152 香港目指して
急遽香港に向かう、さくらたちは……
沿岸部から離れて、泉州を脱出しようとするさくらたちは……
核爆発に巻き込まれて、酷い目に遭ってから丸1日が経過したよ。私たちは泉州ミサイル基地から、北西に向かって幹線道路を進んで、今は成岩市の手前にきているんだよ。すでに沿岸から100キロくらい内陸に入り込んでいるね。無人のマンションの中に忍び込んで、今は晩ご飯を食べ終わった時間だよ。外に明かりが漏れないようにポチが結界を張っているから、見つかる心配はないね。
ここに来るまで敵に見つからないようにこっそり行動しようと思ったんだけど、どうやら中華大陸連合側も面子に懸けて私たちを発見しようと、パトロールを強化しているみたいなんだよね。
幹線道路を封鎖して検問を行ったり、オンボロの装甲車両があちこちの通りを走り回っているんだ。その度に私たちに撃破されて、却って面子を失う形になっているんだけど、性懲りもなく次から次へと追っ手を放ってくるんだよ。いい加減にしてほしいね! 鬱陶しいから私が全部擲弾筒の餌食にしてやったよ。
だからこっそり香港に向かうのは諦めて、進行方向沿いにある基地は全部潰していく方針に転換したんだよ。この方が後腐れなくていいよね。ただねぇ…… あまりにも弱いんだよ! 本気で私たちを何とかしようと思っているのかな? 沿岸部の基地に比べると、装備がガタ落ちなんだよね。戦車や装甲車は動くのもままならないポンコツだし、兵士が携帯する小銃すら全員に行き渡ってなかったからね。
本当にビックリしちゃうよね。手持ちの武器がなくて、何のために基地に兵隊を置いているんだろう? さくらちゃんにはまったく理解不能だよ。長野中尉は何か知っているかな。
「中尉ちゃん! なんで敵軍はこんなに弱いのかな? これじゃあまるで弱い者イジメをしている気分になってくるよ」
「さくら訓練生、中国には『先負未戦』という言葉があるのを知っているかね?」
「先制攻撃なら知っているけど、それはどういう意味なのかな?」
「戦う前から負けている、という意味だね。中華大陸連合の兵士は、一部を除くと役立たずの烏合の衆だというのは、実は我々の間で自衛隊時代から密かに囁かれていたんだよ」
どういう話なんだろうね? さくらちゃんには全然わからないよ。確かに武器を持っていないんだったら、戦う前に負けているかもしれないけどね。
「中華大陸連合は今でこそ大国のように振舞っているが、その前身の中華人民共和国は1970年代までは本当に貧しかったんだ。軍人に対する給料も支払えない有様でね、それでどうしたと思うかね?」
「給料が払えなかったらクビにするしかないよ」
「ところが、そうもいかない事情があったんだ。当時の人民解放軍はベトナムやインド、あとは当時のソ連と国境紛争を抱えていたからね。更に国内でも不満を抱える国民を抑え付けなければならなかった」
「周囲が敵だらけで、今とよく似た状況だったんだね」
さくらちゃんの頭脳はとっても冴えているよ! やっぱり私のような賢い人間は一味違うね。
「確かに似た状況かもしれないね。そこで給料が払えない政府は、軍に『自分たちの給料を自分で稼げ』という命令を出したんだ。そこで軍は兵器の製造はもとより、エビの養殖とか、ホテルの経営とか、ありとあらゆる商売を始めたんだ。政府の保護を受けて順調に業績を伸ばした結果、当時の人民解放軍は軍事組織ではなくて、商業組織に成り下がった。軍人ではなくて、商人の集団にね」
「軍が商売に手を出したらダメでしょうが!」
これはアウトだよ! 軍はどこまで行っても軍事組織でないと、あっという間に瓦解しちゃうんだよ! 厳しい軍紀に縛られていないと、どんな軍隊でも簡単に暴走したり、堕落するからね。こんな常識を当時の中国の偉い人たちは知らなかったのかな? 本当にビックリだね。おやおや、親衛隊や新入りも、中尉ちゃんの話に興味を示して集まってきたよ。
