156 覚悟とは
新年の初投稿になります。今年一年、どうぞよろしくお願いいたします。
翌日、香港では……
香港の臨時司令部に、富士から報告がもたらされた。その内容とは、例のごとく連行した捕虜に対して、妹がやってくれた経緯が細かに記載されている。
「聡史君、さくらちゃんは、一片もブレないわね。それにしても、単純な方法とはいえ、捕虜を心理的に追い詰めて、手玉に取ったのね。あの子も色々と考えるようになったのかしら?」
「美鈴、それはないだろう。きっと、たまたま思い付きが上手く嵌っただけだ」
大魔王様は、妹が捕虜をまんまと引っ掛けた点を高く評価しているようだが、俺はこの程度では絶対に信じないぞ! 過去のあやつの遣らかしのおかげで、最も迷惑を蒙ったのが両親と兄の俺なのだ。たまたま一回くらい上手くいったところで、そうそう長続きはしないと知っている。
「あら、でも泉州に同行した特殊部隊の人たちも、さくらちゃんの指揮を褒めていたわよ」
「結果論だろう。俺は信用しないからな」
確かに特殊部隊の皆さんも、妹の作戦立案を褒めていたが、それはそもそものスタート地点が、相当低く設定されていたのが主な理由だろう。話を聞いた限りでは、そうとしか考えられない。俺は絶対に信じないぞ!
「それよりも、捕虜たちの身体データが添付してあるわね。これによると、身体の構造は一般人と大差ないと報告されているわ。血液検査等も特に異常はないようだから、あれだけ戦闘力が高い理由が判明しないわね」
「そうだな、魔力は一切所持していない点を踏まえると、どうしてあれだけの筋力と俊敏性を持っているのか、疑問が残る」
東完基地で戦闘に及んだ際に、彼らは確かにアイシャと同等の戦闘力を秘めていると、俺は感じ取った。人体を強化している何らかの原因があるはずだ。
「遺伝子関係の検査はしばらく時間が掛かるそうだから、その結果待ちね」
「遺伝子? まさか人間の遺伝子に手を加えているというのか?」
「中華大陸連合には、国民の人権すらないわよ。2010年代から、盛んに遺伝子改良の研究が行われていたという悪い噂もあるわ。当然、非人道的な人体実験も含んでいるけど」
それもそうか、彼の国は自国民の命などなんとも思わない国だった。生命の根本となる遺伝子に手を加えるのは、諸外国の間では厳格な倫理規定が定められているが、彼の国だったらそんなことはお構いなしに手を出すだろう。その結果がどうなろうとも、誰も責任を取らないのが、彼の国の流儀だし。
「わかった、この件に関しては報告を待とう。俺たちは自分に与えられた任務を優先するしかないからな」
「とは言っても、広東省南部の主要基地は、すでに私たちと米軍のミサイル攻撃でほぼ機能を失っているから、あとは中華大陸連合の出方待ちね」
「しばらくは待っているだけののは、少々辛いな」
わずか2,3日の間に、香港を含む広東省南部を制圧した日米英連合は、英軍の海兵団と陸空軍が広域への展開を開始している。香港の港には続々と輸送船が到着して、将兵や車両を揚陸しているのだった。聞くところによると、米軍も2箇所ほど基地の建設を進めるそうだ。米英が協力して、かつてイギリスが支配した香港をより広域に拡大して、新たな経済圏を作り出す構想らしい。
日本は予算と人員が不足しているので、あくまでも海南島を前線基地として、後方からの支援に当たる予定だ。現在香港に駐留する国防軍の人員も、連絡要員として一個中隊規模しか置いていない。
もっとも日本は海洋国家だから、島嶼と海域航海の安全があれば十分という戦略思想を堅持している。そもそも何千万人にも及ぶ中華民族を自国が統治するのは、手間が掛かるばかりで碌な目にに遭わないと、長い歴史で経験済という理由もあるのかもしれない。
こうして俺たちはしばしの間、臨時司令部で戦いのない日々を過ごすのだった。
