154 一抹の不安
投稿間隔が大幅に開いて申し訳ありませんでした。活動報告でお知らせ致しましたとおり、実はなろう運営側から『R-15に抵触する表現がある』との指摘を受けて、その修正が完了するまで新たな投稿を控えておりました。
ようやくゴーサインが出ましたので、再開いたします。どうぞよろしくお願いいたします。
河源陸上基地の攻略を終えて、俺は妹たちとともに香港島にある臨時司令部に戻ってきた。時刻はすでに午後6時過ぎになっている。張り切って出撃したものの、今日も妹のおかげでなんだか不完全燃焼に終わってしまったな。
その妹が切羽詰った様子で俺に向かって口を開く。何か重大な用件でもあるのか?
「兄ちゃん! 晩ご飯はどこで食べるのかな? お腹が減ってきて我慢できないんだよ!」
はいはい、知っていました。妹がこんな表情で訴え掛けるときは、十中八九、空きっ腹を抱えている状態だ。心配するだけ損をするのは言うまでもない。
「さくら、もう少しだけ我慢するんだ。今から案内してやるから付いてこい」
装甲車から降りてきた特殊部隊の皆さんが、俺たち兄妹のやり取りをニヤニヤして見ているよ。どうやらあの人たちにも、その驚くべき食欲の有りっ丈を見せ付けたのだろうな。色々とご迷惑をお掛けしました。兄として、妹の所業を心からお詫びいたします。
しつこく空腹を訴える妹に負けて、美鈴やマギーを伴ってメインダイニングへと案内する。臨時司令部が置かれているのは香港でも有数の高級ホテルなので、レストランは一度に500人以上収容可能だ。通常の営業形態とは異なって、大人数の将兵を捌くためにセルフサービスのカフェテリア方式になっている。
「あの辺に席を確保しておくから、好きなだけ食事を取ってこい!」
「兄ちゃん! ここには中華料理のユートピアがあるよ! 思う存分食べまくるからね。ポチとタマはついてくるんだよ!」
こうしてイギリス軍の将兵で賑わうフロアーに、妹は突進していく。天狐と玉藻の前は妹が持ちきれないトレーの運び役だろうな。両名とも尻尾を振って付いていくよ。臨時司令部には初見参のこの集団に、事情を知らないイギリス軍の隊員は目を白黒しているぞ。あんな神主と巫女さんのような姿をしている大妖怪を引き連れた妹の登場は、さぞかしセンセーショナルだろう。
目が慣れてくると、イギリスの皆さんはその装束が大変物珍しいせいか、スマホを向けて写真を撮っているぞ。でも今の日本でも、こんな姿は神社に行かないと見掛けないから、その辺は勘違いしないでもらいたい。写真を撮影しながら『アメージング!』とか『ファンタスティック!』という歓声があちらこちらから湧き上っているな。
当の妹たちは、そんな騒ぎには一瞥もくれることなく、トレーに満載した食事を手にして座席に戻ってくる。俺の横の空いているエリアに腰を下ろすと、猛然と食べ始めているぞ。天狐と玉藻の前も郷に入れば郷に従うようで、用意されている本場中華の夕食を取っているようだな。
「主殿、やはりキツネうどんがなければ、どうにも物足りないですぞ」
「妾は満足なのじゃ! ただし少々油っこいのは玉に瑕であるのじゃ!」
これまで千年以上生きてきた大妖怪にとっても、本場の中華料理は初体験だったんだな。和食と比べて油っこいのは、我慢するんだ。その間に妹は大盛りチャーハン3人前を完食してから、あんかけ焼きソバに挑んでいる。一瞬で2皿分の焼きソバは妹の腹の中に納まっている。安否を心配する日が続いたが、こうして何事もなかったように食事をする姿を目にすると、本当に無事で良かったと思えてくるな。
「よし、前菜は終わったから、次はあっちのコーナーに行ってみるよ!」
大盛りチャーハン3人前とあんかけ焼きソバ2人前は、どうやら妹にとっては前菜扱いらしい。一緒に育ってきた兄妹とはいえ、どうしてこんなに大量の食事がその腹に収まるのか、いまだに不思議に思うことがある。おや、今度はシューマイやら春巻きやらを山盛りにして持ってきたぞ。両手のトレーに合計5皿載っているじゃないか!
