159 空を割る
海兵隊の応援に向かう美鈴たちは・・・・・・
米国海兵隊の最前線へと向かう美鈴は……
私とマギーは、迎えに来たヘリに乗って、香港臨時司令部のヘリポートから飛び立つところよ。聡史君とカレンが、私たちの見送りをしてくれているのよ。ヘリの窓から手を振っていると、私たちは飛び立って、二人の姿は次第に小さくなるわ。
「美鈴、海兵隊には10人も帰還者が配置されているのよ。彼らが総出で迎撃に臨んでも、撃退に追い込むのがやっとだったのだから、相手は相当に手強い帰還者ね」
「そうね、敵の東完基地で姿を現した少人数の集団も、どうやら帰還者だったという報告が富士から届いたわ」
例の遺伝子改造を受けた少年少女の部隊に関しては、残念ながらマギーにも秘密にしなければならないから、ここでは『帰還者』ということにしておくわ。
「でも彼らは、聡史があっという間に捕虜にしたじゃないのよ!」
「それは、聡史君だったから可能だったのよ。日常生活では、穏やかに振舞うように心掛けているけど、いざ本気で戦闘に及んだら、さくらちゃんでも敵わないんだから」
「そ、そうだったわね。毎日普通に接しているからついウッカリするけど、聡史はカイザーを一撃で戦闘不能にした一件を忘れていたわ」
マギー、そうなのよ! 一番大事なことを忘れないでね。戦闘に関して、聡史君には常識的が通用しないんだから。カイザーだけではなくて、日本に現れたスルトが、彼の手に掛かってどのような運命を辿ったか知っているでしょう。聡史君は、あらゆる戦いの常識を覆す〔スタンダード・ブレーカー〕なのよ。もちろんこの大魔王にも、ある程度は該当するんですけどね。
「ということは、あれくらいのレベルの敵帰還者が、襲ってくると考えておいたほうが、いいわね」
「そうね、相応の覚悟は必要でしょうね」
覚悟か…… 問題はマギーの性格にあるわ。この子は、本当に真っ直ぐで正直なのよ。正義という言葉を全く疑っていないの。果たしてその真っ直ぐな性格が、あの年端もいかない少年たちを目の前にした際に、どのように作用するかという点に、一抹の不安を感じるわ。
「でも心配しなくていいわ! 全部私に任せてよ! ステーツ最強の帰還者が出撃するんだから、美鈴の出番は回ってこないわよ]
「あら、頼もしいわね。期待しているわ」
私としても、米軍の目前で力を振るいたくないのは山々よ。大魔王の魔法なんてものを軽々しく外国の軍隊に公開すれば、警戒心を抱かせるには十分なインパクトを与える可能性が特大なんですからね。この点には留意しないと、あとから問題を引き起こしかねないわね。やはり、レイフェンの力を借りようかしら。
30分のフライトで、ヘリは佛山市の上空に到着するわ。空から見下ろすと壮観な眺めよね。海兵隊2個軍団が集結して、市内への侵攻を阻もうとする中華大陸連合の部隊に猛攻を加えているわね。これはどう見ても、あと1時間以内に拠点は陥落するでしょう。流れ弾で市内の建物にも、相当な被害が出ている様子がわかるわ。
ヘリは後方の海兵隊司令部が設けられている付近に着陸するわ。それにしても圧倒的な物量ね! ヘリだけでも15機以上が、この場所に駐機しているじゃないの! これから飛び立つ攻撃ヘリにミサイルを搭載する作業が、そこかしこで繰り広げられているわ。
「日本軍の帰還者の方ですな。ようこそ海兵隊へ! 私は第2海兵軍上席参謀のジョーンズです。マギー准尉も久しぶりの帰還だね。日本軍の居心地はどうだったかな?」
「ジョーンズ参謀! それはもう日本軍は最高よ! 話が合うアニ友はいるし、魔力は上昇するし、いいこと尽くめだったわ! 今回のミッションが完了したら、すぐに戻るわよ!」
「はじめまして、ルシファーです。後ろに控えておりますのは、私の執事を務めているレイフェンと申します」
