176 危険な明日香ちゃん
香港で活動中……
さくらが一人で出掛けた直後のホテルでは、マリアが……
「もしもし、こちらは運び屋のマリアといいますぅ! ロシアのモグレビッチさんの紹介で、電話しているですぅ!」
「運び屋? 聞き慣れない商売だな。それで、何の用件だ?」
どうやらこちらの話を聞いてくれるみたいですぅ! ラッキーですぅ!
「実は現在香港に来ていまして、何かお仕事がないか営業中ですぅ! 色々な物をこっそりと運べるですぅ!」
「ほう、それは国境を越えても可能なのか?」
「もちろんですぅ! 通関チェックにも、全然引っかからないですぅ!」
「中々興味を惹かれる話だな。一度詳しく聞きたいから、時間は取れるか?」
「大丈夫ですぅ! 私はシェラトンホテルに滞在しているですぅ!」
「そうかい、ちょっと待ってくれ」
相手は、何か考えているようですぅ。うまくこちらの誘いに乗ってくれるといいですぅ!
「待たせたな、こちらから迎えの車を出すから、ロビーで待っていてくれ」
「わかったですぅ! プラチナ色の髪に赤いリボンをしているですぅ!」
「30分くらいで到着するだろう。車に乗って事務所に来てもらいたい」
「よろしくお願いするですぅ!」
バッチリですぅ! これで色々と情報が手に入るですぅ! お仕事をするフリだけして、商品は全部イギリス軍に没収してもらうですぅ。でも、慎重に行動するですぅ!
出掛ける用意を整えると、ロビーに降りていくですぅ。コーヒーを飲みながら待っていると、私の前に黒尽くめのスーツを着込んだ男が現れたですぅ。いかにも裏の稼業に手を染めている雰囲気ですぅ!
「お前が運び屋のマリアか? ワンさんの指示で迎えに来た。エントランス前に停めてある車に乗ってくれ」
「わかったですぅ! 案内をお願いするですぅ」
「ずいぶん若いようだが、本当に大丈夫なのか?」
「実績はモグレビッチさんが保証してくれるですぅ」
「ロシアンマフィアの仕事を手伝っていたのか。それなら、信頼はできるかもしれないな」
この男は、私をやや警戒する目で見ているですぅ。強面の印象を受けますが、この程度なら今まで何人も会ってきたですぅ。すっかり免疫ができてしまったですぅ。
でも、初対面で一番怖かったのは、やっぱりさくらちゃんですぅ! 飛行機の中でいきなり殴られたときは、本当に死んだかと思ったですぅ! あれはトラウマになるですぅ! 今でも時々夢でうなされるですぅ!
それはそうとして、車に乗り込むと男が話し掛けてくるですぅ。
「アジトの場所が知られるのは不味いから、これを付けてくれ」
手渡されてのは、アイマスクですぅ。車に乗っている間は、これを付けていろということですぅ。見知らぬ人間を案内するにあたって、それなりに気を使っているみたいですぅ。
本当はアジトがどこにあるのか知りたかったですぅ。でも仕方なしに、言うとおりにするですぅ。
車は何回も交差点を曲がって、走っているコースが分からなくなるようにしているみたいですぅ。私はまだ香港の地理がよくわかっていないから、益々どこを走っているのかチンプンカンプンですぅ!