「2000年代になると、改革開放路線で経済的に余裕が出てきた中国政府は、予算を軍に交付できるようになった。その際に、軍の事業を地方政府の所有に移管したんだ。でも一度甘い汁を吸った軍は、裏側では経済的な利権を手放さなかった。一般兵の給料が何千円、将官でも精々2,3万なのに、利権によって何億円という金が転がり込んでくるんだから、手放すはずないだろう」
「中尉殿、すごい金額でありますな!」
ほのかがビックリするような表情をしているね。親衛隊は億単位のお金なんて、想像もつかないみたいだよ。実はさくらちゃんのアイテムボックスの中には、もっと高価なお宝がいっぱい眠っているんだけどね。でもこの点に関しては、新入りもある程度値打ちのある物を持っているようで、金額に驚いた様子はないね。
「こうして軍内では高い階級になればなるほど、お金が転がり込んでくる仕組みが出来上がる。誰もが高い階級に就こうとして、そのうち階級の売買が始まった。その資金を得るために軍内では当然、取引業者へのワイロの要求、予算の横領、物資の横流し等々、不正を挙げたらキリがない状態で、軍事組織として破綻したも同然になった。上から下までこんな状況で、真面目に国防を考える人間がいると思うかい?」
「ムリだよね! 絶対にムリだよね!」
今度は渚が首を横に振っているよ。他のメンバーも呆れて物が言えないという表情だね。もちろんさくらちゃんも呆れているよ。これじゃあ確かに、戦う前に負けちゃうよ。
「当然中国政府も軍の不正の取締りを行ってはいた。だが、全員不正をやっている状況では、取り締まろうにも限界がある。本当に不正をなくそうとしたら、軍全体をなくさなければならないからだよ」
「中尉殿、自分は三国志の愛読者ですが、中国という国は大昔から政府には不正が横行しておりました。その歴史を繰り返しているのでしょうか?」
「滝川訓練生はよく知っているね。私も三国志は好きだよ。確かに歴代の中華王朝は不正が蔓延った結果、200年を経ない間に衰えて、外敵の侵攻や農民の反乱で滅びていったからね。歴史は繰り返すのかもしれない」
新入りが私の知らない知識を披露しているね。生意気だから富士に帰ったらシメちゃおうかな。駆け出しのうちは、頭なんか付いていればいいんだよ! よし、盛大にさくらちゃんが(大相撲界的に)可愛がってあげるから、覚悟するんだよ!
「このような理由で、基地の倉庫には書類に記載されている備品が、定数どおりあるかどうか怪しいものだろう。噂によると、配備したての戦闘機や戦車すら、あっという間に外国に横流しされるそうだ。故障とか、破損とか、理由はどうにでもなるからね。この前の基地のように小銃の数が足りないのには、さすがに私もどうなっているんだ? という気持ちになったがね」
「なんだか戦争をしているのが馬鹿らしくなってくる相手だな」
美晴が相手を見下したような発言をしているね。でも、一筋縄でいかないのが戦いというものだよ!
「だから中国政府は、軍そのものを信用しなくなった。その結果、人がいなくても運用可能なハイテク兵器に開発の方向性をシフトしていくしかなかった。だがこれも国家財政が破綻して、開発が頓挫した物が多いと言われている。正確な情報はわからないが、中には形になった物があるかもしれないから、油断はするべきではないだろう。現在は中華大陸連合に国名が代わっていはいるが、軍自体はほぼ引き継がれている。当然組織の体質も変わってはいないが、どのような武器や兵器が登場してくるかは予測不能だ」
「中尉殿のおっしゃるとおりです! 美晴は油断しやすいから気をつけるのよ!」
「真美さん、すいませんでした! 以後気をつけます!」
なんだかいい感じに中尉ちゃんがまとめてくれたね。話が長いから私はすっかり飽きて、途中から新入りの可愛がり計画(大相撲界的な意味での)を練っていたけど、なんとなく話の内容は理解したよ。要するに、沿岸部の重要拠点だけはまともな装備が揃っているけど、一歩内陸に入ったらボロボロのポンコツしかないってことだよね。こうなると、もうさくらちゃんの敵じゃないね。どうしようかな……
よし、決めたよ!
