193 あらゆる意味で、勘違いかも……
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さくらたちが習志野から戻ってきて、2日後……
「さくらちゃんたちが戻ってきてから、インフルエンザが急速に終息したわね」
「美鈴ちゃんは、全然わかっていないなぁ! あんな風邪の親戚くらい、ご飯をいっぱい食べていれば感染しないんだよ!」
なんで、あれだけ頭がいい美鈴ちゃんが、こんな当たり前の真理に気が付いていないんだろうね? さくらちゃんはとっても不思議に感じるんだよ。病気に罹るのは食事が足りない証拠なんだからね! これは、さくらちゃんの中では、基本中の基本とも呼べる一般常識だからね。
だからきっと、私の姿を見たみんなが、明るい気持ちになって、ウイルスを撃退したに違いないね。さくらちゃんは、そうだと睨んでいるよ。明日香ちゃんだけじゃなくって、リディア姉妹やアイシャちゃんも、私が部屋にお見舞いに行ったら、その場で元気を取り戻したからね。そうそう、お見舞いの品として、それぞれが好きなデザートを持って行ったんだよ! やっぱり食べることは大切なんだと、さくらちゃんはその場で再認識したね。
「それはそうとして、俺たちの〔状態異常完全無効化〕のスキルって、どんな仕組みになっているんだろうな? 病気を含めて、あらゆる状態異常を無効にするなんて、反則技だよな」
「兄ちゃん! 細かいことはどうでもいいんだよ! 変なところに細かいと、若白髪が生えてくるんだよ!」
「そうよねぇ…… 聡史君は、白髪じゃなくて、若ハゲになるという線も否定できないわね」
おうおう! なんだか美鈴ちゃんまで、さくらちゃんのフリに乗っかってきたよ! 兄ちゃんの頭には、特に白髪になったりハゲる兆候はないんだけど、実は本人は相当に気に病んでいるんだよ。
なんたって我が家のお父様は、これは見事なツルッパゲだからね! 父親はなんでも20代後半の時点で、目に見えて頭頂部が薄くなってきたらしいよ。これは紛れもない事実だからね。本人の口から直接得た証言なんだよ。でも、親戚中には誰もハゲがいないのに、父親だけがあんな悲運に見舞われたのか、その理由は判然としていないんだよね。楢崎家の七不思議の一つだね。
父親曰く、『苦労を掛ける子供がいるせいだ』なんて、のたまっているんだけど、誰のことを指しているんだろうね? さくらちゃんは、全然身に覚えがないから、きっと兄ちゃんが苦労を掛けているに違いないよ。反省してもらいたいね!
おや? 兄ちゃんは涙目になって美鈴ちゃんを見返すだけだね。反論するどころか、心をズタズタに抉られて、言葉も出ないようだよ。髪の毛の問題は、兄ちゃんの最大の弱点と呼んでも差し支えないようだね。
この父親譲りの頭皮の問題は、秘かに兄ちゃんを悩ませているんだよ。夢の中に、ツルッパゲになった自分の姿が出てくると、悲しそうな表情でこぼしていたからね。これは、強迫観念というやつだろうね。ハゲならハゲで諦めちゃえばいいのに、その辺の割り切りができていないようだよ。まだまだ兄ちゃんも、人間として甘い部分が残っているね。
今度、組手をするときに、髪の毛を引っ張ってみようかな。きっと、その場でギブアップを宣言するに違いないね。どんなに兄ちゃんが隠そうとしても、さくらちゃんの目には、弱点を誤魔化せないんだよ!