自己紹介した私のコードネームに、ジョーンズ上席参謀がギョッとした表情をしているわね。日本人からすると『ルシファー』は、閻魔大王の親戚程度の認識だけど、敬虔なキリスト教徒にとっては悪魔の大王の名前ですから、それも当然よね。でも目の前にいるのは、実はその悪魔すら涙目になる異世界の大魔王なんです。どうかあしからず。
「参謀、美鈴はコードネームとは反対に、とっても常識的な人でフレンドリーですから、そんなに警戒しないで大丈夫です!」
マギー、フォローをどうもありがとう。でも私の本名をバラさないでよ! ようやく笑顔になったジョーンズさんは、私に握手を求めてくるわ。
「あなたのような誰をも魅了する美しい悪魔だったら、我々は大歓迎だよ! 協力を感謝する」
「マギーがいれば大丈夫だとは思いますが、何かあれば力添えいたします」
なんで外国の男性というのは、女性を持ち上げるのが上手いのかしら? どうか聡史君にも、こういう気の利いたセリフを教えてあげてください。
「それでは司令部に案内しよう。付いてきてほしい」
私とマギーが司令部に向かうと、そこには帰還者が集まっているわ。彼らは私の魔力にギョッとした表情を向けているわね。調整するのをすっかり忘れていたから、魔力を抑えておきましょうか。
「マギー准尉と日本の帰還者が応援に来てくれた。敵の夜襲に備えて共同作戦を取るから、今のうちに相互理解を深めてくれ」
ジョーンズさんは、それだけ言い残して、この場を去っていくわ。あとは帰還者同士で仲良くやってくれということね。
「どうも、ルシファーです」
「おっかない名前だね。俺はリックだ」
「僕はダンだよ! それにしても一瞬物凄い魔力を感じたけど、僕の勘違いだったかな?」
米軍の帰還者たちが自己紹介してくれるわね。私が何か言う前に、マギーが代わって答えてくれるわ。
「ダン、あなたにしては珍しく正解よ! 美鈴はこの前、私の目前で、2千万の魔力を使用した大魔法を行使したわ」
「2、2千万だって?! 何かの間違いじゃないのか?」
「私の話を信じないなんて、やっぱりダンの頭は飾り物なのね! あの威力は、確かにその数字に相当するわよ。なにしろたった1発の魔法で、敵の陸上基地が押し潰されて瓦礫に変わったんですから」
マギー、私の能力を喧伝するのはその辺でお仕舞いにしてもらえないかしら。この場にいる帰還者の皆さんが、ドン引きしているじゃないの。グラビティー・エクスプロージョンで基地を押し潰したのは、事実に違いないけど。ついでにそのあとに、ヘルファイアーで何もかも灰にしたのも紛れもない事実よ。大魔王的にはとってもスッキリしたんだから。
「ということで、とっても頼りになる味方だから、大船に乗ったつもりでいいわ。でも怒らせると、丸焼きにされるから、言動には注意するのよ!」
マギ-、後半は余計よ! 軽く電撃でも飛ばして口止めをしておきましょうか!
「大魔王様、まことに口さがない小娘でございますな」
「レイフェン、この場は穏便に済ませましょう」
「御意」
この場の帰還者が束になっても、レイフェン一人に敵わないでしょうね。あら、帰還者の皆さんが、レイフェンにも注目しているわね。
「そちらの御仁はどなたですか?」
「私の執事を務めるレイフェンです」
「執事? あなたは異世界で、高貴な地位にあったんですか?」
「まあ、それなりに」
なにしろ大魔王ですから。でもその辺は言葉を濁しておきましょう。あまり何もかもぶっちゃけるのは、けっして好ましくないわ。それじゃあ早速、敵をどのように迎え撃つか、話し合いを開始しようかしら。
「昨日の帰還者による襲撃の状況を教えてもらえるかしら?」
「はい、昨日は……」
なるほど、50人単位でね…… どうしましょうか、私が一人で処理しても問題ないんだけれど。でもこれだけは聞いておかないと。
「もっと敵の人数が増えたらどうするのかしら?」
「帰還者がそんなにいるはずないだろう! おそらく、昨日我々を襲ってきたのが最大戦力だ」
そうよね、相手が本当に帰還者だったら、その判断はある程度は妥当と言えるわ。でも、これは私たちが秘匿している情報なので申し訳ないけど、相手は遺伝子改造された人間で、中華大陸連合が擁する部隊規模は千人近くに上るのよ。しょうがないわね、何とか危険を認識してもらわないと。
