172 さくら始動
香港マフィアを殲滅する指令を受けたさくらは……
「うーん…… 香港に誰を連れて行くか、迷うねぇ……」
司令からマフィア殲滅を言い渡された妹が、大して働かない頭を搾り出すようにして考え込んでいる。どんな人選であろうと、お前が一人向かうだけで、兄は不安で堪らない心境だぞ。俺たちが苦労して平定した香港が、とんでもない事態に陥りそうだ。
「よし、決めたよ! フィオちゃんは絶対に欠かせないよね!」
自信満々の表情で妹が名前を呼び上げると、フィオがテーブルに突っ伏している。
「やっぱり…… 嫌な予感が的中した……」
その一言を残して、彼女は一切口を開かなくなってしまった。妹による被害者第1号に決まった以上は、フィオには諦めてもらおう。今回は不運なクジを引いてしまったな。残ったメンバーは、不安な表情が半数以上を占めているが、一部には期待に満ちた顔をしている者もいるぞ。それは主に、妹のペットたちや親衛隊だ。だが、無情にも……
「ポチタマと親衛隊は、今回は留守番してもらおうかな。私がいない間、しっかり訓練するんだよ!」
「主殿、我は主殿のお側にいとうございますぞ!」
「妾もじゃ! 主殿とご一緒にまいりたいものじゃ!」
大妖怪2体が妹に抗議の声を上げている。どれだけ一緒についていきたいんだよ? 妹よ、飼い犬に心から愛されているんだな。いや、天孤と玉藻の前は、この前の遠征で味をしめているのかな?
「ポチとタマは、目立っちゃうからダメだよ! 今回はこっそりと行動しないといけないからね。だから、しっかり留守を守るんだよ。捕虜たちの訓練担当は、二人に任せるからね!」
「御意!」
「わかったのじゃ!」
天孤と玉藻の前は、実に素直に従っているよ。確かにこの両名のように、袴姿で妖気を振り撒いていたら、香港では人目を引いてしまうだろうな。それにしても、本当に素直だ! 大妖怪とは思えない!
妹の言葉は絶対だと、骨身に染みてわかっているんだろう。一方の親衛隊は……
「ボス、我らは実戦経験を積んで、一回り成長しました! 是非ともお役に立ちたいです!」
だが、妹は首を縦には振らない。
「今回はマフィアが相手の非対称戦だからね。敵は、形が決まっている軍隊じゃないんだよ。もうちょっと訓練を積んで、経験を重ねないと、ダメだよ!」
「「「「「イエッサー!」」」」」
「それから、新入りも残るんだよ!」
「教官殿、承知いたしました!」
おやおや、妹は軍団全員を残す方針のようだな。ということは、俺たちを引き込もうと考えているのか? 念のため、確認しておこうか。
「さくら、もしかして俺や美鈴も香港に行くのか?」
「兄ちゃんは必要ないよ! 相手が千人単位の軍隊じゃないと、威力が大き過ぎて使い勝手が悪いからね。街が跡形もなくなっちゃうよ! 美鈴ちゃんは迷ったけど、フィオちゃんがいるから大丈夫だよ!」
妹から『使い勝手が悪い!』と、評されてしまった! これは遺憾に思うぞ! 強い遺憾の意を示すぞ! 美鈴も、フィオの後塵を拝した評価を受けて、なんだか微妙な表情をしている。確かに妹の言うとおり、フィオの魔法のほうが、大魔王様よりも小回りが利くからな。今回は相手が相手だけに、妹の選択は頷けなくもない。
「ということで、あとは明日香ちゃんとカレンちゃん、それからマリアちゃんが一緒に行くからね!」
「ええーー! 何で私が香港に行くんですか?」
明日香ちゃんがデカい声を上げているな。そりゃあ油断し切っていたところに、いきなり指名されたら驚くだろう。ところで、何で明日香ちゃんなんだ? カレンは回復役で必要だし、マリアは情報収集が上手い。この二人は納得するにしても、なぜそこに明日香ちゃんが仲間入りするのか、まったく不可解だな。
「明日香ちゃんは、観光気分で付いてくればいいんだよ! 細かいことは気にしなくていいから」
「そうなんですか。それじゃあ、香港の観光名所を調べます」
これ、妹よ! 仲のいい友達を観光に招待するつもりか? 税金を使って旅行をしようという魂胆なのか? この辺は、あとから問い質しておくべきだな。
それよりも明日香ちゃんは、早速スマホを取り出して、観光案内のサイトを見始めている。このお気楽振りは、富士にやってきても一向に改まらないな。本当に大丈夫なんだろうか?