さて、朝ご飯が終わったら、午前中の訓練の時間だよ! お腹いっぱいで、本日も絶好調といってもよさそうだね! ポチとタマを引き連れて、意気揚々と演習場に向かうんだよ。
「ボス! おはようございます!」
「本日も、ビシッと訓練に励むであります!」
「天気もいいし、上々の訓練日和だな!」
5人がきちんと整列して、さくらちゃんを出迎えているよ。食堂にいないと思ったら、早目に演習場に集まって訓練の準備をしていたんだね。感心したいところなんだけど、でもねぇ……
「おデコに冷えピタを張って、マスク姿で集まるんじゃないよ! 具合が悪いんだったら、部屋に戻って寝るんだよ!」
実は親衛隊の5人は、昨日の夕方から不調を訴えていたんだよ。早めに訓練を切り上げて部屋に戻したんだけど、症状からいって、インフルエンザを発症した模様なんだよね。早く軍医さんのところに行って、薬を出してもらえばいいのに、無理をして朝から訓練に顔を出しているんだよ。
「ボス! お言葉ですが、気合があれば病気など撥ね返せます!」
「自分たちは気合が足らないので、ボスに注入していただきたいです!」
なんだね? その猪木さんのビンタのようなリクエストは? 闘魂注入はあの人にしか出来ない、オリジナルの技なんだよ。
それにしても、この5人は、一体どうしてこんな風に育ってしまったんだろうね? さくらちゃんは大きな疑問を抱えてしまうんだよ。物心ついている年齢なんだから、もうちょっと限度を弁えた方向に考えられないものかと、呆れてしまうよね。
多分、誰か悪い影響を与えている人物がいるに違いないよ! もしかしたら、全員の家庭環境が悪かったのかもしれないね。実に気の毒な子たちだよ! さくらちゃんは、そう睨んでいるんだよ。
おや? どこからか『自分が見えていないぞ!』っていう、謎の声が聞こえてくるよ。おかしいなぁ…… さくらちゃんほど、自分がしっかりと分かっている人間はいないのにねぇ。
ともかく親衛隊には、具合がよくなるまで休養を命じることにしようかな。誰かがしっかりと止めないと、危険な方向に突っ走ってしまうからね。うん? またまた同じような謎の声が聞こえてきたような気がするよ。
「全員、熱が下がるまでは、訓練は中止だよ! しばらくは各自の部屋で療養するんだからね!」
「「「「「イエッサー!」」」」」」
こうして親衛隊の5人は、しぶしぶ自室に引き返していくんだよ。まったく、本当に世話が焼ける子たちなんだから……
同じ時、さくらの体内では……
さくらの免疫細胞は学習していた。
体内で待っているよりも、外に飛び出したほうが、より大量のウイルスや細菌を狩れるのだと。自らの『ウイルスを狩り尽くす』という欲求を果たすには、体内で待っているだけでは満足できないと。
幸い、免疫細胞は日夜体内で大量に生産されており、一部が体外に飛び出しても不足する事態は発生しない。ならば命の限り、体外でウイルスの撲滅を任務としようと志願する好中球が、後を絶たなかった。
そして、より最適な機能を発揮できるように好中球はバージョンアップしている。触手を起用に羽ばたかせて意のままに空中を浮遊してウイルスのいる場所に到達する能力や、毒性の強いウイルスの感染者を発見する索敵能力を大幅に向上させていた。
それだけでももう十分な気がするのだが、さくらの好中球の進化はこれに留まらない。10本程度であった触手の数をさらに5倍に増やして、一度に50個ものウイルスや細菌に攻撃を加えられるようになっていた。重武装と移動索敵能力を兼ね備えた、完全体へと変貌していたのである。
駐屯地内でインフルエンザの蔓延が急速に終結したのは、一重にさくらの免疫細胞が宙を飛びながら、あるいは別人の体内に侵入しながら、ヒャッハーを続けた成果であった。
