175 行動開始
香港の初日に大金を使ったさくらは……
「さくらちゃん、どうもご馳走様でした。本当に美味しかったわ」
私たちは水上レストランから出て、帰りのフェリーを待っているところよ。それにしても、あんな豪勢なお料理は、異世界でもお目にかかったことはなかったわね。太っ腹なさくらちゃんに感謝しないといけないわね。
「さくらちゃん、すごい料理だったですぅ! 一生の思い出になるですぅ!」
「本当に今日のさくらちゃんは、ビックリするくらい気前が良かったですよ! ご馳走様でした!」
マリアと明日香ちゃんも、お礼を口にしているわね。マリアったら、『一生の思い出』は、さすがに大袈裟じゃないのかしら?
「この程度のご飯だったら、いつでもおごるよ! それにしても、香港は物価が安いんだね。一人5千円で、あんなにいっぱい食べられたからね!」
……一人5千円? なんだか雲行きが怪しくなってきたわね。さくらちゃん、もしかして大きな勘違いをしているんじゃないかしら?
「さくらちゃん、ちなみにお会計はどのくらいになったのかしら?」
「全部で4万円くらいだったね。今のさくらちゃんはとっても景気がいいから、気にしないでいいよ!」
ダメだ! 完全に勘違いしているわ。4万って、円じゃなくって香港ドルよ!
「さくらちゃん、一応確認しておくけど、4万という数字は香港ドルですからね。円じゃないのよ」
「うん? 香港ドルって、なんだっけ?」
「さっき、空港で両替したでしょう。1香港ドルは、日本円で14~15円なのよ!」
まださくらちゃんには私の説明がピンときていないみたいね。頭の上に???を浮かべているわ。これはもっと具体的に伝えないとダメみたいね。
「さくらちゃん、よく聞いてね。4万香港ドルというのは、50万円以上するのよ」
「!」
鋼の神経の持ち主であるさくらちゃんも、事情を理解すると、目を丸くして驚いているわね。そのまま波止場の隅まで行って、路上の小石を蹴りながらブツブツ呟いているわ。
「香港ドルなんて、全然聞いてないよ! メニューに5000って書いてあったから、てっきり5千円だと思っていたよ……」
さくらちゃんにしては珍しく、相当のショックを受けているみたいね。でも、あらかじめ宣言しておくと、私たちにそんな大金は払えませんからね。返してくれと言われても、誰も返せませんから!
「フィオちゃんも、知っているなら止めてくれればよかったんだよ」
なんだか私に責任を擦り付けようとしているわね。もう一度言っておくと、払えませんからね! さらに独り言は続くようね。
「それにしても外国のお金って、私には理解不能だよ。同じように数字が書いているのに、なんで日本円と価値が違うのか、詳しく説明してほしいよ! そういえば、マリアちゃんの故郷の街でも、5千ユーロ寄付しちゃったんだよね。後から40万円くらいだって兄ちゃんから聞いて、あの時もショックを受けたんだよ」
プッ! 気の毒な話だけど、思わず吹き出しちゃったじゃないのよ! 外貨の価値がわからずにやらかしてしまったのは、今回が初めてではなかったのね。
「そうか! さくらちゃんは、ついに理解したんだよ! 外国のお金が毎回私を陥れるのは、きっとボッタクるためだね! 私からお金をり毟り取ろうという、悪のシステムが外国のお金には組み込まれているに違いないよ!」
さくらちゃん、そうじゃないのよ! さくらちゃんがわかっていないだけですからね。けっしてお金には罪はないのよ!
「そうと決まったら、このさくらちゃんも、外国の陰謀にに対抗してやる! 香港マフィアから今回の損失をきっちり補填してもらうからね!」
さくらちゃん、そんな物騒な方向に考えを持っていくのは、何かと不味いんじゃないの? 1回の食事にこれだけの大金を使ってしまったのは、自分に責任があるとは考えないのかしら?
