151 捕虜
謎の小集団が聡史に向かって・・・・・・
ゆっくりと敵に対して歩み寄ると、こちらに向かってくる集団の表情まではっきりとわかる距離に入る。そうだな、やはり最初に感じた印象どおりだ。10人の集団が揃いも揃って瞳から伝わる感情を全く感じない。やはりこいつらは何らかの洗脳を受けているのだろうな。何よりの証拠となるのは、これから戦いが待っているというのに、緊張や恐怖すら感じていない点だ。どれだけ訓練を積んでいようとも、これは普通の人間には有り得ないことだ。
そもそも戦いを前にして何の感情も示さないなんて、この破壊神たる俺にも不可能だぞ。俺だって幾分の緊張感は感じているのだ。もちろん美鈴や妹にも無理だろう。この二人は俺とは逆に歓喜の表情に変わってしまうからな。二人とも別の意味で危険すぎるんだ。さすがの俺でも真似はできないな。だから、良い子は絶対に真似しちゃだめだぞ! 敵の前で笑顔を浮かべるのは色々な意味で危険だからね、本当だよ!
俺に襲いかかろうとしている連中はどうやら銃は携帯していないな。手にナイフや短剣を構えて今にも攻撃に移ろうという構えでひたひたと迫ってくる。さて、どうやって迎え撃つかな。一先ずは相手の出方を見るか。
「左右に展開して半包囲しろ!」
リーダー役の男が出す指示に従って集団が半円を描いて俺を包囲する。中々訓練が行き届いているようだ。間近で見ると、全員俺とそれほど年齢が変わらないようで、その中には女が一人混ざっている。ナイフを煌かせながら殺す気満々だな。女だからといって甘く見ると痛い目に遭いそうだ。実際には遭わないだろうけど。
「左右から襲い掛かれ! 訓練通りにやれば問題ない!」
半円を描いた両翼の二人が短剣を構えて俺に向かって殺到する。なるほど、踏み込んでくる一瞬の早さが尋常ではないな。こいつらも帰還者なのか? それにしては身に纏う雰囲気が違うな。何よりも魔力の存在を感じない。中華大陸連合の帰還者とは過去にこんな感じで渡り合ったが、例外なく体から魔力を発していた。だが今目の前にいる連中からは全く魔力の気配すらないんだ。おっと、来たぞ!
ガッ! ガキッ!
2本の短剣が俺に向かって伸ばされてくるが、魔力のバリアーに阻まれて体の手前で停止している。敢えて避けようとはせずに真っ向から受け止めてみたが、剣に込められている力も相当なものだな。バリアー越しに緩やかな衝撃が伝わってくるぞ。
「なぜ剣が刺さらないんだ?」
「相手は反応できていないぞ! 攻撃を続行するんだ!」
続け様に剣を振り上げて俺に向かって切り掛かってくるが、俺は不動の構えで再びその剣を受け止める。
残念だったな。反応できないんじゃなくて、反応していないだけだよ。この程度の攻撃では俺のバリアーに弾かれるのがオチだ。それにしてもこいつらの正体が気になるな。接近戦においての戦闘力だけだったらアイシャと同等の能力があるぞ。
「2号、7号! 無理をするな! 代わるんだ!」
なんだこいつらは? 戦隊ヒーローにでも憧れているのか? 2号ってなんだよ? 2号って! 誰か解説してくれ! どうか解説プリーズ!
リーダーの指示に従って俺に攻撃を加えていた二人は素早く下がって、今度は4人掛かりで殺到してくる。いかんなぁ、人数を増やせば突破できるなどといった生易しいもんじゃないんだよ。俺のバリアーはね! その威力をとくと味わうがいい! こんな調子で魔力の壁を超ようとしたら、こいつらが死ぬ気で頑張っても千年掛かるぞ。いや、もっとかな?
さて、どうしようか・・・・・・
こいつらを倒すのは簡単なんだけど、正体を知りたいんだよな。帰還者でもないのにこれだけの戦闘力を持っている、その理由はなんだろうな? うーん、仕方がない! このまま攻撃を受けていても始まらないから、こちらからちょっと動くとするか。
俺はアイテムボックスから行軍用スコップ改Ⅱ型を取り出すと、体に向けて突き出される短剣を弾き飛ばす。どうだ? 攻撃力99999999の俺から反撃を受けた感想は?
グワッシャーーン!