「カレンちゃんは、怪我人が出たときの備えだからね。マリアちゃんは現地での情報収集を頑張ってもらうよ!」
「不安でいっぱいですけど、わかりました」
「任せてほしいですぅ!」
カレンは妹の実態がわかっているから、俺を見つめて不安を隠そうともしないな。対してマリアは、ハイジャック事件で妹に殴られたものの、その後の訓練等ではあまり関わりがないから、あいつの真の恐ろしさにまだ気が付いてはいない。ヨーロッパでも妹は、マリアの目の前では大して暴れていないからな。知らないとは、本当に幸せなことだ。
「それじゃあ、この5人で香港に向かうよ!」
これで人選は終了したが、妹はまだ用件があるようで、副官さんに話を続ける。
「副官ちゃん! 前もって日本である程度情報を集めておきたいから、出発は3日後でいいかな?」
「いいだろう。他に何かあったら、私に知らせてもらいたい」
日本で情報収集だと? 妹は何を企んでいるんだ? それにしても、普段は働かない頭をフル回転させているな。頼むから、もうちょっと常日頃から、何とかしてもらいたい。これは、実の兄としての本心からの願いだ。
「それでは一旦解散とする。メンバーに選ばれた者は、準備に取り掛かってもらいたい。さくら訓練生からは、他に何かあるかね?」
「出発の前日に作戦を説明するから、それまでは特に何もないよ」
「それでは、各自は本日の持ち場に戻ってくれ」
こうして、各自が仕事や訓練へと散っていく。俺は、天孤たちと一緒に部屋を出ようとした妹を掴まえると、例の件を問い質す。
「さくら、なんで今回明日香ちゃんを連れて行くんだ? マフィア相手の戦闘には、役に立たないぞ」
明日香ちゃんの能力は、魔力を消し去ることだけ。銃で武装している相手には、なんら有効な手段を持っていない。その点を俺は不安に感じたゆえの 妹に対する質問だ。
「兄ちゃん、明日香ちゃんはマフィアを引き付けるエサだよ! 私やフィオちゃんだと警戒されるけど、素人以下の戦闘力しか持っていない明日香ちゃんなら、マフィアも無警戒だからね」
「お前は自分の友達を囮に使おうというのか!?」
「兄ちゃんはわかってないなぁ! 明日香ちゃんは道を歩いているだけで、トラブルを起こしてくれるからね。きっとマフィア相手に、なんらかの事件を引き起こしてくれるよ!」
言われてみれば、確かにそうだった! 明日香ちゃんが起爆剤となって、妹がさらに大量の燃料を供給して、騒ぎが大きくなるんだということを、俺はすっかり忘れていた。しかも、本人はまったく無自覚という点が、余計に始末に悪い。そういう点を鑑みると、明日香ちゃんという選択も現実的には悪くはなさそうだな。
「ということで、私はこれから情報を集めるからね」
そう言い残して、妹は自分の部屋へと消えていった。情報って、何をするつもりなんだろうな? まあいいか、そこまでバカではないだろうから、ここは一旦任せるとしよう。
自室で一人になったさくらは……
さてさて、どこから電話をかけようかな。さくらちゃんは、スマホの電話帳を開いているんだよ。そこには、私が過去にボコボコにした、ヤ○ザの事務所の番号が記載されているんだよ。
以前は〔みかじめ料〕と称して、月に一回お金を集金しに行っていたんだけど、この前司令官ちゃんに怒られちゃったから、今は〔さくらちゃん友の会〕というファンクラブ形式に名前を改めて、偽名口座に毎月振り込ませているんだよ。なになに、それは犯罪だって? そんな物はバレなきゃいいんだよ!