次から私は参加せずに、親衛隊と新入りだけで敵基地に殴り込みを掛けるよ! 果たしてどんな結果になるのか、ちょっと楽しみになってきたね。さて、晩ご飯も終わったから、もう寝ようかな。それでは、おやすみなさい……
翌日、装甲車に乗り込んで出発するよ! 今日も空は晴れているけど、街並みがどうにも冴えない様子だね。なんと言うか、景観がくすんでいるように感じるんだよ。お金がないから手入れができないのかな? 道路沿いに花壇や並木もあるんだけど、雑草が生い茂っているから、逆に荒廃した印象を受けるよ。
できれば今日中に梅州市まで到着しておきたいけど、進行方面に陸軍基地が2箇所あるから片付けておかないとね。予定通り、基地の掃討は親衛隊に任せる方針だよ。よっぽど危なくならないと、さくらちゃんは出て行かないからね。
午前中に1箇所、簡単に基地の掃討を終えて、私たちは梅州市まであと20キロまでの地点に来ているよ。梅州から香港まで300キロくらいだから、2日間で行程の半分以上は踏破したね。ここまで来ると、検問やパトロールする車両の姿はないから、一安心だね。
「さくら訓練生、この先2キロに陸軍基地があるぞ」
「そうだったね! それじゃあ午前中同様に親衛隊と新入りで片付けてくるんだよ!」
「「「「「イエッサー!」」」」」
正門の近くに装甲車で乗り付けると、全員が車内から飛び降りていくよ。新入りが魔法銃を正門に向けて1発放つと、警備している兵士は吹き飛んでいくね。さあ、侵入開始だよ!
親衛隊の動きは回を重ねるごとに良くなっていくね。声を出さずに、ハンドサインだけでコミュニケーションを取っているよ。新入りが一番前を進んでいるね。魔力量や防御力が桁違いだから、敵が慌てて構築しようとする守備陣形をいとも簡単に突破していくよ。
「なんとか持ち堪えろ! これ以上侵入を許すな!」
「火力が足りません! 銃弾が底をつきそうです!」
「ロケット砲は砲弾がゼロです!」
戦闘開始から2分も経過していないのに、もう銃弾もロケット弾もなくなるってどういうこと? やっぱり昨日中尉ちゃんが教えてくれた話は、事実のようだね。これは、この基地もあっさりと終わってしまいそうだよ。
私はポチタマを従えて、正門付近で異常がないか目を光らせているけど、今のところ一方的な戦闘になっているね。私たちの後ろには魔法銃を構えた特殊部隊の皆さんも並んでいるよ。
「主殿、どうやらこの程度の敵では、主殿が自らご出陣なさる必要もなさそうですな」
「妾も何もせずに退屈なのじゃ! 主殿の露払いは妾がしたいのじゃ!」
「タマは魔力を温存しておくんだよ! いつ何時必要になるかもしれないからね!」
「わかったのじゃ!」
タマの魔法はいざという時に頼りになるからね。無駄に使用はできないんだよ。その分親衛隊たちに頑張ってもらわないとね。魔石カートリッジはまだ余裕があるから、派手に撃ち捲っても大丈夫だよ! その時……
「ボス! おかしな敵が接近してきます!」
真美が私たちが待機している場所に駆け込んできたよ。一体何があったのかな?
「おかしな敵? どんな敵なのかな?」
「はい、魔力弾を軽々と避けて、猛スピードで私たち目掛けて接近してきます! もしかしたら帰還者かもしれません!」
「何人いるのかな?」
「10人です!」
魔力弾を避ける相手では、親衛隊の手に余るよね。真美の報告にあるとおり、仮に帰還者だったら、これは私の出番だね! よし、行こうかな。
「真美は案内するんだよ」
「イエッサー! こちらです」
真美と一緒に現場に向かって走っていくと、遠くから声が響いてくるね。
「親衛隊の姉さん方! あいつらはヤバそうです! ここは俺が食い止めますから、教官殿の所まで退避してください!」
「新入り、しばらく持ち堪えてくれ! ボスを連れてくるから」
おお! 新入りが漢気を見せているよ。 そこそこ相手の強さを見極める勘を持っているから、自分が盾になって親衛隊を逃がそうと判断したんだね。戦闘力が低い親衛隊は素直にその申し出に従って、こちらに退避を開始しているよ。敵いそうもない相手に無理に突っ込んでいく必要はないからね。
「真美は他の子と合流して、ポチの所まで戻っているんだよ」
「イエッサー」
私はその場で親衛隊を迎えると、後方に下がらせていく。さて、新入りは10人を相手にして接近戦に突入しているけど、しばらくこのまま様子を伺おうかな。
「命が要らないヤツは掛かってこい!」
「取り囲んで全方位から攻撃を加えろ!」
新入りは魔法銃をしまって、代わりに剣を手にして接近戦に備えているね。10人を相手にしてどんな戦いを見せるか、ちょっと興味が湧いてくるよ。
周囲を取り囲まれても慌てずに冷静に相手を観察しているね。私の目から見た感じでは、敵はそこそこの力を持っているけど、新入りの方が相当力は上だよ。ただし問題は相手の数だね。
新入りを包囲した敵は、短剣を構えてジリジリとその網を狭めていくね。でも新入りは動きを見せないよ。一呼吸で飛び込める距離まで接近した敵は、目配せをすると一斉に襲い掛かっていくね。
「ファイアーアロー!」
これはこれは! 新入りも中々やるね! 前方から接近する敵の攻撃を右手に持った剣で捌きながら、左手で後方に魔法を放ったよ! 炎の槍がいきなり飛んできた敵は、至近距離からまともに魔法を浴びて、あっという間に二人が火達磨になっているね。魔法に反応できた三人は、地面に伏せてすぐには動き出せないよ。
「ファイアーアロー!」
更に追加の魔法を放っていくね。二人は地面を転がって回避したけど、逃げ遅れた一人がまた火に包まれたね。その間にも、前方から襲い掛かってくる敵の攻撃を、上手い具合に剣で捌いているよ。先に魔法で相手の数を減らしてから、剣で仕留めようという作戦かな?