かなり力を加減したつもりだが、スコップが短剣に当たった瞬間、相手は体ごと吹っ飛ばされていくな。
「4号! 大丈夫か!」
「ああ、何とか大丈夫だ。それにしてもなんて恐ろしい力だ! 軽く当たっただけで吹き飛ばされたぞ!」
近くにいた仲間が駆け寄って、吹っ飛ばされたやつを抱え起こしている。そうそう、チームプレイは連携だけじゃなくて、お互いをフォローする気持ちが大切だぞ! いいか、大切だからな! 大事なことなので!
4号が呆気なく吹き飛ばされた光景を見て、残った連中は迂闊に踏み込めなくなっているな。眼光だけがギラギラしているが、俺に対する警戒度を一気に引き上げて出方を窺う様子だ。それじゃあこっちから行ってみようか。この前新入りを叩き直した時に編み出したあの技を受けてみるがいい!
デコピンの要領で指で魔力を少量弾き飛ばすと・・・・・・
ドカーン!
うん、いい感じに威力を抑えた爆発が引き起こされているな。巻き込まれたのは3,4、全部で5人か。爆発の勢いで10メートル以上の高さに体ごと持ち上げられて、そのまま地面に叩き付けられている。たった1発で半数が戦闘不能だな。
面倒だからもう一発放って残りも仲良く地面に転がすと、ここからは尋問開始の時間だ。破壊神の殺気全開で一番怪我が軽そうな男に近づいて行って、手荒に胸倉を掴んで体を引き起こす。俺の殺気を浴びてビビらないやつは中々お目にかかれないぞ。でも尋問は紳士的に行わないとな。あとで苦情が来るかもしれない。ただしクレームは一切受け付けるつもりはない! 断言しておくが、一切ない!
「素直に白状しろ! 答えなければお前の仲間を殺す!」
「俺はどうなってもいいから、仲間は助けてくれ」
ほう、中々殊勝なセリフを吐いてくれるじゃないか。爆発のショックと俺の殺気が有効に働いているようだ。瞳の奥に本能的な恐怖を宿しているぞ。どんな洗脳を受けてきたのかは知らないが、生存本能を脅かされると、恐怖という名の感情が表面に出てくるようだ。
「お前は何者だ?」
「2号だ」
「2号? 本当の名前は?」
「2号だ。名前など持っていない」
なんだと! 名前すらないというのか。これはどうも色々と聞き出さないといけないような気がするな。
「お前たちは別の世界に行ったことがあるか?」
「訓練施設と基地から出たことがない」
やはり帰還者ではないんだな。ということはステロイドなどの薬物で筋肉を増強しているのか? そうじゃなかったら、普通の人間があれだけの筋力を発揮できないぞ。
「長期間薬物を飲まされていたか?」
「薬など飲んでいない」
そうか、薬物の線もないのか。となると、この人間離れした体の動きはどこから齎されているんだろうな。もっと専門的な検査をしないとはっきりした答えが出ないような気がする。
「仕方がないな。お前たちは捕虜として連行する。怪我の手当てもしてやるから大人しく付いて来い。抵抗したらその場で処分する」
「仲間を助けてくれるのか?!」
「全員連れて行く。人道的に扱ってやるから心配するな」
胸倉を掴んでいた手を離して、美鈴たちが様子を見ている場所まで戻ると、俺は司令に現状を報告する。
「司令、あいつらの様子が気になるので、捕虜として連行してよろしいでしょうか?」
「何が気になるというんだ?」
「帰還者でもないのにあの身体能力は異常に感じます。どうやら薬物も使用していないようなので、詳しい検査で原因を究明する必要を感じました」
「なるほど・・・・・・ 少々面倒だが、楢崎訓練生の主張はもっともだろう。一旦香港に戻って、国防軍に身柄を引き渡すか」
「よろしくお願いします」
これで彼らが捕虜となることが決定した。あとは怪我の手当てをしないといけないから、ここはカレンの出番だな。
「カレン、あそこに転がっている連中の怪我を治してくれ」
「我が神よ! 何故敵の命をお救いなさるのですか?」
あちゃー! いきなりミカエル様のご登場だよ! 出番を待ってカレンの中で正座待機でもしていたんだろうな。そこに待ってました! と、言わんばかりのタイミングで俺から声が掛かったから、居ても立ってもいられずに出てきてしまったようだ。
「色々と事情を聞きたいから、富士まで連行する。まずは怪我を治してくれ」
「さすがは我が神でございます! そのような遠大なる思慮をお持ちとは、このミカエルは深く感じ入りました」
「感じ入らなくていいから! 全然遠大なる思慮じゃないから!」
「我が神は御自らを謙遜なさっておられる。そのような慎み深さこそ、我が大いに学ぶべき点であるかと」
「謙遜じゃないから! ともかく一緒に来てくれ!」
「そ、そのように我の手を引かれるとは! 我は如何様にお返事をすれば良かろうか?」
なんだかいつも以上にポンコツ天使になっているな。何でもいいから早く仕事を済ませたいんだよ! さっさと治癒の光であそこに転がっている連中を何とかしてくれ!
