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157 死闘

今回は、別の視点から話が始まります。

 中華大陸連合広東省の省都である広州市は、人口1300万人を誇り、北京や上海と並ぶ、この国の3大都市と称されている。香港から見ると、北西の方向約80キロにある。


 日米英連合軍は、香港の占領をより確実なものにするために、広東省南部の陸上基地や航空基地を攻撃して、梅州から東完に至るラインを確保した。中華大陸連合の軍事基地攻略に関しては、日本国防軍の帰還者が大きな役割を果たしたものの、この地域の占領に関しては直接手を出さずに、米英軍の手に委ねている。


 この動きとは別に、香港に隣接したマカオに上陸した米国の海兵隊は、後続の陸軍とともに隣接する珠海市を瞬く間に落とした後に、北上して一気に中山市に進駐、ここを拠点に現在更に北の佛山市を攻撃中である。佛山市は南部最大の大都市である広州市に隣接しており、中華大陸連合統合軍の作戦本部は『広州市を厳守せよ』と、劉主席の署名入りの命令を出していた。


「佛山が落ちれば広州が落ちる」


 広東省の統合軍防衛本部は、近隣の戦力を掻き集めて佛山に数箇所の拠点を築き、なんとかこの地を防衛しようとしたが、大量の爆撃機と戦闘ヘリによる空からの攻撃に加えて、陸上においては50両のM1エイブラムス戦車と多数の歩兵戦闘車両を前面に押し出して、突破を図ろうとする米軍の猛攻を支え切る力はなかった。


 力押しで攻め寄せる米軍の猛攻を支え切れずに、中華大陸連合側の戦線は徐々に後退していく。あと一押しで広州市を守る最後の防衛線が崩壊する瀬戸際まで、追い込まれる状況が差し迫っていた。



「あと一息で、広州は我々の手に落ちるだろう」


 順調な侵攻を受けて、米軍の将兵には楽観的な見通しが広がる。敵をはるかに上回る兵器群に加えて、航空支援まで十二分に受けられるこの状況では、そのような見通しを抱いてしまうのは仕方がないであろう。だが、その日の真夜中……


 米軍第2、第3海兵軍の夜営陣地に、足音を忍ばせて接近を図る小集団がある。彼らは暗闇に紛れるため全身黒尽くめの戦闘服を着込み、腰のベルトには2本の短剣と複数のナイフを帯びただけという、通常では考えられない軽装備だ。だが、更なる通常との大きな違いは、彼らの接近速度にあった。約50人に及ぶ集団が、全く足音を立てずに時速50キロ以上の速度で疾走しながら、米軍の野営地へ向かって闇夜を切り裂いているのだった。


 彼らの正体は、中華大陸連合の統合軍作戦本部が本格的な投入を決意した、ニューモデル戦闘部隊であった。遺伝子改造されて、普通の人間には不可能な力を発揮する、平均年齢15歳の男女50人が、米国海兵軍の夜営地を襲撃しようと、接近を図る。



「歩哨を始末しろ」


 リーダーを務める年長の少年が指示を出すと、まだ中学生程度にしか見えない少年グループ10人が、うなずいてから短剣を手にして、更に速度を上げて駆け出していく。







 一方、米軍は……


 広州市制圧を目指す第2海兵軍司令官ハリス中将は、少数の幕僚とともに夜営地に設けられたテントの下で、緊急事態に備えていた。遠征軍の最高指揮官が夜を徹して警戒に当たっているのは、日本から齎されたとある情報が元となっていた。



「夜間の帰還者による襲撃に備えよ」


 日本国防軍特殊能力者部隊司令官の神埼大佐は、富士からの報告にあった遺伝子改造されたニューモデル部隊の件を同盟国に隠していた。それは、たとえ米英といえども、秘かに中華大陸連合と同様の禁じ手に手を伸ばさないとも限らなかったというのが、最大の理由だ。同盟国とはいえ、何もかも秘密を打ち明けなければならない理由はないというのが、この件に関する大佐の判断であった。


 ただし、目前に差し迫る危機に関して何も警告しなければ、米軍には多数の犠牲が発生する。そこで彼女は『帰還者の襲撃』という形を変えた表現で、その危険性を伝達していた。相手がニューモデルであろうと、帰還者であろうと、通常の部隊では手に負えない状況には変わりがない。むしろ沿海州でロシア軍基地を次々に攻略していった点を考慮すると、帰還者のほうが手強いと言えるかもしれない。



