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198 スランプとは……

かなり長いです。

 無数の氷の弾丸が牙を剥く。一直線に己に向かってくる軌道は、普通の人間が相対すると、自ずと恐怖を引き起こし体を硬直させる。だが、氷弾が集中して向かう場所にあるその影は、無数の弾丸をいとも簡単に身を翻して器用に回避していく。その動きはコンマ何秒という刹那の時のうちに、体を捻りながらステップを刻み、時には拳で氷自体を破壊して、まったく無傷で夥しい数の弾丸をかわしていく。


 氷の弾丸が通り過ぎて行ったのも束の間、横合いから不可視の真空の刃が襲い掛かる。目で捉えることが不可能な真空波は、掠めただけでいとも簡単に体を切り刻む恐怖の威力を秘めている。だが、その影はほとんど動かずに右拳から発する衝撃波を当てて、すべての刃を空中で撃墜に追い込む。不可視の真空波に対して、これまた不可視の衝撃波で対応するなど、およそ人間のまともな発想ではない。


 超高速で右手を連続で突き出しながら衝撃波を続々と飛ばしていく影は、わずかな気配を感知して、頭上を仰ぎ見る。そこには空を埋め尽くす雷雲が広がって、雷鳴とともに白銀の閃光を放って地面を抉っていく。その落雷は、次第に狙いすましたかの如くに影目掛けて着弾を繰り返すが、無数の落雷のシャワーの中を散歩するかのように、その影は安全地帯を目敏く発見して、次から次に移動を繰り返しながらやり過ごしていく。その間にも、猛烈な勢いで右拳からは衝撃波を生み出しては、向かってくる氷弾と真空波を吹き飛ばしていく。


 雷雲の咆哮が収まらないうちに、今度は後方から魔力の銃弾が襲来する。左右からの十字砲火によって濃密な弾幕となった魔力弾を、瞬間ごとに居所を変えて巧みに照準をズラしながら、さらに頭上から襲い掛かる落雷まで回避する様は、超高速のコマ送りを見ているかのように映る。


 あまりに影の移動速度が速すぎて、人の目にはその残像しか捉え切れないのだ。影の動きは、特殊な加速装置を搭載しているかの如くに、なおも速度を増していき、もはやどこにいるのかすら人の目には定かではない。


 落雷が無秩序に地面に炸裂して黒い焦げ跡を残して、無数の魔力弾が飛び交う地獄の様な惨状の内部には、さらに氷の弾丸と真空の刃までが加わって、動き回る影を追い詰めようとする。狙いをつけるのは不可能な速度で影が動き回っているために、数を増やして空間を制圧しようという策に出ているが、いまだに対象を捉えることができぬままに、全ての魔法が明後日の方向に飛び去って行く。


 ならばと、地面が突如爆発を開始する。影が動く方向を予期したかのように、その一歩先で地面が爆発を繰り返すが、それを嘲笑うが如くに、その影はさらに加速して、爆発する直前の絶妙なタイミングで通り過ぎていく。攻撃魔法によって埋め尽くされた空間を、その影は縦横無尽に動き回り、巧みな動きで連続して魔法をかわし、時には拳で迎撃して、まったく無傷のまま、誰にも止められぬ速度で移動を繰り返す。


 その時……



「おーい、10分経過したぞ! 撃ち方、止め!」


 俺の声によって、空間を埋め尽くしていた魔法や魔力弾は一斉に停止して、上空を覆っていた雷雲も何処かへ消え去っていく。



「本当に呆れるわよね。大魔王が放った魔法を、軽々と避けてくれるんだから。必殺の地雷も、爆発する直前を見透かしたかのようなタイミングで通り過ぎてしまうなんて、捕まえる方法が見当たらないわ!」


「美鈴が言うう通りよね。大賢者の必中魔法のはずなのに、全然当たる気がしないんだから」


 国防軍特殊能力者部隊が誇る魔法界の両巨頭が、揃ってお手上げの模様だな。あれだけド派手に魔法を放っておきながら、何の成果も得られないというのは、美鈴とフィオにとっては噴飯ものだろう。