異世界だったら、ちょっと値の張る魔物を一狩りするだけで、冒険者ギルドから金貨を大量にもらえたんだけど、日本はお小遣い稼ぎに本当に苦労するよ。なんとも世知辛い世の中だね。
ああ! 言っておくけど、さくらちゃんは基本的に正義の味方だよ。でもね、正義ばかりじゃ、お腹はいっぱいにならないんだよ。こういう清濁併せ呑むという姿勢も、時には必要だからね。それに裏社会との繋がりは、結構役に立つんだよ。
そうそう、この前本部を壊滅に追い込んだ組は、私と懇意にしている連中の敵対組織だったらしいよ。後になって、なんだか感謝されちゃったよ。私からすると、どちらも同じようなものなんだけどね。
さて、それじゃあ順番に電話をかけようかな。
トゥルルルーー……
「はい、こちらは寺岡貿易商会です」
「もしもし、さくらちゃんだよ! 幹部の人はいるかな?」
「!! 少々お待ちください!」
偉そうな態度だったのに、私の名前を聞いて電話の声が上ずっているよ! それにしても時間がかかるね! 今月の会費を2倍にしてやろうかな。
「さくらの姐さん、ご無沙汰しております。組長の寺岡です。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「ああ、わざわざ組長が出てきたんだ。ご苦労さんだね」
「とんでもございませんです! さくらの姐さんからの電話は、下の者には任せられません!」
感心だね。これからも、その姿勢を忘れないようにするんだよ。さて、本題に入るかな。
「香港マフィアの情報がほしいんだよ。日本の拠点と幹部の名前を教えてよ」
「姐さん! 香港マフィアですって! いくら姐さんでも、あいつらは危険ですぜ!」
「心配しなくても大丈夫だよ! 私を誰だと思っているのかな?」
「へい、御見それしました。しばらく時間をいただきますが、いいでしょうか?」
「今日中だったら、いつでもいいよ。役に立つ情報だったら、今月の会費を免除するからね」
「これはもう張り切って調べましょう! 結果はこちらから連絡しますので、お待ちください」
ほらほら、エサを撒いてやったらパクッと食いついたよ。通話を切ると、他の事務所にも手当たり次第に連絡を取るよ。全員今月の会費免除に釣られて、張り切って調べてくれるみたいだね。あとは待っているだけだよ。
トゥルルルーー……
「もしもし、さくらちゃんだよ!」
「さくらの姐さん、調べが付きました」
「ふむふむ、教えてもらおうかな」
「へい、拠点は横浜の中華街にございます。細かな場所は不明ですが、幹部の名前は通称シャーク・リー、本名は李大双です」
「そうなんだ。横浜の中華街って、香港の人が作ったの?」
「いえ、あそこの大元は福建省や台湾系の華人です。香港マフィアは、台湾、タイ、シンガポールなど、幅広く活動しております。日本では中華街を隠れ蓑にして密貿易等で利益を上げています」
なるほど、活動範囲が広いんだね。でも本拠地は香港だから、トップは香港にいるんじゃないかな? その辺は行き当たりばったりになるけど、仕方がないよね。
「わかったよ! それじゃあまた何かあったら、よろしくね!」
「姐さんの頼みでしたら、大抵のことは承服いたしますが、やはり香港マフィアは手を出さないほうが……」
「気にしなくて大丈夫だよ! 近いうちに香港で大事件が発生するから、楽しみにしておくんだよ! それじゃあね!」
「姐さん、どうか気をつけてくださいよ」
こうして電話を切ると、さくらちゃんは頭の中で作戦を組み立てるんだよ。どうしようかな……
やっぱり、まずは横浜に行って、シャーク・リーから色々と聞きだそうかな。さくらちゃん友の会の会員たちは、口を揃えて『香港マフィアは危ない!』と警告するけど、私に掛かれば、軍隊だろうとマフィアだろうと一緒だからね。
よし、決まったよ! 事情聴取のついでに、日本の拠点も軽く潰しておこうかな。そうと決まったら、副官ちゃんに連絡しておかないとね。明日は忙しくなるよぉぉ!
翌日……
朝ご飯を食べてから、さくらちゃんは一人で御殿場の駅に来ているのだ! これから情報収集で横浜の中華街に向かうんだよ。
昨日、副官ちゃんには作戦を説明しておいたよ。渋い顔をしていたけど、司令官ちゃんの許可も得たからね。これで、軽く暴れてもバッチリオーケーだよ。
香港に向かうメンバーも一緒に行こうと誘ったんだけど、みんな口を揃えて『忙しい!』って、断ったんだよ!
せっかく事前の予行演習も兼ねているのに、みんなどうしてだか、気持ちが後ろ向きだよね。もっとアグレッシブに攻めないと、色んな意味でダメだよ! そこへ行くと、このさくらちゃんは、常に前向きだからね。私の姿勢をもっと見習ってもらいたいね!
電車を乗り継いで、お昼前には、元町中華街駅に到着したよ! 改札を出てちょっと歩くと、早速中華街入り口の門が、私を出迎えてくれるよ。門にはなんか漢字が書いてあるけど、昔の書体のような変な字だから読めないよ。読みやすいように、今の書体で書いてもらいたいね。まあ、いいか。
中に入ると、中華料理のお店が通りに並んでいるよ! これは興奮を隠せないね。さすがにこれだけいっぱいお店があると、さくらちゃんのお腹でも全店制覇は難しいよ。
おや! あそこにあるのは……!!