「着いたぞ。まだアイマスクを外すなよ。俺が手を引いて部屋まで案内するから、付いてくるんだ」
「わかったですぅ」
視界が塞がれて怖いから、ゆっくりしか歩けないですぅ。というよりも、歩くのが怖いですぅ。どうやらエレベーターに乗せられて、ようやく到着したみたいですぅ。
「外していいぞ」
「歩くのが怖かったですぅ!」
アイマスクを取ると、そこはありきたりの事務所のような部屋だったですぅ。ソファーには貫禄がある男が掛けているですぅ。この人が、紹介してもらった王海邦みたいですぅ。
「よく来たな。新魏会のワンだ」
「運び屋のマリアですぅ。どうぞよろしくですぅ」
勧められたソファーに腰を下ろして、具体的な交渉が始まるですぅ。大体いつも、こんな感じですぅ。
「それで、運び屋っていうのは、どんな感じでモノを運ぶんだ?」
「見てもらうのが一番いいですぅ! 適当な段ボールの箱はありますかぁ? 中身は空っぽでいいですぅ」
「おい、その辺の空箱を渡してやれ」
ワンが指示を出すと、さっき迎えに来た男が段ボールを手渡すですぅ。手に取った私は、アイテムボックスに収納するですぅ。
「おい! なんで箱が急に消えるんだ?」
「特殊な能力ですぅ。身体検査しても、絶対に発見不可能ですぅ!」
「こいつは驚いたぜ。量はどのくらい運べるんだ?」
「10トンくらいは大丈夫ですぅ」
「箱はどこに消えているんだ?」
「秘密の場所ですぅ。すぐに取り出せるですぅ」
アイテムボックスから箱を取りですと、再びワンがビックリしているですぅ。
「こいつは想像以上に使えるかもしれないな。お前、うちの組織の専属にならないか?」
「それは無理ですぅ。本拠地のヨーロッパに顧客がいっぱいいるですぅ。無理やり私を囲い込んだら、ヨーロッパ中の組織の兵隊が徒党を組んで、私を取り返しに押し掛けるですぅ」
「そ、そうなのか…… お前は意外と重要人物というわけだな」
「フリーで活動しているから、重宝されているですぅ」
本当はさくらちゃんが一人で押し掛けてくるですぅ。さくらちゃん一人のほうが、ヨーロッパのマフィア全体を敵に回すよりも、ある意味恐ろしいですぅ。
その結果として、絶対に後から後悔する被害が出るですぅ。しかもさくらちゃん本人は、大喜びで乗り込んでくるですぅ。まさに悪魔の所業ですぅ!
だから、絶対さくらちゃんに逆らってはいけないですぅ!
「せっかくだから、請け負ってもらいたい仕事がある。こちらの用意ができるまで、1日待ってもらえるか? 用意ができたら、連絡する」
「わかったですぅ! これを機に、今後とも取引をお願いするですぅ。それから、私の方針で、一国につき一つの組織としか手を組まないですぅ。無駄な争いを避ける知恵ですぅ」
「そうかい、ということは、香港では新魏会がお前の力を独占できるのか」
「そうですぅ! だから他の組織には、私の存在を秘密にしてほしいですぅ」
「それはこちらとしても、願ってもない条件だな。秘密は守るぜ」
私をすっかり信用しているみたいですぅ。ここからが、肝心な情報収集のお時間ですぅ。
「そこで、なるべく他の組織と接触しないように、縄張りなどを教えてもらいたいですぅ。近付かないようにするですぅ」
「そうだな…… 香港の各組織というのは、区域で縄張りが決まっているわけではないんだ。狭い地域の中で利権が複雑に絡まっているから、一区画に10軒の店があったら、全て別に組織の属している可能性すらある」
「そうなんですかぁ! 迂闊に行動できないですぅ!」
困ったですぅ。縄張りがはっきりとしていない以上、どこの地区を当たればいいかわからないですぅ。
「だが、組織ごとに特化した業種がある。飲食店関係やキャバレーは、この新魏会が基盤としているし、密輸は16K、薬物は和克和てな具合だな」
「そうなんですかぁ。参考になるですぅ!」
さらにワンから詳しい話を聞きだしたですぅ。一番興味を引いたのは、マカオのカジノ利権ですぅ。現在は中華大陸連合政府と結び付いた企業がカジノのを運営していますが、近い将来には、欧米系の新たな運営会社に変更になるらしいですぅ。マカオから締め出されていた香港のマフィア組織は、目の色を変えてこの利権に一枚噛もうとして、一触即発の空気があるそうですぅ!
「それでは、連絡を待っているですぅ」
「ああ、明日には連絡するぜ」
こうして、私の情報収集第1弾が、完了したですぅ。色々と役に立ちそうな情報を得られてですぅ。このまま街の中をひと回りして、ホテルに戻るですぅ。
その日の午後になって、相変わらず街を徘徊しているさくらは……
早めのお昼ご飯を食べて、元気いっぱいのさくらちゃんだよ!