「さすがは、我が主殿である! 我の風の刃を悉く外された様は、まことに強きお姿の手本である!」


「まことなのじゃ! 妾の稲妻すら歯牙にもかけぬとは、さすがは主殿なのじゃ!」


 大妖怪2体は、自分の魔法が効果なかったことを、むしろ喜んでいるな。飼い犬たちとしては、主人が強いのが一番嬉ばしいのだろう。



「さすがはボスだぜ! あれだけ訓練した十字砲火が、全然役に立たなかったな!」


「時間の経過とともにどんどん加速していくから、目で全く追えないんだよな!」


 親衛隊は、感心した表情だな。こうして格上の者の身体の捌きを見るのも勉強の一つだ。もっとも、たった今行われた内容があまりに高度すぎて、彼女たちがすぐに真似できそうなレベルではないのは言うまでもないが。



「フィオちゃん、結界を解除していいよ」


「さくらちゃん、了解よ」


 フィールドを動き回っていた影こと、俺の妹が、俺たちがいるスタンドまで登ってくる。体調を確かめたいという妹の意向で、朝一番に第1演習場で魔法の撃ちっ放し訓練が開催されたのだ。


 その内容は、ご覧の通りだ。フィールドに一人で立っている妹目掛けて、スタンドの上段から魔法と魔法銃の雨アラレを降らせるという、とんでもなく過激な訓練が繰り広げられた。今日はレイフェンと新入りが捕虜の訓練にあたって不在だが、それ以外の主だった魔法の使い手が一堂に会しても、妹にかすり傷一つ付けられないままに終了した。


 一昨日新宿御苑で、身体強化の限界を突破した後遺症は、全く気にならないまでに回復しているようだな。俺が見る限り、いつもと変わらない動きだったぞ。


 だが、スタンドにやってきた妹の表情が、なんだか浮かない様子だな。まだどこか回復しきっていない箇所があるのだろうか?



「なんだかなぁ…… もう一つピリッとしないんだよ」


「さくら、あれだけ動ければ、問題ないんじゃないのか?」


「体は問題ないけど、気持ちのほうがねぇ……」


 どうやら、先日の中華大陸連合の帰還者を仕留め切れなかった件が、まだ尾を引いているらしい。表面上は普段と変わらない様子だったが、内心では忸怩たる思いがあるのかもしれないな。あの帰還者に対して、負けこそしなかったものの、最終的には俺と美鈴がケリをつけたから、妹にとっては不完全燃焼に終わってしまったのだろう。



「気持ちというと…… 朝飯は普段通りに食べていただろう」


「さくらちゃんにとって、食欲は別勘定なんだよ! そういう問題じゃなくって、なんていうのかな…… 精神的な……」


「精神的な? さくらの口から、これはまたとんでもないフレーズが飛び出したな!」


「兄ちゃん! もっと真面目に考えてもらいたいんだよ! 何て言うかなぁ…… アラ〇ちゃん的な…… うーん…… えーと…… ドクター……」


「スランプか?」


「それだよ! 兄ちゃん! 酢コンブだよ!」


「まさかの空耳か! お前はとことん英語と横文字に弱いな! スランプだぞ! リピートアフターミー!」


「細かいことはいいんだよ! さくらちゃんは、きっと、そのスカンクなんだよ!」


 これは、もしかしたら天地が引っ繰り返る前触れかもしれないぞ! 空から恐怖の大王が降り立つ前兆が、近々世間を大騒ぎに巻き込むかもしれない。だって、そうだろう! がさつで鋼の神経の持ち主である俺の妹の口から、あろうことか『スランプ』という大層なお言葉が飛び出したんだぞ! いや、正確には、別の言葉に置き換わっているけど。それよりも、天地が鳴動して、地獄の釜の蓋が開いたとしても、こんな出来事は有り得ないはずだ! この破壊神が断言する!


 俺が世界が滅び去る予兆をどうやって食い止めようかと思案している横から、美鈴が会話に飛び込んでくる。大魔王様、どうか世界が滅びを迎える災厄を何とかしてくれないだろうか…… 無理だった! ルシファーは世界を滅ぼす側の存在だったか…… 実に無念だ!



