182 さくらちゃんのカンフーだよ!
男を追跡するさくらは……
なんだか楽しくなってきたよぉぉ!
現在怪しい男を追跡中のさくらちゃんは、香港の裏通りを爆走しているんだよ! アクション映画も真っ青になるような、派手な追跡劇だね。旋風を巻き起こしながら、通りを驀進していくよ!
あっ! 勢い良く舞い上がった風のせいで、たまたま道を歩いていたオッチャンのズラが飛んで行ったよ! オッチャンは慌てた表情で、宙に舞い上がったズラを追いかけているね。髪の毛を振り乱して追いかけたいところだろうけど、オッチャンには肝心の髪の毛がなかったよ! 今は、フワフワと宙を散歩中だからね。
しょうがないから、さくらちゃんが回収してあげるよ! シュタっとジャンプすると、右手でズラをキャッチ! そのままオッチャン目掛けてポイッと投げてやると、ズラは無事にオッチャンの頭に被さったようだね。微妙にズレているから、どう見てもズラだと丸わかりだけど、オッチャンはそのまま何事もなかったかのような表情で歩いて行ったよ。
あとで鏡を見たら、きっと顔が真っ赤になるだろうね。道行く人たちは、ズラがズレているオッチャンを見て笑いを堪えているよ! でもオッチャン自身は、全然気が付いていないから、このままそっとしておこうかな。オッチャン、どうか強く生きるんだよ!
ちょっとしたアクシデントはあったけど、追跡は順調だよ! さくらちゃんの足をもってすれば、この程度のスピードなんてスキップよりも遅いくらいだからね! 前を必死に走る男は、なんとかさくらちゃんを振り切ろうと足掻いているけど、そもそもスピード勝負を挑んだ時点で男の負けは決まっているんだからね。
疎らに行き交う人を右に左に避けながら、さくらちゃんは追跡を続けるよ!
おっと、今度は前方にオバちゃんの集団を発見! この手の人たちは万国共通で絶対に道を譲らないから、こっちが避けてやらないとぶつかるよね。さくらちゃんは華麗にジャンプしてまたまた電柱を蹴ると、通りの反対側にある電柱に飛び移るんだよ! これで、オバちゃんたちの集団は回避できたね。
そのまま身軽に、次から次へと電柱に飛び移っていくよ! それそれっ!
おやおや、いつのまにかまた男を追い越していたね。油断してちょっとでもスピードを上げると、あっという間に男の前に出ちゃうから、これは加減が難しいよ!
「チクショウ! いつの間に前にいやがるんだ!」
男は方向転換をして、右に曲がる裏道に入り込んでいくよ! さくらちゃんはまたまた電柱を蹴ると、今度は細い裏道のビルの壁を右に左に蹴飛ばしながら、空中を前に進んでいくんだよ! 障害物がないから、動きやすくていいね! このまま、あっという間に男の前に飛び出るよ! これ以上追跡を続けるのも面倒になってきたから、ここで決着をつけようかな。
「逃げても無駄なんだよ!」
「クソッ! 馬鹿みたいに足の速いガキだな! もう逃げるのは止めたぞ! この場でお前を殺してやる!」
華麗に路上に着地したさくらちゃんを見て、今まで散々逃げ回っていた男は、どうやら覚悟を決めたみたいだね。息を整えて戦闘態勢を取っているよ。重心を低くして、前後に開いた歩幅を大きめにとっているね。両手をユラユラ揺らして隙を窺うこの構えは、もしかして……
おお! やっぱりそうだよ! これは正真正銘のカンフーの構えだよね! DVDで見たカンフー入門編に、確かこんな構え方があったよ! なんていう流派かは忘れちゃったけどね。
さくらちゃんは、過去に色々な相手を薙ぎ倒してきたけど、カンフーの使い手と対戦するのは初めてなんだよ!
富士駐屯地には、中華大陸連合出身のアイシャちゃんや捕虜たちがいるけど、格闘術のベースはカンフーじゃないんだよね。アイシャちゃんはウイグル族に伝わる伝統的な武術だし、捕虜たちは軍隊式の格闘術がメインなんだよ。
ちなみに、さくらちゃんの格闘術のベースは、日本に伝統的に伝わる古武術なんだよ。打撃、投げ技,極め技の全てが一体化した、戦場で人を殺すためだけに編み出された武術だよ!
