフル回転させて時速100キロ以上の速度で突き進む。多少足場が悪くてもこの際気にせずに、砂埃と小石を巻き上げながら突進していく。
「急に呼ばれて来てみれば、想像以上の惨状じゃないのよ!」
「さすがにどこから手を付けていいのか、ちょっと考えさせてもらうわ」
美鈴とフィオのコンビをもってしても、これは相当に手を焼く案件のようだ。土魔法でチョコチョコっと修正するような、そんな生易しいレベルではないからな。しかも、崩落した大量の土砂は、山中湖に向かって今も雪崩落ちて向かっている。何とか食い止めないと、湖の水が溢れて大惨事だ。
そんな惨状を前にして、いつの間にかカレンとミカエルが入れ替わっている。その銀色に輝く瞳は、真っ直ぐに俺に向けられているな。
「さすがは我が神でございます! 天地創造をお始めになられるとは、このミカエルも感服いたしました!」
「感服しないでいいから! それに、俺は破壊神だからな! 天地創造なんかできるはずないだろうが!」
「素晴らしい啓示でございます! 破壊の後にこそ、創造がございます! 我が神は、この忌まわしき世界を完膚なきまでに破壊された後に、新たな創造をお始めになるのですね!」
「ミカエル! とにかく天地創造の件は、この場で全部忘れてくれ! 今は大量の土砂を元に戻して、崩れた富士山をなんとか復元するんだ! 魔力がどれだけ必要だろうと、俺が供給するから心配するな!」
俺の号令の下に、さっそく大魔王と大賢者の土魔法で崩落を食い止めながら、天使の力で現状を回復していく。崩れて斜面を下っていた土砂や巨大な岩が、まるで逆回転をするように斜面を登っていく。天使の力は、俺が考えるよりもはるかに偉大だった。
こうして3時間近くを費やして、富士山は元の姿を取り戻していった。魔力を湯水のごとくに使用してようやく事なきを得たが、使用した魔力は数兆規模にのぼる一大事業だった。
稜線を修復した俺たちに礼を述べるかのように、夕日を背に受けて赤く輝く富士山を一瞥して、駐屯地に戻ると時刻はすでに6時を回っている。
これだけ大量に魔力を消費すると、さすがの俺も腹が減ってくる。もちろん、訳が分からぬままに動員された3人も同様だ。すきっ腹を抱えて食堂に向かうと、そこには何食わぬ顔でトレーの山を重ねている妹がいる。
「ああ、兄ちゃんたち! おかえり!」
「お帰りじゃないだろうがぁぁぁ! 俺たちが苦労したのは、誰のせいだと思っているんだぁぁぁ!」
「ちょっとした事故だったね! ありがちな出来事だよ!」
「普通の人は、大惨事と呼ぶんだぞ! こんな大事件がしょっちゅう起きてたまるか! 一歩間違ったら、山中湖が埋め立てられるところだったんだからな!」
「それは大変だよ! 魚が住めなくなっちゃうね!」
妹の鋼の神経には、これ以上何を言っても無駄であった。それにしても、富士山を大崩落させる威力の攻撃力を手にした妹は、今後どうなっていくのかと考えると、これは中々頭の痛い問題だろう。
食事を終えると、俺は報告のために司令室を訪ねる。
「楢崎中尉、ご苦労だった」
「3人の協力を得て、富士山の現状を回復してまいりました」
天使が介入した以上は、登山道に転がっていた小石すらも元通りになっている。優秀な魔法使いと天使が組めば、大抵のことは不可能ではないな。
それよりも問題なのは、妹の桁外れの闘気による攻撃だ。司令はどのように考えているのか、意見を聞いておく必要があるな。
「司令、妹のあの膨大な攻撃力をどうしますか?」
「楢崎中尉、貴官ならどうする?」
逆に聞き返されてしまった。参ったな、何も考えていないぞ。
「まだ考えておりません」
「失格だな。貴官はすでに中尉の地位にある。場合によっては部隊の長として戦場で指揮を執るんだぞ。さくら軍曹の力をいかに管理して有効に使用していくかを考えるのは、貴官の義務でもある」
「おっしゃる通りです」
司令の指摘に、何も返せないな。中尉として任官した以上、訓練生と同じ気持ちでいてはダメなんだということを失念していた。この有様では、妹のお気楽な姿勢を非難できない。反省しよう。
「戦力の向上は、我が軍としては好ましい結果だ。貴官も前向きに受け取るべきだろう」
「はっ、そのように考えて、有効な活用法を考えます」
「それから威力の問題なら、貴官も同様の問題を抱えているはずだ。活用法が適切ならば、問題は発生しない」
「その通りです」
そうだったな…… 妹の攻撃力が上昇したところで、精々富士山が大規模に崩落するレベルだ。それに引き換え、俺が全魔力を叩き付けたら、富士山ごと消えてなくなるだろう。そう考えると、妹の闘気による攻撃など、実に可愛いものだ。過大な攻撃力を持て余している先輩として、妹に何らかのアドバイスを送るとしよう。
「話は変わるが、楢崎中尉! 貴官は、今日一日闘気にまつわる訓練を行って、その結果何を感じた?」
「不思議な力だと感じました。司令が妹と組み手をしている間、自分は妹の目を通して全ての光景を目撃しておりました」
「なるほど…… 私の場合、この力が発揮されやすいのは戦いの最中だ。したがって、便宜上『闘気』と呼んでいるが、本来はもっと別の何かかもしれないな」
「別の何かですか?」
「私とさくら軍曹は、帰還者としてのタイプが似通っている。したがって、戦いの場でこの力が容易に体から沸き上がる。対して楢崎中尉は、もっと別のところにこの力が沸き上がるポイントがあるのかもしれないな。引き続き、自らが発揮しやすい状況を探りながら、同様の訓練を積んでみるんだ」
「はい! 離れた場所で妹と知覚を共有できるだけでも、メリットがあると考えます。この力をもっと自分なりに突き詰めていきたいと考えます」
「それでよい。本日はご苦労だった」
「失礼します」
こうして、俺の長い一日はようやく終わりを告げるのだった。
富士山を崩壊させておいて、ケロリとした態度のさくら。しかし次回、その彼女すら慌てさせる事件が…… 投稿は、週の中頃を予定しております。どうぞ、お楽しみに!
評価とブックマークをいただきまして、ありごとうございました。皆さんの応援を、心からお待ちしております。
話は変わりますが、ついに作者のもとにも、政府からの10万円給付金の書類が届きました! 早速郵送にて、申し込みました。
10万円振り込まれたら何に使おうかと考えるだけで、なんだかテンションが上がってきます。ですが、遠出はもう少ししないと難しいようですね。
温泉に出掛けたいのですが、スーパー銭湯で我慢するしかないのかな……




