174 香港初日
マフィアの拠点を制圧したさくらは……
中華街で一仕事終えたさくらちゃんは、事情説明のために保土ヶ谷駐屯地に一泊して、富士に戻ってきたんだよ。
あれから負傷者に回復水を飲ませたり、さらにシャーク・リーから細かい情報を吐き出させて、結構忙しくしていたんだよ。夜まで掛かったからね、仕方がなく保土ヶ谷に部屋を用意してもらったんだ。
保土ヶ谷中隊の経過報告では、マフィアの拠点捜索の結果、密輸の品々がこれでもかという具合に出てきたそうなんだよ。トカレフ拳銃やAKライフルをはじめとした武器類だけでなくって、合成麻薬や象牙など、あまりにもその量が多すぎて、いまだにガサ入れは続いているらしいよ。中隊の皆さんには苦労を掛けるね。国内の平和のために、どうか頑張ってもらいたいよ。
翌日の朝、捜査とシャーク・リーたちの処分に関しては保土ヶ谷駐屯地に一切丸投げして、さくらちゃんは富士駐屯地に帰還したんだよ。なにしろ、香港に出発するのが明日に迫っているから、悠長なことを言ってはいられない事情があるんだよ。
さて、戻ってきたのはいいけど、もうすぐお昼ご飯の時間だね。ポチとタマを連れて来ないといけないよ。一昨日の朝からすっと留守にしたから、寂しがっているはずだよ。
「主殿、ようやくお戻りですか!」
「これは主殿が参られたのじゃ! まことに僥倖なのじゃ!」
ほらほら、やっぱりシッポを振って喜んでいるよ。こういう素直な飼い犬に対しては、ついつい飼い主としても甘やかしたくなるよね。
「お小遣いが入ったから、二人は好きな物を食べていいよ! お代わり自由だからね!」
「これは主殿の温かき心遣い、まことに感謝に堪えませぬ」
「妾はパフェなのじゃ! 心いくまで味わいたいのじゃ!」
ポチはいつものとおりのキツネうどんでいいみたいだけど、タマはやっぱり甘いものが欲しいんだね。時々はご飯もしっかりと食べたほうがいいと思うけど、妖怪だから栄養は考えなくてもいいのかな?
「それじゃあ、食堂に行くよー!」
3人で地下通路を出ると、そろそろいつものアレがやってくる頃だよ。
バサバサバサ!
「ウサギノ神様戻ッテキタ! 今日ハ豚ノ角煮ガ食ベタイ!」
「このカラスは、どんどん口が肥えていくよ! 一体どこで料理の名前を覚えるのか、とっても不思議だよ!」
「今日ハ豚ノ角煮ガイイ!」
「わかったよ! ちゃんと食べさせてあげるから、大人しく付いてくるんだよ」
「イイ一日! 近クニ事件ハナイ!」
そうなんだね。駐屯地の周辺はどうやら平和なんだ。カラスがこうして空から見回ってくれるから、おかげで私も助かるよ。食事代なんて安いもんだね。今はさくらちゃんのお財布が潤っているから、全然気にしないよ!
こうしてペットたちを引き連れて食堂に向かう途中で、今度は遠くから親衛隊の声が聞こえてくるね。
「ボスーー! お帰りなさい!」
手を振りながら全員がこちらへ駆け寄ってくるよ。わざわざ身体強化を掛けて、全力ダッシュしているね。ふむふむ、車が走るスピードくらいは出せるようになったんだね。
「ボス、お帰りをお待ちしていました!」
「私が留守中に変わったことはなかったかな?」
「特にありません!」
一列にビシッと並んで姿勢を正して挨拶しているね。こういう姿を見ると、さくらちゃんはついつい甘やかしたくなってしまうよ!
「お昼はデザート食べ放題だからね! 思いっ切り注文していいよ!」
「恐縮であります!」
こうしてさくらちゃんは、軍団を統率しながら食堂に向かうんだよ。ああ、忘れていたけど、新入りは捕虜たちの訓練に参加して、どうやら別行動らしいね。あいつにも何かご馳走してやろうかな。
食堂に入っていくと、兄ちゃんたちが一足先に席に着いているね。他のメンバーも全員が集合しているよ。
「兄ちゃん、美鈴ちゃん、ただいま!」
「さくら、今回は何を仕出かしてきたんだ?」
兄ちゃんが私に疑いの目を向けてくるよ。本当に失礼しちゃうよね。私だって無計画に事件を起こしているわけじゃないんだよ! そこのところをしっかりと理解してもらいたいよ! 本当に遺憾に思うよ!