これはすでに免疫細胞と呼んでいいのか、誰もが疑問に感じてしまうレベルだろう。
いうならば、免疫細胞とは別の何かと呼んでも差し支えない、究極の進化といえよう。新たな形態に進化した好中球は、さくらの皮膚や頭髪に潜みながら、付近にウイルスの姿がないかと、常時索敵を実行しているのだった。
その姿は〔対ウイルス滅殺用究極ナノマシーン〕に等しいかもしれない。しかも、さくらの体内を離れても、1週間は空気中に浮遊しながらウイルスを狩り続けるので、駐屯地に蔓延していたインフルエンザウイルスは、わずかの時間で姿を消していく運命にあった。
親衛隊の5人は、この免疫細胞たちによってウイルスが駆除されていくまでの、僅かなタイミングで感染した、アンラッキーな例だった。
好中球は、電気的な信号を発しながらコミュニケーションをとっており、その伝達網は、有機的な繋がりを持った軍隊そのもののようである。当然、間近に存在する親衛隊の体調の変化に、敏感に気が付いているのだった。
「おい、どうやら目の前にいる5つの個体には、ウイルスのクソ野郎共が侵入している形跡があるぞ!」
「このところ、目にしなかったと思っていたが、意外な場所が盲点だったな!」
「もちろん、きっちりと駆除してやろうぜ!」
「跡形もなく消し去ってやる!」
「ヒャッハー! 消毒の時間だぜぇぇ!」
こうして、さくらの体表から飛び出した好中球は、親衛隊の体内に入り込んで、あっという間にウイルスを駆逐して回るのだった。
さくらに命じられて、部屋に戻ろうとしていた親衛隊たちは……
「あれ? なんだか急に、体が軽くなった気がするぞ!」
「喉の痛みが、急になくなったな!」
「なんだか、熱も下がったような気がするな!」
「もしかしたら、ボスの気合がインフルエンザを追い出したのかもしれないな!」
「さすがはボスだぜ! 尊敬してしまうな!」
(おや、5人は、口々に体調がよくなったアピールを開始するね。急にどうしたんだろうね? これはきっとあれだよね!)
さくらちゃんは親衛隊の言葉を信じないんだよ! 今まで熱でフラフラだった人間が、俄かに治るなどという現象を、信用するほうが常識的に間違っているよね。朝ご飯をしっかりと食べた形跡もないしね。
たとえ、目の前で明日香ちゃんやリディア姉妹が急に快方に向かったとしても、それはさくらちゃんが用意したデザートを、口にしたからに決まっているんだよ!
【解説の声】
━━━━━━━━いかにさくらといえども、自分の免疫細胞が宙を自在に飛び回り、ヒャッハーしているという自覚がなかった。精々のところが、食べ物で元気になったのだろうと考えるのが、オチだったといえよう。いくら帰還者の中でも相当にぶっ飛んだ性格をしていようとも、人の考えにはおのずと限界が生じるのは、当然である。特に、不思議な現象が発生しようとも、その原因を大して考えようともしないさくらでは、このような事象の原因を突き詰めようとはしなかったのは、当たり前だろう━━━━━━━━
本当にしょうがない子たちだよ! 体調が悪い時には、休むのも訓練のうちなんだからね!
「いくら訓練がしたいからといって、治ったフリをするんじゃないんだよ! 体調が元に戻るまでは、部屋から出ないようにするんだよ!」
ごく一般的な注意を与えて、親衛隊を部屋に戻すんだよ。もっとも、いくら体調がよくなったといっても、病み上がりで過酷な訓練に耐えられるはずもないから、本当に元気になるまではお預けだからね!
こうして、親衛隊の5人を最後にして、富士駐屯地のインフルエンザ騒ぎは、完全なる終息を迎えるのでした。よかった、よかった!