「米国の人口は3億人で、帰還者は30人。中華大陸連合の人口は15億人で、果たして何人の帰還者がいるのかしら? あの国が全ての情報を公開しているとでも思っているの?」
「そ、それは」
簡単な数のロジックに、言葉を詰まらせているわね。現実には帰還者は7人しか確認されてはいないけど、こういう問題を突きつけてやれば、相手は答えに窮してしまうわ。
「美鈴の懸念はもっともよ! 100人単位で襲ってくると考えたほうがいいわ。その対策だけど、美鈴は後方から支援してもらえるかしら。あなたは最前線に立てないでしょう」
マギーには『魔法使いは後方から支援する役』という固定観念があるようね。この大魔王には、そんなちっぽけな観念は当て嵌まらないわ。どこにいようと、戦場の中心は大魔王なのよ。本来ならば、私が先頭に立って魔法を放てば一撃でケリが付くけど、かといってこの場は米軍が中心なのは止むを得ないわね。ここは一歩引いておきましょうか。
「ええ、強力な支援攻撃を行うから、前線の皆さんは巻き込まれないように注意してほしいわね」
再び魔力の枷を外して威圧感を込めて発言すると、全員が首をガクガク上下に振っているわね。私の目から見て上策とはいえないけど、当面はこれでいきましょうか。レイフェンの協力も得られれば、指し当たって問題はないでしょう。作戦の内容に関しては、リックさんが司令部に報告してくれるらしいわ。一応は作戦が決まったことだし、遣ることがなくなってしまったわね。
時刻はまだ昼前ね。私はアイテムボックスからコテージ型の休養施設を取り出して、ひとまずはその中に引っ込むわ。テントや車両に囲まれた空間に、場違いな丸太小屋が置かれた光景に、皆さんは驚いているみたいだけど、大魔王が野外で寝るなんて有り得ないでしょう。もちろんレイフェンも一緒よ。部屋には余裕があるから、マギーも招待したわ。暖炉があるリビングと、天蓋付きのベッドが用意された寝室に、マギーは目を丸くしていたわね。
夜になって、そろそろ警戒しておいたほうがいいだろうと、海兵隊の集結拠点全体を探査結界で覆うわ。半径3キロくらいの結界に誰かが触れたら、すぐに私の脳内にアラームが響くの。司令官には、佛山市を攻撃していた部隊を戻すように申し入れていおいたから、現在は海兵隊全軍が私の結界の中に納まっているわ。
ロッキングチェアーに掛けて本を読んでいると、予想通りに侵入者が探査結界に触れてくるわね。人数はどうやら200人規模のようだわ。想定の倍の敵を前にして、米軍の帰還者がどのように動くのか興味があるわね。
「マギー、来たわよ。東側C2地点から200人がこちらに向かってくるわ」
「美鈴はなんでそんなことがわかるのよ! さくらちゃんじゃないんだから!」
「魔法で探知しているだけよ。それよりも早く迎撃の準備をしたらどうかしら?」
「はっ、そうだったわ! 全軍戦闘態勢! 敵襲よ!」
マギーは無線機で通信しながら、コテージの外に駆け出していくわね。私もレイフェンを引き連れて、悠然とした態度でその後を付いていくわよ。
「レイフェン、敵は一撃で倒せ! この場は魔力に制限を加えずともよい」
「お任せくださいませ」
恭しい態度で、レイフェンが返事をするわ。頼りにしているんだから、魔公爵の実力を遺憾なく発揮してもらうわよ。
マギーからかなり遅れて、侵入者が入り込んだC2ポイントに向かうと、彼女を先頭にして帰還者たちが魔力銃で敵を押し留めようとしている最中ね。でも、敵は小隊単位で散開しているから、中々当たらないようね。周辺は、投光機で多少は明るくなっているけど、薄暗くてまだまだ不十分ね。
「光のオーブ!」
大量のオーブが宙に浮いて、辺りを照らすわ。戦闘領域が、まるで昼間のように明るく変わっているわね。敵の表情まで丸わかりよ。相手は予想通り、遺伝子改造を受けた少年少女たちね。数で押して帰還者の防衛ラインを突破しようと、こちらに向かって押し寄せてくるわ。
