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171 兄を超える日

遅くなって申し訳ありませんでした。洞窟に挑むカイザーは……

 モビル洞窟を進む、カイザーたちは……


 クソッ! なんて酷い場所なんだ! 空気には耐えがたい臭気と有害な硫化水素が混ざって、ボンベに頼らなければ20メートルも進めないぞ。サン・ジェルマンの話によれば、この洞窟が発見されてから何度か探索が行われたが、いずれも2キロ以上は奥に進めなかったらしい。


 神の力が秘められているというタルタロスがこの場にあるとすれば、おそらくは洞窟の最奥であろう。この地獄に向かって降りていくような最悪の環境を、一体どこまで進めばいいのか見当もつかない程、洞窟自体は長く続いている。


 場所によっては、腹這いになってようやく通れる箇所もあるが、概ね5メートル以上の天井が広がる、大鍾乳洞と表現するのが適切だろう。ライトに照らされた鍾乳石が、美しい煌めきを見せるが、その輝きすらも、今の私には何の感慨も抱かせない。


 心の中にあるのは、あの日本の帰還者兄妹への憎しみと復讐心だけだ。その一念だけが、私を突き動かして、洞窟の奥へと歩を進めさせていく。



「カイザー! 微量の魔力を感じます!」


 先頭を進むアイザックは、気配察知に長けたスキルを持っている。彼のスキルによって増幅された感覚が、私にも感じられないような極微量の魔力を察知したのだろう。これは、いよいよこの洞窟の奥深くに、神の力が息を潜めて眠っている兆候だろう。



「我らにとっては吉兆である! このまま先に進んでいくぞ!」


 歩数計を見ると、すでに2キロ以上内部に入り込んだ数値を示している。もちろん洞窟の細部が記された地図などないので、分かれ道がある場合は、この魔力の痕跡を辿るしか方法はないので、慎重に気配を探りながら進んでいく。




 すでに、探索を開始して5時間が経過しているが、内部の景観に変化はない。鍾乳石が連なる通路が、延々と奥に向かって続いているだけだ。だが、この辺まで進むと、状況に変化が生じてきた。



「カイザー! 空気中の成分が明らかに変化しています。有毒性を示す物質が、検出されないくなりました」


 有毒ガスの検査装置を手にするベンジャミンが、大気の変化を報告する。確かにその報告通りに、先ほどから鼻を突くような臭気が薄れてきているとは感じていた。



「正確な分析は可能か?」


「現在解析中で、間もなく結果が出ます!」


「そうか、この場で小休止を取りながら、結果を待とうか」


「了解しました」


 こうして我々は、この場で一旦休息を取る。防護服に身を包みボンベを背負っての行軍は、いかなる帰還者と言えども、多少なりとも疲労をもたらすものだ。いい具合に椅子のような形状の鍾乳石に腰を下ろして一息つく。


 その後のベンジャミンの新たな報告で、大気の成分はやや二酸化炭素の濃度が高いものの、通常値である事実が確認されると、我々はボンベを背中から降ろして、防護服を脱ぐ。ようやく体に自由が戻ってきたような、解放されたような感覚に包まれる。



「これで移動が格段に楽になります」


「この場は安全だが、この先がどうなっているかは判明しない。油断せずに進むんだ」


 かく言う私だが、水を口に含むと、生き返るような心地がしてくる。真っ暗な洞窟を懐中電灯頼りで進むのは、精神的に相当に来る。さらに重い装備と防護マスクで視界まで奪われるとなると、圧し掛かってくるストレスと戦わなくてはならない。普通の人間ならば、おそらくは30分が限界だろう。



「カイザー、なんだか異世界のダンジョンを探索しているような気がしてきます」


「確かにそうだな。魔物こそ出てこないが、この洞窟がダンジョンだと言われても、全く違和感を感じない」


 私も異世界でダンジョンを経験してはいたが、この洞窟のように、内部に進むだけでこれほどのストレスを感じた経験はない。モビル洞窟は、ある意味で最難関のダンジョンに相当すると言えるのではなかろうか?