「さくらちゃん、精神的に落ち込んだ時は、人の意見に耳を傾けるのがいいんじゃないかしら? 何か参考になるかもしれないわ」


「おお! さすがは美鈴ちゃんだよ! アテにならない兄ちゃんとは大違いだよ!」


 素晴らしい! 大魔王様、さすがです! 人の話をロクに聞いていない妹に、意見を述べるいい機会を作ってくれたな。だが妹よ、ちょっと待つんだ! この兄を捉まえて『アテにならない』とは何事だ? 小一時間説教をしてもいいんだぞ!



「まずはさくらちゃんが、今一番気になっていることは何かしら?」


「それはやっぱり、この前の例の帰還者を、この手で倒せなかったことだね」


「原因は自分で分かっているの?」


「多分、さくらちゃんに強力な遠距離攻撃の手段がないことだね。魔力擲弾筒で対処できない敵に、どうするかが課題なんだよ!」


「さくらちゃんは、よくわかっているじゃないの! その手段が手に入れば、悩みは解決するのよね」


「そうだよ! 美鈴ちゃんの言うとおりだよ! でもねぇ…… その手段を中々思いつかないんだよ」


 なるほど、妹がへこんでいるのは、新たな攻撃手段のアイデアが浮かばないという点にあったんだな。どうやらこの問題を解決すれば、世界が破滅を迎える危機は回避可能なようだ。ちょっと安心してきたぞ。



「そうねぇ…… 私たちのような魔法使いの術式では、さくらちゃんは使いこなせないわよね」


「それは、自信をもって使えないと言い切れるね!」


 言い切るな! ちょっとは練習してみようという気になってみろ! 俺とは違って、その気になれば魔法が使用できる可能性があるんだから!



「ということは、この場でアドバイスできそうなのは、聡史君しかいないわね」


「なんだぁ…… まあしょうがないから、兄ちゃんのしょうもない意見も聞いてあげるよ!」


「さくら、このところ俺に対して、上から目線のセリフが目立つような気がするぞ!」


「細かいことはいいんだよ! 兄ちゃん! このさくらちゃんのために、役に立つアイデアを提案するんだよ!」


「上から目線に続いては、命令口調か!」


 どうも、兄に対する敬意を全く感じないな。仕方がないから、こやつが尊敬するような素晴らしい技を教えてやるとするか。



「いいか、さくら! よく見るんだぞ!」


「おお! 兄ちゃんが真剣な顔をしているよ!」

 

 一々人を茶化すんじゃない! まあいい、刮目せよ! 


 俺はアイテムボックスからコンクリートの塊を取り出すと、無造作にフィールドに投げつける。



 キーン! ズドーン!


 ほら見ろ! 地面に大穴が開いているだろう! 単純だが、そこそこ威力があるんだぞ。



「兄ちゃん! 全然ヒネりがないんだね! 単純極まりないよ! 本当に頭が悪いんだから!」


「頭のデキは、お前ほどじゃないから! だが、威力は保証してやるぞ」


「いくらなんでも、投げつけるだけじゃ、兄ちゃんみたいな威力は出ないよ!」


 そうだったな。これは単純な腕力差の問題だから仕方がないか。妹はパワー型ではないから、ただ単に投げるだけでは、ここまでの威力が出せないのを忘れていた。


 そうだ! ならば、この方法はどうだろう?



「投げるんじゃなくって、宙に放ってから拳で打ち出すのはどうだ?」


「うん? 兄ちゃん! 頭いいね! ちょっとやってみるよ!」


 なんなんだ! その手の平返しは! 態度が変わりすぎだぞ! 手の平をクルクルしすぎて、腱鞘炎になってしまえ! 


 俺の心の中での文句など一切考慮せずに、妹は、アイテムボックスから手頃なコンクリートの塊を取り出すと、軽く宙に放り上げる。そして、落ちてきた塊に高速で拳を突き出して……



 パーン!