一通りの技を極めているさくらちゃんだから、多種多様な技術の粋を見せたいんだけど、どうも相手が弱すぎて、最初の一撃で決着がついてしまうんだよね。でもほら、時々投げ技とかも見せているよね。駐屯地では、私に投げられた親衛隊が景気よく飛んでいくからね。
「俺の奥義の前では、お前のようなクソガキなど1分も立っていられないぞ」
おお! 早くその奥義を見てみたいよ!
そうだ! せっかくだから、さくらちゃんもカンフーで応戦してみようかな。香港で戦うんだったら、やっぱりカンフー一択でしょう! 入門用のDVDで学んだ、さくらちゃんのカンフー技に刮目するのだ!
「一応名前を聞いておいてあげようかな。私は、さくらちゃんだよ!」
「劉だ!」
さあさあ人気のない路地裏で、劉とのカンフー対決が始まるよ! 戦いが始まる前のこの独特の緊張感は、いつでももワクワクしてくるね。
さくらちゃんも相手に合わせて、いつもよりも姿勢を低くして構えを取るよ。半身の姿勢で、両手は前方に軽く伸ばして、ピタリと止めて待っているよ。早く掛かってこないかなぁ……
「ガキの分際で、一人前の構えをしているじゃないか。だが、所詮は付け焼刃のカンフーだな。お前がどんなに足掻こうとも、俺の敵にはならない!」
あれ? DVDで覚えた適当な構えなんだけど、もしかしてこれで合っているのかな? 言ってみれば、通信教育の空手初段みたいなもんなんだよ。本当にいいのかな? でも、映画ではジャッキーもこんな感じで構えていたから、多分これでいいんだよね! 今この場は、何よりも雰囲気重視だからね!
「死ぬがいい! 行くぞ! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ!」
劉の左右の連打が飛んでくるよ! なるほどねぇ…… これがカンフーの拳なんだ。掛け声とともに、拳に気を込めるのが大事なんだね。
どれ、さくらちゃんも、相手に合わせて拳を打ち出そうかな。掛け声に合わせて、軽く気も込めちゃうよ! 号令に合わせるように、やってみようかな……
「それっ! 1,2,3,4,5,6,7,8!」
ドン! ドン! ドン!
しまったぁぁぁ! ついつい調子に乗って8連撃を決めてしまったよ! 3発が劉の腹にめり込んで、体ごと後方に吹っ飛ばしているね。思いっきり加減して打ち出したから、それほどのダメージにはなっていないと思うんだけど。
「なんという早い拳なんだ! 俺が目で追えない間に3発も食らうとは……」
えぇぇぇぇぇぇ! これが早い拳だってぇぇぇぇ! さくらちゃんは、勝負開始の様子見で、ラジオ体操くらいの気分で放っただけなのに……
仕方がないから、もうちょっとレベルを下げよう。そうだねぇ…… 盆踊りをしているくらいの感じでいいかな。東京音頭を口ずさみながら、両手を動かすくらいのリズムにしてみるよ。
「相手がガキだと思って油断してしまったようだな。遊びは終わりだぞ!」
「わかったから、早く掛かってくるんだよ!」
いちいち能書きが付くのが面倒になってきたよ! 早く来いっていうのに……
「行くぞ! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ!」
男の連撃が飛んでくるから、さくらちゃんも負けていられないよ! いっくよぉぉぉぉ!
「はあぁぁ~♪ 踊り踊るなぁ~ら、ちょいと東京音頭ぉ、ヨイヨイ!」
バキッ! バキッ!
しまったぁぁぁぁ! 相手の8連撃に合わせてリズムに乗って拳を繰り出したら、さくらちゃんの手数が2発多かったみたいだよ! 『ヨイヨイ!』の部分が、余計だったみたいだね。でも、曲の流れでここではどうしても合いの手が入っちゃうんだから、仕方がないんだよね。
再び2発腹に食らった劉は、右手を腹に当てて苦悶の表情を浮かべているよ。なんでこんなにゆっくり放っている拳が当たるのか、さくらちゃんは不思議でしょうがないんだよ! せっかく初対戦のカンフーの使い手なんだから、もっと楽しみたいのに……
「なんという重たい拳だ! 貴様は見掛けによらない恐ろしい使い手のようだな! よかろう、これで遠慮なく俺の奥義を繰り出せるぞ! 地獄を見る覚悟をするんだな!」
えぇぇぇぇぇぇ! 重たい拳って…… 東京音頭だよ?! 『ヨイヨイ!』で、ちょっとだけ力が入っちゃっただけだよ! この程度で『恐ろしい使い手』なんて、呼ばれたくないよ! むしろ逆に!
