190 高さは気合で克服する!
投稿が大幅に遅れて、申し訳ありませんでした。後書きにお知らせがありますので、最後まで目を通していただけるように、お願い申し上げます。
ホワイトハウスでは……
執務室には、マクニール大統領の懐刀ともいうべき国務長官が入室して、2人だけの密かな会談を行っている。
ペンタゴンからもたらされた報告を元にした、今後の世界戦略をどのように構築していくかという、重要な協議が為されているのであった。
「大統領、日英からの協力で対中華大陸連合の領土切り崩しは、着々と進行しておりますな」
「長官、その通りだ。ここまでスムーズに事が進むのは、予想もしなかった事態だよ! 各軍における犠牲者も、ほぼ皆無に近い状況だ」
「確かに大統領がおっしゃる通りです。我々にはほとんど犠牲者が出ていないばかりか、中華大陸連合側は、全兵力の約15パーセントを損耗したとの試算もあります」
実際には、この試算は相当に辛く見積もった場合の数字であった。中華大陸連合の沿岸部においては、福建省や広東省などの南部の軍事基地の相当部分が、日米英連合によって大きな被害を出していた。
中華大陸連合の内陸部には、まだまだ無事な軍事基地が多数温存されていると報告されているものの、その実情からすれば、装備の面でかなりの旧式で有効性が不確かな兵器しか残されていなかった。
「内陸部の基地に関しては、可能な限り手を付けないようにしたい。なに、その方が後々面白い展開が期待されるからな」
「と、申しますと?」
「我々が撤退後には、かの国では絶対に内乱が発生する。精々派手に内輪もめをして、国際社会の舞台からの完全なるフェードアウトを願っているよ」
「さすがは大統領ですな。そこまで読んでおられるとは」
「君だって、気付かないフリをしているだけだろう。世界の各国、ことに途上国の多くには、30年以上の長きに渡って、中国と結びついてきた歴史がある。この結びつきを切り崩さない限りは、中華大陸連合の後継国家が再び国際社会に浮上する可能性があるのだよ。したがって今回は、2度と浮上の余地が無いくらいに、中華帝国は地の底に叩き落とすべきなのだ」
「同感ですな。我が国に対して公然と覇権争いを挑んできた以上は、国家が丸ごと破壊されるのも覚悟のうちでしょう。この機会を逸するのは、得策とは言えませんから」
これこそが、世界を牛耳る超大国の論理である。自国の覇権に挑むものは、徹底的に叩き潰していくことが、アメリカを支える原動力となってきた。その対象の変遷は、第2次世界大戦の日本であり、冷戦期のソビエト連邦であり、近年の中華人民共和国並びに中華大陸連合であった。
「それでは、ペンタゴンの基本方針を承認する方向で宜しいでしょうか?」
「いいだろう。占領区域は最小限に留めて、東南アジア解放後は、速やかに撤退する方向で進めてもらいたい」
こうして、中華大陸連合南部の占領体制について、ホワイトハウスでの意見が決定されるのであった。
その頃、富士駐屯地では、聡史たちがどこかへ出掛ける準備を整えて……
「全員準備はよろしいか?」
「万全であります!」
ヘリポートの前に、俺たちは装備を整えて整列している。
これから俺たちは、とある場所で訓練を受けるために出発するところだ。引率役を務める東中尉の号令に合わせて、これからヘリに乗り込んでいく
「兄ちゃん! どんな場所だか楽しみだよ! 親衛隊も気合が入っているから、身に付く訓練が出来そうだね!」
「そうだな…… いや、さくらよ! 滝川訓練生の顔色が悪いようだが、何かあったのか?」
気合十分で腕捲りしている親衛隊とは打って変わって、滝川訓練生は青い顔をしている。この前ヘリに乗った時には別段変わった様子はなかったのに、なぜ今回ばかりは様子がおかしいのだろうかと、疑問が湧いてくるな。
「兄ちゃん、新入りは特に気にする必要はないよ! 現地に到着したら、私がビシッとさせるからね!」
まあ、妹がそう言うのなら、別に構わないだろう。俺が気にするようなことではないしな。