 

「カイザー、それにしても不思議ですね。なぜここまで潜ると、有毒な大気成分が存在しなくなるのでしょうか?」


「原因は色々考えられるだろう。大気中の有害成分の比重や、ガスが噴き出してくる場所によっては、内部に安全地帯が形成されるのは不思議ではない。したがって、場所によっては足を踏み入れただけで命を落とす可能性もあるだろうな」


 私はそう言いつつ、心の中に漠然としながらも、確かな考えを抱いている。それは『容易に人が立ち入るのを阻むのが目的で、何者かによって作り出された仕掛けではないか』という、ある種の確信めいた考えだ。それこそが、まさに神の力を封印するには相応しい場所ではないか!


 サン。ジェルマンがやけに確信をもって話すと思ってはいたが、『この洞窟は本物だ!』という確信が、私の中で次第に強くなってくる。そう考えると、先ほどまで感じていた苦痛が、薄れてくるような感覚に陥る。こうしてはいられないな、早く先へ進むとしよう!



「食事が済んだら、出発するぞ! あと3時間進んだら、安全地帯で仮眠をとるとしよう」


 身軽になった私たちは、軽快な足取りで、さらに奥を目指して進んでいくのだった。










 富士駐屯地では……


 昨日は魔法術式メモリーカードのおかげで酷い目に遭った。食堂で散々にスイーツをたかられて、なんとか全員に許してもらったけど……


 食事を済ませて、朝礼で各種の連絡を聞いていると、最後にお約束のフレーズがを副官さんが告げる。



「特殊能力者は、図面演習室に集合するように」


 来た来た! 香港から戻ってきて間もない俺たちに、何らかの指令が下るのだろうか? このフレーズを聞くたびに誰かが出撃するから、何らかの覚悟が必要だろうな。



「兄ちゃん! 今度こそは私が行くからね!」


「さくらちゃん、ちょっとは落ち着きなさい。まだ出撃とは決まっていないんだから」


 宥めようとする美鈴の声も届かない様子で、妹は軍団を引き連れてそそくさと図面演習室に向かう。俺たちも、その後に続いて部屋に入ると、テーブルの正面にはあの人が座っていた。



「早く座れ! 大事な連絡だ」


 はい、司令官さんが言う以上は、従わざるを得ません! 姿勢を正した俺たちが席に着いたのを見届けると、即座に本題を切り出す。



「今日は、各地の戦線の分析を伝える。最後にちょっとしたおまけがあるから、最後まで気を緩めずに聞いていろよ!」


 良かったな、どうやら出撃命令ではないようだ。『最後のおまけ』というのは気になるけど……



「現状では、沿海州方面は依然として膠着状態だ。春にならないと、こちらの戦線が動く可能性は低いだろう」


 ふむふむ、マイナス20℃を下回る寒さの中では、戦争どころではないよな。だからといって、春になってすぐに動き出せるとは限らないぞ。雪解けでドロドロの泥濘になったら、戦車などの装甲車両は効率的な運用が難しいからな。


 となると、口火を切るのは航空戦か? それとも中ソの帰還者が動き出すのか…… その辺は、まだ現段階では予測不可能だ。引き続き監視していくしかないだろう。


 だが、中華大陸連合の東北部に配備されていた航空機は、半数が南方戦線に回されて大きな被害を出したから、航空戦力ではロシアが優位に立っているのかもしれない。両国の稼働率がはっきりしないから、この辺の予測は困難だけど、大方こんな見通しで合っていると思う。



「核爆発が発生した泉州は、街ごと放棄されて周辺基地の再建は着手されいていない。対岸にある台湾は、この情勢を大きく歓迎している。日米政府に感謝の意を伝えて来たそうだ」


 台湾の気持ちになってみれば、台湾海峡を挟んだ大陸側にミサイル基地があるのは脅威だろう。それが木端微塵に消え去ってしまったのは、手を叩いて喜んでしまう朗報に違いない。


 これっ! 妹よ! お前は他人ごとのような顔で寝ているんじゃない! 自爆用の核爆弾を起動させた張本人だろう! ダメだ…… 妹にとっては、どうやら意味がない話に聞こえているらしい。あれだけの大騒ぎを起こしておいて、その話を夢うつつで聞いているその神経が、俺にはさっぱり理解できない。


 だが、司令官さんも然る者で、堂々と寝ている妹の姿をチラりと見ても眉一つ動かさない。きっと、無駄だとわかっているんだろう。俺もこれ以上妹を気にせずに、話の続きを聞こうか。