「この者共を治癒すればよろしいのですな」
「ああ、頼む」
「我が神の慈悲深きご配慮に感謝するとよいぞ。受け取るがよい、天界の光!」
カレンの両手から治癒を齎す奇跡の光が放たれると、地面に転がって呻き声を上げていた連中は何が起きたのかわからずに互いに顔を見合わせる。どうやら治癒は完璧に実行されたようだ。
「ミカエル、良くやったぞ! それじゃあカレンと交代してくれ」
「我が神よ、いつでもお声が掛かるのをお待ちしておりまする」
こうして面倒くさい天使は去っていく。俺に身も心も捧げて仕えるのはいいけど、本当に面倒なんだよな。この天使はぶっちゃけ相当ウザい。いっそこのこと、ずっとカレンの中で引き篭もっていて欲しい。妹や美鈴が羨ましいよ。天孤やレイフェンは出しゃばらない忠実な僕の立場を弁えているからな。
「グズグズするな! 怪我が治ったら即座に立ち上がれ! 今からお前たちは日本国の捕虜だ。国際条約に従って生命と身体は保護する。抵抗はするなよ。その場合は命の保証は一切しない!」
改めてこいつらに捕虜としての扱いを説明してから、司令たちの元に連行する。10人一塊になって大人しくついてくるな。どうやら抵抗する意思はもうないようだ。きっと俺の優しい語り掛けがこいつらの心を捉えたのだろう。やはりどんな相手に対しても、思い遣りの気持ちを持つのは大切だよな。うん、俺の態度には一片の曇りもないと胸を張れるぞ!
「楢崎訓練生、ご苦労だった。それでは一旦香港の臨時司令部に帰投する。あの輸送トラックで戻るから、楢崎訓練生と西川訓練生は荷台に乗車してくれ」
はいはい、下っ端は捕虜の監視を兼ねて、後方の荷台に座るんですね。こうして俺たちはトラックに乗り込んで、捕虜を護送しながら一旦香港に戻っていくのだった。
同時刻のルーマニアでは・・・・・・
サン・ジェルマンとカイザーの話はなおも続いている。力を得る具体的な話が始まると、カイザーの瞳は強い興味を惹かれているかの如くに、以前の煌きを取り戻しつつある。
「それではその具体的な方法とやらを話してもらおうか」
「理解が早いのと拙速は紙一重だ。まずは十分に基礎的な知識から固めていく必要がある。長い話になるから、焦らずにじっくりと聞いて欲しい」
サン・ジェルマンに対してカイザーは無言で頷く。カイザーの心の準備ができたと判断したサン・ジェルマンは重々しくその口を開く。
「カイザーよ、君はギリシャ神話を知っているかな?」
「ゼウスだのアポロンだのと、多くの神が登場する神話か。常識的な範囲では知っている」
「現代に残されたギリシャ神話はオリンポスの神々の様々な行いが語り継がれている。だがあまり知らされてはいないゼウスが最高神として君臨するまでの経緯についてはどうかな?」
「最初から最高神として君臨していたんじゃないのか? 私が知っている範囲ではゼウスを頂点とした神々の物語として語られているように記憶している」
カイザーは意外そうな表情に変わっている。自らの知識に足りない部分があったと気がついたような顔でサン・ジェルマンに返答する。
「やはり君も知らなかったようだな。ゼウスが神々の王として君臨するその経緯こそが、隠された大いなる力を得る源となるのだよ」
「そこに何らかの鍵が隠されているという訳だな」
「その通りであるな。さて、古代ギリシャの著名な詩人ヘシオドスはその叙事詩の中でこう述べている。『源初にカオスが存在しており、そこから天空神ウラノスと地母神ガイアが誕生した。ウラノスは全宇宙を最初に統べた神の王で、その体躯は広大な宇宙空間に跨り、無数の銀河を束ねた宇宙そのものを身に纏っていた』、つまりこれが全宇宙の始まりと捉えて良いだろう」
「宇宙そのものが神の体だったんだな」