さて、今回俺たちが向かうのは、自衛隊時代から各方面に勇名を轟かせていた、第1空挺団の本拠地である習志野駐屯地だ。2泊3日の予定でエアボーン訓練を体験する。
さすがに空から落下傘で降下するには時間が足りないので、ヘリコプターからロープを垂らして地面に降りていく、ヘリボーン訓練課程を履修する予定である。
実戦では、ヘリで戦場に到着次第緊急降下する場面も十分に想定されるので、各自が降下に耐えられるような技能の習得が必要になる。もちろん富士でも訓練可能ではあるが、せっかくだから国防軍の最高峰の技能を学びたいからな。
それにしても、第1空挺団とは……
なんという崇高な響きだろう。軍オタ時代から、俺の憧れだったからな。上空何千メートルの高空から果敢に大空に飛び出していく姿を見れば『精鋭無比』という標語が、これほど当て嵌まる部隊は存在しないだろう。もちろん、これは俺の個人的な感想なので、異論は認める。だが空挺こそが、軍オタの俺にとっては最大のロマンなのだ。
さて、今回の訓練に参加しているのは、特殊能力者部隊の中でも主に肉体労働者タイプ…… 俺と妹と、その軍団にプラスして、勇者とタンクが加わっている。
魔法使いタイプの美鈴やフィオは、富士で留守番をしている。曰く……
「私たちは重力を操って自在に降下できるから、今更、降下訓練なんて必要ないでしょう」
……だそうだ。確かに、美鈴とフィオならば、その程度の魔法は簡単に行使できるし、実際に渋谷のビルから優雅に舞い降る場面を目撃している。やはり魔法が使えるというのは、様々な面でアドバンテージがあるよな。無いものねだりだが、羨ましい限りだ。
それから、カレンだが……
「私は、いざとなったら空を飛べますから……」
天使の翼は伊達ではなかった。本当に飛べるなんて、全然知らなかったよ。空を飛べる天使には、空挺訓練など必要ないな。
ああ、それから、アイシャは捕虜の訓練が現在の業務の大半を占めているので、参加していないな。レイフェンや天狐、玉藻の前も駐屯地に居残っている。天狐と玉藻の前は、妹に付いてきたそうな顔をしていたけど…… その分は、どうか富士で捕虜の訓練で頑張ってもらいたい。
もちろん、明日香ちゃんは駐屯地の自室に閉じ込めてある。さもないと、どこかに紛れ込んでひょっこり習志野に顔を出すとも限らない。いかにも自然にその場に入り込んでいるから、誰も気が付かないんだよな。あの運動神経では、空挺訓練など絶対に務まらないだろうし。
ということで、富士駐屯地が誇る肉体労働担当が、勇躍して習志野を目指しているのである。
立場上、東中尉が引率役を務めてはいるが、実質的な指揮官は妹であり、俺はこやつが調子に乗らないように監視をする係だ。
それにしても、親衛隊は相変わらずテンションが高いぞ。どんな訓練が待っているのか様々な予想をしながら、その合間に俺の体から発散された魔力を吸い込んでいる。実に器用なものだ。その手際の良さには、恐れ入るしかない。
約1時間半の飛行で、ヘリは習志野上空に達する。窓の外では地上係員が誘導筒を振りながら、ヘリを着陸地点に誘導する姿が飛び込んでくる。誘導に従ってヘリは次第に高度を落として、無事に着陸を終える。
「特殊能力者部隊の皆さん、第1空挺団にようこそ!」
「お世話になります。一同、礼!」
「「「「「「よろしくお願いします!」」」」」
俺たちを迎えに出てくれたのは、先任上級曹長の蒔田准尉だった。空挺団の実行部隊の訓練担当を担っているそうだ。戴帽してないので礼をした俺たちに、敬礼で応えてくれる。日焼けした精悍な顔立ちが印象的だ。
「お腹が減ってきたから、お昼ご飯が楽しみだよ!」
「これっ! さくら! もうちょっと場を弁えろ!」
蒔田准尉は、妹の失礼な態度にも笑顔を送り返してくれる。きっと優しい人なんだろうな。
「それでは、皆さんの滞在する部屋と食堂にご案内しましょう」
「いっぱい食べるよぉぉぉ!」
遠慮を知らない妹に呆れた表情の一つも向けないとは、この人は人格者なんだろうな。日本一の厳しさを誇る第1空挺団で、指導係を務めるだけのことはあるよ。