でも、このリズムでちょうどいいみたいから、もうちょっとだけ東京音頭を続行するよ。
「奥義、天神臥龍拳! ハアァァァ、ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ!」
「花の都の~♪ 花の都の真ん中で♪ サテ!」
バキッ!
また合いの手で、さくらちゃんの拳がヒットしちゃったよ! 劉の左顔面を抉るように当たった拳だけど、まだ倒れるほどのダメージではないようだね。
劉は、なおも奥義とやらを繰り出してくるよ。さくらちゃんは、全て見切っているから、こんなのは楽勝だけどね!
「なぜ効かぬ! こうなれば仕方がない! 真の奥義、天頂飛龍拳! ハアァァァ、ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ!」
「それじゃあ、こっちも続きだよ! ヤートナ~♪ ソレ! ヨイヨイヨイ!」
バキッ! バキッ! バキッ!
「ヤートナ~♪ ソレ! ヨイヨイヨイ!」
バキッ! バキッ! バキッ!
ダメだねぇ…… どうしても、合いの手の部分でさくらちゃんの拳が確実にヒットしているよ。
あれ? いつの間にか劉は、血塗れで地面に倒れこんでいるね。さくらちゃんは、まだ東京音頭を1コーラスしか唄っていないのに!
「無念だ…… まさか俺が敗れるとは…… だが、貴様の地獄はここから始まるのだ…… ボスは敵を容赦なく倒すか…ら… な……」
負け犬らしいセリフを残して、劉は事切れてしまったね。なんだか物足りない対戦だったよ! カンフーの使い手と知って、楽しみにしていたのに……
って! それどころじゃないよぉぉぉぉぉ!
ボスの居所について、何にも口を割らせないうちに、劉が死んじゃったんだよぉぉぉ! せっかく掴んだ手掛かりだったのに、フイになっちゃったじゃないかね!
残っている手立ては、警察幹部を絞め上げて居所を吐かせるくらいかな? あとは、他の警察署も虱潰しに制圧して、堪りかねたボスのほうから動き出すのを待つくらいしか、手段がなくなってしまったよ!
これは痛い失敗だったね。まさか、帰還者と有ろうものが、これほど弱いとは思ってもみなかったよ。香港の帰還者は、レベルが低いのかなぁ?
それにしても、大きな誤算だよ! 戻ったらフィオちゃんたちに怒られてしまいそうだよ。あれだけ張り切って飛び出したのに、どんな顔で戻ればいいのかわからないよ!
いやいや、フィオちゃんやカレンちゃんに何か言われるのはまだいいとして、明日香ちゃんに鬼の首を取ったかのような態度を取られるのは、さくらちゃんとしては、我慢ならないよね! 憤懣やるかたないよね!
でも、このままにしていくわけにもいかないから、司令部に連絡して、死体を回収してもらうしかないよね。とっても残念な気分だよ。
こうしてさくらちゃんは、ガックリと肩を落としながら、スマホを取り出すのでした。
同じ頃、ホテルで待機しているマリアは……
「もしもし、運び屋のマリアか?」
「そうですぅ! 連絡を待っていたですぅ!」
外に出ないで朝からお部屋で連絡を待っていたですぅ! 午後になって、ようやく連絡がきたですぅ。特にやることもなくって退屈だったので、ずっとベッドでゴロゴロしていたですぅ。これも業務の一部なので、ちゃんとお給料がもらえるですぅ!
公務員万歳ですぅ! 一生しがみつくですぅ!
