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165 ニュルンベルクの街

ウイーンに到着した聡史たちは……

 ドイツのニュルンベルク、ドイツ連邦軍特殊作戦センターでは……


 俺はクラウディオ=ベルガーだ。現在俺たちドイツの帰還者は、全員がこの作戦センターに待機している。より正確に言えば、ドイツ政府によって実質的な軟禁状態に置かれている。


 その理由は、政府が仕出かした失策のおかげで、欧州各国から帰還者の引渡しを求められているためだ。カイザーのような虐殺を繰り返させないように『ドイツから帰還者を取り除け!』と言う声が、ヨーロッパ中に広がっている現状がある。


 あくまでもカイザーが特殊な例で、残っている帰還者は真っ当な人格と正常な判断力を有しているとドイツ政府は抗弁するも、その主張は一笑に付されて、どこの国も信じようとはしなかった。まもなくEU安保全体会議で、我々の引渡し決議が可決される見通しだ。そうなれば俺たちの運命は、よくて絶海の孤島に隔離、最悪の場合はそのまま闇に葬られるだろう。


 もしこの決定に俺たちが反旗を翻したら、今度は各国の軍隊がドイツとの国境を越えて国内に雪崩れ込んでくるだろう。その結果として、国民に多大な犠牲を強いる事態とならざるを得ない。俺たち帰還者は、国民の命を人質に取られたせいで、これ以上自らの意思では身動きができない状態にある。


 この件に関して、ドイツの責任を声高に問う急先鋒となっているのがフランスだ。この機に乗じてドイツを徹底的に痛めつけようという意図が透けて見える。おそらくその背後には、ロシア辺りが暗躍しているんだろう。あの根暗な国がやりそうなことだ。


 対して我々に唯一の救いの手を差し伸べようとしてくれるのは、日本だった。イギリスでほんの一時だけ接点を持った聡史が動いてくれたのだ。その後連絡があり、彼らはすでにウイーンまで来ている。僅かな時間しか交流を持てなかったが、彼ら日本人は信頼に足りると思う。こんな困難な状況に置かれて見捨てられても仕方がないというのに、本当に助けようとしてくれるのは、どのように感謝しても言葉に尽くせないだろう。


 さて聡史の申し出を、我が仲間に伝えなければならないな。



「イエーネ、ハインツ、イエーガー、3人とも俺の話を聞いてもらいたい。日本の聡史から連絡があった。彼は、我らに救いの手を差し伸べようと、すでにウイーンまで来ている」


「なんだって! 聡史って、あのイギリスで出会った日本の帰還者だろう」


 ハインツが目を煌かせているな。彼はカレンという同席した日本の帰還者に一目惚れしていた。再び会える機会があると、別の意味で興奮している。もっと自分たちが置かれた危機的状況をしっかり理解してもらいたい。



「ベルガー、それで聡史は何と言ってきたのかしら?」


「それが…… 俺たちに日本への亡命を勧められた」


「亡命ですって!」


 イエーネは目を丸くしている。まさかドイツを捨てろと言われるとは思っていなかったようだ。ハインツはカレンの表情が脳裏にチラついて心ここにあらずという表情で、イエーガーはまったく感心がなさそうな顔をして聞いている。



「俺たちがドイツに籍を置いていたら、ヨーロッパだけでなくて、アメリカも横槍を入れてきそうなんだ」


「アメリカですって! カイザーを生み出した元凶の癖に!」


 イエーネは相当に憤慨しているな。確かにカイザーの件は、アメリカにも大きな責任があるが、それを利用するのが今回の国外脱出策の肝となっているんだ。



「イエーネ、だからこその亡命なんだよ! アメリカはカイザーの亡命に関して『国籍を離脱した』以外に声明を出してはいない。したがって、我々の亡命に関しても、正面切って非難ができない。だから日本は大手を振って、我々を受け入れ可能となるんだ」


「なるほどねぇ…… 誰がこんな絵を描いたのかしら?」


「神殺しだ。一度俺たちを助けてくれたから、それを見捨てるのは忍びないと考えてくれたんだろう」


「偶然の出会いに感謝しないとならないわね。いいわ、賛成する」


 イエーネは認めてくれたな。ハインツはどうだろう?



「ハインツ、日本に亡命するが、賛成してくれるか?」


「日本に行くんだったら、大賛成だよ!」


 聞く間でもなかった。残るはイエーガーだな。



「イエーガー、君はどうするんだ?」


「私はここに残って、魔力に関する研究を進めたい」


「日本の魔法銃は、我が国よりも高性能らしいぞ。日本に行けば、術式の解明が進むかもしれない」


「早く言ってくれ! それなら喜んで行くぞ!」


 チョロ過ぎる! 根っからの研究バカだから、術式に関する研究が可能ならば、どこでもいいのだ。ましてや、日本製の優れた魔法銃の話を聞いたら、イエーガーが飛び付かないはずがない。よし、これで話はまとまったな!