「昼ご飯が終わったら、報告と作戦会議を開くからそこで話すよ。兄ちゃんと美鈴ちゃんは、ある程度香港の事情を知っているからね。オブザーバーとして参加してよ」
「そうか、わかったぞ」
どうやら横浜の出来事は、まだこの駐屯地には伝わっていないんだね。兄ちゃんは相変わらず不審な目を私に向けているけど、今回はバッチリ情報を集めてきたから、全然心配ないよ! さくらちゃんの素晴らしさを、兄ちゃんにもしっかりと認識してもらいたいね。
「やはりキツネうどんこそ、至高の味わいですな!」
「パフェは何杯でも食せるのじゃ! 甘くて堪らんのじゃ!」
「角煮美味シイ! 肉ガ柔ラカイ!」
ペットたちも喜んでいるね。ご馳走した甲斐があるよ。おっと、こうしてはいられないよね! 私もご飯をいただくとしようかな。
それでは、いただきま~す!
昼食後……
こんにちは、フィオです。『香港マフィアの情報を集めるんだ!』と言って、張り切って出掛けたさくらちゃんが、ピカピカの笑顔で戻ってきたのよ。
過去の経験を鑑みると、あの顔は絶対に何かあるはずだわ! 大賢者が断言するからには間違いないわね! さくらちゃんが大人しく情報だけ集めて満足するわけないでしょう! もちろん情報は手に入れた様子だけど、それ以上の何かあるあるはずよ!
そんな嫌な予感を抱えながら、翌日から香港に向かうメンバーが、図面演習室に集合するの。出発する5人だけではなくて、香港の事情を知っている聡史と美鈴も一緒ね。最後に副官が部屋に入ってきて、作戦会議が始まるわ。
それにしても副官は、苦り切った表情をしているわね。きっとさくらちゃんが巻き起こした事件の収拾に追われていたのよ。ああ、司令は、別の作戦の打ち合わせのために、統合参謀本部に出掛けて留守なの。今回のマフィア殲滅に関しては、副官に丸投げを決め込んでいるようね。
さて、ドクダミの葉っぱを口いっぱいに頬張っているような表情の副官が、どうやら話を切り出すようね。耳を傾けましょうか。
「一昨日、さくら訓練生が、香港マフィア組織〔16K〕の横浜にある拠点を襲撃して、死者5名、重傷者16名を出して、最高幹部の身柄を拘束した。日本最大の拠点を失った16Kは、我が国では壊滅状態だ」
ゴン!
聡史がテーブルに頭を打ち付けているわね。情報収集だったのに、なんで日本の拠点が壊滅するのか、その辺の事情をもう少し詳しく聞きたいわね。
「そうそう、私がちょっと幹部について嗅ぎ回ったら、向こうから手を出してきたんだよ。拠点がある倉庫に乗り込んで、あとは軽くボコボコにして、一丁上がりだったよ!」
「さくら…… お前というやつは……」
さくらちゃんは、コンビニに行ってきたかのような軽い調子で話しているわ。対して、手綱を抑える役の聡史は、相当に呆れた表情ね。さくらちゃんが何もしないで戻ってくるはずないじゃないの! 今更呆れたって、もう遅いわよ! あら、美鈴が横から口を挟んでくるわね。
「聡史君、そんな顔をしたらダメよ! さくらちゃんが暴れた結果、死者が5人程度だったら儲けものでしょう! この大魔王がその場にいたら、横浜が廃墟に変わっていたわ。さくらちゃんのお手柄なんだから、褒めてあげないとね」
「そうだよ! 美鈴ちゃんはやっぱりわかっているよね!」
聡史がお説教を開始しようとしたのを、美鈴が止めに入ったわね。もちろん『横浜が廃墟』というのは、美鈴流のジョークよ。いくら大魔王でも、国内でそんな力を振るうはずはないもの。あれ? 顔が笑っていないじゃないの! 美鈴、本当にジョークよね? お願いだから、冗談だと言って!