「弾幕を回避しながら、後方の敵陣地に入り込め!」
「345号が被弾したぞ!」
「怪我人は後方に運ぶんだ!」
怪我をしたのはまだ子供のようね。後がない中華大陸連合は、なりふり構わず戦力を投入している様子が窺えるわ。
「なんであんな子供が戦争に参加しているのよ!」
「マギー! この場は殺すか殺されるかだぞ!」
「そうだったわね、こんな光景は異世界でも嫌と言うほど見てきたわ! 全員、弾幕を切らさないで! この場で食い止めるのよ!」
「マギー! 相手の数が多すぎるぞ! 接近戦に持ち込まれそうだ!」
「判断は各自に任せるわ!」
どうやら米軍の帰還者はかなり押されている様子ね。相手が子供という点に、動揺しかけたマギーも気を取り直しているじゃないの。でも、マギーが声を枯らして士気を鼓舞しようとしているけど、劣勢は否めないわ。
私は魔法の準備に入るわ。あの子たちには気の毒だけど、これは戦争なのよ。あなたたちは生まれる時代を間違えたの。もし100年後の世界だったら、あなたたちも胸を張って生きていけたかもしれない。でも現在の世の中では、あなたたちは受け入れられない存在なの。そして、それは私たちも一緒。
せめて苦しまないように、大魔王があなたたちに慈悲を与えるわ。来世では、必ず幸せななるのよ。
「レイフェン、戦闘範囲全体に雷撃を落とせ! 我は味方をシールドで取り囲む」
「準備はできておりまする」
「よいぞ、いつでも放て!」
「参りまするぞ、建御雷!」
レイフェンの体から魔力が吹き上がり、一瞬の後に空に雷雲を作り上げる。その雷雲は内部で雷鳴を轟かせてエネルギーを蓄え…… その直後に、空が割れた。
目を開けていられないような閃光が周辺に広がり、続いて耳を劈くような轟音がその場の全員の耳に襲い掛かるわ。誰もが死を覚悟するような猛烈な落雷のシャワーが、広範囲に落ちてくる。その場にいる生命には致命的な破壊のエネルギーが、一帯を蹂躙し尽くすわ。
「なんだ? 今の光と音は、雷魔法なのか?」
「なんという威力だ! 周辺の全てが黒焦げになっているぞ!」
「なんで私たちだけが無事なのよ?!」
「光と音とだけで、死ぬかと思ったぞ!」
「俺はションベンちびった!」
米軍の帰還者は、轟音が止んだ一体を見回して不思議そうに首を捻っているわね。焼け焦げた一面には、子供たちの死体が横たわっているわ。もちろん身元の判別が不可能なくらいに、損傷が激しいわね。さて、気の毒な子供たちは、天に帰しましょうか。
「ヘルファイアー!」
漆黒の炎が一帯を舐めるように広がると、死体は燃え尽きた灰に変わって行くわ。もう一度、この場で命を落とした彼らの冥福を祈ると、私は帰還者たちを取り囲んでいたシールドを解除する。
私のいる場所に、マギーが駆け寄ってくるわ。
「今のは美鈴の魔法だったの?」
「いいえ、レイフェンよ。私はあなたたちをシールドで覆っていただけ」
「執事さんも只者ではないと思っていたけど、本気で魔法を使うと凄いのね!」
「マギー殿、お褒めいただいて恐縮です」
レイフェンが駐屯地で魔法を扱うのは、リディアや明日香ちゃんの訓練のときだけだったから、マギーはその本当の実力を初めて知ったのね。そもそもが太古の帰還者にして、魔公爵ですからね。大魔王の片腕としては、このくらいは当然なのよ。
それにしても、直接手を下してはいないものの、レイフェンに命じたのは私自身に他ならないわ。あの子達を殺した因果は、私自身が責任持って受け止めるわ。今の私には、それしかできないもの。
こうして私とレイフェンは、米国の帰還者が畏怖する視線に包まれながら、司令部へと戻るのでした。
次回はイギリス軍の援護に向かった聡史たちの話になります。投稿は週末の予定です。どうぞお楽しみに!
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