その頃、中華大陸連合統合軍作戦本部では……
「不味いことになったぞ! 香港並びに広東省南部をあっという間にイギリス軍に占領されている」
「なぜこのような状況に陥ったのだ? つい2,3日前までは、香港に敵が上陸してくる兆候など、何もなかったではないか!」
「我らは完全に陽動に引っかかったのだ。天津をはじめとしたミサイル攻撃、泉州ミサイル基地への襲撃、これらは全て香港への上陸を欺瞞するための作戦の一環だったのだ」
「今となっては、原因や結果はどうでもよい! 劉主席の耳にもこの件は届いていよう。どのような指令が下されるか、それによって我らの運命が決まってしまうぞ!」
幹部たちは深刻な表情で額を寄せ合う。この期に及んでは、戦果を誤魔化して取り繕うのも不可能であった。何とかこの失態を取り戻すには、香港の再奪還が必要不可欠となっている。問題はその方法だ。
この方法に対して、堂々巡りの議論が交わされて無為な時間だけが過ぎていく。そこに、一枚の紙を手にした連絡将校が入室してくる。
「主席からの命令書です。香港奪還を厳命されておられます」
「やはりそうか」
統合軍首脳部は頭を抱える。通常兵器でも勝ち目がない上に、弾道ミサイルすら無力化されて、無駄打ちで使い切ってしまった。しかも日米英連合軍には、少人数で陸上基地を次々に壊滅に追い込んでいく強力な帰還者がいる。
この困難な状況を覆すだけの有力な案があれば、幹部たちのほうが聞きたいくらいであった。だがこれまで末席に座って何も発言してこなかった一人が口を開く。
「こうなれば、ニューモデル部隊を大量投入して、一気に仕掛けるしかないのではないか? この期に及んでは、犠牲など考えていられる状況ではない」
「あの部隊を使うというのか」
「確かに、今となってはそれしか手はないだろうな」
「現状況で、何人動員可能だ?」
「北京の守備についている300人を除くと、訓練段階の人数も含めて約500人です」
「よかろう。動員可能な全部隊を広東省に集結させろ」
こうして、河北省にある訓練施設から、13歳以上のニューモデル兵全員が広東省に移送されるのだった。
数日後の富士駐屯地では……
「うんうん、捕虜たちも中々いい面構えになってきたね」
「さくらちゃん、さすがにこれは遣り過ぎではないかと思いますよ」
「アイシャちゃん! こいつらは先々アイシャちゃんと一緒に故郷の新彊に攻め込む戦力だからね! 今のうちに徹底的に鍛えておくんだよ!」
「でも、全員16,7歳で、中には女の子もいますし」
富士に連行されて数日間、傷が癒えた捕虜たちは、こうして毎日このさくらちゃんがバッチリ鍛えているんだよ。最初の頃は、簡単に地面に転がされて中々起き上がらなかったけど、今ではこうして訓練中になんとか立っていられるようになってきたね。おや、真美が何か言いたそうだよ。
「ボス、横から失礼いたします。アイシャさん、お言葉ですが、私たちも16,7歳の女子なんですが」
「そうだよ! 私の親衛隊はもっと過酷な訓練に積極的に身を投じているからね。この程度で弱音を吐くんじゃ、実戦には投入できないよ!」
「確かに親衛隊の皆さんは、自分から危険に飛び込んでいますよね。よくよく考えてみたら、とっても恐ろしいことを皆さんよくも毎日やっていますね」
「アイシャさん! お言葉ではありますが、こうしてボスから直々に鍛えていただくのは、自らが強くなるための近道であります! 強くなるためには必ず犠牲は付き物であります!」
ふふふ、ほのかの発言でアイシャちゃんは何も言えなくなっているよ。さすがは私がこの手にかけて鍛えてきた親衛隊だね。よくわかっているよ。
「ということで、まだまだ訓練は続くよ! 基礎編が終わったから、ここから応用編だよ! そうだった!アイシャちゃんもここから参加するんだよ!」
