20 魔法武器開発競争
スクランブル交差点での帰還者との戦闘の翌朝、私はいつものように6時に起床して着替えて歯を磨いてから顔を洗う。どちらかというと朝は苦手な方だけど、家に居た頃から隣同士の聡史君とさくらちゃんを呼びに行くのが習慣で毎朝頑張ってこの時間に起きていたわ。
大魔王とはいっても年頃の女の子だし身嗜みには気を使わないとね。洗顔フォームで洗ってさっぱりした顔には日焼け止めを兼ねているファンデーションを塗ってと。それから髪の毛をブラシで解かして・・・・・・ よし、変な寝癖もついていないわね。
それからちょっぴりピンクが入ったリップを塗ればOKね。身嗜みに時間が掛かるのは女の子だから仕方がないわよ。
最後に鏡を見ながら笑顔のチェック・・・・・・
「ダメね・・・・・・ 自分でもドン引きする顔だわ」
つい声に出してしまったけど、自分の背筋が凍り付く程の威力を持った表情ね。顔面筋が笑う表情を作ろうとしているのに、目だけが全く笑っていないじゃないの! 大魔王の称号を得てからなぜかこんな笑い方しかできなくなったのは大いに不満が残るポイントね。
そもそも私自身はなりたくって大魔王になったんじゃないし、人の命を狙うウザッたい魔王を軽く一捻りしたらこんな余計な称号が付録としてついてきたのよね。
魔王を消し炭にしてから『ほら御覧なさい、私の命を狙うなどという無謀な企みをするからこうなるのよ』という気持ちを込めて周囲を取り囲んでいる魔族たちに軽く笑い掛けたら、アイツらったら全員その場にひれ伏したんだけど・・・・・・ そんなに恐ろしかったのかしら? まあ怖いでしょうね。
それはともかくとして、最近の聡史君は私を『美鈴さん』って呼ぶのよね。小さい頃は『美鈴ちゃん』で中学校に入学した頃からは呼び捨てだったのに・・・・・・
大人扱いしてくれるならともかく私にビビリながらそんな呼び方をするなんて本当に失礼しちゃうわよ! 本気になれば私の力なんか子ども扱いできるくせに『容赦ない大魔王様』なんて失礼過ぎるでしょう! 普通の女の子でいたかったのに異世界召喚のせいでこんな風になっちゃって・・・・・・ 顔には出さないけどこれでも色々と傷付いているんだからね。そこのところを一番わかってもらいたいのに、聡史君はいっつも肝心な部分をはぐらかしてばっかりなんだから!
はぁー・・・・・・ ずっと幼馴染の関係がこの先も続くのかなぁ? 何か一歩踏み出せるといいんだけど、あの鈍い聡史君じゃ期待できないし・・・・・・
それよりも夕べアイシャの顔をボーっと見ていたあの表情は何よ?! 確かにあの子は女の私でさえも見とれる程の美人だけど、何もあそこまで食い入るように見ている必要はないでしょう!
おっといけないわ! 私の中の黒い部分が顔を覗かせそうになったわね。もっと前向きに考え直しましょう!
