2 翌日の来訪者
お待たせしました、第2話の投稿です。何者かの襲撃を受けた翌日に、主人公の元に見慣れない来訪者がやって来ます。果たしてその意図は・・・・・・ 一応ここまではお約束の展開です。
ピンポーン!
「聡史君、さくらちゃん! 迎えに来たわよ!」
翌朝、ドアのチャイムが鳴ると同時に玄関から聞き慣れた声が響く。準備を終えていた俺がドアを開くと、美鈴がいつもの制服姿でそこに立っている。もうすぐ夏なので、半袖のブラウスとチェック柄の短めのスカート姿だ。背中にはリュックを背負っている。
「おはよう、さくらが仕度に時間が掛かっているんだ。もうちょっと待ってくれ」
「いつもの話だからしょうがないわ。それよりも聡史君はなんだか眠そうね」
「夕べちょっと遅くまで試験勉強していたからかな」
昨夜の襲撃の件はまだここで話さないでおく。朝一番の話題には相応しくないだろうという俺の配慮だ。だが俺の言い訳を聞いた美鈴は首を斜めに傾けながら顎に手をやって不思議そうな表情をする。
「聡史君の試験勉強っていうのは、敷地に侵入してきた不審者を叩きのめして、道路に放り投げる行為を指しているのかしら? 昨日の夜中に大魔王の結界に触れる人影があったのよね」
「全部お見通しか」
俺がスキルによって侵入者に対するアラームを展開していたように、美鈴は魔力で周辺に探査結界を張っていたようだ。深夜の出来事も手に取るように理解しているはずだ。
「私も外に出ようとしたけど、聡史君がすぐに不審者に気がついたみたいたから全部任せておいたわ。彼らが発するオーラがあまりにも小物みたいだったし、それに女の子が夜中に外に出るのは色々と危険だからね」
「危険の意味が違うんじゃないか? 美鈴が出て来たらここいらの住宅街が消えて無くなる危機だった」
大魔王様が一旦本気の力を振るうと、首都圏の半分くらいが壊滅する可能性すらある。その途方もない魔法の力は迂闊には発揮できないのだ。もっともそれは俺にも言える話で、慎重に力を行使しないと大災害を引き起こしかねない。
「失礼ね! 私の方が精密に魔力をコントロールできるんだから、そんな心配はしないでよ。それよりもその不審者たちはどうなったの」
「燃えないゴミと一緒に放り出しておいた。1人はあの国の大使館に監禁中、たぶん事情聴取だろうな。残りの4人はすでに東京湾の底に沈んでいる」
「ずいぶん酷いやり方ね。証拠隠滅を図ったのね」
「そうだろうな、どうやら俺たちものんびりしていられなくなったようだ。昨日の美鈴との話が現実になりつつある」
丁度その時・・・・・・
「兄ちゃん、美鈴ちゃん! お待たせ! さあ今日も元気に学校に行くよー!」
俺と美鈴が顔を突き合わせて深刻な話をしているところに、ようやく登校の仕度を終えた妹が玄関に出てくる。こやつは毎日の習慣でグッスリ寝ていたせいか侵入者の件は全く気が付いていない。本日も楽しい学校生活をエンジョイする気満々の様子だ。
「さくらちゃん、今日も元気そうね。それじゃあ行きましょうか」
「さくら、念のために言っておくぞ! 学校は勉強する所だからな。ちゃんと準備をしているんだろうな?」
「兄ちゃん、大丈夫だよ! お母さんの手作り弁当は持ったし、アイマスクと携帯用の枕もちゃんと入っているよ!」
「授業中に眠る気満々じゃないか! もうすぐ期末試験だぞ!」
「今更勉強しても一緒だからね! ジタバタしないのが一番良いんだよ!」
開き直っている妹は1ミリもブレない態度だ。退屈な授業に背を向けて、休み時間に友達とのおしゃべりを楽しもうとしている。ああ、今日は体育の授業があるから、それも楽しみなのだろう。いつになったらまともな学校生活を送ってくれるのだろうか。我が妹ながら、彼女の将来への不安が尽きない。
結局この日は昨夜襲撃を受けた件が気になって、あまり授業にも集中できないまま一日が終わった。どうやら美鈴も俺と同じようだ。妹だけは平常運転でいつもの調子だ。
「兄ちゃん、小腹が空いたからコロッケ買っていこうよ!」
「兄ちゃん、アイスが食べたいよ!」
「兄ちゃん、あっちでタコ焼きを売ってるよ!」
肉屋の前で立ち止まり、コンビニに入り込み、ちょっと遠回りして美味しそうなソースの香りに引き寄せられていく。もう今月のお小遣いは使い果たしているので完全に俺の財布をアテにしているな。まったく、図々しいにも程があるぞ!