「ペッペッペ! 兄ちゃんは本当に頭が悪いなぁ! 拳がぶつかった瞬間に手元で破裂しちゃったよ! 細かい粒々が、口の中に入って、ジャリジャリしているよ!」


「どうやら、予想外の結果だったな」


「予想通りの結果の間違いでしょう! 聡史君のしょうもない案のおかげで、私までホコリまみれじゃないの!」


 美鈴まで俺に苦情を申し立てているぞ。妹の拳圧が強すぎて、コンクリートがその場で破裂してしまったんだな。うん…… 待てよ!



「もっと固い鉄球とかだったら、違う結果になるかもしれないな」


「ああ、それはいいかもしれないわね。さくらちゃん、試してみる価値は十分あるわ」


「そうだね! 兄ちゃんにしては、いいアイデアだと認めてあげるよ!」 


「開発課の人と相談して、材質とか重さとか決めるといいだろう」


 こうして、一つ妹の問題が解決を見た。だが美鈴は、まだ何か言いたそうだ。



「この場にいない人の意見も、聞いておいたほうがいいと思うのよ」


「この場にいない人? さくらにアドバイス可能な人間が、他にいたかな?」


「よくよく考えてね! さくらちゃんの上位互換ともいうべき人が、一人だけいるじゃないの」


「美鈴ちゃん! 嫌な予感がしてきたんだよ!」


「まさか! その人というのは……」


「司令を置いて、他には考えられないでしょう!」


「美鈴ちゃん、今日のところは、鉄球だけでいいんじゃないのかな? さくらちゃんは、心からそう思うんだよ!」


「さくらちゃん、ここで弱音は厳禁よ! より高みを目指すには、避けて通れない道よ!」


 美鈴さん! なんだかコブシを握り締めて、熱く語り始めているんですけど…… それよりも、妹の目が死んでいるぞ! この前、ヤクザから金を受け取っていた件でしこたま怒られていたから、さすがに司令の前に顔を出しにくいらしい。


 こうして妹は、司令に技のヒントを聞きに行くという困難なミッションに無理やり駆り立てられるのであった。たとえ、そこにはイバラの道しかないとわかっていても、今更後には引き返せない困難極まりない修羅の道。別の言い方をするならば、無間地獄のスタート地点に立たされたのかもしれない。

 


 






 その頃、司令室では……



「司令、一昨日の中華大陸連合の帰還者に関する報告が入っております」


「わかった、目を通そう」


 副官から受け取った書類に目を通して、新宿で発生した一連の事件の顛末を把握する。それにしても、よくぞあの場に我が隊が誇る最強の帰還者が集結していたものだな。


 事無きを得て日本国民の平穏な生活が守られた点は、彼らを大いに評価しなければならないだろう。



「政府は、細菌兵器の使用に関して、公表するつもりなんだな」


「はい、手段を択ばない中華大陸連合のやり口に警鐘を鳴らす意味で、政府の公式見解として発表する予定です」


「そうか…… まあ、変に隠蔽するよりは、明るみに出したほうがいいな。今回は未然に防げたとしても、次回の攻撃がある可能性も残されている」


「政府も、司令と同様の考えのようです。ところで、もう一枚統合参謀本部から通達文書が来ているのですが」


「内容は?」


「特殊能力者の正式な任官に関する内容です」


「また来たのか…… これまで何度か握り潰していたが、いい加減国防軍のお偉方たちも、痺れを切らしているようだな」


「そろそろ限界と考えるべきではないでしょうか?」


「そうだな…… やつらは、大人のしがらみに縛られずに、自由にやらせてやりたかったが、我々もいよいよ腹を括らねばなるまい」


「政府としては、一刻も早く彼らを取り込んでおきたいでしょうから」


「やむを得ない、明後日に全員まとめて正式に任用する旨を、統合作戦本部に伝達してくれ」


「了解しました」


 




 


 2日後……



 俺たちは、全員が図面演習室に集められている。この部屋は、普段はパーテーションで仕切られているので、それほど広くは感じないのだが、仕切りを取り除くと学校の教室の倍以上の広さがある。全然シラナカッタヨ!