「こちら側の帰還者はすぐに動き出せるか?」


「ハリス司令、午後から十分に休養を取っていたので、彼らは万全の体制です」


 第2海兵軍には5人の帰還者が所属している。そのうちの一人であるマギーは、現在日本の国防軍と行動を共にしているので、1名欠員が生じている。だがそれを補う形で、第3海兵軍にはカイザーたちの後任として、6人の帰還者が新たに補充されているのだった。これが米国の層の厚さとでも言うのだろうか。カイザーたちが亡命しても、まだまだ20人以上の帰還者を擁しているのだ。



 その米軍所属の帰還者合計10名全員は、仮設司令部の近くのモニターが多数置かれているテントの下に集合している。歩哨が哨戒している付近の異常がモニターに映し出されれば、彼らは即座に行動に移る手筈となっている。



「リック、敵の帰還者による攻撃が本当にあると思うか?」


「ダン、あると思って対処するのが正解だ。この場でお約束の楽観論を持ち出したら、俺がマギーに代わって君の頭を吹っ飛ばすぞ」


 今話をしているこの二人は、以前からマギーと行動を共にしていた帰還者だ。特に能天気なダンは、事あるごとにマギーから色々と突っ込まれていた。その時……



「モニターに異常が映っている! 北方面哨戒ラインで戦闘が発生している!」


 モニターを監視していた係員が声を上げるのと、リックが立ち上がるのはほぼ同時であった。



「ダン、行くぞ! 他のメンバーも俺に続いてくれ!」


 こうして米軍帰還者部隊は、敵を迎え撃つべく、テントの下から走り出ていく。




 夜営地には緊急を告げるサイレンが鳴り響き、仮眠を取っていた将兵が全員起き出した。夜空には曳光弾が撃ち上げられて、周囲を明るく照らし出す。投光機の光と合わせて、夜営地全体は昼間のような明るさに包まれている。その中で、襲撃を掛けていたニューモデル部隊は、米軍に備えがあることを悟っていた。



「クソッ! 我々の襲撃がわかっていたのか!」


 歩哨に立っていた数名の兵士は、抵抗する暇を与えないうちに首に短剣を突き刺して殺した。だが、その様子をどこかで監視されていたらしく、夜営地にはサイレンが鳴り響いて、曳光弾が次々に撃ち上げられていく。周囲には身を隠すような遮蔽物はない。逃げ場がないところで、今度は彼らに対して猛烈な機銃掃射が開始されていく。ジグザグに後退して、辛うじて銃弾の雨から逃げ切った彼らに対して、今度は多数の魔力弾が放たれる。行動を開始した米軍の帰還者が、狙い撃ちで放っているのだ。



「なんだ、この光は?!」


 中華大陸連合では、いまだに魔力銃の実用化はされてはいない。通常の銃に比べて弾速こそ劣るものの、その威力は桁違いであった。まるでロケット弾のような爆発が、回避して通り過ぎた後方で炸裂している。一方、迎え撃つ形で最前線に躍り出た米軍の帰還者たちは……



「やけに素ばしっこい連中だな。どうやら魔力銃では仕留められそうもない。全員無駄玉を打つなよ! こうなったら白兵戦でケリを付けるぞ!」


 マギーに代わって、リーダーを務めるダンの指示でアイテムボックスに銃をしまうと、前衛が剣や槍を装備して斬りこんでいく。魔法が得意な隊員は、後方から支援でファイアーボールや氷の槍を放っていく。



「やつらが白兵戦を挑んでくるぞ! 人数は我々が圧倒している! 取り囲んで皆殺しにするんだ!」


 ニューモデル部隊のリーダーは、米軍が敢えて剣を手に突進してきた状況を見て、自分たちの土俵に戦いを持ち込めると判断した。50人全員が両手に短剣を持って、米軍の帰還者を迎え撃とうとする。こちらに突っ込んでこようという相手は僅か7人。武器が同等ならば、圧倒的に自分たちが有利だと信じ込んでいた。気になるのは、後方から火や氷を撃ち出す訳のわからない攻撃を仕掛けてくる連中だ。


 当然、この中華大陸連合の少年少女は、魔法の存在など知る由もなかった。まして自分たちが手にする短剣をはるかに上回る性能を持った、異世界製のミスリルの剣やオリハルコンの槍など、想定外にも程があるだろう。



 ガキン!