案内に従って、各自の部屋に荷物を置いてから食堂に向かうと、すでに妹は席に座って目の前には3枚のトレーを並べている。
「それでは、いただきまーす!」
しばらくは、相変わらずの光景が繰り返された。おそらく事前にレクチャーされているのか、空挺団の他の隊員も大して驚いた様子が無いな。それにしても、いつ見ても、どこに出しても恥ずかしい、妹の食事風景だ。
こうして食事が終わると、本格的な訓練が始まる。
まず第1段階は、降下の基本である安全金具の取り付け方の講習からだ。
ヘリからの降下には2種類ある。1つは、ファーストロープと呼ばれる方法。これは、グローブを嵌めた手と両足でロープを挟み込んで、素早く降下する方法となっている。
もう1つがラべリングという方法で、2本の細いロープに安全金具を取り付けて、降下速度を低下させながら地上を目指す方法だ。かなりの高度でも、高所からの降下に伴う落下の危険は少ないが、反面敵からは狙われやすいというデメリットがある。
どちらの方法が用いるのかは、その場の状況で判断するしかないそうだ。両方経験しておいた方が、当然ながら、いいのだろうな。
「このように、2本あるロープに安全金具を取り付けます」
蒔田准尉をはじめとする小隊メンバーが、1人1人に丁寧にレクチャーしてくれるから、大変わかりやすいな。ある程度までの高さならば、俺や妹は普通に飛び降りてしまうから、実戦で使用するかどうかは今のところはわからないけど。
「それでは、まずはあちらの7メートルの降下台から、実際に降りてみましょう」
「了解しました!」
降下台は鉄のやぐらを組んだ骨組みに横板を渡した構造で、数か所に二本一組ののロープが取り付けられている。このロープに金具を取り付けて地上に降りていくのが、降下の初歩だ。
「ふむふむ、ここから飛び降りればいいんだね!」
何を思ったのか、妹は金具を取り付けないままで飛び降りた。そのままスタッと地面に着地すると、台の上に居る俺たちを見上げている
「兄ちゃんたちも早く降りておいでよ!」
想像通り、説明を聞いていなかったようだ。空挺小隊の皆さんの努力を、まるっと無にしやがって!
「さくら! 訓練なんだから、ロープを使って降下するんだぞ! もう一度台の上に上がってこい!」
「なんだ、そうだったんだね! すぐに戻るよぉ!」
再び何を思ったのか、妹はその場で地面を蹴って、ジャンプして台の上に戻ってきた。お前には、階段を使用するという発想が無いのかぁぁ!
「ははは、これは聞きしに勝る身体能力ですね」
蒔田准尉は、妹のやらかしを笑って流してくれている。本当にすみませんでした。でも、あらかじめ帰還者の身体能力を知っていてくれて、こちらとしては助かるな。いちいち説明する手間が省けるし。
用意が出来たら、順番にロープに掴まりながら降下していく。親衛隊は、表情一つ変えずに黙々と降りていくな。だが、1人だけ取り残されている人間がいる。
「おや? 新入りはそこで何をしているのかな?」
「きょ、教官殿…… 自分は高い場所が苦手で……」
ああ、そうだった! 滝川訓練生は、妹に何度も宙に打ち上げられて、すっかり高所恐怖症になっていたんだ。どうでもいい事だったから、すっかり忘れていたよ。対して、妹はといえば……
「こんなの高いうちに入らないんだよ! さっさと飛び降りるんだよ!」
「教官殿! もうちょっと、心の準備が整うのを待ってください!」
滝川訓練生は、降下台に座り込んで下を見ないようにしているな。テレビで、バンジージャンプをする直前の若手芸人のような姿だ。
「いつになったら、準備が整うのかな?」
「あと、1時間くらい……」
「さっさと飛ぶんだよぉぉ!」
妹の右足が軽く振り切られたと思ったら、滝川訓練生の体が降下台から吹き飛んでいった。どうやらまだ安全金具を取り付けていなかったようで、勢いに任せて真横に飛び出して、100メートル先に土煙を上げて着地している。まだ息はあるようだな。頑丈で何よりだ!