「よーし! この逆境をバネにして、さくらちゃんはマフィアを徹底的に叩くよぉぉぉ!」
どうやら立ち直ったみたいね。切り替えが早くて助かるわ。というよりも、さくらちゃんの心に火が点いてしまったわ。もう、誰にも止めようがないわね。
マフィアの皆さんは、より大きな被害を被る羽目に陥ったみたいだけど、それは自業自得だと諦めてもらいましょう。
こうして、さくらちゃんによる自作自演の喜劇の一夜が終わりを迎えて、私たちは予約してあるホテルへと向かうのでした。
その翌々日、ベッドから起きだしたさくらは……
香港の3日目を迎えたんだよ! 昨日は一日費やして、観光名所巡りをしたんだよ。私は退屈だったんだけど、観光客らしく振舞わないといけないからね。明日香ちゃんが調べてくれたコースを、色々と巡ってきたよ。
実はこれには、香港の街に慣れて、ある程度の土地勘を養うという目的もあったんだよ。何しろ狭い土地にごちゃごちゃと建物が密集しているから、どこに何があるか覚えるのも一苦労なんだよ。助かるのは、道路の表示が全部漢字で書いている点だね。通りの名前なんかも漢字で書いているから、とってもわかりやすいんだよ。中には難しい字があるけど、それはフィオちゃんが教えてくれたからね。さくらちゃんも、なんとか読めるようになったよ。
朝ご飯を終えると、私の部屋に全員が集まって、本日の行動予定の打ち合わせを開始するんだよ。
「今日から、私とマリアちゃんは、バラバラに活動するけど、準備は大丈夫かな?」
「大丈夫ですぅ! 知り合いから教えてもらった〔新魏会〕という組織の幹部と、連絡を取ってみますぅ!」
こうしてみると、マリアちゃんはなかなか頼もしいね。やっぱり裏社会との繋がりは、役に立つよ。ああ、そうだったね。武装を確認しておこうかな。
「マリアちゃんは、武器は待っているのかな?」
「私は武器が使えないですぅ! でも、魔法術式メモリーカードを持ってきていますから、魔法が発動可能ですぅ!」
「ちゃんと練習したのかな?」
「フィオさんから特訓してもらったですぅ! 大丈夫ですぅ!」
マリアちゃんは自信たっぷりだね。フィオちゃんが監督していたなら、きっと大丈夫でしょう!
「残ったフィオちゃんとカレンちゃんと明日香ちゃんの3人は、適当に観光して回ってよ」
「ええ、いいわ」
「フィオさん、さくらちゃんが一緒だと、食べ物関係の店しか立ち寄らないですから、ようやくゆっくりと服を見て回れますね」
明日香ちゃんは、なんだか挑戦的な態度だね! 服なんか見ても、お腹がいっぱいにならないと早く気が付いてもらいたいよ! まあいいか、明日香ちゃんを放し飼いにしていれば、きっと何か事件を引き起こしてくれるから、それまでは気長に待っているよ。
「さくらちゃん、香港には海賊版のアニメDVDが大量にあるんです!」
「カレンちゃん、海賊版に手を出すのかな?」
「いえ、これは海賊版撲滅運動の一環です! 私が責任もって自腹で買い取ります!」
結局買うんだね。確かに、特典付き豪華ボックスなんか数万円とかするから中々手が出ないけど、海賊版なら1枚300円くらいだからね。その代わり広東語の吹き替えだよ。運がよかったら、日本語版が見つかるかもしれないね。
「それじゃあ、各自出発だよ!」
「「「「はい(ですぅ)!」」」」」
こうして、さくらちゃんは単独行動で出発するよ。
私たちが宿泊しているのは、シェラトンホテルなんだよ。ここは九龍半島を南北に走るネイザンロードにあって、イギリス軍が司令部として使用しているペニンシュラホテルと、そこそこ近い距離にあるんだよ。連絡の際、何かと便利だろうということで、このホテルを選んだんだよ。さくらちゃんは、こう見えても用意周到なのだ!
どこに行こうかな…… なるべくごちゃごちゃしている場所がいいよね。よし、今日は女人街に行ってみようかな。ここは、ホテルがある九龍半島の先端から見ると北側だね。女人街と聞くと、怪しいお店が並ぶ街を想像する人がいるかもしれないけど、ここは女性向けのファッションのお店が軒を並べる通りがあるんだよ。
地下鉄に乗って、二駅で旺角に到着するね。駅を降りると、すぐに通りの入り口が見えてくるんだよ。
さくらちゃんは、首から愛用の猫のキャラクターのお財布をぶら下げて、歩いているんだよ。不用心と思われたら、こっちのもんだからね!
さてと…… 通りは朝だからまだ人が少ないね。これじゃあ、思ったようにエサに引っかかる魚が見つからないかもしれないね。これはちょっと誤算だったかな。まあいいかな、このままブラブラ歩こうか。ファッションには一切興味はないけど、時折食べ物を売っている小さな店があるんだ。おっ! 発見したよ!