 あとは聡史がやってくるタイミングに合わせるだけだ。しっかり準備はしておくから、早く来てくれ!






 その頃、ウイーンのホテルでは……



「うーん、空路は閉鎖されているという情報だから、陸上を進むしかないよな。道路を使うか、鉄道を利用するかの二択だな」


 コンコン!


 地図と睨めっこしている俺の部屋のドアを、ノックする音が響いてくる。



「聡史君! 美味しいお料理とザッハトルテが有名な店があるらしいの。マリアが案内してくれるから、一緒に行かない?」


「美鈴か、ちょっと待ってくれ。ベルガーが待っているニュルンベルクまでのルートを調べているんだ」


「あら、そんなことだったらマリアに聞けばいいじゃないの」


「そうか! そのためにマリアが来ているのをすっかり忘れていた」


 そうだよ、マリアは何かのついでに俺たちと一緒に来ていたんじゃなかったな。よし、夕飯を食べながら、ニュルンベルクに向かうルートを話し合おう。俺は美鈴と一緒にロビーに向かうと、外出の用意を整えたフィオとマリアが待っている。


 ホテルの外は寒いことは寒いのだが、シカゴの猛寒波に比べると数段マシであった。これなら富士とそれほど変わらないな。ウイーンは緯度の関係で冬の夕暮れが早い。街頭が灯った街並みを、俺たちは歩いてレストランに向かう。



「このお店はウインナーシュニッツェルとグラーシュが名物ですぅ! 食後はもちろんザッハトルテで決まりですぅ!」


 マリアのお勧めに従って、俺たちは料理を頼む。ウインナーシュニッツェルは、叩いて薄く延ばした子牛の肉にパン粉を付けて揚げたカツレツ風の料理で、レモンをかけて食べるのが一般的らしい。油っこくなくて、カリッとした歯応えがいい感じだ。グラーシュはたっぷりの野菜と一緒に煮込んだ牛肉のシチューだ。これも美味だったぞ。


 一通り食事を済ませてデザートまで食べ終わると、本場のウインナーコーヒーを飲みながら、ドイツに向かうルートの件を切り出す。



「マリア、ニュルンベルクに向かう一番のルートを教えてくれ。ああ、航空路線は運行されていないそうだ」


「それでしたら、鉄道を使うのが一番ですぅ! ウイーンから西に向かって、国境のザルツブルグでICEに乗り換えたら6時間で到着しますぅ!」


「ミュンヘンを経由するこの路線か?」


「そうですぅ! 空席があれば、この場でチケットを予約できますぅ!」


「4人分予約してくれ。明日の朝早めに発ちたい」


 マリアは国防軍支給のスマホを取り出すと、どこかのサイトに繋いで操作をしている。



「予約でOKですぅ! 旅費は税金で出るから、公務員バンザイですぅ! 一生しがみ付くですぅ!」


 まったくのんきなもんだな。これがマリアのキャラだから、いまさら仕方がないか。でも実際に役に立つから、案内は任せたぞ!


 こうして俺たちはホテルに戻って、翌日に備えるのだった。





 翌日……


 俺たちはウイーンを出発して、国境を抜けてすでにドイツに入国している。こんな時期にドイツに向かう物好きな人間は殆どいなくて、高速鉄道ICEの車内はガラガラだ。4人がゆったりとくつろげるコンパートメントに入って、向かい合わせの座席で帰還者をどのように国外に連れ出すかを打ち合わせしている。個室の内部はフィオが結界を張って、声が外に漏れないようにしている。誰が聞き耳を立てているかわからないからな。



「結局いつもどおりに、臨機応変に対応するのね」


「その辺に関しては、大魔王と大賢者の二人に期待している」


 最強の魔法使いがいれば、大抵の危険は何とかなるだろう。ただし、ドイツが置かれている微妙な状況下では、可能な限り戦闘を避けつつ帰還者を連れ出すのは、少々骨が折れるかもしれない。話が一旦途切れたところで、マリアが口を挟む。



「聡史さん、私は何も聞かされていないですが、どうしてドイツの帰還者なんか日本に連れて行くんですかぁ?」


「ああ、マリアはドイツに対する印象が悪いんだったな」


 マリアは、故国のセルビアがカイザーによって大きな被害を出した件で、かなりドイツを嫌っていた。あんな虐殺の場面を目の当たりにしたら、普通の人間なら怒りと嫌悪の感情を抱くのが当然だろう。