「しまった! 捕虜を庇う前に逃げ出しておけば良かった!」
「むむ、アイシャちゃんはサボり癖がついてしまったのかな? これは濃厚豚骨ラーメンレベルでこってりと絞らないとね」
「誰か助けてくださいぃぃぃぃぃ! フィオさんーーー!」
残念だったねアイシャちゃん。さあ、心いくまで私に投げられるんだよ! こうして、日々の日課であるさくらちゃんの訓練は続いていくのでした。
同じ時間、同駐屯地の医務室では……
「永井医務官、この結果をどのように判断するかね?」
「例の捕虜たちの遺伝子データですね。DNAの塩基配列に明らかに手を加えた形跡があります。この部分の、グアニンが一つ増えているし、こちらにもチミンが増やされていますね」
「この遺伝子配列によって、人体にどのような影響が生じるのかね?」
「主として体内のタンパク合成に関する部分です。より具体的に説明すると、野生のゴリラやチンパンジーと同様の筋力を得られます。それから、こちらの頭部のMRI画像をご覧ください。松果体が肥大しており、大量のアドレナリンが分泌可能となっています」
「どのような効果が得られるのだね?」
「大量のアドレナリンによって、擬似的な身体強化が可能だと思われます」
「なるほど、これが普通の人間には不可能な体力を発揮する理由と考えてよさそうだね」
「副官殿、およそそのとおりであろうと考えます」
「頭の痛い問題だ。もしこのような人為的な遺伝子の改造が各国に広まったら、戦争の概念すら変わってしまうかもしれないね。もっとも現状、帰還者によって大きく変わってしまってはいるが… ひとまずは、この結果を香港にいる司令に報告しておこう」
思わぬ結果を医務官から聞いてしまった富士駐屯地の副官は、こめかみを押さえながら医務室を出て行くのであった。
再び香港に話は戻る……
「楢崎訓練生、西川訓練生とともに、私の部屋にきてくれ」
「了解しました、すぐに伺います」
俺のスマホに司令からの着信が入った。俺は美鈴を伴って、司令が滞在している私室へと向かう。さすがは国防軍の司令官だけあって、最上階のスイートルームが司令の部屋となっているのだ。ちなみに俺たちはごく普通のシングルルームだ。司令官と訓練生では、この格差も仕方ないな。不満を口にする気にもならないぞ!
エレベーターに乗って最上階のボタンを押す。扉が開いて通路に出ると、そこは香港の街並みを一望できる見事な眺望が広がっている。街並みに目を取られながら通路を進み、司令の部屋をノックすると、中から『入れ』という声が響いてくる。
「楢崎訓練生、西川訓練生とともに出頭いたしました」
「そこに掛けてくれ。富士から届いた報告書だ。両者とも目を通してくれ」
司令とは向かい側のソファーに腰を下ろすと、間に置かれているテーブルには書類がある。その右上には〔極秘〕という真っ赤なスタンプが押されている。俺と美鈴は、やや緊張した面持ちで、その書類に目を通す。
「やはり、あの捕虜たちは遺伝子に手を加えられていたんですね」
俺よりも先に口を開いたのは美鈴だった。ある程度この結果を予想していたようだな。もちろん俺も、美鈴と話しをして、この結果は想定していた。
「厄介な問題だな。捕虜の話によると、同様の人間が約千人いるらしい。問題はその対処だが、すまないが二人には非情に徹してもらう」
「と言うと?」
「富士で捕虜にしている者たちを除いて全滅させるのが政府の見解だ。あのような人間が世界に溢れると、国際情勢に与える影響が大き過ぎる」
「危険だから排除する方針ですか?」
「ああ、中華大陸連合の遺伝子研究施設ともども、一切この世界から消えてもらう」
うーん、これは困った問題だぞ。そもそもの話、俺たち帰還者のほうが現状では国際情勢に与える影響が大きい。彼らを抹殺することは、将来の俺たちの立場が何らかの形で影響を受けることに繋がらないだろうか?