早速クレープのお店があったから、まずは立ち寄って、右手にはストロベリーホイップ、左手にはチョコバナナアイスのクレープを持って、食べながら通りを歩いていくよ。ほらほら、私は今、両手が塞がった隙だらけの状態だからね。早く、エサに掛からないかな。
と思っていたら、真正面からサングラスを掛けた男がさくらちゃん目掛けて近づいてくるよ。視線が私のお財布に一瞬向けられてのを、見逃すさくらちゃんじゃないからね。これは、カモ第1号確定だね♬
男は相変わらず私に気が付かないフリをしながら、真っ直ぐ接近していくるね。私はのんびりとクレープを食べながら、待っているよ。そして……
男は体をぶつけるフリをしながら、お財布に手を伸ばそうとするね。本当にバカなヤツだよ! さくらちゃんから財布をスリ取ろうなんて、一万年早いよ!
スッと体を右側に開いて避けると、男は左手を伸ばしたままたたらを踏んでいるね。そのまま左足で男の両足を払ってやると……
バタン!
これは実に見苦しい姿だよ! カエルのような姿で、アスファルトに腹這いになって倒れているね。さくらちゃんは、心の中で大笑いしているんだけど、それは表情には出さずに、低い声で警告してあげるよ。
「超一流の殺し屋、さくらちゃんの財布を狙うとは、どうやら命がいらないようだね!」
倒れている男の背中に右足を乗せると、身動きを完全に封じられて男は手足をバタバタさせてもがいているね。このまま力を込めすぎると、肋骨が全部折れちゃうから、ちょっと緩めてやろうかな。せっかく捕まえた魚だからね。
「16Kの幹部を知っているかな?」
「し、知らない!」
必死で声を絞り出しているね。スリなんかやっている小者だから、最初から全く期待していないんだよ!
「16Kの幹部に伝えるんだよ! ボスの命を取りに来たってね!」
「助けてくれぇぇぇ!」
よしよし、伝えることを終えたから、このチンピラは解放してあげるよ。それにしても、この程度の腕でさくらちゃんを狙うとは、片腹が大激痛だよ! 呆れて物が言えないね! もうちょっと修行してから、私の前に顔を出すんだよ!
それにしても、通りの周囲には人がいっぱいいるんだけど、みんな無関心で通り過ぎていくだけだね。あんまり関心を持たれるよりはいいかな。さくらちゃんは、男の背中から足をどかして、再び通りを歩きだすよ。
結局女人街ではもう一人エサに食いついてきたカモが現れたけど、成果はもう一つだったね。裏通りも歩いてみたけど、収穫はなかったよ。しょうがないから、場所を変えようかな。
旺角から西に1キロくらい歩いていくと、海に面する場所に到着するよ。よくわからない謎のテーマパークとかホテルを横目に見ながら歩いていくと、魚市場や埠頭が並ぶ地区にやってくるね。横浜でも、マフィアの拠点は埠頭の倉庫だったから、ひょっとしたらこの辺にも連中のアジトがあるのかもしれないね。
ちょっと期待しながら歩いていると、次第に人通りがなくなっていくね。これは益々いい感じだよ!
ワクワクしながら歩いていると、倉庫の陰に数人の人の気配を感じるよ。ちょっと聞き耳を立ててみようかな。
「おい、あのガキは何をしにこんな場所に現れたんだ?」
「姿形は、観光客のようだが、道にでも迷ったのか?」
「どっちでもいいだろう! このまま身ぐるみ剥いで、追い返してやろうぜ!」
聞こえる聞こえる! これこそ、さくらちゃんが待ち望んでいた展開だよ! 早く姿を見せないかな。そのまま何も気づかないフリをしながら、男たちがいる付近まで歩いていくよ。さくらちゃんは、演技派だね! 女優デビューは、いつでもオーケーだよ! 芸能事務所の皆さん、契約を結ぶのは、早い者勝ちだからね!
「おい、そこのガキ! こんな場所で何をしているんだ?!」
「やっと出てきたね。さくらちゃんは、16Kのアジトを探しているんだよ! 心当たりはあるかな?」
「16Kだと? ハッハッハ! ガキがマフィアを相手にして首を突っ込んでいるのか! これは大笑いだ!」
大笑いしたいのは、こっちのほうなんだよ! それにしても、またまた人のことをガキ扱いしているよ! これはもうペナルティーを与えていいよね。さくらちゃんに対する口の利き方を、骨身に染みるまで教えてあげるよ!