「俺はドイツの帰還者と面識があるんだ。彼らから助けを求める連絡があった。司令に相談したら、日本に連れてこいと命じられたんだ」


 簡単にマリアに事情を説明すると、今度はフィオが話に参加してくる。



「なんで司令はドイツの帰還者を助けようとしているのかしら?」


「面識があるからじゃないのか? ほら、彼らがバンパイアに襲われていたときに、仕事を放り出して出撃した司令が助けたんだよ」


 あれ? 俺の説明に美鈴とフィオが首を捻っているぞ。納得いかない部分があるのか?



「聡史、あの司令が知り合いだからなんて単純な理由で、私たちの派遣を決定するはずないでしょう!」


「聡史君の見通しは甘いわね! 個人的な理由でドイツの帰還者を助けるなんて、国防軍の上層部や政府が納得しないわよ! 一歩間違うと、日本が国際社会から非難されるかもしれないのよ!」


 フィオと美鈴から手厳しい意見が飛んでくる。迂闊だったな、任務の遂行に気を取られて、そこまで考えが及んでいなかった。大きな反省材料ができたな。



「司令のことだから、何らかの形でドイツの帰還者を利用するんじゃないかしら?」


「おそらくその方向で考えていると思うわね。問題はどのように利用すれば、最も効果的なのかでしょうね」


 俺を置いてきぼりにして、今度はフィオと美鈴が二人で話し出したぞ。仕方がないから、俺とマリアはウインナーコーヒーで乾杯しながら、聞き役に徹している。



「美鈴、ドイツの帰還者を最も効果的に利用するタイミングはいつかしら?」


「そうね…… 聡史がカイザーを倒してからでしょうね。ヨーロッパが戦場となって荒廃するのは、世界にとって影響が大きすぎるわ」


「偶然ね、私もそう考えていたの」


「さすがは大賢者ね。カイザーによる危険を取り除いてから、帰還者を再びドイツに送り返す。ヨーロッパ各国の戦力均衡を保つには、この方法が一番でしょうね。上手くいけば日本は、ドイツにも他の国にも恩を売れて、一挙両得を狙えるわ」


「あの司令なら、カイザーを倒した後まで考えているのは間違いないでしょうね。ドイツを中華大陸連合から切り離して味方に引き入れるくらいの提案をしないと、政府だって納得しないでしょうから」


 驚いたな。二人の考察は俺の想像力の遥か上をいっている。困っているから助けようと考えていた俺は、本当に浅はかだったな。国際政治に同情を挟む余地などないんだと、心に留めておこう。おや、マリアが二人に尊敬の眼差しを向けているな。



「フィオさんと美鈴さんは、すごく頭がいいですぅ! 私は満足に学校に通っていないから、知らないことばっかりですぅ! なんでそんなことまでわかるんんですかぁ?」


「だって、大賢者ですから」


「私は異世界で、一国の支配者だったのよ。この程度の駆け引きが頭に入っていないと、国なんか治められませんからね!」


 ギブアップです! 絶対に敵いません! どちらかというと、俺は破壊が専門の肉体労働者だから、頭脳はこの二人に任せよう。分業したほうが効率的だろう。



「聡史だって、もっと真剣に考えればこの程度は頭に浮かぶはずよ。日頃から考える訓練もしないとダメね」


「フィオさん、面目次第もございません。精進いたします」


 俺が反省して頭を下げると、列車は次第に速度を落とし始める。どうやら目的地のニュルンベルクに間もなく到着する模様だ。





 こうして俺たちはニュルンベルクの街に降り立つ。駅のターミナルを出ると、俺の目には寂れた街の様子が飛び込んでくる。隣国のオーストリアとも比較にならないくらいに、人通りが少なくて、人々は俯きがちに歩いている。



「想像以上に困窮しているようだな」


「まさかここまで酷い状況だとは思わなかったわね」


 街の中心部にまったく活気を感じられないのだ。これは経済状態が相当に悪いんだろうと、一目で理解できる。その時……



「魔力を持った人間が近付いてくる。美鈴、シールドを頼む!」


「はい、オーケーよ!」


 大魔王のシールドは、一瞬で女子3人を包み込む。俺はその外側で、いつでも自由に動ける体勢で待ち構えていると、トレンチコートを着込んだキザな男が、ゆっくりした足取りで近付いてくる。