 急に集められて何事かと思ったら、正面にはデカデカと『任官式』という看板が掲げられている。国旗と国防軍旗が並ぶ正面には演台が置かれて、左右には部隊の将校が勢揃いして座っており、その一番上座には、国防陸軍富士駐屯地の司令官が腰掛けている。



「只今より、特殊能力者部隊所属訓練生の任官式を開始いたします」


 司会を務める副官さんの進行で、司令が演壇に立ち、開式の挨拶を告げる。



「諸事情で長らく任官を見合わせていたが、本日をもって、訓練生の諸君は国防軍の正式な一員となる。心して各自に与えられた任務の邁進せよ」


「「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」


 気合の入った返事が響いているが、これは親衛隊と新入りが腹の底から声を出しているのが原因だ。妹の教育が行き届いているようだ。


 だが、その当事者である妹は、俺の横の席で舟を漕ぎ始めている。他の部隊の偉い人も出席しているんだから、居眠りは不味いだろうが! 仕方がないから、ポケットに忍ばせてあるアメ玉を取り出す。



「むむむ! この味はイチゴだね」


 閉じ掛けていた目が開いたのはいいが、口をもごもごするんじゃない! アメを舐めているのがバレるだろうが!



「続いて、任官者代表による服務の宣誓」


「はい」


 この大役は今回美鈴が務める。最初は俺に話がきたのだが、暗記力の問題からあっさりと美鈴にお鉢が回ってしまった。



「私は、わが国の平和と独立を守る国防軍の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもって専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえることを誓います」


 美鈴は一言も口ごもらずに、一気に長セリフを述べ切ったぞ。さすがは、大魔王様です! 


 その後は、来賓の祝辞へと式は進行していく。ちなみに、同じ富士駐屯地にあっても、陸軍と特殊能力者部隊は、全く別の組織として存在している。とはいっても、ヘリ運用などでは何かとお世話になったり協力する機会が多いので、こうした式典などに来賓として顔を出してもらっているのだ。生憎、うちの部隊に将官はいないのだが、こうして陸軍中将が参加すれば、それだけ式典に箔が付く効果もある。



「任官証と制服の授与。楢崎聡史訓練生!」


「はい」


 俺は椅子から立ち上がって、正面の演台に向かう。そこには、相変わらず厳しい顔つきで、司令が立っている。



「楢崎聡史訓練生、本日をもって特殊能力者部隊所属、国防軍中尉に任ずる」


「はい!」


 俺は、司令から差し出された任官証と、新たな階級章が胸の部分に縫い付けられた新品の制服を受け取る。



「楢崎中尉、本日から中尉となった感想を聞きたいな」


「司令、ちょっと階級が高すぎないですか? いくらなんでも、いきなり中尉というのは……」


「弾道ミサイル防衛の要である魔力砲の正式オペレーターを、低い階級に留めておくほうが大きな間違いだ」


「承諾いたします」


「楢崎中尉、これまで以上の活躍を期待している」


「ご期待に応えられますように、努力いたします」


 これは参ったな。今まで一介の訓練生という立場だったのが、急に今日から将校の仲間入りだぞ! それも少尉を飛び越して中尉ときたのは、異例の大抜擢だろう。責任がずっしりと肩にのしかかる感覚がしてくる。


 

「西川美鈴訓練生」


「はい」


「西川美鈴訓練生、本日をもって特殊能力者部隊所属、国防軍少尉に任ずる」


「はい」


 美鈴は少尉なのか…… 国防軍への貢献だけなら、俺よりも美鈴のほうが大きいはずだ。魔力銃や魔力砲が完成したのは、すべて美鈴が術式を解析したおかげだからな。でも、美鈴は満足した表情をしているな。俺よりも下の階級で構わないのかな?