「こちらの用意ができた。今から迎えの車を回すから、九龍湾の埠頭まで来てもらいたい」
「わかったですぅ! ロビーで待っているですぅ!」
ロビーで待っていると、昨日と同じ人が迎えに来てくれたですぅ。車に乗り込んで出発するですぅ。九龍湾はホテルの東3キロくらいの場所にあるので、車はすぐに到着するですぅ。
「この倉庫に入ってくれ」
「わかったですぅ!」
男に言われたとおりに倉庫に入ると、内部には重たそうな木箱と、その周囲には3人の男がいるですぅ。裏社会との取引に慣れているとはいえ、相手が本当に信用できるのか、まだわからないですぅ。現物を見ると、いつもながら緊張するですぅ。
「この木箱を、この先の埠頭に停泊している貨物船に運び入れてもらいたい」
「荷物の中身は何ですかぁ?」
「酒だ。輸出が禁止されている中華大陸連合本土に密輸すれば、大きな儲けになる」
なるほどですぅ。お酒ならば、密輸に関わってもそれほど大きな問題はなさそうですぅ。同じような箱が、全部で10個並んでいるですぅ。これを全部貨物船に運べば、お仕事は完了のようですぅ。あとで、さくらちゃんに大丈夫なのか確認するですぅ。
「それから、船内に入る時には、この服に着替えてくれ」
「わかりましたですぅ! どこで着替えればいいですかぁ?」
「貨物の陰で、適当に着替えろ」
「わかったですぅ!」
手渡された服は、清掃業者の制服ですぅ。船内の掃除をするように見せかけて、こっそりと荷物を中に運ぶようですぅ。倉庫に待機していた男たちも、全員が同じ服を着ているですぅ。男たちの横には、プロが扱うような掃除用具が置いてあるですぅ。
並んでいる荷物の陰で、大急ぎで着替えるですぅ。
「着替え終わったですぅ!」
「木箱を全て仕舞ってくれ。それにしても、本当に全部一度に運べるのか?」
「このくらいの量だったら、大丈夫ですぅ! それでは収納するですぅ」
木箱を次々にアイテムボックスに収納すると、目の前から一瞬で消えてしまう光景に、男たちが目を丸くしているですぅ。
「さすがは運び屋を名乗るだけのことはあるな。見事なものだ。それでは、貨物船に移動するぞ。清掃業者のフリをするんだぞ。忘れるなよ!」
「わかったですぅ!」
こうして、貨物船に案内されていくですぅ。お手軽なお仕事でよかったですぅ……
と、この時までは思っていたですぅ。まさか、あんなことに巻き込まれるとは知らなかった私は、この時までは、本当に幸せだったですぅ!
マリアが出て行った倉庫では……
「お嬢、懸案だった貨物の運び込みが、これで上手くいきそうですね」
「ワン、まだ気を抜くんじゃないよ」
最初にマリアが連絡を取った新魏会の幹部と、20歳前後の若い女が、無人となった倉庫に姿を見せている。『お嬢』と呼ばれて幹部が敬語を用いている以上、この女性は新魏会の中ではそれなりに高い地位にあるようだ。
「お嬢、それにしても、ようやくこの日が来ましたね」
「ああ、お前たちにもずいぶん苦労を掛けたな」
「とんでもありませんですぁ! 亡くなったボスから受けた恩に比べたら、この程度は苦労のうちに入りませんよ」
「そう言ってもらえると、嬉しいよ。やっとオヤジの仇が討てそうだな」
二人の会話は、なおも続く。
「16Kの連中に、ボスが暗殺されて早2年…… 組織は壊滅寸前ですが、今残っているのは、お嬢のためだったらこの場で命を落としてもいいと覚悟を決めている連中です。俺たちの命は、どうぞ好きに使ってください」
「ありがとうよ。今の言葉を、オヤジにも聞かせてやりたいな」
女性の目には、キラリと光る何かが伺える。どうやら、今にも潰れそうな新魏会は、乾坤一擲を賭けた大勝負を目論んでいるようだ。
しばらく無言で何かに祈るような姿をしていた二人は、決意した表情を浮かべて、倉庫を後にしていくのだった。
運び屋の仕事を請け負ったマリアには、大きな試練が…… 続きは週の中頃に投稿します。どうぞ、お楽しみに!
前回の投稿では、たくさんの評価とブックマークをいただきまして、ありがとうございました。引き続き読者の皆さんの応援をお待ちしております!
世間を騒がせている新型肺炎ですが、日本国内よりもヨーロッパで猛威を振るっているようです。この小説の設定では中国の経済破綻が原因で、欧州各国、殊にドイツが苦境に立つとなっております。
ところがコロナウイルスが原因で、欧州各国、ことにイタリアやスペインは、大変な状況にあるようです。ドイツがEU破綻の原因となると予想しておりましたが、思わぬ伏兵イタリアの登場でした。
この感染症が終息後には、おそらくEU各国では、様々な面で統合の見直しという議論が湧くものと思われます。その結果として、世界の仕組みがどのように動いていくのか、世界情勢を読む上では目が離せません。
翻って中国では、感染患者が劇的に少なくなっているとの発表がなされています。これは、何が何でも工場の稼働を開始したい共産党政府の思惑が入っている数字で、絶対に真に受けてはならないと、心する必要があると思います。
むしろ、工場を無理やり稼働させたことが原因で、感染爆発第2ラウンドが幕を開けるでしょう。絶対に公表されないとは思いますが……
このような世界状況の中で、日本政府の対応は…… これまたなんとも心許なく感じます。しっかりしてもらいたい! この一言に尽きるのではないでしょうか。
皆さんもいろいろとお感じになるかとは思います。よろしかったら、感想欄などにお寄せいただけると、ありがたいです。