中華大陸連合の参謀本部では……
このところ、日米英に押されて、徐々に領土を切り取られつつある中華大陸連合の参謀本部では、張り詰めた空気が流れている。
それは、戦線が思うように運ばない苛立ちとともに、いつ何時政府の上層部、ことに主席から直接責任を叱責されるかもしれないという恐怖心から、自ずとピリピリしたムードが広がる悪循環に恒常的に支配されていた。
そこに、〔最重要〕と記された、一枚の文書を手にした係官が入室してくる。彼は、居並ぶ参謀たちに一礼すると、直立して指示を待つ。
「おい、その書類には、何が記載されているんだ?」
「そ、それが…… 主席の署名入りの文書です」
「なんだって!」
部局内が一斉に色めき立つ。主席の署名入りの文書とは、何があっても実行せねばならない最重要の位置付けが為された命令書であった。
「よ、読み上げてくれ」
一番上席の総参謀長が、わずかに震える声を絞り出しながら、担当官に指示を出す。たとえ一枚の紙といえども、それくらいの重みのある書類であった。
「読み上げさせていただきます。表題には、作戦指示書とあります」
一瞬、参謀本部にほっとした空気が流れる。参謀本部内の誰かを罷免したり、転属を命じる書類ではなかった点が、幹部たちに安堵をもたらしていた。
「続けたまえ」
「はっ、続けます! 日本国内に混乱をもたらして、継戦能力を削ぐ目的で、以下の作戦を実施せよ」
読み上げている担当官の声にも、明らかに安堵した様子が端々に表れている。ただし、室内に充満したその空気は、長くは続かなかった。それは、通達された作戦内容が、非常に大きな困難を伴うものであったからだ。
「日本国内に、かねてより研究開発を進めていた細菌兵器を散布すること。首都東京を混乱におとしめて、日本政府の機能を壊滅に追い込め」
担当官が読み上げる内容の、あまりの難易度の高さに、幹部たちは頭を抱えている。確かにこの作戦が実現したら、日本に大きな被害をもたらして、戦局を左右することが可能となる。だが問題は、実施においてのその方法に行き着くのであった。
担当官は、さらに文書の続きを読み上げる。
「作戦の実施においては、秘匿していた帰還者をその任に就けるものとする」
「ちょっと待て! 今、何と言った?」
総参謀長が、慌てた表情で担当官に聞き直す。今読み上げた一文には、彼が慌てるだけの大きな意味が込められていた。
「繰り返します。作戦の実施においては、秘匿していた帰還者をその任に就けるものとする」
「秘匿していた帰還者だと! 我らも知らない帰還者が存在したというのか?!」
総参謀長の動揺した様子を目の当たりにして、他の参謀たちも口々に意見を表明し始める。
「公式に政府が発表していた帰還者は、7人のはず。現在、そのうち3名の死亡が確認されている。それ以外にも、本当に帰還者がいるというのか?」
「もし、まだ帰還者がいるのだったら、なぜ今まで、戦線に投入されなかったんだ?」
「そうだ! 帰還者が投入されれば、戦況が大きく変わったかもしれない」
今次の戦争において、いち早く帰還者の有効性を認めて、戦場に送り出したのは、中華大陸連合政府であった。3人の帰還者を越境させて、ロシアの沿海州に送り込んだのが、帰還者が第一線の戦場に出撃した初の事例であった。
もっとも、非公式な戦いにおいては、日本の自衛隊に所属していた神殺しが20年前にヨーロッパに乗り込んで、大暴れをしたという記録が残ってはいるが……
幹部たちが口々に意見を言い合う中で、担当官は冷静な声で文書の続きがあることを知らせる。幹部たちの興味は、一斉にその続きに注がれて、室内はしんとした様子で、言葉を待っている。
「それでは続きを申し上げます。帰還者の準備は完了しており、いつでも出撃は可能となっている。ついては、彼の者を日本に送り届ける手配を進めることを、参謀本部の任務とする」
今回の作戦は、首席自らが考え出したものといえる。これは、ある意味で、参謀本部の立場を軽く見られているとも受け取れる重要な要素であるのだが、今はそれどころではなかった。
参謀本部の総力を挙げて、本作戦を無事に決行しなければならないのであった。仮にこちらの落ち度で失敗したら、主席の立場に大きな傷をつけることに繋がりかねない。そして、それは、参謀本部の失態として、処罰の対象になる可能性が高い。
彼らは普段以上に神経質になって、どのような手段でその帰還者を日本まで送り込むかを、研究するのであった。
日本に送り込まれる帰還者とは…… 続きは、ゴールデンウイークの終わり頃にお届けする予定です。どうぞお楽しみに!
評価とブックマークがいつの間にかたくさん集まって、ビックリしています。読者の皆様の温かいお気持ち、本当にありがたく思っております。
もうしばらくしたら、毎週2,3話お届けできるようになると思いますので、どうかお待ちいただけるように、お願い申し上げます。