「海南島は、現状では特に問題は無いようだ。住民主導の地方自治体を発足させる準備が進んでいる。こちらは政府の仕事なので、我々は特に関知しない」


 そうか、無事に治まっているのならそれでいいな。とはいっても、従来の統治機構を潰して、一から新たに作り直すのは、気が遠くなるような大事業だろう。日本政府とともに現地の住民の皆さんも、どうか頑張ってもらいたい。



「マカオから上陸した米軍は、広州占領後は、この地に拠点作りを進めている。住民から反抗等は、今のところ特に目立たないようだ。問題は不足する食料と物資だな。これに関してはアメリカ政府任せだ」


 はー、広州だけでも1千万を超える人口を抱えているぞ。住民が飢えたら暴動を起こすだろうし、アメリカも大変な課題を抱えたもんだな。日本は海南島で手一杯だから、これ以上援助は不可能ですよ。



「さて、それでは若干問題を抱える香港に話を移すぞ。こちらはイギリスの占領統治に反対するデモが発生している。占領当初は概ね歓迎されていたイギリス軍に対して、数千人の群集が反対活動を開始した」


 おや? 雲行きが怪しくなってきたぞ。なぜ反英デモが発生するのか、その理由が判然としないな。以前の香港は、中華人民共和国に対して自由を求めるデモを数十万単位で繰り広げていた。それは、中華大陸連合の統治下でも、引き継がれていたはずだ。


 それが、ここにきて急にイギリスに対する抗議デモが始まるのは、どうにも納得できる理由が浮かばない。俺たちが宿泊した臨時司令部が置かれたホテルの従業員も、イギリスが乗り込んできたのを歓迎していたぞ。



「このデモが不自然に発生した点に関しては、イギリス当局も掴んでおり、内偵の結果、香港マフィアの関与が浮かび上がってきた。中華大陸連合政府から金をもらったマフィアが、香港の親中派を焚き付けるか、金で雇うかして、デモを起こしているのが、この騒動の真相だ」


 なるほど、軍事力で敵わなかったら、金の力で人々を動かそうという、中華大陸連合の思惑なのか。これはずいぶんと厄介な手段に出てきたな。イギリスやアメリカは、中華大陸連合の圧政から解放するという名目を唱えている以上、力で鎮圧するわけにはいかない。かといって放置しておくと、近隣の広東省の他地域にも飛び火しかねない。どう対処するか、いずれにしても慎重さが要求される問題だな。



「MI6の調査によれば、香港内の犯罪組織の大半がこの件に関わっているらしいが、その最大の組織は〔16K〕と呼ばれている。香港返還後、最も共産党政権と深く結び付いていた組織だ。その結び付きは、中華大陸連合に交代しても、受け継がれている」


 香港の犯罪組織か…… 次第に話が物騒な方向に進みだしたぞ。司令はこんな話をして、俺たちにどうしろというのか、気になるところだな。



「ということで、16Kを潰すぞ!」


「何が『ということで』なのか、まったく意味がわかりません!」


 しまった! 声を大にして司令に突っ込んでしまった! 俺を見て、ニヤリと笑みを漏らしているぞ。司令が笑みを漏らすと、確実に死者が発生するのは、今までの経験上間違いない事実だ。



「さて、我が部隊の隊員には、ヤ○ザを壊滅に追い込む趣味を持っている人物がいたはずだ。楢崎訓練生、該当する人物を、責任持って起こしてくれ」


「司令、この場で目を覚ます必要がある人間は、俺が知っている限り一人しかいません」


「奇遇だな! 私とまったく同じ考えだ! 早く起こしてくれ」


 司令は、どうやら妹を起こすという危険な任務を、俺に押し付ける気満々だ。顎をしゃくって『早くしろ!』と、せっついてくる。仕方がない、起こすとしようか…… 俺が目で合図をすると、妹の隣に座っていた明日香ちゃんと親衛隊の真美が、さっと壁際に退避を完了する。こんな時だけ、妙に素早いじゃないか!



「おい、さくら! 起きるんだ! 早く目を覚ませ!」


 俺が妹の肩に手を掛けて、体を軽く揺さぶると……



 ブーーン! キイーン! ドドドーン!


 容赦ない妹の裏拳が俺に襲い掛かってくる。衝撃波をまといながら、放たれたその裏拳は……



 ガッシャーーン!