「日本の中華料理とはちょっと味が違うけど、食べ慣れた料理だからドンドンいけちゃうよ!」
そういえば、妹が食べているメニューは、日本でも馴染みがある物ばかりだな。イギリスでの苦い経験があるから、あまり冒険をしないのかもしれない。海外ではなんでもかんでも安易に口にしないように、ちょっとは頭を使っているようだ。
おや、妹に気を取られて気がつかなかったが、いつの間にか親衛隊が俺の周囲を取り囲んでいるぞ。彼女たちはしきりに深呼吸を繰り返して、俺から魔力を取り込もうとしている。あれだけの行軍を遣り切って疲れていないのか? それだけ妹の訓練によってタフに鍛え上げられているのかもしれないな。そんな様子を眺めている俺に、横から美鈴が話し掛けてくる。
「聡史君は口では色々と言っていたけど、さくらちゃんが本当に心配だったのね」
「美鈴、急に何を言っているんだ?」
「さっきからずっとさくらちゃんを見ているじゃないの。聡史君は感情が態度に出やすいのよ」
うーん、自分でも気がつかなかった。だが、美鈴の指摘はもっともな気がしてくる。心配した分、こうしてその無事な姿を目にして、無意識な部分で安心していたいんだろうな。これはきっと理屈ではないと思う。いくら斜め上のとんでもない行動を仕出かしても、一人しかいない血が繋がった妹だからな。日頃の行いはともかくとして、俺は妹を可愛がっているし、頼りにもしているんだ。
「よーし、いい感じにお腹がいっぱいになったから、今度はデザートを食べるよ! タマは甘い物が好きだから、一緒に行くよ!」
「妾もご相伴に預かるのじゃ!」
天狐は席に着いたまま、妹から受け取った稲荷寿司を食べているな。玉藻の前を引き連れて戻ってきた妹は、2枚のトレーに満載したデザートを口にして満足そうにしているよ。杏仁豆腐やマンゴープリンなど、こちらも日本でお馴染みのメニューで埋め尽くされている。
「主殿! この〔マンゴープリン〕なる物は、甘酸っぱくて美味なのじゃ! もう1つ所望してよろしかろうか?」
「いいよ、頑張ったご褒美だからね。好きなだけ食べるんだよ」
「お許しが出たのじゃ! こうしてはおられぬ、新たな物をいただいてくるのじゃ!」
ついに妹によって、玉藻の前は放し飼いの措置が取られた。巫女装束でデザートを手にしてホクホク顔をしているのが、千年以上生きている大妖怪だとはとても思えない。スイーツ大好きな日本三大妖怪なんて、格好つかないぞ。すっかり飼い慣らされているじゃないか! まあ人前で無用に暴れるよりはいいんだけど。
「それじゃあ、ご飯が終わったから、お風呂に入って寝ようかな。兄ちゃん、どこの部屋に行けばいいのかな?」
「案内するよ」
「今日はポチタマと一緒の部屋でいいからね」
「主殿と同室とは光栄でございますな」
「まことなのじゃ! 主殿を無理に起こさねば、危険は及ばぬのじゃ!」
尻尾を振りつつ喜びの表情の天狐と玉藻の前、両者を引き連れながら妹は、案内された部屋に大人しく入っていくのだった。
その頃、同じホテルの小さな会議室では……
俺は中華大陸連合秘匿戦力2号、不覚にも日本軍によって捕虜とされて、現在ここに軟禁状態にある。俺たちは他の仲間とともに訓練施設で育ち、そこで中学校までの教育課程を受けていた。その中で繰り返し叩き込まれたのが、『日本人と日本軍は悪魔のような存在だから、捕まったら命はない』という重要事項だった。
残虐非道な日本軍にこうして捕虜となってしまっては、俺たちの命は風前の灯と言ってもいいだろう。だが、無抵抗でやられるわけにはいかない! 仮にこの中の一人でも逃げ出せるような隙があれば、そのために俺たちは自らの命を捧げよう。
現在我々は一室に集められて食事を与えられている。それにしてもこうして目にする食事は、メニューが豊富で味も抜群に美味い。今まで兵舎で与えられていた食事が、ブタの餌に見えてくるレベルだ。残虐な日本軍の連中も、イギリスの目がある手前、こうして俺たちを人並みに扱っているのだろう。おそらくそのうちに、やつらの残忍な性格が本性を現すはずだ。