「そのような理解で概ね正解だろう。話はこのように続いておるぞ。『ウラノスは地母神ガイアと交わり、数多の神を生み出す。それらの神は巨人の神と呼ばれ、その末子のクロノスがウラノスに対する謀反を起こして、神の王権を奪った』 これは地球が明確な形で宇宙のカオスから一個の天体として形を成したことに対する比喩だと考えれば良いであろう」
「地球の独立戦争か?」
「まあそれで良い」
宇宙規模の神の体から地球が分離独立した経緯が語られているようだ。確か古事記にも似たような記述が残されており、古の人々が考えていた宇宙観は洋の東西を問わず共通している点がある。
「話を続ける。『神の王となったクロノスは、遥か天空に去っていったウラノスと母親であるガイアから呪われた予言を受ける。それはクロノス自身もやがてはその王権を子供に簒奪されるであろうというものだった。クロノスはこの呪いを恐れて、妻レアーとの間に生まれた子供を次々に体の中に飲み込んでしまった』という内容となっている」
「ずいぶん身勝手な神だな」
「その通りであるな。自らが神の王位を簒奪しておきながら、子供から簒奪されることを恐れて生まれてきた子を飲み込むとは、非道と称してもよいであろう」
「だが目的のためには手段を選ばない非情さは、私に通じる部分を感じる」
「そうかね、まあそれは良いことであるな。さて、続きはこのようになっておる。『ヘスチアー、デーメーテール、ヘーラーの三女神や、ハーデス、ポセイドンと次々に飲み込んで行ったその行状に怒った妻レアーは、産着に包んだ石を子供だと偽ってクロノスに飲み込ませた。こうしてクロノスを騙したレアーはゼウスをクレタ島の洞窟に運び込んでそこで育てた』 このようにゼウスは母親に命を救われて、ひっそりと育てられたようだな」
「騙されて石を飲み込む方もどうかしていると思うが」
「そこが肝心な部分だ! クロノスは知恵を働かせれば騙すことが可能だということだ」
サン・ジェルマンが意味ありげにカイザーに畳み掛ける。神を騙せるとは一体どのような意味かと、カイザーは首を捻っている。
「さて、成人したゼウスはクロノスに反旗を翻して、兄弟姉妹を父親の腹から救い出し、後に〔ティターノマキアー〕と呼ばれる10年に及ぶ神々の間での大戦争を引き起こす。結果的に勝利したゼウスが神の王として君臨して、敗れたクロノスは配下のティターノ神族とともにタルタロスに幽閉された。ここまで話せばわかるな?」
「タルタロスに幽閉されているクロノスの力を手に入れろということか?」
「その通りであるな。そこにあるのはかつてゼウスに敗れたとはいえ、紛うことなき神の力に相違ない」
「その場所とはどこにある?」
「この国にあるモビル洞窟を知っておるか? あの場所こそ、タルタロスに相違ない」
モビル洞窟とは2010年代後半に偶然発見された黒海の近くにある洞窟で、約550万年前から長きに渡り一切の光も届かない封印された洞窟であった。サン・ジェルマンは何らかの根拠を持って、この洞窟こそがタルタロスであると主張している。
「何故そこがタルタロスだと言い切れるんだ?」
「私は実際に内部に入り込んだからね。恐ろしい場所ではあるが、進むにつれて膨大な魔力の存在を強く感じた。あれは確かに神そのものが封印されていると言っても過言ではなかろう」
「興味を惹かれる話だな。もうしばらくしたら私の体も万全になりそうだ。一度見たいから、その場所に案内してくれ」
「いいだろう、いつでも声を掛けてもらいたい」
そこには一縷の希望を瞳に宿したカイザーと、無表情で彼の内面に生まれた変化を観察するサン・ジェルマンがいるのだった。
香港攻略とカイザーの話が交錯していますが、特にカイザーの話は目が離せなくなりつつあります。果たして彼は神の力を求めるのか・・・・・・ この続きは週の中頃に投稿予定です。どうぞお楽しみに!
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