昨夜の反省から、庶民的な店に入ってご飯を済ませたから、200香港ドルで済んだよ。でも、あの無駄遣いがなかったら、さくらちゃんは何も知らずにお金を使いまくっていたかもしれないから、外国のお金に仕組まれた罠に早く気が付いてよかったよ。
さて今回、香港マフィア〔16K〕のボスを探すにあたって、さくらちゃんは3つの作戦を組み合わせているんだよ。高度に入り組んだ作戦だから、わかりにくいよね。今のうちに説明しておこうかな。
まずは、さくらちゃん自身が遂行中の〔ばらまき作戦〕だね。これは、街中のチンピラやマフィアの小物を捕まえて、手当たり次第に『最強の殺し屋、さくらちゃんが16Kを狙っている』という噂をばら撒くんだよ。
どこかから噂が伝わって、16Kのほうからさくらやんにアクションを起こしてもらうのを、待っているんだ。そのためには、せっせと噂を広めていかないとね。
それから、マリアちゃんにお願いしているのは、〔周囲を固めろ〕作戦だね。16K以外の組織とコンタクトを取って、情報を仕入れる手口だね。マリアちゃんの働きには大いに期待しているよ。
最後に〔デンジャラス明日香ちゃん〕作戦だね。これは偶然の要素が強いんだけど、明日香ちゃんならきっと、マフィア絡みの騒動に巻き込まれてくれると、期待しているんだよ。歩いているだけで、簡単にトラブルを引き起こしてくれるのが、明日香ちゃんだからね。
それにしても、今のところ何も手掛かりを得られないねぇ。これといった手応えのある獲物も発見できないし、もうしばらくは噂を広めていくしかないようだね。
その頃、観光を楽しんでいる3人は……
こんにちは、明日香です! 私はフィオさんとカレンさんの3人で、香港を満喫している最中です。近代的な高層ビルと、雑然とした店が並んだ通りが隣り合っている街並みは、日本とは違ってとってもエキゾチックなムードを醸し出しています。
私たちはセントラル地区にあるランドマークという高層ビルにあるショッピングモールから出てきたところです。
「フィオさん、このビルは、高級なブランド品のお店がいっぱい並んでいましたね」
「そうね、明日香ちゃん。残念だったけど、予算的に私たちには手が出なかったわね。でも、目の保養にはなったわ」
フィオさんが言う通り、とっても素敵なバッグや服がいっぱい並んでいたんですが、何万円もする商品ばかりで、私たちにはとても手が出ませんでした。それに、もっと大人にならないと、あんな高級ブランドは似合わないですよね。フィオさんやカレンさんのように、金髪でスラリとした色白美人だったら、何を身に着けても似合うんでしょうね。とっても羨ましいです。
「明日香ちゃん、次はどこに行くんですか?」
「カレンさん、セントラルの駅から地下鉄で15分くらいのところに、銅鑼湾という場所があるんですよ! ここでは、お昼にちょっとしたイベントがあるんです!」
「そうなのね。あと30分くらいしかないから、急ぎましょうか」
こうして私たちは、地下鉄の駅に急ぎます。セントラルや銅鑼湾は香港島にあるので、対岸の九龍半島のビル群が目を引きますね。
そして、地下鉄に乗って何とか正午前に、銅鑼湾にやってきました。
「明日香ちゃん、ここで何があるのかしら?」
「フィオさん、見ていればわかりますよ」
私たちが待っていると、軍服を着た人物がキビキビした歩き方でこちらに向かってきます。そして、カランと一回鐘を鳴らすと、大砲の前に立ちます。
ズバーン!
そうです、ここでは毎日正午の時間に、海に向けて大砲を撃つんです。フィオさんとカレンさんの反応はどうでしょうか?
「明日香ちゃん、もしかしてこれで終わりなのかしら?」
「あっという間のイベントでしたね」
おや、どうやらお二人は、物足りない表情ですね。
「だってねぇ、これなら魔力銃のほうが威力はありそうだし、魔力砲の発射をこの目にしていると、並の威力では驚かないわ」
「聡史様の魔力バズーカなら、海の向こうに見える高層ビルを根こそぎ破壊しますよ」
そうじゃないですぅぅぅぅぅ! 観光に来ているのに、現実の魔装兵器と比較しないでください! こういうクラシックな大砲を撃つイベントなんですから、もっと純粋な目で楽しんでください!