 先頭を切って突っ込んでいったリックの剣が、一人のニューモデルが手にする短剣とぶつかり合う。火花を散らして4,5回互いが剣をぶつけ合うが、再び両者の剣が交錯すると、シュパという音を立てて、リックの剣が相手の短剣を根元から切り落としていた。


 ニューモデルの少年は信じられない表情で、予備の武器であるナイフを引き抜く。彼を援護するかのように、横合いから別の少年がリックに向かって短剣を突き出すが、それはあっさりと払われていく。剣を扱う技量が、段違いであった。



「35号、こいつらは何者だ?! めちゃくちゃ強いじゃないか!」


「42号、俺は剣を斬られたぞ。こんな頑丈に作ってある剣が斬られるなんて、本当にアリなのか?」


 中華大陸連合のニューモデルたちの間に、動揺が広がっていく。今はまだ数の上で優位を保っているから戦いは拮抗しているとはいえ、集団で襲い掛かってようやく五分といった状況なのだ。自分たちの人数が減っていけば、不利に追い込まれていくのが目に見えている。



「なんだ? こいつらは子供ばかりじゃないか! だが俺たちはガキ相手だろうが、絶対に手は抜かないぞ! あの、ハワイでの地獄の訓練を潜り抜けてきた精鋭だからな」


 実はここにいる米軍の帰還者たちは、ハワイで3日間たっぷりと、さくらによる特別訓練を受けていた。あの想像を絶する過酷な訓練、いや地獄と呼ぶのも生ヌルい〔さくらちゃんの軽い訓練〕は、米軍の帰還者の戦闘レベルを大幅に向上させていた。生きるか死ぬかの極限まで追い込まれたリックたちの精神には、相手が子供だろうが歯向かってくる以上は容赦しないという、さくら流のヒャッハーな教えが叩き込まれているのはいうまでもない。


 つまり、ここにいる10人の帰還者は、カイザーとは違う意味でヤバい連中だった。僅か3日の訓練期間で、滝川訓練生や親衛隊レベルまで、さくらによって洗脳されてしまった、超危険な帰還者である。このような帰還者を相手にしては、いくらアイシャと同程度の戦闘力を持つ中華大陸連合の最後の切り札でも、劣勢を強いられるのは当然であろう。


 ましてや、後方の魔法使いからは絶えず魔法が放たれる。時には魔法銃の攻撃も加わって、傷を負うニューモデル部隊の兵士が増えてくる。ここまで死者が出なかっただけでも、彼らにとっては善戦と言えるであろう。



「徐々に撤退しろ! 最後尾は年長者が務めろ!」


 これだけ守勢に回っては、もはや残された道はなかった。年齢が上の少年たちが米軍の帰還者を食い止める盾となって、後方に下がった年少者や怪我人を逃がし始める。



「そうやすやすと逃げられると思うなよ!」


 米軍としては、再びこのような夜襲を受けるのは避けたい。この機会に、彼らを戦力にならなくなるまで追い込もうと、攻勢を強めていく。だが、最後まで踏み止まったニューモデル部隊のリーダーをはじめとした10人の、文字通り命懸けの抵抗にあって、彼らを討ち取る間に残りの多数は、この場を離脱していった。



「クソッ! 大半は逃げられてしまったか」


 リックたちの手に掛かって壮絶な死を遂げたのは、最後まで留まった10人のみ、その他逃げた半数に何らかの手傷を負わせたが、全体の無力化という点では、不完全に終わった感がある。米軍としても、歩哨に立っていた兵士が10人近く戦死しているので、相手を全滅に追い込めなかった無念さを、帰還者全員が感じている。



「リック、今回は仕方がない。相手の人数が多くて、包囲できなかったからね」


「ダン、今回は珍しく君の意見が正解だ。それにしても中華大陸連合は、50人規模の帰還者を抱えていたのか?」


「そのようだな。ステーツが最大の帰還者を擁していると思っていたけど、人数では人口が多い国にはかなわないようだ」


 この二人は、すっかり神埼大佐のニセ情報を信じ込んで、襲撃してきたのは中華大陸連合の帰還者だと思い込んでいる。後日、この場で戦死したニューモデルの遺体の検査がアメリカ本国で行われたが、遺伝子までは調査が為されなかった。この点は、大佐の思惑に米国がまんまと引っ掛かったと言えよう。 