「2号、こうして捕らえられてしまったが、この先どうなるのだろうか?」
「4号、それは俺にもわからない。だが、あの怪物は俺に対して『日本に連れ帰る』と、話していた。たぶん、これから日本へと運ばれるのだろう」
「あの悪逆非道な国に連れて行かれるのか! 何とか逃げる方法はないのか?」
「今は全然隙が見当たらない。何とかチャンスを見つけよう」
「そうだな、たとえ一人でも日本の手から逃れて、仲間に危険を伝えれば、救助も可能となるかもしれない」
4号も俺と同じ気持ちでいてくれたんだな、たった一人でもいいから逃げ出せれば、俺たちの希望が繋がる。そのためにはどうにかして隙を見つけるしかない。
現在の俺たちは、常に強力な力を持っている人間によって監視されている。今この部屋の入り口には、畏まった西洋風の姿をした男が、たった一人で立っているだけだ。だが、この男は危険だと俺の勘が告げている。
俺たちが捕虜となった基地の戦闘で、直接戦った男ほどではないにせよ、今この場にいる10人がまとまって反抗しても、一瞬で鎮圧されてしまいそうだ。立っている男の体から発散されているオーラから、それくらいの実力差を明白に感じ取ってしまうのだ。
出された食事を食べ終わり、用意されたポットのお茶を飲みながら、特にすることもなく待っていると、ドアをノックする音と声が聞こえてくる。
「レイフェン、中に入るわ」
「これは大魔王様! 御みずからお出ましになるとは、まことに忝きことでございます」
男が恭しい態度でドアを開けると、そこにはたった一人俺たちと同じ年頃の女が立っていた。
「ひっ!」
7号の口から引き攣った声が漏れる。そう、ここに運ばれるときに、散々俺たちに無言の恐怖を味合わせてくれたあの女だった。レイフェンと呼ばれた男の、数千倍に濃縮された深い闇に身を包んだかのような、恐ろしい雰囲気を身に纏っている。
「レイフェン、監視役ご苦労様でした。あなたも食事を取りなさい。私が彼らを部屋に連れて行くから」
「大魔王様の手を煩わせるわけにはまいりませぬ。このレイフェンめが、責任を持ってこやつらをひっ立てまする」
「それじゃあ、一緒に行きましょう。あなたが先頭に立ってもらえるかしら。私が後ろから監視しているわ」
「承知いたしました。者共、大魔王様の勅命である。ありがたく受け取って、大人しく部屋に戻れ」
ずいぶん仰々しいやり取りだな。大魔王様とは一体何者だ? その正体がまったくわからない。だがレイフェンという男の威圧に逆らえないから、俺たちは席を立って一列になって部屋を出ていく。廊下を真っ直ぐに進むと、すぐに俺たちが収容されている一角に到着する。
「部屋からは一歩も出ないように。とは言っても、窓とドアは封印してあるから、出ようとしても無駄ですけどね。明日には日本へ移送するから、一晩ここで大人しく過ごしなさい」
「大魔王様のお言葉に従い、大人しくするがよい。割り当てられて部屋に入れ」
俺たちは仕方なく指示に従って二人組になって各々の部屋に入っていく。クソ、隙などまったくなかったな。明日には日本へ移送されてしまうとなると、脱出する機会はもうないかもしれない。それでも僅かな可能性に賭けるしかない。そう考えながら、俺は同室の1号とともに部屋へ入っていくのだった。
翌日……
「さくら訓練生及び泉州襲撃別働隊は、目標の破壊ご苦労であった。ついては、本日1100に香港国際空港を飛び立つ輸送機に乗って、日本への帰還を命じる」
「「「「「司令官殿、恐縮であります。帰還の指令を拝命したしました」」」」」
滝川訓練生も一緒になって、親衛隊はビシッとした敬礼を決めているぞ。なんだろうな、この一糸乱れぬ結束の固さは?