アイシャは良い子だし結構気が合うからこれから先も仲良くできそうよね。日本に来たばっかりで色々と知らない事も多いでしょうから私が教えてあげよう。学校を退学して国防軍に入ってから私たち3人以外では初めてできた友達だからね。
さて、鏡の前でずいぶん時間が経っちゃったわね。さくらちゃんが痺れを切らして待っているだろうし呼びに行かないとね。今日も一日平穏無事とは行かないだろうけど、せめてトラブルが少ない日でありますように。
朝食後・・・・・・
「兄ちゃん、お腹がいっぱいだし軽くひと暴れしたい気分だよ! 地下のダンジョンに行ってみようよ」
「さくら、お前の頭は食べることと暴れること以外にはないのか? 国防軍に入ったんだから教官の指示に従わないとダメだろう。あっちの世界とは違うんだぞ」
「なんだかツマンナイなぁ。私は毎日が大暴れだと期待していたのに!」
「さくらちゃん、昨日渋谷で魔物を倒しまくったのはもう記憶から消え去っているのかしら?」
「あんなチャチな魔物じゃぜんぜん足りないよ! もっとガツンと来る相手じゃないとね!」
俺たちは食堂を出て、世界情勢に関する講義を受けに会議室に向かっている最中だ。廊下を歩きながら妹が好き勝手な主張をしている。そんなに体を動かしたいのなら、富士演習場に行って戦車の的にでもなって来い! 異世界では味わえなかった強力な砲弾が出迎えてくれるぞ。ああ、でも妹の力ならば戦車の120ミリ砲弾をヒョイヒョイ避けて、反撃した挙句に10式を大破させそうだ。予算が不足しがちな国防陸軍の貴重な財産を無駄に散らせる訳にはいかないから、この案は却下するしかないな。
アイシャも含めて4人で会議室のドアを開くと、そこにはいつもの教官ではなくてなんと司令官さんが椅子に腰掛けていた。忙しいはずなのにこんな場所に顔を出していいんだろうか?
「4人とも席に着け」
「「「了解しました」」」
「座ると眠くなっちゃうよ!」
1人司令官を目の前にして失礼な発言をしているのは誰だか説明する必要もないだろう。司令官さんも妹の非常識さが少しずつわかってきたようで、無言で俺たちが席に着くのを待っている。
「朝から私が顔を出したのは他でもない。お前たちの武装に関する話をするためだ」
「武装ですか」
「その通りだ。西川訓練生には必要はないかもしれないが、他の3人には遠距離攻撃の手段はあるのか?」
大魔王様の美鈴には魔法を自在に操る能力がある。街1つだろうがなんだろうが、その気になれば指一本動かすだけで灰にできる。その他の3人はというと、アイシャの能力はまだわからないので保留にしておいて・・・・・・
妹はもっぱら近接戦闘が専門だな。離れた場所にいる相手に対して攻撃手段がないわけではないが、確実性に欠ける面が否定できない。俺はというと、例の大使館を瓦礫に変えたように遠距離攻撃も可能だが、妹以上に確実性が全くない。というよりも細心の注意を払わないと、周辺の全てを巻き込んで瓦礫に変えてしまうのだった。
異世界だったら多少大雑把でも構わないかもしれないけど、建物や人口が密集している日本では実に使い勝手が悪い能力だよな。これから戦うには近代兵器に対抗できる武装も必要かもしれないな。剣や槍を手にして戦車砲とロケット弾と機関銃で囲まれて狙い撃ちにされるのはあまりいい趣味じゃないからな。
「司令官のような近代的な武装は持っていません。ちょっと興味がありますね」
「昨日も見せたが、この銃の仕組みを教えてやろう」
司令官さんは会議机の上に昨日の倉庫でコンクリートを簡単に抉った短機関銃MP7を取り出す。魔法弾を連発して発射したあの銃だ。元サバゲー愛好者の血が疼くのを感じるのは仕方がない。
それにしても本物の銃というのはモデルガンとは質感が全然違うな。趣味ではなくて本当に人を殺傷するために作られた武器だという銃の自己主張が聞こえてくるような気がする。
「外見は普通の短機関銃だが、弾丸には魔力を使用している。私が異世界に召喚された時にたまたま持ち込んでいて、あちらの世界で機能が変質したものだ。圧縮した魔力弾を1分間に180発発射できる。最大射程は300メートルだ」
短機関銃にしてはずいぶん射程が長いぞ。魔力には質量がないから重力の影響を受けないのかもしれないな。それにしてもこんな代物を異世界に持ち込んだら、戦術そのものが大幅に変わってしまうだろうな。相当に危険な武器であることだけは間違いなさそうだ。
「魔力弾を発射する機構は特殊能力者部隊に所属する技官たちが解析をし終えている。ただし同じ仕組みの銃を作っても魔力で術式を構築しないと作動しないので、実用化にはまだ漕ぎ着けていない。その辺は西川訓練生の魔法技術に期待しているぞ」
なるほど、ハードは作成可能だけど、魔法術式というソフトが構築出来なかったから、この銃は現在世界でただ1丁しかないんだな。術式が完成すればこれと同じ銃が俺たちの手にも渡るかもしれないのか。ガンマニアとしての魂が高ぶってくるぞ!