「司令、質問してよろしいでしょうか?」
「西川訓練生、質問を許可する」
「ありがとうございます。確かに遺伝子を操作された人間は、ある意味危険と言えると思います。並みの軍隊では抑えきれない可能性は、高いでしょう。ですが、それは私たち帰還者にも言える話になります。今はこうして軍の一員として活用されていますが、戦争が終結したら私たちは邪魔者として扱われませんか?」
「大魔王ともあろう者が、世間から迫害される可能性を心配するのか? これは中々興味深いな」
「司令、お言葉ですが、冗談で申し上げているわけではありません」
さすがに美鈴も司令の態度に不満を漏らしている。でも彼女の主張は俺の懸念と一致しているな。
「西川訓練生、その表情には不満があるようだな。だが、その不満を私に向けるのは正しいとは言えないだろう。仮に世間から迫害を受ける立場に陥ったら、貴官はどうするつもりだ?」
「現状では、まだ考えていません」
「根本的な問題はそこにあるのを自覚しろ! さくら訓練生ならば、たとえ周囲から迫害される身になっても、自らの手で自由を掴み取る行動に出るぞ」
俺と美鈴は司令の言葉にはっと気付かされる。この人は俺の妹を例えに用いたが、おそらくすでに覚悟が決まっているのだろう。世界を敵に回しても、自らの自由のためならば戦う覚悟…… これこそが俺たちが異世界に転移したその日に思い知らされた、何よりも大切な思いだった。
「私事だが、カレンを生んだその日に、私は改めて覚悟を決めている。この子を守るためだったら、世界を敵に回してもいいとな。バチカンに一人で戦争を仕掛ける程度なら、鼻唄混じりで遣って退けるぞ」
いやいや、司令! バチカン相手に一人で戦争だなんて、鼻唄交じりの穏やかな状況ではないですよ! でも、やっぱり母親は強いんだな。カレンを守るためだったらこの司令官は手段は選ばないらしい。どうやら俺たちは、日本に帰ってきてその環境に安心し切っていたようだ。
俺たちもあの捕虜たちと同様に、この世界の異分子だ。いつ何時、排除されてもおかしくはない。できればそんな事態が起こらないことを望んでいるが、敵対しようという国家が現れれば、容赦せずに実力を行使する。仮にその結果、世界の大半が滅んでも、それは自業自得と考えてもらうしかない。
「司令の意図を誤解して、申し訳ありませんでした。敵には容赦しない大魔王でいればよろしいのですね」
「西川訓練生、そのとおりだ。けっして自分の本質を曲げるな。もし曲げるとしたら、その時は敗北を認める時だ」
司令の言葉の数々は、世間的には非常識に該当するだろう。だが不思議なくらいに、俺の心の中に染み入ってきた。どこの世界にいようと、俺たちは変わり様がないんだ。殊に破壊神や大魔王ともなると、知らない人は危険視する可能性もあるだろう。だが、敢えてその誤解を解こうとは考えない。俺たちができるのは力を示すことだけなんだ。
「司令のお考えを理解しました。遺伝子改造された敵兵は、必ず闇に葬ります」
「楢崎訓練生、いい覚悟だ。軍に籍を置く限り、我々には敵と味方という識別しかない。現状では誰が敵なのかを、見失うんじゃないぞ」
「了解しました」
こうして俺たちは、自分の部屋へと戻っていくのだった。通路歩きながら、俺は司令の言葉を心の中で反芻する。やはりその考え方も含めて、まだまだ俺たちは追いつけないな。長きに渡って国防の最前線を担ってきた司令の凄みというものを、改めて感じられたこの日だった。
大魔王や破壊神すら圧倒する司令官、この人がいれば無敵のような気がしてきます。次回こそは香港編がなんとか完結する予定… 本当に終わるのか不安が残ります。
続きの投稿は、日曜を予定しています。どうぞお楽しみに!
そういえばゴーン被告が国外逃亡をしました。当然、その背後には何らかの組織が暗躍していたものと思われます。荒唐無稽な話かもしれませんが、近い将来、口封じのために彼が行方不明になったり、謎の死を遂げる可能性があるかもしれないです。モ○ド辺りが動いていたのかな? いずれにしても、現実は小説よりも斜め上の展開を見せてくれますね。大晦日から新年早々、お騒がせな話題でした。