「まあ、このさくらちゃんの任せておけば、万事解決だからね。このくらいは軽いもんだよ!」
それに比べて、司令からの命令を聞いた妹の態度との、この温度差は…… というよりも、これっ! 妹よ! 少々態度が大きすぎるだろうが! まるで一人で解決したかのようなドヤ顔は止しなさい!
「ついてはもう一つ指令を与える。捕虜とした10名を無事に日本へ移送してくれ」
「いいよ! 生死に拘らず、日本までは連れて行くよ!」
返事軽っ! それよりも『生死に拘らず』って、何だよ! 捕虜なんだから、規定に則って扱うんだぞ。ダメだ! どうにも不安しか感じない。せめて空港までは俺が同行しようか。
こうして、臨時司令部から2台のワゴン車に分乗して、妹とその軍団は空港に向かって出発していく。俺とレイフェンは兵員輸送トラックの荷台に乗り込んで、捕虜の監視を務めている。今のところ10人は大人しくして、反抗の態度はまったく見せていないな。どうかこのまま無事に日本へ移送されてくれよ。
香港国際空港は上陸したイギリス空軍の管理下に置かれて、平静が保たれている。とは言っても、戦火の真っ只中なので、民間機の姿は殆どなくて、駐機しているのは軍用機が大半を占めている。その中で一際洗練された機体のC-2輸送機が、これから日本に飛び立つ準備をしているのだった。
ワゴン車と輸送トラックは、空港のゲートを抜けて、駐機しているC-2輸送機に直接横付けする。捕虜を連れていくので、のんびりと空港施設内の搭乗口を通るよりも、こちらのほうが安全なのだ。
俺とレイフェンが捕虜を引き連れて、一番先に搭乗していく。彼らを最後方の座席に座らせると、遅れてやってきた天狐と玉藻の前に監視役を引き継ぐ。
次いで特殊部隊の皆さんが、機内に入ってくる。今回は本当に任務ご苦労様でした。妹の暴挙に付き合うという困難なミッションを達成した皆様には、心からの敬意を表します。皆さんはこれでようやく日本に戻れると、一様にほっとした表情を浮かべている。その気持ちはよーーくわかります。しばらくは日本で英気を養ってください。
それから親衛隊と滝川訓練生が席に着いて、最後に乗り込んできたのは我が妹だ。これっ! スナック菓子の袋に手を突っ込みながら、乗り込んでくるのは止めなさいって! どうしてこうもいちいち食べ物が手放せないのだろうか?
「さくら、捕虜はくれぐれも無事に日本に送り届けるんだぞ」
「兄ちゃん、任せてよ! このさくらちゃんが死体になっても日本に届けるよ!」
「死体を前提に考えるのは止めるんだ!」
「ええ! 生かしたまま連れていくのはなんだか面倒な気がしてくるよ!」
「絶対に死なすなよ! いいか、これは前フリじゃないからな!」
「それじゃあ、瀕死の状態ならセーフだね」
ダメだ! まったく話が噛み合っていない。アウトもセーフもないからな! その後も更に念押ししてから、俺とレイフェンは輸送機を降りていく。
俺たちは格納庫が並ぶ一角まで移動して、これから飛び立とうとする輸送機を見送っている。滑走路に進入して離陸体制を整えた機体は、徐々に速度を上げると、機首を斜めに向けて浮かび上がる。そのまま急角度で大空に舞い上がる輸送機の姿を目で追いながら、俺の心の片隅には一抹の不安が浮かぶのだった。
果たしてさくらは無事に捕虜を連れ帰ることができるのか…… この続きは年末までに投稿いたします。仕事がかなり立て込んでいるので、完成次第ということでご容赦ください。
それから運営から指摘された修正について、お知らせしておきます。具体的に修正を求められたのは93話で、どうやら生チチに対する表現が問題視されたようです。この部分に関してマイルドな表現に差し替えましたので、気になる方は目を通してください。ストーリーには殆ど影響がない部分ですので、確認しなくても特に問題はありません。
ということで、年内はあと1話投稿して終わりといった感じです。中々香港の話が終わらずに、もう少し尾を引きそうな勢いですが、あまり時間を掛けないように次話を投稿したいと思いますので、どうぞお楽しみに!