美鈴は魔法解析の専門家といっても差し支えないから、この銃に使用されている術式もたちどころに見破るに違いないな。大魔王様の魔法に関する知識は底が知れないからな。
「司令官、その銃の術式は並大抵の術者が作り出したものではないですね。無駄なく全ての魔法式が芸術的な秩序を保っています。これだけ緻密でしかも安定した術式は初めて見ました」
「ほう、私は魔法は詳しくないからよくわからないが、魔法の第一人者の目から見てもそう映るのか。西川訓練生がそういうからにはその通りなんだろうな。この術式の解析は可能か?」
「2,3日掛かりそうですが大丈夫です」
美鈴は大抵の術式ならば一目で見破る。その彼女でも2,3日必要というのだから相当高度な魔法術式が組み込まれているんだろうな。俺にも美鈴以上の大量の魔力が体に眠っているけど、魔法自体は簡単な術式しか使えないから高度な魔法の解析なんてムリだ。ここは大魔王様にお任せするしかないな。
「そうか、解析に必要な物品があったら言ってくれ。研究部門の部屋にあとで案内するから、そこにこの銃を持ち込んで心行くまで調べ上げるんだ。それからついでにこれも頼んでおこうか」
司令官さんはバズーカ砲と小銃を取り出したよ。こんな武器を持って異世界に召喚されなんて開いた口が塞がらないぞ。召喚された当時はどんなシチュエーションだったんだろう? 右手に小銃、左手に短機関銃、肩にはバズーカ砲を担いでいるなんてどこのリアルランボーだ? こんな危ない人を相手にしなければならなかった異世界の人たちはとんだ災難だな。もっとも俺たちが召喚された世界の人たちも大概酷い目に遭っていたけどね。
「術式の解析が完了して実用化の目途が立ったらお前たちにも装備してもらおうと考えている。西川訓練生は案内の技術士官が来るから、一緒に研究部門に同行してくれ。私から伝えるのは以上だ」
そう言い残して司令官さんは会議室を立ち去った。すぐに白衣姿の技官が現れてハードケースに司令官さんの武器類をしまいこんで台車に載せる。彼について美鈴は別の場所に姿を消した。
「兄ちゃん、どんな武器ができるのか楽しみだよ!」
「さくら、それよりもお前に本当に必要なのは一般常識だからな。まずは今日の講義を寝ないでしっかりと聞いているんだぞ」
「それはムリだね! 誰がなんと言おうと私は退屈な話を聞くぐらいだったら寝るからね!」
ダメだ! 誰かこの妹に良い薬があったら紹介してくれ! もう俺の手には負えないはるかな場所に妹は存在している。こいつは本能だけでしか生きていない。
こうして俺たちは続いてやって来た八代大尉から世界情勢に関する講義を受けるのだった。
一方その頃、こちらは日本から遠く離れたドイツの首相官邸、首相のウルリッヒ=シュローダーが国防軍統合幕僚長と会談中だ。
「首相、ついに中華大陸連合が極東ロシアに侵攻を開始しました」
「その話はすでに耳に入っているよ。戦いの行方はどうなりそうかね?」
「今のところ中華大陸連合が圧倒的に有利です。どうやら帰還者を前面に押し出してロシア軍の基地をシラミ潰しにしていっているようです。抵抗を排除してから国軍が侵攻して占領地を広げています」
「そうか、沿海州を失えばロシアは相当な苦境に立たされるな。極東の情勢次第ではヨーロッパも大きく揺れるだろう。イギリスには動きはないか?」
「今の所は静観のようです。アメリカはどうやら日本と組む覚悟を決めたようですが」