とまあ、美鈴のおかげで聡史も冷静さを取り戻したようね。『お手柄』と褒められたさくらちゃんは、ドヤ顔で踏ん反り返っているわ。
「兄ちゃんは細かいことを気にしすぎなんだよ! 結果が良ければ全部オーケーなんだから!」
「ま、まあ、今回は認めよう」
どうやら聡史が折れたようで、さくらちゃんは益々大きな態度になっているわ。ここまで来ると、明日から香港に同行する身としては、不安しか感じないんですけど……
こんなことを考えていると、どうやら副官が議題を先に進めそうね。
「それでは、ここから具体的な香港マフィア殲滅作戦を検討する。明日の早朝に厚木飛行場から輸送機で飛び立つ予定だ。現地に到着後は、各自が臨機応変に的確な行動を心掛けてもらいたい。司令からの伝言は以上だ」
要は行き当たりばったりで何とかしろという話よね。丸投げにも程があるんじゃないかしら? しかも、指揮を執るのはさくらちゃんだし…… いざとなったら、大賢者としても動かざるを得ないでしょうね。はぁ、気が重い……
どうやらここから先は、さくらちゃんが中心になって打ち合わせを進めるみたいね。本人が張り切っているから、この場はお任せしましょうか。その証拠に、全然寝る気配がないし。
「それじゃあ、香港の現状について、兄ちゃんと美鈴ちゃんから説明してよ!」
「お、おう。打ち合わせをさくらに仕切られているのはどうも釈然としないが、イギリス軍が駐留している場所に関しては、治安が保たれているぞ。住民の大半は、イギリス軍を歓迎している」
急にさくらちゃんから話を振られた聡史が、一応それらしい話をしているわね。大した内容ではないから、期待するのは美鈴の意見よ。
「治安当局はイギリス軍が抑えているから、香港警察は軍の指揮下に入っているわね」
「そうなんだね。さくらちゃんは香港に到着してとんぼ返りで日本に戻ったから、全然知らなかったよ! それで、香港警察は機能しているのかな?」
「パトロールは行っているようね。犯罪の取り締まりも、以前同様に実施しているでしょうね」
さくらちゃんは香港警察に拘っているようね。何か知っているのかしら?
「実は、さくらちゃんは香港映画のファンなんだよ! 腐敗した警察の内部で、カンフーを武器に戦うジャッキーが大好きなんだよ!」
「さくらちゃん、それは映画の話じゃないの?」
「美鈴ちゃん、実はそうでもないんだよ! 横浜で捕まえたシャーク・リーという幹部が、警察にもマフィアの内通者がいると証言したんだよ。だから、今回は映画のような展開を期待しているんだ」
なるほど、警察が一番マフィアの情報を掴んでいるのは間違いないわね。と同時に、内通者もいるのね。さくらちゃんは、そのルートを利用するのかしら? まだ、現時点ではこの点はわからないわね。さくらちゃんは、さらに話を続けるわね。
「それから、私が掴んだ重大情報では、16Kのボスは通称〔アフロディア〕と、呼ばれているらしいんだよ! 私の想像では、髪の毛がブロッコリーみたいに爆発して、チリチリになっているんだと思うよ!」
「そうそう、一昔前に流行った、デカいラジカセを担いでヒップホップを大音量で…… って、違うぅぅぅぅ! それは〔アフロヘアー〕だろうが! アフロディアだ! アフロディーテをモジって付けた名前だろうが!」
「えっ! 兄ちゃん、違うの? 絶対にチリチリ頭だと確信していたのに! だって、アフロだよ! 一昔前のヤンキーだよ!」
プッ! さくらちゃんらしい勘違いね。たぶん、アフロの文字しか頭に入らなかったのね。それにしても、聡史は打ち合わせをしていたかのような見事なノリ突込みだわ。さすがは血の繋がった兄妹ね。
「ということで、そのチリチリ頭じゃないアフロを探して、組織を叩き潰すよ! あとは何かないかな?」
さくらちゃんは、ついに名前をアフロに脳内で変換しちゃったんだ。きっと面倒になったのよね。
それよりも、なんだかこれで話を〆に掛かっているように気がするんだけど、もっと色々とあるでしょう。きっと他のことは何も考えていなかったのね。仕方がないから、私から聞いておきましょうか。
「さくらちゃん、大雑把でいいから、役割分担はあるのかしら?」
「おお! さすがはフィオちゃんだね! 実にいい質問だよ! 明日香ちゃん、観光コースの下調べは終わっているかな?」
「さくらちゃん、バッチリです! ビクトリアピークで夜景を眺めたり、お買い物の店までしっかりと調べました!」
ま、まあ、観光客を装うんだから、ある程度周遊するコースがあると困らないわね。明日香ちゃんは海外初体験だと喜んでいたから、張り切って色々と調べてあるんでしょう。
「マリアちゃんは、他の組織の情報を入手できそうかな?」