「これはお美しい方々ばかりいらっしゃる! はじめまして、私はフランス政府に所属する帰還者のティエリー・ロレーヌと申します。どうぞお見知りおきを」


 うわぁぁぁぁ! 地球に戻って初めて見たぞ! 右手を胸に当てて軽く頭を下げる、異世界では高位の貴族が挨拶する作法だ。しかも左手を軽く横に開いて、全身からキザなオーラを発している。俺が一番苦手なタイプだ。本能的に殴ってやりたくなるな。だが、こちらも紳士的に挨拶をしておこうか。



「丁寧な挨拶だな。我々は日本から来た帰還者だ」


「お嬢様方、よろしかったら私とカフェでひと時の歓談でもいかがでしょうか?」


 あれっ? こいつは俺の存在をまるっと無視して、女子たちに話し掛けているぞ。まるでこの場に俺がいないかのように、視線さえ向けてこない。これは相当にイラっとくるな。



「おい、人が挨拶をしているんだから、顔ぐらい向けたらどうなんだ!」


「人? 私の前には野生動物しかいないようだが…… はて、どこから人間の声が聞こえてくるのだろう?」


 野生動物だとぉぉぉぉぉ! その言葉は、そっくり俺の妹に送り突けてやる! あいつは野生動物そのものだからな。ただし、間違ってもフレンドなどといった優しいものではないからな! それにしても、このロレーヌと名乗った帰還者の態度に、俺のはらわたは煮えくり返っているぞ!


 そんな頭が沸騰し掛けている俺に代わって、シールドの内部から美鈴が口を開く。



「ほう、我の幼少からの連れを、野生動物とは! 野蛮人の分際で、口の利き方に程が過ぎるぞ」


 あちゃーー! いきなり大魔王モード発動かよ! 美鈴さんも、相当に頭にきているようだな。その隣では、フィオが必死に笑いを噛み殺している。



「これはこれは、美しい女性にはあるまじき言葉が聞こえてきたのは、私の空耳だろうか?」


「聞こえていないようであれば、何度でも申すぞ! その場にひれ伏すがよい、野蛮人よ!」


 ロレーヌの表情が心なしか引き攣っている。キザ男が面と向かって『野蛮人』呼ばわりされて、おまけに『ひれ伏せ』だからな。いつの間にか俺の怒りは引っ込んで、この成り行きを楽しんでいる。無敵の大魔王がどのように相手をやり込めるか、この展開は面白すぎるな!



「私のどこが野蛮人なのかな? フランスこそが長い歴史の中で常にヨーロッパの中心だったんだよ。世界の表舞台に出てから百年そこそこの東洋の島国とは、歩んできた歴史が違うんだ」


「野蛮人が歴史を語るとは笑止! そなたの語る歴史とは、ローマ時代に征服された挙句に蛮族と蔑まれ、カノッサでは教皇の前に王が跪き、ルネッサンスの時代にカトリーヌ・ド・メディティスがフィレンツェより嫁入りする以前は、王侯貴族すらも肉を手掴みで食していた歴史のことか?」


 ええ、そうだったの? フランス料理って、最初からナイフとフォークで食べていたんじゃなかったのか。いい勉強になったな。ロレーヌの表情は見る見る真っ赤になっているな。美鈴さんが、図星を突いている証拠だ。



「いい加減なことを言うな! パリは文化の中心、芸術の都だ!」


「ルノアールやモネは、浮世絵の影響で新たな作風を創り上げたと聞き及ぶ。アールヌーボーすら、日本の文化芸術の模倣に過ぎぬではないか。文化の中心などと戯言を申すでないぞ」


 うん、俺が知らないフレーズだ。ここはスルーしておこうか。フィオは、我慢の限界を超えて、後ろ向きになって肩を震わせているな。『ククク』という押し殺した笑い声が、時折聞こえてくるぞ。さて、大魔王様はどうするのかな?



「女だからと思って下手に出ていたが、どうやらそのつけ上がった態度が私を怒らせているよ。さて、君たちの目的次第では、この場で血を見る結果になる。どのような用件で、この街に来たんだ?」


「そなたには関わりなきこと。尻尾を巻いて、この場を立ち去るがよい」


「力尽くで吐かせると言ったら?」


「試すがよいぞ」


 こうして、ニュルンベルクの駅前で、いきなりフランスの帰還者と大魔王様の戦闘が開始される雲行きになるのだった。

ニュルンベルクの駅前で火花を散らす大魔王様とフランスの帰還者、果たしてその行方は…… 続きは今度こそ週の中頃に投稿いたします。フラグではありません! 絶対に投稿します! ダメだったら許して……




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