「例の暴動騒ぎで全米の世論が反中華大陸連合に固まったようだからな。我々も色々とやらなければならない課題が増えていくな」
ウルリッヒは考え込むような表情をして沈黙する。彼には複雑な国際情勢の中でドイツがいかに有利な立場を取れるかということしか頭になかった。
ヨーロッパの大部分はEUと統一通貨のユーロによって国家を跨いだ連合が形成されて久しい。だが近年はイギリスの離脱などもあってヨーロッパ全域が不安定な状況が続いていた。統一市場としてのユーロ圏でドイツが繁栄を築く一方で、東欧諸国や南欧とは大きな経済格差が生じていた。
そこに降って沸いたような米中の貿易紛争が開始された。アメリカは中国に対して不公正な貿易制度の是正を繰り返し求めて輸入品に高額な関税を掛けて中国に圧力を掛け始めたのだ。これに対して当時の中国政府は頑なに抵抗したが、貿易額の減少とともに手元にあるドルが紛争開始から2年で枯渇して経済が麻痺した。ドルがなければ食料や資源を輸入できないし、輸出企業の原材料も調達できない。結局貿易紛争に敗れた中国は崖を転がり落ちるように経済力を落としていった。その結果全土で手に負えないほどの暴動が発生して中国共産党政権は呆気なく崩壊する。
この中国の崩壊によって容易に手を引けない程深く中国経済と結びついていたドイツは大きなダメージを負う羽目に陥った。ヨーロッパ経済の中心だったドイツが国家予算の3倍に匹敵する規模の負債を抱えたことが原因でユーロが大暴落して、その結果東欧や南欧の各国がこぞって財政の破綻を迎えた。
そのような事態の中でヨーロッパの小国の間ではEU・ユーロ経済体制からの離脱が相次ぎ、統一ヨーロッパというドイツにとっての長年の悲願は現在大幅に遠のいている。それどころか過剰に中国との結びついた結果ヨーロッパ中に混乱を招いたドイツの政治体制が各国から槍玉に上がって、大きな怨恨すら生じていた。
現在は機能不全に陥って名目だけになったEUに対して、主要国だったフランスやイタリアが懐疑的な目を向けて離脱を仄めかす状況になっている。ヨーロッパの統一市場と中国市場を失ったドイツ自身も大きな苦境に喘いでいる最中だった。
「我が国の帰還者たちはどうなっているかね?」
「全員が高い戦闘力を持っています。イエーガー理論が完成して武器への転用が可能になっていますので、彼らの近代戦への対応力は飛躍的に向上しています」
イエーガー理論とはドイツが誇る天才魔法科学者シュバイケル・イエーガーが完成させた魔法を近代兵器に活用する術式の理論だった。日本でこれから美鈴が解析を開始しようという矢先に、ドイツはすでに理論分野で術式の解明を完成していたのだ。すでに一部の個人が携帯する銃に魔法が組み込まれようとしている。第2次世界大戦でも武器の開発競争では常に一歩先んじていたドイツの面目躍如といったところだろう。
「そうか、完成次第イギリスと日本に彼らを派遣してくれ。イギリスの戦力が整わないうちに叩きのめしておこう。日本にも相当な力を持った帰還者がいるようだから、こちらも早めに芽を摘んでおくんだ」
「承知しました、完成を急ぎます」
「中華大陸連合はいずれ日本にも侵攻するだろう。むしろこちらが本命といえるだろうね。日本には負けてもらわないと我々がますます苦境に立たされるからな。日英米連合の片翼を消し去れば、アメリカは孤立せざるを得ないからヨーロッパの問題に口出しできなくなるはずだ」
こうしてヨーロッパの思惑がひたひたと日本に押し寄せてくるのだった。