猫舌の妹がまだ熱くて食べられないタコ焼きを手にしたままで我が家に帰ってくると、その前には黒のワゴン車が路上に止まっている。窓は濃いスモークで中にどんな人が乗っているのかどうかも定かではない。
「なんだか怪しい車ね、昨日の件と関係があるのかしら?」
「確かに怪しいけど、いくらなんでも白昼堂々と襲ってくるとは思えないな」
「兄ちゃん、タコ焼きが熱くて食べられないよ!」
妹よ・・・・・・ もしかしたら緊急事態が発生するかもしれないのに、どうかタコ焼きから頭を切り替えてくれ!
俺と美鈴が警戒しながら様子を窺っていると、ワゴン車のドアが開いて一部の隙もない身のこなしで1人の女性が降りてこちらを見る。俺たちの姿を確認すると濃い色のサングラスを外してこちらに近付いてくる。
(ヤバいぞ! この人は今まで出会った中で一番強い! 俺が全力を出し切っても本当に勝てるのか自信がない)
俺の脳内で最大級の緊急アラームが鳴り響いている。異世界で数え切れないくらいの強敵を打ち負かしてきたけど、この女の人はそんなレベルではない。邪神を名乗ったラスボスでさえもここまで強烈な強者のオーラを放ってはいなかった。
「楢崎聡史君、その妹さん、西川美鈴さんの3人で間違いないかな? 私は日本国国防軍特殊能力部隊司令官の神埼 真奈美だ。君たちと同じ異世界を体験をした人間といえばわかり易いと思う。敵対する意思はないから安心してくれ。今日は折り入って君たちと話がしたい」
IDカードを提示して身分を明かすその女性、国防軍はもちろん知っているがそれは陸海空の3軍で、その内部に聞いたこともない『特殊能力者部隊』という存在があるなんて・・・・・・ 軍オタを自認する俺ですら本当の初耳だ。それにどうやら俺たちが異世界からの帰還者だという情報を得ているらしい。これは注意するに越したことはないぞ!
「えーと、急にそんな訳のわからない話を聞いても何と答えて良いか返事のしようがありません」
一先ずははぐらかして様子をと・・・・・・
「兄ちゃん、この人は異世界に行っていた人なの? それじゃあ私たちと同じだね! それよりもやっとタコ焼きが冷めてきたから、早く家に入って食べたいよ!」
「・・・・・・」
このアホ妹が! トボケて様子を見ようという俺の作戦を台無しにしやがった! 何でこうも考えなしに思ったことを口にしてしまうのだろうか? そんなにタコ焼きが食べたいなら今すぐその口にまとめて捻じ込んでやろうか! 一緒にいる美鈴もさすがに妹のやらかしに唖然としているぞ。
「どうやら妹さんは素直に真実を認めているようだが、君たちはどうなのかな?」
「ここでは話し難いので、中に入ってもらえますか」
家の中には母親が居る。今まで秘密にしてきたけど、これは色々と不味いぞ! やはり家族には真実を話さないとならないだろうか。でもそうなると面倒ごとに両親を巻き込むような気もしてくる。散り散りに乱れる心を表情に出さないようにして、司令官と名乗った女性を俺の家に案内する。
「私もお母さんを呼んでくるわ」
美鈴もどうやら覚悟を決めたようで、自分から一旦家に戻っていく。こうなってはもう秘密は守り切れないと判断したのだろう。彼女の決断は俺にとっても背中を押す効果がある。こういう時は美鈴の方が度胸が据わっているのかもしれない。
「あら、お帰りなさい! お客様なの? 学校の先生?」
リビングに居た母親が玄関が開く音を聞いて出てくる。俺と妹が見知らぬ女性を連れて帰ってきた様子に不安な表情を浮かべている。さくらは頭の出来と不真面目な授業態度で何度も担任から注意を受けているだけでなく期末面談で母親はペコペコ平謝りしているので、あいつが何か仕出かして学校の先生がやって来たのかと勘違いしているようだ。母さんや、この人は学校の先生レベルの生易しい相手じゃないぞ。
「先生じゃないんだ。たぶんそれよりももっと深刻な話になると思うから母さんも覚悟しておいて」
俺の目が真剣だったのを見取った母親が無言で頷く。それもゴクリと息を呑みながら。今までごく平凡な人間として結婚して家庭を築いてきた母親にしてみれば、目が飛び出す程の真実がこれから明らかにされようとしている、そんな雰囲気を感じ取っているようだ。
「おじゃまします」
しばらく待っていると、美鈴が彼女の母親を連れて我が家にやって来る。その間妹はそわそわしながらタコ焼きを食べて麦茶を飲み干してから応接間にやって来る。おい! 口の周りに青ノリが付いているぞ! 本当にどこまでもマイペースなヤツだ。お客さんの前なんだから身嗜みには気をつけろ! 一応は年頃の女の子だろうが!
