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158 さくら外伝 正月の風物詩

ちょっと遅くなりましたが、正月番組を見ていて思いつきました。時系列的には、本編とは全く関係ありません。肩の力を抜いて、気楽に目を通してください。

 年が改まった翌日、1月2日……


 ドモッ! さくらちゃんだよ!


 元旦はおせち料理をお腹いっぱい食べて、とっても満足したんだけど、休暇の今日は違う物が食べたくなって、私は小田原の街に来ているんだよ!


 ネットで調べたら、漁港直送の新鮮な海の幸が満載の回転寿司があるという情報をキャッチしたんだよね! これはもう行くしかないでしょう! さくらちゃんが新年早々回転寿司を食べ尽くすからね!


 駐屯地を出る前に、たまたま休暇が重なった明日香ちゃんとアイシャちゃんを誘ったんだけど、二人ともブルンブルン首を横に振って断ったんだよ。どうしてだろうね? 漁港直送の回転寿司なんて、さくらちゃんだったらどんなに重要な用件があっても放り出して駆け付けるのに。あんなにあっさりと断るなんて、二人とも本当に不思議でしょうがないよ!


 そういえば出掛ける直前になって、兄ちゃんが真剣な顔で私に話し掛けてきたよ。なんだろう? と思って聞いてみると『絶対に揉め事を起こさないように』って、言われたんだよ。兄ちゃんはずっと一緒に育ってきたのに、まだ私のことがわかっていないみたいだね。本当に開いた口が塞がらないとは、このことだよ。こう見えてもさくらちゃんは、信用第一をモットーにしているだからね。なんで兄ちゃんは私を信用しないんだろうね?


 そもそも私は、起こしたくて事件を起こしているんじゃないんだよ! いつの間にか回りに流されるように、事件に巻き込まれているんだからね。いつも私は被害者の立場なんだよ。そこのところを、みんなどういうわけだか誤解しているんだよね。まことに不本意だよ。


 しかも、これから美味しい回転寿司が待っているんだから、事件なんか起こしている場合じゃないんだよ! 食べ損ねたら、一生後悔するからね。もっとも、お寿司を食べ終わってからだったら、どうなろうと知ったこっちゃないよね。


 さてと、お店はこっちのほうだよね。おお! 発見したよ! これは中々いい感じの店構えだよ! 看板にはデカデカと『小田原漁港直送』と描いてあるよね。さくらちゃんは、この『直送』という文字に弱いんだよ。私の心をガッチリと捉えて離さない、なんとも魅惑的なコピーだよね。


 店内はまだお昼前だから、カウンターには空席があったね。すぐに座れてよかったよかったよ! これだけ美味しそうなお寿司が回っているところで、空席なくて待たされるのは拷問に等しいからね。今日は近海物のネタに拘ってみようかな。お店のお勧めはキンメダイだね。これは美味しそうだから、まとめて5皿頼んじゃおう♪


 


 2時間後……


 いやあ、自分で言うのもなんだけど、食べまくったね。100皿を楽々突破してしまったよ! お店の人が私の食欲に驚いていたけど、どうやら職人魂に火がついたみたいで、次々に大きなネタを出してくれたんだよ。私も挑まれた勝負は積極的に買うタイプだからね、出されたネタは全て美味しくお腹に収めたよ。


 おかげで諭吉さんが4人も消えていったけど、後悔なんかしていないよ! お金なんか使ってこそだからね。貯金なんかしても、お腹はいっぱいにならないでしょう!





 さて、腹ごなしに軽く運動でもして帰ろうかな。富士まで走って帰るのはどうかな? 箱根を抜けていけば、途中で温泉にも入れるよ! お寿司と温泉を満喫する一日というのも、中々オツでしょう。年明け早々、気分よく楽しんじゃおうかな。


 さてと、箱根に向かう道はどっちかな? どうやらあっちの方角だね。おお、発見したよ! 道路の表示に『箱根方面』と書いてあるね。それにしても、なんでこんなに人がいっぱいいるんだろうね? みんなたぶん初詣かなんかに来ているんだろうね。きっと近くに有名な神社とかあるんだよ。


 さくらちゃんにとって、この程度の距離を車と同じ速度で走るのなんかお手の物だからね。逆に油断すると、ついつい車を追い越しちゃうんだよ。程々のスピードを心掛けて、ゆっくり走ればきっと大丈夫だよね。安全第一で走るよ。



 それにしても人が大勢道路沿いに集まっているね。人混みをすり抜けるようにして車道に出ると、どういうわけだか車が全然通っていないんだよ。これは走りやすいね。きっとさくらちゃんのために誰かが気を利かせてくれたんだよ。それじゃあ、遠慮なく箱根の温泉目指して走ろうかな。よーい、スタート!