「特殊能力者部隊というのは、かなり荒っぽい訓練をしているようですね」
「蒔田准尉、どうかこれが普通だとは認識しないでください。これはイレギュラーな出来事ですから」
さすがに准尉の顔色が良くない様子だが、何とか俺のフォローで立ち直ってくれたようだ。本当にご迷惑をお掛けいたします。
滝川訓練生は、回復水を飲まされて何事もなかったかのように立ち上がっている。怪我とともに、記憶の一部も無くしている様子だから、本人にとっては幸いかもしれない。
「それでは、次の段階は15メートルの降下台に挑みましょう!」
アクシデントはあったものの、俺たちは次の段階に進んでいく。
「まだまだ楽勝だね!」
これっ! 我が妹よ! 調子に乗って台に飛び乗るんじゃない! 15メートルの高さを軽々とジャンプする姿に、訓練を手伝ってくれる小隊の皆さんが、目を丸くしているじゃないか。
妹は放置して、俺たちは普通に階段を上っていく。滝川訓練生は、都合よく記憶を失っているせいか、何も言わずに階段を上がっているな。そして……
「おや、新入りはそんな所で蹲って、何をしているのかな?」
待てよ! これはいつか来た道のように感じるのは、俺だけなのか? これから始まるような気がする、嫌な予感の正体は何だろう?
「きょ、教官殿! この高さでは膝が震えて、まともに立ち上がれません!」
「何を言っているのかな? それは気合が足りないんだよ!」
「さすがに、気合だけではこの高さは克服できません!」
「なんだとぉぉ! 弱音を吐くんじゃないんだよぉぉ!」
再び、妹の右足の蹴りが炸裂する。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
滝川訓練生は、絶叫を上げて降下台から飛び去って、その声ははるか彼方で途絶えた。
「さすがは我らのボスだな! 台の上からとはいえ、新入りは飛距離の新記録を樹立したぞ!」
「人類の限界に挑戦した新入りは、実にあっぱれだ!」
こらこら! そこの親衛隊の女子たちや! 新記録などと暢気な会話を交わしている場合じゃないだろうが! さっきよりも倍以上離れた場所で高々と土煙があがっているぞ。早く何とかしてやれ!
それよりも、妹よ! そのドヤ顔は、何だ? いかにもやってやりましたと、言わんばかりじゃないか!
「よしよし! きっとこれで、新入りも高さを怖がらなくなるはずだよ!」
「吹っ飛んでいくたびに、記憶を無くしているだけだろうがぁぁぁ! 何の解決にもなっていないじゃないかぁぁぁ!」
青空が広がる降下台の上には、俺の声が空しく響くのであった。
コロナウイルスの影響で、首都圏や近畿地方では、自粛要請が続いています。
実を申しますと、この小説は主にネットカフェで執筆しております。自宅にもネット環境があるのですが、回線が不安定でたびたび切断されまして……
そのたびにエラーが発生して、せっかく書いた文章が消え去ってしまうという悲劇が発生するのが、主な理由です。
ところが、先日からネットカフェの営業が、停止になってしまいました。作者としては、執筆する環境が失われてしまったも同然の状況となります。
自宅で回線断絶の恐怖と戦いながら、この190話を書き終えましたが、普段の倍以上の時間がかかりました。
このような事情で、自粛要請が終焉するまでの間、投稿間隔が開きます。おそらく、週に1話が限界ではないかと……
応援していただいている読者の皆様には、どうかこのような事情をご理解いただいて、不規則な投稿になることをご容赦ください。
引き続き、皆様が応援していただけるように、可能な限り執筆はしてまいりますが、今までのようなペースの投稿が出来ない事情を、ご理解いただけるように、どうぞよろしくお願いいたします