「おい、適当に脅かして追い返すんだ!」
リーダー役の指示で、3人の男がナイフを取り出して、ニヤニヤしながらさくらちゃんを威嚇してくるね。ほらほら、しっかりと根性を見せるんだよ!
「運の悪いガキだな! 逃げるなら今のうちだぞ!」
「まあ、逃げても俺たちが追いかけるけどな」
「この場に入るには、入場料が必要なんだよ! 何も言わずに、その財布は置いて行けよ!」
なってないよぉぉぉぉ! こいつらは全くなっていないんだよ! 香港だから多少はカンフーの心得でもあるのかと期待したんだけど、構えがバラバラなんだよ。こいつらは素人確定だね! あーあ、香港映画のような熱い戦いは、どこにあるんだろう?
すっかりやる気を失ったさくらちゃんは、無造作に男たちに突っ込んでいくよ。もちろん、私の動きを目で追える人間はいないからね。この場でも、例外はないんだよ!
ボスッ! ボスッ! ボスッ!
「グエッ!」
「ギャヒッ!」
「ホゲェェェ!」
3連発で軽く拳を振るうと、3人は白目を剥いて崩れ落ちたね。こんな調子では、準備運動にもならないよ!
「お、お前は何者なんだ……?」
「超一流の殺し屋、さくらちゃんだよ! 16Kのボスを殺しに来たんだよ。知っていることがあったら、今のうちに白状するんだよ」
「し、知らない! 俺たちは別の組織〔和克和〕の末端組織だ」
「なんだ、別口だったんだ。本当に役に立たない奴らだね! しょうがないから、迷惑料だけ払うんだよ!」
肝心な情報が手に入らないんじゃ、せめて昨日の損失を取り返しておかないとね。男は懐に手を入れて、財布を取り出そうとするよ。だが、しかし……
「動くんじゃねえぞ!」
取り出されたのは、財布じゃなくって拳銃だったね。いい加減にしてほしいよね。素直に迷惑料を払えば、被害は軽傷で収まるのに。
カシャン!
撃鉄を引き起こす音が響くよ。リボルバー式の拳銃だから、連射は効かないね。
「さくらちゃんには、銃なんか効果はないんだよ。試してみるかな?」
男は銃を手にしている優位を全く疑わないようだね。さくらちゃんを相手にして、本当におめでたいよ!
「これだけコケにされたら、組織の一員として示しが付かないんだよ。悪く思うなよ」
バキューン!
プッ! たった1発しか飛んでこないよ。ほら、この通り銃弾は私の右手がキャッチしているからね。手を開いて、見せてあげようかな。
「残念だったねぇ。銃は効果がないって、聞こえていなかったのかな?」
私の手からポロリと落ちた弾を、唖然とした表情で見つめているね。こんなのは、朝飯前だからね。おっと! そういえば、もうすぐお昼ご飯の時間だよ! 迷惑料の徴収は、早めに済ましておかないとね。
男との距離は7,8メートルだね。あっという間に間を詰めると、男の右手に手刀を放って、銃を叩き落すよ。私の実力を理解できたかな?
「た、助けてくれ!」
「だったらさっさと、迷惑料を払うんだよ!」
私が、叩き落した拳銃を拾って向けると、男は急にガタガタと震えだすよ。末端とはいえ、これでもマフィアなのかね? だらしなさ過ぎるでしょう! この場で腕立てと腹筋を2千回やらせてもいいんだよ!
「これで勘弁してくれ」
男が差し出した札を数えてみると、5千香港ドルだね。まだ昨日の料理の一人前にしかならないよ! 不本意だけど、お昼ご飯が差し迫っているから、この辺で勘弁してあげようかな。さくらちゃんは、銃の弾を全部抜いてアイテムボックスに仕舞うと、拳銃は遠くに放り投げて、踵を返すよ。
どうやら午前中の収穫は少なかったね。しょうがないから、この調子で午後も地道に頑張ろうかな。
こうして再び街中に戻っていくさくらちゃんでした。
さくらが動く所に人が倒れる。香港でお馴染みの光景が始まりました。果たして16Kの手掛かりは掴めるのか…… 続きは明日投稿します。(断言)
ブックマークをお寄せいただいてありがとうございました。さくらの活躍にご期待の方は、是非とも応援をお願いいたします。感想や評価もお待ちしております。