 その頃、全国ネットのテレビ中継では……



「伝統の箱根駅伝も、今年で第105回を迎えました。第4区を走りきった各校のランナーは、続々と小田原中継所に飛び込んで、第5区のランナーにタスキを渡しております。今、最後のランナーが無事にタスキを往路のアンカーに渡して、山登りの区間に向かいます。それでは第1中継車、先頭の様子をお願いします」


 沿道の応援とともに、最下位の選手がタスキを受け取って、少しでも順位を上げようと歯を食い縛る。必死で走るランナーの姿に観衆や係員は気を取られており、その後方約100メートルに普段着姿で猛然と走る小柄な人影に、注意を払う人間は誰もいなかった。






 そんなイベントにまったく気が付いていないさくらは……


 それにしても今日の小田原は人が多いね。歩道沿いにぎっしりと並んで、小旗を振りながら『頑張れ!』と、応援してくれるよ。時々、小さな子供が私と一緒に走ろうとするけど、危ないから車道に出てきたらダメだよ! 



「危険ですから、車道に出ないでください! まもなく交通規制が解除されます!」


 なんだか警察の人がスピーカーで呼び掛けているけど、私だって好きで車道を走っているんじゃないんだからね! こんなに人混みで歩道がいっぱいだから、仕方なくこっち側を走っているんだよ。そこら辺の事情を、もうちょっと理解してほしいよね。


 おやおや、私の前を走っている人がいるね。新年早々こんな場所を走っているのは、よっぽど熱心なマラソン愛好者なんだろうね。でも、走るスピードはいまいちだよね。きっとマラソンを始めて間もない初心者なんだろうね。駐屯地の訓練で、あんなスピードで新入りや親衛隊が走っていたら、さくらちゃんがぶっ飛ばすよ!


 しょうがないから、このさくらちゃんが、優しく激励してあげようかな。あっという間にそのランナーに追いつくと、横に並んで声をかけるよ。



「チンタラ走っていたら、日が暮れちゃうんだよ! 気合を入れて、もっとビシッと走るんだよ!」


「えっ、ええーー!」


 急に私から声をかけられたせいで、そのランナーはびっくりした表情をしているね。よろしい、このさくらちゃんが、走りの見本を見せてあげるよ。ギアを一段上げると、一気に加速していくよ! ほら、こうやって走ると、スピードが出るからね。


 あれ? 全然私に付いてこれないみたいだね。あっという間に100メートル以上差がついちゃったよ! まあいいか、遅い人は自分のペースを守るのが大切だからね。頑張って走るんだよ!






 テレビ中継では……



「先頭はまもなく強羅の踏切を通過いたします。この付近から勾配がきつくなってきますが、2位との差がだいぶ開いているようです」






 その頃、さくらは……


 それにしても今日は、私と同じように車道を走っているランナーが多いね。新年だというのに、こうして走って体を鍛えようとしているんだね。皆さんとってもいい心掛けだよ。感心感心!


 ただねぇ、もうちょっと早く走ってもらわないと、張り合いがないんだよね。私自身、ゆっくり走ろうと心掛けていても、物事には限度があるからね。安全第一でこれ以上遅くはできないくらいにスピードを緩めているだけど、誰も私のペースに付いてこれないんだよ。


 おかげで、もう何人も追い抜いちゃったよ! ランナーの皆さんは、横を駆け抜ける私の姿を見て一様にビックリしているけど、そんな暇があるんだったら1秒でも早く走るんだよ!



 おや、今度は白バイと車が見えてきたよ。一体何をしているんだろうね? ちょっと近づいてみようかな。


 ペースを上げて白バイの直後にくっついて走っていると、ここにも3人のランナーがいるね。みんな上り坂を必死の形相で走っているよ。この程度の坂道なんて、さくらちゃんにとっては全く関係ないのにね。


 むむむ! 白バイの後ろを走っているもう一台のバイクには、小型テレビカメラを構えた人が乗っていて、真剣な表情でランナーの動きを追っているよ。これはもしかして、テレビのロケでもやっているのかな? せっかくだから、さくらちゃんも出演してあげようかな。どうせ編集でカットされるだろうから、好き勝手にやっていいよね。よし、それじゃあアップで映るように、カメラの前に入り込んじゃうよ!


 うんうん、これはきっといいアングルで、さくらちゃんの笑顔がバッチリ写っているはずだよ! せっかくだから、カメラに向かってポーズを取ろうかな。やっぱりさくらちゃんといえば、ピースサインでしょう! ほら、いい感じに決めているから、しっかりと撮影するんだよ!