「大丈夫ですぅ! 運び屋をやっていた頃の知り合いに連絡を取って、幹部の連絡先を入手したですぅ!」
あら! マリアの情報収集能力は、意外と優秀なのね。運び屋として裏の仕事にも手を出していたんだから、それなりにネットワークがあるんでしょう。それにしても、ターゲット以外の組織の動向にも気を配っているとは、さくらちゃんも隅に置けないわ。
「カレンちゃんは、怪我人の処置だけお願いするからね!」
「はい、わかりました」
カレンが暗い表情で頷いているわね。あの新宿での経験は、彼女にとっては相当衝撃的だったでしょうから。彼女の中に潜んでいる天使は、冷酷非情な出来事にも眉一つ動かさないけど、カレン自身はごく普通の常識を持ち合わせているし。
ところで、そもそもさくらちゃんの考えの前提として、怪我人が出るのは確定しているのね。じゃないと、わざわざカレンを連れて行く意味なんかないし。そして、最後にさくらちゃんは私のほうを向くわ。
「フィオちゃんは、大人数を相手にするときに頑張ってよ! 下手に私が手を出すと、死人が続出しちゃうからね」
「はいはい、毎度のことだから、何とかするわ」
ソフトな制圧だったら、大賢者にお任せですからね。精々死者の数を減らすように頑張るしかないわね。
「それじゃあ、明日の朝は早いから、これで解散だよ! あとは現地で頑張るんだよ!」
こうして不安を抱えながら、翌日私たちは輸送機に乗って香港に向かうのでした。
翌日の夕刻……
「香港に着いたよー! まずは晩ご飯だね!」
「さくらちゃん、空港は閑散としているわね」
「フィオちゃん、まだ戦争が終結していないから当たり前だよ。普通に考えて、今頃観光客なんか来るはずないよ!」
「それって、私たちが観光客を装うという前提が、最初から崩壊していないかしら?」
「細かいことはどうでもいいんだよ! さあ、まずはご飯を食べるよ!」
カレンは私と同時に溜め息をついているわね。対して、特殊能力者部隊ではさくらちゃんに続いて能天気な明日香ちゃんは、スマホの画面を見ながら、今夜のレストランを検索しているわ。
「さくらちゃん、一泊目の晩ご飯は、この水上レストランですよ! 海から眺める夜景がきれいなんです!」
「よーし、今夜は海の上で中華料理を食べ尽くすよぉぉぉ! 全部私のおごりだから、金額なんて考えなくっていいからね!」
さくらちゃんのこの気前の良さは、一体なんでしょうか? もしかして、横浜でマフィアを捕まえた時に何かやらかしたのかしら? ちょっとカマを掛けてみようと思うのよ。
「さくらちゃん、その調子だと横浜ではいいことがあったみたいね」
「フィオちゃん、そのとおりなんだよ! 金の延べ棒を見せたら、あいつらはポンと5千万出したんだよ!」
「それで、そのお金はどうしたの?」
「もちろんさくらちゃんの物だからね! しっかりアイテムボックスに入っているよ!」
さくらちゃん、ついに自供したわね。マフィアから5千万もの大金をせしめたから、こんなに気前がいいのね。なんだかおごってもらうと共犯にされそうだけど、この際諦めましょう。今のさくらちゃんが一晩に消費する金額なんて、私たちの毎月の給料が簡単に吹き飛ぶわ。
「さくらちゃんは気前がいいですぅ! ご馳走になるですぅ!」
「さくらちゃんにおごってもらえるなんて、滅多にない機会ですから、香港にいる間はたかり続けます!」
マリアと明日香ちゃんは、すっかりその気になっているわね。この二人は、お金の出所なんて気にしないから、本当に幸せよね。
空港で全員が乗り切れる大型タクシーを拾うと、私たちは、水上レストランへと向かうわ。本当はホテルのチェックインをしておきたかったんだけど、さくらちゃんが『ご飯、ご飯!』って、うるさかったのよ。スーツケースは全部マリアのアイテムボックスに放り込んで、手ぶらでレストランへ向かうわ。
「おお! 海の上にキラキラのど派手なレストランがあるよ!」
「本当に水上レストランなのね!」
日本ではお目にかかれない派手な装飾に、一瞬目を奪われるわね。海に浮かぶ中華風のお城のような、煌びやかな建物が目に飛び込んでくるわ。何でもこの水上レストランは、港から連絡フェリーで乗り付けるそうなのよ。小型の白い船体のフェリーに乗って、水上の建物に到着するわ。
「いらっしゃいませ。5名様ですか?」
ボーイ姿の係員が、愛想を振り撒いて私たちを迎えてくれるわね。せっかくの豪華な施設なのに、館内を歩いている客の姿は、やはり少ないようね。でも時折、イギリス軍の軍服姿の将兵の姿がちらほらあるわ。
「5人だよ! 一番高級な料理が食べたいんだよ!」
「畏まりました。こちらへご案内いたします」
さくらちゃんたら、『一番高級な料理』だなんて、最初から飛ばしているわね。食欲のアクセル全開じゃないの!