「えーと、この場はこれでお仕舞ですから、次はビクトリア・ハーバーまで行って、フェリーで半島に戻りましょう」
「そうね、そうしましょうか」
なんだかフィオさんとカレンさんのジトっとした視線を感じます。どうやら銅鑼湾は、二人には不評でした。面白そうだったから来てみたものの、大砲なんて駐屯地で毎日のように見られるのをすっかり忘れていましたね。
誰にでも失敗はありますから、気を取り直してフェリー乗り場に行きましょう。ここから歩いて行っても、2キロくらいですから、あっという間に到着です。
香港島から対岸の九龍半島までは、直線で1キロ程度しかないんですが、のんびりとフェリーに乗って海から景色を眺めるのも、中々いいですね。波も静かなので、快適な短い船旅を体験しました。
「そろそろお昼だけど、どうしましょうか?」
「フィオさん、フェリーターミナルの先に、ステーキハウスとタイ料理の店があります」
「ちょっと中華料理に飽きてきた気がしますね」
「それじゃあ、カレンの意見を採用しましょう! お昼は目先を変えて、ステーキハウスに行きましょうか」
「はい、こっちです!」
ステーキハウスでランチを取ってから、隣接する九龍公園で腹ごなしの散歩をして、ホテルのある地区に戻ってきます。
ああ、そうでした。この九龍公園は、その昔は九龍城という魔窟のような建物があって、ありとあらゆる悪事の巣窟だったそうです。今は整備されてきれいな公園になっているので、安心して歩けます。
公園の中にあったマックでテイクアウトのコーヒーを片手に、香港の中心街に戻ってきました。
「明日香ちゃん、これからどうしましょうか?」
「フィオさん、一通りメジャーな観光名所は巡りましたから、あとはお買い物くらいしかないですよ」
「あ、あの…… 私は一人で行動していいですか? ちょっと見て回りたい物があるんです」
「カレンは、アニメの海賊版を探したいのね」
「これは海賊版撲滅運動の一環ですから、聖なる任務です!」
「それでは、いってらっしゃい。カレンなら、単独行動をしても大丈夫でしょうから」
「それでは行ってきますね」
カレンさんは、一人でスタスタと街の雑踏に消えていきました。海賊版のDVDは、表通りから外れた店に置いてあるそうなので、一人で裏道に踏み込むようです。カレンさんは勇気がありますよね。天使の力を発揮すれば怖い物なしですから、羨ましいです。
「それじゃあ、私たちは洋服でも見て歩きましょうか」
「フィオさん、大賛成です! ブランド物は高くて手が出ませんが、手ごろなファッションがいっぱいある所があるんですよ! 女人街といって、地下鉄で2駅の場所です」
「そうね、そこに行ってみましょうか」
こうしてカレンさんと別れた私たちは、地下鉄に乗り込みます。2駅先の旺角駅で降りれば、女人街は目の前です。
「かなり混み入っているのね。明日香ちゃんの荷物は私が預かっておこうかしら?」
「フィオさん、お願いします」
スリとか引ったくりに遭うのは嫌ですから、私のリュックをフィオさんに手渡します。アイテムボックスに仕舞ってもらえば、安心ですよね。ポケットにスマホが入っているだけで、私は完全に手ぶらで女人街を歩きます。
「フィオさん、服やアクセサリーがいっぱい置いてありますね」
「これなら、値段を考えずに購入できるわね」
二人で通りに面している店を覗いて回ります。いっぱいあり過ぎて目移りしてきますね。ちょっとこの服は気に入ったので、買いましょうか。お財布は…… そうでした! フィオさんに預かってもらっていましたね。
えーと、フィオさんは……
いない!(汗)
ブロンドの髪を目印にして後ろを付いてきたのに、この人は全く別の外国のオバさんでした! 一体いつの間に入れ替わったのでしょうか? それよりもフィオさんはどこに行ったんですか?
歩行者天国の真ん中でキョロキョロして周囲を探していると、ちょうど通りの角にお巡りさんの姿があります。これは好都合ですよ! フィオさんの行方を聞いてみましょう。
「すいません! この付近でブロンドヘアーの若い女の人を見かけませんでしたか?」
「說著什麼(何を言っているんだ)」
しまりましたぁぁぁぁ! 日本語が通じませんでしたぁぁぁぁ!
「ア、アイム、ジャパニーズ」
「日本人?」
「ブ、ブロンドヘアーガール、探していまーす!」
身振り手振りで必死に伝えようとしますが、お巡りさんには全然通じません。どうしましょうか?
「為什麼日本人在這裡?(なんで日本人がここにいるんだ) 旅游没被承认(観光は認められていないんだぞ)」
何を言っているのかさっぱりわかりません! さくらちゃんでさえ、外国語を理解するスキルを持っているというのに、世の中不公平です!
「出示護照(パスポートを見せろ)」
「えーと、何でしょうか?」
「パスポート!」
ああ、パスポートですね! ちゃんと持っていますよ、フィオさんが…… じゃないでしょう! さっき荷物を全部預けたばかりじゃないですかぁぁぁぁ! リュックの中にパスポートが入ったままですよぉぉぉぉ!
「パスポート、プリーズ!」
「ノ、ノーパスポート……」
「ノーパスポート! 到警察署來!(警察署まで来い)」
こうして、私はやってきたパトカーに乗せられて、香港警察に連行されるのでした…… 酷すぎます! あまりにトホホな展開です!
断固抗議しますぅぅぅぅぅぅ!!
警察に連行された明日香ちゃんの運命は…… 次回の投稿は週末の予定です。どうぞお楽しみに!
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