 どうせだったら、みんなに一言何か言っておこうかな。芸能界からスカウトがくると困るけど、どの道カットされるから心配ないよね。それじゃあ、一言……



「お父さん、お母さん、見てる? さくらちゃんだよ!」








 その頃、さくらの実家では……



「お母さん、去年は子供たちが国防軍に入隊したり色々あったが、今年は平穏な年になるといいな」


「そうですね…… でも去年は3年ぶりに我が家にパトカーが来なかった、平和な一年でしたよ」


「ゲフンゲフン! お母さん、パトカーが来るかどうかを、家庭平和の基準に考えないでくれ!」


「はいはい、お父さん、そうでしたね。それにしても、戦争がどうなるか気になりますね」


 さくらと聡史の両親が、昨年を振り返りながら子供たちの行く末を案じている。すると、その時……



「お父さん、お母さん、見てる? さくらちゃんだよ!」


 茶の間にあるテレビからは、聞き慣れた声が楢崎家に響く。



「ブフォォォ! なんでさくらが箱根駅伝に参加しているんだぁぁぁぁぁ!」


「まあまあ、さくらったら。相変わらず新年早々愉快ね。テレビ画面から新年の挨拶なんて、とっても斬新だわ」


 飲み掛けのお茶を吹き出す父親と、もうこの程度の出来事には全く動じないほど、免疫ができてしまった母親であった。







 テレビ中継の裏側では……



「おい、何をやっているんだ! 早くカメラを切り替えろ!」


「第1中継車に切り替えます!」


 しばらく中継のアナウンスが途切れて、画面は先頭を走るランナーに切り替わる。そして、気を取り直したかのようなアナウンサーの実況が再開される。



「ただいま中継映像が乱れましたことをお詫びいたします。さて、先頭のランナーは箱根の最高点を過ぎて、すでに下り坂に差し掛かっております。完全な独走状態で、後続を大きく引き離しています。おや、どうやら後方から猛然とスパートをかけてくるランナーがいます。ここからではゼッケン番号が確認できませんが、どこの大学でしょうか?」


「兄ちゃん、美鈴ちゃん! 他のみんなも見てる? さくらちゃんだよ!」


「またお前かぁぁぁぁぁぁ!」


 ここまで冷静に実況を続けていたアナウンサーの、魂の叫びが全国ネットで放映された。







 その頃、富士駐屯地では……



「やれやれ、魔力砲の調整で、昼飯が遅くなったな。でも今日は、うるさいヤツが出掛けているから、駐屯地全体が静かだぞ」


「聡史君、さくらちゃん一人で出掛けて、本当に大丈夫かしら?」


「美鈴、あれだけ念押ししておいたから、今日はまともに帰ってくるんじゃないかな」


 駐屯地に残っている帰還者たちは、遅めの昼食を取り始める。その時、食堂に設置してあるテレビから……



「兄ちゃん、美鈴ちゃん! 他のみんなも見てる? さくらちゃんだよ!」


 ゴン、ガシャン!


 聡史はテーブルに頭を打ち付けて、トレーに載っていた昼食をひっくり返した。周辺に食べ掛けの料理が飛び散って、大変なことになっている。一方、



「さ、さくらちゃん…… 」


 美鈴はパスタを口に運ぶ途中で、完全に静止している。この冷徹な大魔王をして、言葉を失わせるとは、やはりさくらは只者ではなかった。



「大変なのじゃ! 主殿が、面妖なる箱の中に入っておられるのじゃ!」


「いかようにあの中からお助けすればよいのであろうか?」


 さくらのペットたちは、本日はフィオの監督の元で、魔法訓練の助手をしていた。2体の大妖怪は、自らの主がテレビ画面から姿を現したこの出来事に、囚われの身になってしまったと勘違いして、大慌てをしている。



「そのなるキツネ共! うろたえるでない! あれなるはテレビといって、遠見の一種である。そなたらの主はじきに戻ってくるゆえに、大人しく待っているがよかろう」


 復活したばかりのレイフェンが、天狐と玉藻の前を宥めている。最新技術の仕組みがさっぱりわからない天狐たちとは違って、レイフェンはある程度通信技術を理解しているのだった。慌てていた2体は、このレイフェンの話に落ち着きを取り戻した。



「なるほど、遠見の技をお使いになるとは、さすがは主殿であるな」


「まことなのじゃ! 我が主殿には出来ぬ事はないようなのじゃ!」


 事情がわかると急に態度を改めるキツネたち、さくらに対して尊敬の眼差しを向けている。本当に現金なものだ。






 こんな騒ぎを引き起こしているとは、全く自覚がないさくらは……



 おや、道路が下りになったね。ということはそろそろ温泉があるよ! 小学生の頃に家族で来たから、ちゃんと覚えているんだよ! ほらほら、〔ユートピア〕という看板があるでしょう! こんな上り坂を走った程度じゃ汗もかかないけど、せっかく温泉があるんだったら入らないとね。


 それではいってきまーす!





 こうして今年の箱根駅伝は、全員を追い抜いて途中で消えた謎のランナーという伝説を残して、ギリギリ無事に往路のレースを終えるのだった。陸上連盟はオリンピックの有望選手としてこの人物の行方を追い、ネット上でもその正体を議論されたが、いつの間にかその噂も立ち消えになっていくのであった。

 



相変わらずのお騒がせ振りでした。本編は水曜か木曜に投稿いたします。

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