「ゲホッ!」


 なんと妹の拳は、魔力バリアを叩き割って、直接俺の体にメリ込んできた。脇腹に当たった裏拳の衝撃で、息が詰まって声が出せないぞ。今の一撃に込められた威力は、軽く億の単位に達していただろう。普段はある程度加減をしているのだが、眠っているせいで理性のたがが外れた状態だ。こんなダメージを食らったのは、俺自身初めての経験だぞ! 



「ゼイゼイ…… い、息が……」


 体が酸素を求めるが、思うように息を吸い込めない。これほど苦しいものだったのか…… 俺の妹、恐るべし!


 1分近く、体を折り曲げて耐えていると、ようやく呼吸ができるようになってきた。カレンから受け取った回復水を口に含むと、ダメージが嘘の様に消えていく。そうか、捕虜や親衛隊は、日々このような苦しみを乗り越えているんだな。君たちは真の勇者だ! 心から尊敬するぞ!



「司令、しばらく目を覚まさないようです!」


「いいから早く起こせ!」


 完全に楽しんでいる表情の司令官さん、その無茶振りによって、俺は強制的にこの寝ている悪魔との対峙を要求される。こうなったら、俺にも意地があるぞ! 魔力バリアの桁を上げてやろうじゃないか!


 

「ふん!」


 気合を入れ直して、体を包むバリアを形成する魔力を10倍に引き上げる。どうだ! 4億の魔力でできた俺のバリアは!



「部屋にボスのお兄さんの魔力が充満しているぞ! 今がチャンスだ!」


「残らず吸い込むぞ!」


「この機会を見逃してたまるか!」


 おい、そこの親衛隊たち! お前たちはどこまで無茶をするつもりなんだ!? 俺の体を離れて、部屋に飛び散っている魔力だって、軽く数千万の単位に上っているぞ。無理をしないでその辺にしておくんだ!



「一気に魔力が上昇しているぞ!」


「遠慮しないでいただくであります!」


「魔力のバイキング状態だぜ!」


 ダメだ! こいつらは、一向に止める気配がない。こうなったら一刻も早く、妹を起こそう!



「おい、さくら! いいから目を覚ますんだ!」


 ブーーン!


 ガキッ!


 ふう、今度はバリアが無事に受け止めてくれた。妹よ、まだまだ俺を超える日は遠いようだな。だが、肝心の妹はまったく目を覚まそうとはしない。本日のこやつは、相当にしぶといな。肩を揺すった程度では、目を開かないようだ。


 俺が苦心している様子を見て、横合いから美鈴が割り込んでくる。



「さくらちゃん、お昼ご飯は酢豚よ!」


「目が覚めたよーー! もうお昼の時間かな?」


 ガバッと体を起こして、周囲をキョロキョロと見渡す妹。兄の苦労を知らずに、いい気なもんだな。食べ物の名前を聞くだけで目を覚ますなら、もっと早く教えてくれ。俺だけが痛い目に遭ったじゃないか!


 それにしても、結局一番得をしたのは、お前の親衛隊だったぞ。見てみろ、俺が魔力を引っ込めると、いかにも残念そうな表情をしている。こいつらにはリスクという言葉は、まったく無用なのだろうか?



「さくら訓練生、香港マフィアを潰してもらいたい。やってくれるか?」


「うん? もしかして、香港で大暴れできるのかな? これはいいね! 大喜びで出掛けちゃうよぉぉぉ!」


 そして、司令から用件を聞いた、この妹の喜びよう…… 心配だ…… 主に香港方面の被害が、心から心配になってくる。


 色々と慎重な対応が必要なのに、そこに爆弾を放り込むとは…… 本当にこれでいいのだろうか?



「よし、それではこの件はさくら訓練生に一任する。一緒に連れて行くメンバーの人選も任せるから、後から報告してくれ。本日は、以上だ」


 こうして、香港の運命を妹に託したまま、司令は図面演習室を去っていくのだった。



香港は大丈夫なのか? 張り切るさくらは果たして…… 投稿は今週末を予定しています。どうぞお楽しみに!


たくさんのブックマークをお寄せいただいてありがとうございました。引き続き皆様の応援を心待ちにしております。


新型肺炎に関するお話は時間がないため次回にいたしますが、気になる記事を発見しました。陰謀論がお好きな方は、必見です!


〔ビル・ゲイツ財団 コロナ〕で検索…… おっと、これ以上は身辺に危険が及ぶようだ。

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[一言] ひぇ・・・香港・・
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