ようやく全員が揃ったので、俺と美鈴が顔を見合わせる。彼女が促すように頷いたので、俺から話を切り出した。もうこの時点で俺の覚悟は当に決まっている。
「この人は国防軍の特殊能力者部隊の司令官だそうだ。今日ここに来たのは俺たち3人が行方不明になった件が関係している」
俺が確認の意味で司令官殿を見ると、彼女はその通りという表情で頷く。ただ頷きひとつを取ってもなんだか逆らい難い重々しさを感じるんだよな。本心を言えば長時間目の当たりにはしたくない人だ。
「今までその間何があったのか黙っていたけど、実は俺たちは地球とは違う世界に行って、そこで3年間過ごしていた。その間に普通の人には考えられない程の力を得て、数え切れないくらいの戦いを経験した。毎日が命懸けの日々だった」
当然初めて事情を聞いた俺と美鈴の母親は口を開いてその途方もない話を聞いている。実際には言葉が耳に入っているが、その内容を思考が受け止めきれないといったところだろう。
「嘘のように聞こえるかもしれないが、これが行方不明になった件の真実だ。そしてこの情報をどこかで入手したこの司令官さんがやって来たというわけだ」
ここまで話して俺は司令官さんに視線を送る。ここから先は彼女の用件を聞かないと話の進めようがないからだ。不動の態度の司令官さんとは対照的に相変わらずの様子の母親たちは視線が泳ぎまくっている。
「聡史君から紹介があった、特能隊司令官の神埼真奈美だ。私もこの場に居る3人と同じ異世界から帰って人間だ。どうやら私たちがテレビのニュースをを通じて送ったメッセージを理解してくれた息子さんは昨夜の襲撃を無事に撃退してくれたようだな。なかなか優秀で私も心強い。原因がわからない行方不明者ということで我々も君たち3人に関して調査をしていたのだが、昨夜の件で確信に至ったからこそ今日こうしてお邪魔したのだよ」
俺と美鈴はやはり昨日の予測が当たっていたのかと目を合わせる。おそらくあの国の諜報機関の動きを掴んだ司令官さんが軍の上層部を動かしてあのようなニュースを流したのだろう。表立って一民間人のために軍を動かせないので、警告だけして対応は俺たちに一任したというのが真相だろうな。そして、その動機には当然・・・・・・
「さて、当然だが今後もあのような襲撃が繰り返されるだろう。もう3人は完全に襲撃の大元からマークされている。何とかして君たちを手に入れようとして、君たちの周囲を巻き込んであらゆる手を使ってくるに違いない。そこでどうだろうか、君たちも国防軍の保護下に入らないか? もちろんご家族の安全は我々が保障する」
はー・・・・・・ やっぱり来ましたよ! そう来るんじゃないかと思ってましたよ! 本当は断って普通の生活をしたいと思っていても、家族の安全を人質に取られると中々断り難い。俺たちが四六時中目を光らせている訳には行かないからだ。そもそも学校や父親の仕事がある。その間無防備な両親を放置する訳にも行かない。
「ちょっと考えさせてください。両親ともじっくりと相談しないとならないしまだ高校に在学中ですから」
「そうだな、当面は君たちの家族には密かに護衛を付けるとしようか。良かったら我々の部隊がどんな場所なのか見学も可能だ。その気があったらここに連絡してくれ」
そういい残して、司令官さんは帰っていく。そしてその後には『異世界?』『襲撃?』と全く話が見えていない2人の母親が残されるだけだった。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。次回の投稿は週の真ん中辺りを予定しています。投稿のペースが遅いのは申し訳ありませんが、どうか応援してください!