地面に転がっている敵に向かって、もう一度魔法を放とうとした新入りは、一瞬視線をそちらに向けるね。でもこの隙を狙っていたかのように、反対方向から短剣を突き出そうとして、敵が踏み込んでくるよ。
バキッ!
ほほう、見えていなくても気配だけで敵の位置を捉えていたようだね。後ろ回し蹴りで二人いっぺんに吹き飛ばしているよ。ここまでの動きは合格点を与えてもいいかな。三人を火達磨にして、二人は意識を失っているからね。
さて、せっかくここまでやってきたんだから、さくらちゃんも何もしないわけにはいかないよね。50メートルくらい離れた場所から一気にダッシュすると、新入りの後ろから肩をポンと叩くよ。
「教官殿! いきなり背後に現れないでください!」
咄嗟に剣を振り上げようとした新入りの手首は、さくらちゃんがすでに掴んで動きを封じているからね。このくらいのドッキリは訓練中にしょっちゅうやっているから、私も新入りも大して驚きはしないよ。
「選手交代だよ! さくらちゃんが5秒で全員地獄に落としてあげるからね」
「それでは教官殿にこの場はお任せいたします」
新入りは素直に下がっていくね。私の戦闘に巻き込まれるとどうなるか、骨の髄までわかっているからね。残った5人の敵は、新たに現れた私に不思議そうな目を向けているよ。突然この場に現れたように映っただろうから、無理もないね。
「掛かれ」
なんだか抑揚のない声だね。言葉に感情を感じないよ。まるで人形を相手にしているような気がしてくるね。敵は5人が一斉に剣先を向けて踏み込んでくるね。一番避けにくい心臓を狙っている様子が見え見えだよ。
さくらちゃんは瞬時に立ち位置を変えるよ。私の姿が急にその場から消え失せたように見えるんじゃないかな。5人揃って、私が元々いた位置に剣を突き出した時には、すでにさくらちゃんはすでに後ろに回りこんでいるんだよ。さあいくよ! 久々の登場、ご臨終パ-ンチ×5!
「グボッ!」
「ゲホッ!」
「ウガッ!」
「ドワッ!」
「アグッ!」
背中側から1発ずつパンチを入れていったら、全員仲良く吹っ飛んでいったね。グシャッと地面に打ち付けられると、体をピクピク痙攣させながら息絶えていったよ。新入りが回し蹴りで意識を刈り取った二人にも止めを刺したら、全て完了だね。天才さくらちゃんに掛かれば、どんな相手でも瞬殺しちゃうよ!
それにしてもこいつらは何者なんだろうね? 身体能力の高さで言えば、一般の兵士ではないのは歴然だね。かといって魔力も感じないから、帰還者でもなさそうだよ。まあいいか! 用事は済んだから、撤収して次の場所に向かうよ!
こうしてさくらちゃん軍団はこの基地を後にして、装甲車に乗り込んでいくのでした。
次回は聡史たちの香港攻略戦に戻る予定です。投稿は明日を予定しています。どうぞお楽しみに!
評価とブックマークをありがとうございました。それから誤字報告、とても助かります。多くのご指摘をいただいた部分につきましては、徐々に修正していきます。