ジャンボ肉まんをゲットしてしまったよ! これも中華街の調査の一部だから、当然味を確かめてみないといけないよね! 1個300円の肉まんの味はどうかな?
これは凄いよ! 白い皮に包まれた中には、食べ応えのあるお肉の塊が、ぎっしりと詰まっているよ! もっと食べたいところだけど、涙を呑んで通りを進んでいくよ。なにしろ、今日は情報収集が目的だからね!
チャーシューの塊とか、北京ダックが1羽丸々吊るされているショーケースを見ながら、通りを進んでいくよ。私の最初の目的地は……
あったよ!! ついに発見したよ! ランチタイム食べ放題のお店を、昨日のうちにチェックしていたんだよ! 数々の食べ放題を制覇し尽くしたこのさくらちゃんにとっても、中華街の食べ放題は初体験だよ!
早速お店に飛び込むよ!
2時間後……
ふぅぅぅl! 中華街の食べ放題は、中々やるね! このさくらちゃんをしても、ピーマン料理以外を食べ尽くすのに苦労したよ。すっかりお腹いっぱいになって、本来なら軽く一眠りしたいんだけど、ここから本格的な調査をしないとね。
裏通りに入っていくと、華やかな雰囲気とはちょっと違う空気が流れてくるよ。ここに住んでいる人のためのお店や、食材を扱う商店が並んでいるね。でもまだこの辺は序の口だよ。どんどん観光客が通らないほうに向かっていくと、路上に座り込んだり、2,3人で何か話をしている人たちが現れるね。
さて、ちょっと聞いてみようかな。本当はこの役を、明日香ちゃんにやってもらおうと思っていたんだけど、本人が来なかったからね。仕方ないから、気配を隠して話し掛けるよ。
「そこの人たち、シャーク・リーに会いたいんだけど、どこにいるか知っているかな?」
急に私から話し掛けられて、驚いた表情を浮かべたけど、シャーク・リーの名前を聞いて怪訝な顔をしているね。これはもしかして心当たりがあるのかな?
「そんな名前は知らない」
なんだ、残念だね。ぶっきらぼうな返事が返ってきたよ。でも、こんなのは想定内だからね。さくらちゃんは、そこいら中にいる男たちに聞いて回るよ。
おや、ついに発見したよ! 身にまとう雰囲気が他の人間とは違うね。犯罪者に詳しいさくらちゃんの目は誤魔化せないよ! こいつは絶対にマフィアと関わりがあるよ。
「そこのおっちゃん! シャーク・リーを知っている?」
「そんな名前は知らない」
相変わらず愛想のない返事だね。でも、この男の目が私を完全にロックオンしているよ。これはもう、引っ掛かったも同然だね。
一旦男とは離れて、通りを歩きながら合計30人くらいに声を掛けたよ。中には、さっきの男と同様に、後ろ暗い雰囲気を漂わせている連中も何人かいたね。そのまま適当に人気のない通りを歩いていると、私を尾行している気配を察知するよ。
それにしても、下手くそな尾行だね。後を付けていますと宣伝しながら歩いているみたいだよ。もっとも、さくらちゃんの気配察知に掛かれば、どんな尾行も簡単に見破っちゃうから、意味がないんだけどね。
おや、今度は前からも3,4人が集団で歩いてくるよ。後ろからも、同じくらいの人数でやってきているから、この辺で挟み撃ちにするつもりかな? これはさくらちゃん的には、大歓迎だよ!
「おい、そこのガキ! 一人で何を嗅ぎ回っているんだ?」
「さっきから声を掛けているのに、わかっていない連中だね! 私はシャーク・リーを探しているんだよ!」
集まってきた男たちの中には、当然見覚えのある顔も立っているから、私の話を聞いているはずだよね。さっさとシャーク・リーがいる場所に案内してほしいよ。仕事は手早く終わらせるのが一番だからね。
「怪しいガキだな! おい、アジトに連れて行って、目的を吐かせるぞ」
「バカなガキだな! 返事次第では、横浜港に浮かぶかもしれないぜ」
ほうほう、誰が横浜港に浮かぶのか、私としてもしっかりと話をしておかないといけないよね。でも、この場は大人しく連れて行かれるのが上策だよ。
こうしてさくらちゃんは、男たちに取り囲まれるようにして、一味のアジトへと連行されるのでした。
アジトに連れ込まれたさくら、果たしてその運命は…… 次回の投稿は週の中頃を予定しています。どうぞお楽しみに!
新型肺炎が徐々に日本でも広がっているようです。皆様もどうぞお気をつけください。ただいま情報収集中ですので、新たな記事が見つかったら、またお知らせいたします。
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