 


 翌日、香港の臨時司令部では……



「米軍の海兵隊が、昨夜襲撃を受けたそうだ」


「相手は、例の連中ですか?」


「そのとおりだな」


 俺と美鈴は、司令の部屋に呼ばれて、経過を説明されている。その内容によると、中華大陸連合は、いよいよ本腰を入れて、ニューモデル部隊を実戦に投入する気のようだ。



「司令、米軍には被害があったのですか?」


「西川訓練生、いい質問だな。歩哨に立っていた海兵隊員が8人死亡したらしい。帰還者が10人掛りで、敵の兵力50人を追い払ったそうだ。」


「全滅には至らなかったんですね」


 なるほど、米軍の帰還者の実力がはっきりと見えてくるな。マギーを欠いているとはいえ、あの程度の敵を取り逃がしてしまうのか。もっとも彼らの実力は、ハワイで妹の手によって丸裸にされているから、今更どうでもいいんだけど。ただこの件に関しては、マギーがさぞかし悔しがっているだろうな。



「さて、中華大陸連合は、広州市の防衛のために、更に大掛かりな人数を投入すると予測される。西川訓練生はマギー准尉と共に、米国海兵軍に合流してくれ。やることはわかっているな」


「了解しました。遺伝子の解析が不可能になればいいんですね」


「そうだ、方法は貴官に任せる」


 美鈴はあっさりと了承したな。さて、俺はどうするんだろう?



「楢崎訓練生、貴官は、イギリス側の最前線に私と共に向かってもらう。カレンと勇者も同行する」


「了解しました」 


 そうか! 俺は、イギリス軍の最前線で敵とぶつかるんだな。俺だろうが美鈴だろうが、相手になる立場には不幸な運命が待っているとしか言いようがないけど、それはすでに定まったものとして、受け入れてもらうしかない。俺にできるのは、相手を精々苦しませないようにしてやることだけだろう。



 命令を受けた俺と美鈴は、マギーが待っているラウンジへと向かう。彼女はソファーに腰を下ろして、コーヒーを飲んでいる。昨日の話はとうに耳に入っているんだろう。内心の悔しさを押し殺したような表情をしているじゃないか。だが、敢えてそれを言葉にしないのは、マギーの意地かもしれない。



「聡史と美鈴は、司令と何の話をしてきたのかしら?」


「私は、マギーと一緒に米軍の海兵隊に向かうわ」


「美鈴が私と一緒に? 聡史はどうするのよ?」


「俺はイギリス軍の助っ人だな」


「そうなの…… まあ命令だったら仕方がないわね。私がいれば、中華大陸連合の帰還者なんか一捻りよ! 美鈴の出番はないかもしれないから、その時は諦めてね」


「ええ、マギーの活躍を応援しているわ。ああ、そうだ! 私だけではなくて、レイフェンも一緒だから、よろしくお願いするわ」


「執事さんも一緒なのね。まあいいわ、わからないことがあったら、何でも私に聞いてよ!」


 おそらく襲撃が行われるのは夜間だろう。俺たちは夕方までに部隊と合流できるように、準備を始めるのだった。



米国海兵隊に派遣される大魔王様、イギリス軍に派遣される聡史、果たしてこの二人は何を仕出かすのか…… この続きは、週の中頃に投稿します。どうぞお楽しみに!


今度はイラクで、イランの特殊部隊司令官(アメリカだとグリーンベレー司令官とCIA長官を兼任するような人物)が、アメリカの攻撃によって殺害されるというニュースが飛び込んできました。


お願いですから、アメリカさん! 小説の想定を上回るような事件を引き起こさないでください! 頼みますよ、本当に! 


この事件の背景がどうなっているのかまでは、情報が少なくて、現時点では全く判明していないです。イランのこの人物が隣国のイラクで何をしていたのか? よっぽどアメリカにとって腹に据えかねることをしていたと、考えるしかないでしょうね。ただしアメリカも、意外と沸点が低いから、どうなんでしょう?


複雑な国際情勢を端的に表している事件でした。


それはそうとして、前回の投稿以来、たくさんのブックマークありがとうございました。最後に一言!


評価とブックマーク、いっぱいほしいお!


感想もお待ちしています!

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