2階に案内された私たちは、いかにも凝った装飾に囲まれた個室に案内されるわ。これって、もしかして相当高級な部屋じゃないかしら。VIP専用の特別室といった雰囲気よね。
「こちらのコース料理がお勧めでございます」
メニューには千~5千香港ドルまでのコースが並んでいるわね。1香港ドルが約14円だから、1万4千円~7万円のコースといった感覚ね。
「なんだか高級感たっぷりですぅ!」
「ちょっとドキドキしてきました」
場慣れしていないマリアと明日香ちゃんが、挙動不審に陥っているじゃないの。私ことフィオは、こう見えても異世界の伯爵令嬢だから、こんな雰囲気に囲まれても、全然平気なんですのよ。
「それじゃあ、この一番高いコースでいいよ。それから、フカヒレチャーハン3人前と、アワビ入りあんかけ焼きそばを3人前持ってきて。ああ、それから、これはチップだよ!」
さくらちゃんは大胆にもお一人様7万円のコースを頼んでから、自分用の追加料理も注文しているわ。ボーイには1000ドル札を5枚手渡しているわね。さっき空港で大量の日本円の札束を両替していたのは、このためだったのね。
「ありがとうございます。料理が出来上がるまで、少々お待ちくださいませ。すぐにお茶をお持ちいたします」
思わぬ特上の客に出会って、ホクホク顔のボーイは、畏まった表情で下がっていくわね。それにしても、さくらちゃんは思い切ったお金の使い方をするわ。私もさすがに驚いているわよ。
「さくらちゃん、ちょっと気前が良すぎないかしら?」
「これでいいんだよ! あのボーイにはあとから色々と聞きたいからね。情報料だと思えば安いもんだよ。それよりも、早く晩ご飯が来ないかな。もう待ちきれないよ!」
こうして私たちは、次々に運ばれてくるアワビの姿煮や特大フカヒレ入りのスープ、様々な海鮮料理の数々、北京ダックや点心などに挑んでいったわ。
でも、無理!
あまりにも量が多すぎるのよ! その間さくらちゃんだけは、自分が頼んだ料理の他に、私たちが残してしまった物までひたすら食べ続けていたわ。普段から見慣れてはいるけど、やっぱり規格外の胃袋よね。
最後のデザートまで提供されて、お茶を飲みながらお腹の苦しさと戦っていると、件のボーイがやってきたわ。
「ご満足いただけましたか?」
「うん、中々美味しい料理だったよ! 特に量が多いのは気に入ったよ。私にはちょうどいいね」
うん、さくらちゃんだけにはちょうどいいのよ。どうか、それをわかってね。
「ありがとうございました」
「それで、ボーイさんに聞きたいんだけど、女の子だけの旅だから、危険な箇所には近付きたくないんだよ。香港の中で、どの辺が危ないか教えてもらえるかな? もちろん、情報料ははずむよ!」
「ああ、それはお客様にしてみれば大切なことでございますね。私が知っている限りのお話をいたしましょう」
ボーイは事細かに香港を歩くときの注意をレクチャーしてくれるわ。特にスリや引ったくりには注意が必要と、強調しているわね。私たちのような、一見して観光客とわかるグループは、目を付けられやすいんですって。
「そうなんだ。結構危ない場所があるんだね。その辺は近付かないようにしておくよ。最近はマフィアとかは事件を起こしていないのかな?」
「表向きは大人しくしていますが、一歩裏道に入るとそこらじゅうに堪り場がありますから、表通りを歩いたほうがよろしいと思います」
「わかったよ! 気をつけて歩くようにするよ」
「よい旅になりますように祈っております」
とっても親切なボーイね。さくらちゃんからさらに3000ドル受け取って、大喜びしていたわ。
それにしてもさくらちゃんは考えているわね。危険な場所を聞き出すには、地元の人が一番よ。危険だから行かないように注意された場所というのは、逆を返すと、マフィアが蠢いているに違いないわ。
きっとさくらちゃんは、行かないように注意された場所に踏み込んで行くはずよね。中々頭を使っているじゃないの。正攻法でしか物を考えない大賢者では、思いも付かないわね。ちょっと見直しちゃったわ。
こうして私たちの香港1日目の夜が過ぎていくのでした。
いよいよ本格的な活動を開始するさくらたち、その行く手には…… 続きは週の中頃に投稿します。どうぞお楽しみに!
感想、評価、ブックマークをいただいてありがとうございました。暖かい応援が、執筆を続ける励みになります。今後とも、皆様の応援をお待ちしております。
新型肺炎が広がっています。体調には気を付けて、なんとか乗り切りましょう!