「楢崎さくら訓練生」


「むむ、さくらちゃんの番だね!」


「楢崎さくら訓練生、本日をもって特殊能力者部隊所属、国防軍軍曹長に任ずる」


「わかったよ! でも兄ちゃんや美鈴ちゃんに比べると、ちょっと低いような気がするよ」


「さくら軍曹長、私が今まで何枚の始末書をもみ消したと思っているんだ? んん?」


「えーと、さくらちゃんはとっても満足しているからね! それから、司令官ちゃん! あとで話があるから聞いてよ!」


「また何か仕出かしたのか?」


「違うんだよ! ちょっと頼みたいことがあるんだよ!」


「いいだろう。席に戻ってよし」


 最大の問題児が、かろうじてセーフな範囲で任官を終えた。だが、そのあまりに型破りな態度に、陸軍の来賓の皆さんの顔がひん曲がっているのは、見なかったことにしておこう。



「滝川敦史訓練生」


「はい」


「滝川訓練生、本日をもって特殊能力者部隊所属、国防軍3等軍曹に任ずる」


「ありがとうございます!」


 こうして、帰還者の任官は無事に終了した。続いては、能力者の順番だ。明日香ちゃんと親衛隊は、揃って特士長に任官された。旧日本軍だったら上等兵に相当する階級だな。特殊能力者部隊に所属する帰還者や能力者としては一番下の階級だけど、ここから叩き上げて頑張ってもらいたい。



「続いて、すでに任官している帰還者の昇任式に移る。フィオレーヌ=フォン=ルードライン特士長」


「はい」


「フィオ特士長、本日をって特殊能力者部隊所属、国防軍少尉に任ずる」


「はい」


 そうだよな…… 大魔王と大賢者は同格にしておかないと、あとで色々と揉める原因になりそうだからな。それにフィオも、魔力砲の改修やメンテでなくてはならない存在だから、この待遇は当然だろうな。



「神埼カレン特士長」


「はい」


「神埼カレン特士長、本日をって特殊能力者部隊所属、国防軍准尉に任ずる」


「はい、ありがとうございます」


 カレンは准尉なのか…… 天使の階級では最高位だけど、人間の世界ではまた別の話だからな。それよりも、母親から新たな制服を受け取るカレンの瞳に、薄っすらと涙が浮かんでいる。能力が目覚めるまで苦労したから、こうして昇任した姿を司令に見てもらって、心から嬉しいんだろうな。うんうん、実にいい話だ!


 その後には、勇者とタンクの昇任があった。二人とも2階級上がって、2等軍曹となっている。それから、ドイツから亡命してきた帰還者4人は、亡命以前と同様で全員が准尉待遇と決定した。


 残ったアイシャとリディア姉妹とマリアは外国籍なので、正式な任官は法律上許可とはならなかった。したがってこの4人は、相変わらず訓練生のままに留め置かれた。ただし、給料などの待遇面は、親衛隊や明日香ちゃんと同等の特士長待遇となっている。子供のナディアまで、この際だからと無理やり司令が捻じ込んだらしい。



 式の最後に、司令から締めの言葉が贈られる。 



「特殊能力者部隊の諸君に告ぐ。此度の戦争で当部隊は、国防軍の一翼を担って輝かしい戦果を挙げてきた。だが、これに驕らずに、自ら歩むべき道を真っ直ぐに進んでほしい。私から望むのは以上だ!」


 司令らしい締めの挨拶だな。自分が歩む道か…… いいだろう、正式な国防軍の一員となったからには、とことん突き進んでやろう。戦争が終わりを告げるその日まで、戦い抜いてやるさ。


 おや、妹が司令の所に歩いていくぞ。何か用事でもあるのかな? ちょっと聞き耳を立ててみようか。



「司令官ちゃん! 遠距離攻撃可能な必殺技を教えてよ!」


「さくら軍曹長、急にどうした?」


「この前、帰還者を仕留めそこなったのが悔しかったんだよ!」


「ほう、それで私に教えを請いたいというのか。厳しいが、覚悟はあるか?」


「バッチリだからね! 気合なら誰にも負けないよ!」


「いいだろう、明日から手解きをしてやる」


「それじゃあ、約束なんだからね! 絶対だよ!」


 そうか、司令に例の件を頼みに行ったのか。ちょっと待てよ! あの仏頂面の司令が、笑みを浮かべているじゃないか! それも、心から楽しそうな会心の笑みだぞ! これは、恐ろしいことが始まる予感がしてくる。


 破壊神の背筋が凍るような笑みを残して、司令は図面演習室を去っていくのだった。



晴れて正式に入隊した主人公たち、中でもさくらは司令官に…… この続きは週の中頃に投稿します。どうぞお楽しみに!


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